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章間 クルム、風邪を引く

いつもの箸休めのお話ですよっと……、へっくしょ!

 それは、砂の国での冒険が終わり、中央都市(セントラル)に帰って来た後のある日のこと。

 いつもはこの時間に起きてくるはずのクルムが、いつまで経っても降りて来ないのである。

「おかしいわねぇ……」

 マルタは首を傾げ、

「ヴェル、悪いんだけどクルムの様子を見て来てくれない?」

 と、受付嬢のヴェリベルに頼んだ。

「あ、はい、じゃちょっと見てきます」

 と言い、クルムが寝ているはずの寝室に上がる。


「クルムく~ん、朝ですよ~。今日は寝ぼすけさんですか~?」

 そんなことを言いながらドアを開けると、ベッドに盛り上がりがあった。

「寝てるのかな? クルム君?」

 ベッドまで近づき、クルムの様子を見ると、

「……あら?」

 クルムは苦しそうに眉を寄せ、顔を赤くしながら口で息をしていた。

「クルム君、大丈夫? ちょっと失礼……」

 クルムのおでこに触れる。普段よりも熱を持っているように感じた。ついでに、自分のおでこもくっつけてみたが、やはり熱かった。

「う~ん、こりゃあ風邪、かしらね」

 などと呟いていると、

「ヴェル、クルムは起きた?」

 とマルタが上がってきた。そして部屋の前で動きを止めてしまった。なぜならば、マルタから見るとヴェリベルがクルムに抱きついているようにしか見えなかったのである。要するに、息子の危機である。

「コラ、ヴェル! クルムに何してるの!」

「ああ、マルタさん、違うんです! クルム君、風邪ひいたみたいで……」

「え? 本当? ……あら、本当。医者呼ばなきゃ」

 落ち着きを取り戻したマルタがクルムのおでこに触れると、確かに熱を持っているようである。おまけに、今大声を上げてしまったせいで、「うぅ~ん……」と苦しそうに唸っている。

「あぁ、クルム、ごめんね。ヴェルも」

「いや、いいですけど……、医者、呼びます?」

「そうしてちょうだい。あとシモン君たちに伝言を頼まなくちゃね」


「間違いなく風邪だな。今日は安静にさせた方がいいだろ。少しでもいいから何か食べさせて、薬を飲ませてやれ」

 少し経ち、マルタに呼ばれた医者がクルムの診察をした。なお、この医者はクルムが担ぎ込まれた時の医者である。

「ありがとう、助かるわ」

「夏だしな、中々子どもには辛いだろう。氷の魔術で氷嚢を作って、頭を冷まさせるのもいいだろ。とにかく今日一日は付いていてやれ」

「分かった、そうする。これ、お代」

「確かに。じゃこれが薬だ。何か食べた後に飲ませろ。お大事に」

 薬を渡した後、医者は颯爽と去っていった。


「え? クルム風邪ひいてたのか?」

 マルタから話を聞いたグレイブがそんな声を返した。

「そうなのよ。さっきまでゴホゴホ言ってたけど、やっと寝たわ」

「そうか。まぁ色々あって疲れが溜まってたんだろ。今日はギルドの仕事も控えめにした方がいいんじゃないか?」

「中々そうもいってられないんだけど……。さっき西門側のギルドから助っ人が来てくれたから、今日はクルムの看病をしっかりやることにする」

「そうしろ、そうしろ。ちゃんと構ってやれよ」


 学校にて。

「あら、クルム君は?」

 シモン、ライム、カリンを見たミルトニアが声を掛ける。

「風邪ひいてお休みだって」

 カリンが答える。

「あら、そう……。心配ね、リピア」

「そうね、クルム、あんまり体強くなさそうだし……」

 ミルトニアに水を向けられたリピアも心配そうな顔をする。

「後でお見舞いに行こうと思ってるんだけど……」

 ライムが言うと、

「クルムもきっと喜ぶよ。でもちょっとだけにしておくようにね」

 とミルトニアが返した。


 時間は少し経ってお昼頃。クルムは目を覚ましていた。そこにマルタがやって来る。

「はい、クルム、お粥よ」

「食べたく……ない」

 どうやら熱で食欲も落ちているようだ。

「だめよ。ちゃんと食べなきゃ治らないんだから。ほら、がんばって」

 優しく語りかけて、食べさせる準備をする。クルムは少し体を起こした。

「はい、あーん」

 クルムは口をいつもより小さく開ける。そこにマルタが、十分に冷ましたお粥を運ぶ。

 もごもごと噛んで、飲み込む。そんなことを数度繰り返し、

「はい、お薬」

 医者から渡された薬をクルムに渡すが、クルムは露骨に嫌そうな顔をした。苦そう、というのもあるが、粉薬なので飲みづらいのである。そこでマルタは薬を水に溶かした。苦さは正直どうしようも無いが、これで幾分かは飲みやすくなるはずである。

「ほ~ら、ちゃんと飲まないと、お友達とも遊べないよ?」

 とか言いながら、何とか薬を飲ませた。

「じゃ、横になって。ちゃんと寝るのよ」

 と、

「……おかーさん」

 いつもよりか細い声でクルムが呼ぶ。熱に浮かされているせいか、クルムの瞳はいつも以上にうるうるしている、気がする。

「……さびしいの、いっちゃ、や」

 手をマルタの方に伸ばす。マルタは一瞬考えた後、クルムの伸びた手を取り、

「じゃあ、寝るまではいっしょにいてあげる。だから、ちゃんと寝なさい?」

 そう言って、しばらくクルムに付き合うことにした。


 クルムが寝付いたことを確認したマルタがギルドハウスに下りてくると、

「あ、マルタさん。子ども達が来てますよ」

 ヴェリベルがマルタに声を掛ける。見ると、学校が終わった後すぐに駆けつけてきた、シモン、ライム、カリンの3人がいた。

「あら、いらっしゃい。でも、ごめんね~、丁度今クルム寝ちゃったの」

「今、クルムってどうなの?」

 シモンが聞く。

「朝よりはずっと落ち着いたわ。多分夜には治るんじゃないかしら?」

 マルタが言うと、3人は明るい顔をした。

「だから、明日また顔を見に来てくれる?」

「「「うん(はい)!」」」

 返事をして、3人は帰っていった。


 その後は特に何事も無く。強いて言えば、いつもは賑やかな魔物たちが静かなことが変わったことか。夕方になり、クルムはまた目を覚ました。

 朝、昼と続いただるい感じや熱っぽさは大分収まったように感じる。寝てろ、とは言われたけど、無性に体を動かしたい気分のクルムは、そっとベッドから身を起こし、床に裸足で立った。もちろん、寝間着姿のままで。

 そのまま静かな音で階段を下りる。壁に両手を付きながら、何とか階段を下りきると、いつもよりは静かなギルドハウスにアルスがいた。

「おとーさん」

 静かに呼びかける。アルスはそれに気づいた。

「お、クルム、起きてたのか。ベッドにいなきゃだめなんじゃないか?」

 そう言って、アルスはクルムを抱き上げた。クルムはなされるがままアルスに抱きつくと、そのまま甘え始めた。

「なんだ、なんだ。そんなに寂しかったのか?」

「……うん」

 クルムは顔を押し付けてしまう。アルスは笑っていた。


 しばらくそうしていると、買い物に行っていたらしいマルタが帰ってきた。ヴェリベルも一緒である。

「クルム、起きてたの? ちゃんとベッドにいなきゃだめじゃない」

 買い物袋を置き、クルムの額に手を当てる。朝よりは大分熱が下がったようである。

「ほら、熱いだろうけど、体が冷えちゃうから、これを羽織ってなさい」

 近くにあった大人用のシャツをクルムにかける。体がすっぽりと覆われてしまった。

「じゃあ私は帰ります。クルム君、また明日ね!」

「ああヴェル、ありがとうね、助かったわ」

 ヴェリベルはクルムに手を一つ振って帰っていった。クルムも小さな手を小さく振り返した。

「クルム、いま栄養のあるもの作るから、ちょっと待っててね」

 そう言ってマルタは厨房に入っていく。クルムはアルスに運ばれ椅子に座る。と、そこに魔物たちが近付いてきた。みんな心配そうにクルムを見ている。クルムは頭を撫でたりして、心配ないことを伝えた。



 翌日。クルムはいつもの元気をすっかり取り戻した。

「やっぱり子どもね~、治るのも早いわ」

「いいことじゃないか、子どもの特権だ」

 マルタと冒険者たちの面々は友達と駆けていくクルムを見送る。ギルドハウスの入り口から強面の男たちが顔だけ出しているという、中々シュールな朝の光景であった。

「さ、私たちも仕事……くしゅんっ」

「おいおい、大丈夫か? 気を付けろよ」

「へ、平気よ」

「クルムのがうつったんじゃないか?」

「ま、まさか……」

 その時、背中に寒気。嫌な予感が現実になる日はすぐに来てしまい、今度はクルムに心配そうな顔をされることになるのだった。

「人に風邪がうつる早さも、子どもの特権かしら……、くしゅんっ」

風邪は辛いですね。体はお大事に。

……とか言ってた筆者は、このお話を書き始めた翌日に風邪を引いて、3日近く仕事を休む羽目に……。呪いかな? ぶるぶるっ


次回もちょっとした小話ですよ? お楽しみに~。

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