ザ・ジャーニー・ホーム<ふるさとへ>
やっとできたぞー! なんだかんだと詰め込んだら長くなりました。
この章もこれで終わりです、どうぞ!
クルム達は、地上からどやどやと突入してきた兵士達に半ば抱えられるような形で、地上まで連れられた。地上は既に夕暮れを越して夜に差し掛かっており、雲一つ無い空には満天の星々が煌めいている。
その光景を見たクルム達はようやく助かった安堵からか、体の力が抜けその場に座り込んでしまった。子ども達の中には泣き出してしまう子もおり、先生が慌てて宥めに回っている。
クルムも同じように座り込んでいる。傍らにはペルルがずっと抱きついたままで、呆けたように空を見上げている。反対側にはここまで付いてきた植物の魔物がいて、何をするでもなく、ちょこんと座っていた。ちなみに、この魔物を初めて見た救出部隊の兵士達とひと悶着あったが、地下にいた大人たちの取り成しで何事も無く、クルムと一緒に地上まで引き上げられたのである。
「クルム君!」
遠くからクルムを呼ぶ声がする。クルムが声のした方向を向くと、見知った人間がものすごい勢いで走り寄ってくるのが見えた。
「ミラおねえちゃん!」
クルムも思わず叫ぶ。と、走り寄って来た人間――ミラが勢いそのままにクルムを抱き上げた。
「わぷっ!」
「クルム君、大丈夫!? ケガは無い!? あぁ、本当に、よかった……!」
そのままぎゅっと、抱きしめる。ミラの声は少し震えているようである。ミラはクルムが生きていることを腕の中のぬくもりから感じとっているが、
「もがもが、ん~!」
クルムは力いっぱい抱き上げられたせいで、今死にそうになっていた。
「ミラ、ミラ、そこまでだ! クルムが死ぬぞ!」
ようやく動けるようになったグレイブが合流し、ミラを止めた。
「えっ? あっ!」
慌てて腕の力を緩めると、クルムは目を回していた。
「きゅ~……」
「ああ、ごめん!」
クルムを地面に降ろすと、ペルルがクルムをかばうように奪い取った。心なしかミラの方を睨んでいる、気がする。
そんなやり取りをしている横では、
「おい、作戦成功の合図を出せ! 早馬もだ! 誰か、伝令に行ってくれ!」
「了解! 馬を一頭借ります!」
「『コード・ブルー』を上げます!」
城の兵士達が後始末をしていた。程なくして、作戦の成功を示す合図である、『コード・ブルー』が上げられた。それを何となく、全員が見上げた。すると、
「あっ、流れ星!」
声を上げたのは救助された子どもの一人。『コード・ブルー』が打ち上げられた先、絵画のような無秩序さで並ぶ星々の間を縫って、いくつもの光が流れ始めた。
「うわぁ……!」
復活したクルムも、傍らにいるペルルも、植物の魔物も、ただただ一心に光を見続けた。そして、誰ともなく顔を見合わせ、誰ともなく笑い合った。
「あっ、『コード・ブルー』です!」
夜ではあったが、かろうじて『コード・ブルー』の光が王城からも確認できた。
「うまくいったのか……?」
「とにかく、光があがった方の門に行ってみよう!」
王であるビジュを先頭に、何人もの人が我先にと駆け出し始めた。
『コード・ブルー』の上がった方向、南門にはビジュ達と同じく『コード・ブルー』を見た兵士や、時間になったため囮作戦を終了し帰還した冒険者、その他野次馬が大集合していた。
「おい、あれ、馬だ!」
誰かが声を上げた。確かに門の向こう側から馬がものすごい速度で駆けてくる。馬に乗った兵士は城門前までたどり着くと、あまりの人の多さに驚いていたが、ビジュを見つけると更に驚いて、慌てて片膝をつく。
「ああ、良い! それより、どうなった!?」
ビジュが問う。
「はっ、南側にて対象を発見、冒険者たちがサンドワームを引きつけている間に救助いたしました……」
一拍、耳が痛くなるほどの静寂。
「ペルル姫を初め、全員、無事に救助いたしました!」
その言葉が浸透するには多少の時間を要した。そして。
「「「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」」
大歓声が、喜びが爆発した。
「本当か! 生きているのか!!」
「はい、全員無事です! 大きなケガもありません! それで、移送用の馬車を手配したいのですが……」
「ああ! すぐに準備させるとも! おい、大型の馬車を用意させろ!」
ビジュが大声で指示を出す。周りが慌ただしく動き始め、約10分後に馬車が出発した。
それからしばらく。南門付近で見守るビジュ達の目に、一台の馬車が映った。周りを兵士や冒険者が取り囲んでいる馬車は、無事に南門に入った。
(おとうさま!)
ビジュの姿を見つけたペルルは、馬車から真っ先に飛び出し、ビジュの元に駆けた。
そして、ビジュに飛び込む。
「ペルル、よくぞ無事で……! 良かった……!」
ビジュはペルルをしっかり抱きとめる。周りは大歓声で包まれた。
遅れてクルム達が馬車から降りてくる。ものすごい大音声に目を白黒させている。
ビジュはひとしきり抱き合うとペルルを降ろし、クルム達の元にやってきた。
「子ども達よ、無事で本当に良かった。また、せっかく来てくれたのに怖い思いをさせて本当にすまなかった。せめて残った時間は心安らかに過ごせるよう全力を尽くそう。せめてもの、償いだ」
そして、一緒に落ちてしまった砂の国の大人たちの方を向き、
「皆、すまなかった。そして、ありがとう。こうして誰一人欠けることなく戻れたのは、君たちの尽力があってのことだろう。後ほど褒美を取らせたいと思うが、その前にゆっくり休んでほしい」
それを聞いた大人たちは顔を見合わせ、笑い合った。
子ども達は先生に連れられ、他の生徒たちが待つ王城に戻っていた。王城の入り口はもちろん、窓のそこかしこに子ども達や先生がいた。
「クルム―!」
「クルム君!」
「あ、みんなー!」
クルムの姿に気付いたマリーを含めたクラス全員が叫ぶ。他の子ども達も、それぞれのクラスの元に駆け出していた。
そして、クルムの元にも、クラス全員が駆け寄ってきた。
まずシモン、ライム、カリンが勢いよくクルムに飛びつく。
「クルム!」
「クルム、ケガは無い!? 大丈夫!?」
「ほんとう……に、ぐすっ、よかった……」
シモンがクルムの肩をばしばし叩き、ライムはクルムの体を心配し、カリンはクルムに抱きついて泣いていた。
次にヴァルターとレリアが、
「よかった、ほんとうにぶじで……!」
「もう、たくさん心配したんだから!」
ヴァルターが優しく撫でる。レリアは言葉はいつも通りだが、口調はとても優しくなっていた。両方とも目尻に涙を浮かべている。
その後ろからフィン、コナー、レナルドが、
「サンドワームに襲われて良く無事だったな!」
「よく戻ってきた。ホッとしたよ」
「お帰り。ケガしてなくてよかった」
3人でぐりぐりとクルムの頭を撫でる。クルムはまた目を回しそうになっていた。
そして。
「ほら、リピア」
「……」
最後にリピアとミルトニアが近付いてきた。
「クルム君、良かった……。無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」
ミルトニアが声を掛ける。すーっと、一筋の涙が見えた。
リピアは無言を貫いている。だが、クルムの不安そうな顔をした瞬間、がばっと抱き寄せた。
「こんどは……、クルムがいなくなっちゃうんじゃないかって……。また、ひとりになっちゃうんじゃないかって、すごく怖かったの……! クルム……!」
「おねえちゃん……!」
そこで色々な感情が押し寄せたのか、とうとうクルムも泣き始めた。それから数分、クルムはみんなの輪の中で、リピアの胸の中で、感情を吐き出すように声を上げ続けた。
ようやくクルムが落ち着いた頃、メイドの案内で一行は大広間に向かった。大広間に入ると、砂の国に来た最初の日と同じようなご馳走がずらりと並んでいた。
「我々にはこれくらいしかできないが、帰るときまでどうか楽しんでいってほしい!」
というビジュの言葉を合図に、子ども達はご馳走に突撃し始めた。
クルムもたくさんの食べ物にありついていたが、途中で大広間に入ってきたマリーに泣かれながらまた抱きつかれた。スプーンを持ったまま目を白黒させているクルムにひとしきり声をかけた後、クルム達を導いた先生のところに飛んでいき、頭を下げ続けた。お礼を言われた先生は、少し顔を赤くしながらもまんざらではないようだった。
そうこうしながらシモンやリピア達、そしてなぜかここまで付いてきた植物の魔物(大地の国側の人間は事情を知っている者が多かったため、『ああ、またか』で済んだ。ビジュには先生から報告され、入城が許可された)とガヤガヤやっていたところ、ちょっとしたドレスに着替えたペルルがやって来た。
「あ、ペルル!」
「あれ、姫様がどうしてここに?」
などと言っていると、ペルルはちょっと赤くなっている顔をクルムに向けた。
「?」
クルムはスプーンをくわえながら首を傾げた。
ペルルに連れられて、クルムは王城のバルコニーに来ていた。城の人間も大広間の宴会に参加しているため、近くには誰もいない。遠くから喧騒が聞こえてくる中、2人は向かい合う。
(あの、えっと……)
クルムの指に少しだけ触れながら、ペルルはうつむいてもじもじしている。
(えと、お礼が、いいたくて……。あのとき、本当にこわかったの……。でも、一緒にいてくれたおかげで、安心できて、その……)
自分が思っていることを整理できないまま、ぐちゃぐちゃの心を伝える。
「ぼくも怖かったよ……。でも、無事でよかった。きっと、ペルルのおかーさんも喜んでるよ」
(おかあさま……)
クルムの言葉にペルルは下を向く。一つ、雫が落ちる。
「だから、また元気でいれば、きっとみんなも喜んでくれるよ、たぶんだけど……」
何とか元気づけようとしているのか、わたわたと励ましの言葉を重ねる。その姿にペルルは、心の中でクスリと笑った。そして、
(うん……、そうだね……。ありがとう、おにいさま!)
ペルルがクルムに近付く。クルムの頬に柔らかい感触。
ささっと離れたペルルは、そのまま走り去ってしまった。その直前、耳まで赤く染まっていたのが見えた。
ぽかーん、と立ち尽くすクルム。そして一言。
「大広間って、どっちだっけ……?」
騒がしい夜が明け、クルム達が大地の国に帰る日が来た。
ビジュからの、「またいつでも遊びに来てくれ、歓迎するぞ!」という言葉を背に受けて、馬車の列は動き出した。王城の一室にはペルルがいて、動き始めた馬車の列をじっと見ていた。
(さようなら、おにいさま……)
自分の胸に手をあてて、いつまでも馬車の列を見送り続けた。
クルム達は馬車の中でいろいろな話をした。クルムは地中の大冒険の話を、フィン達は実習で真昼の砂漠を体験させられた話を面白おかしく脚色した。途中、リピアがクルムを心配するあまりビジュに食ってかかった話も飛び出し、リピアが恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしたのはご愛敬である。
結局、クルムが癒した植物の魔物はクルムが連れ帰ることになった。理由は色々あるが、砂の国に置いていっても扱いに困ることや、魔物自身がクルムから離れたがらなかったことが大きかった。クルムと同じ馬車に乗っているが、例によってシモン、ライム、カリンと真っ先に仲良くなったのである。
さて、馬車の列は行きの際も一泊した「西の都市」に着き、またここで一泊することになった。ここでクルム達はお土産を買うために色々な店を回り、時間いっぱいまで買い物を楽しんだ。
翌日、馬車の列は「西の都市」を出て、いよいよ中央都市に向かう。クルム達は長旅で疲れ果てたのか、リピアやミルトニアにもたれかかってすぅすぅと寝息を立てていた。リピアはそっとクルムの髪に触る。クルムの寝顔がふにゃっと緩んだのを見て、リピアはくすっと笑った。
「……ルム、クルム!」
ぼんやりとした意識の中、クルムはリピアに起こされる。
「ほら、中央都市よ!」
その言葉で一気に覚醒したクルムは窓の外を見る。そこは確かに中央都市だった。クルム達はとうとう帰ってきたのである。
「それじゃ、みんなの家の近くまで送るからね! あと、学校は明日とあさってはお休みよ! しっかり休んで、また元気な顔を見せてね!」
マリーが馬車の中でこれからの予定を説明すると、全員が自分の荷物をまとめ始める。馬車が停まると一人、また一人と馬車から降りていく。
「それじゃクルム、またね」
「うん、バイバイ!」
リピアも自分が住んでいる喫茶店の前に着くと降りて行った。
空いた席には今まで外で護衛を続けていたグレイブ、ミラ達が乗り込み、一路ギルドハウスに向かう。
「じゃあ、みんなはここね。また学校でね!」
クルムが暮らすギルドハウス前に着き、馬車から降りたクルム達にマリーが声をかける。そして馬車は走り去っていた。
「じゃクルム、またな!」
「また遊びに行こうね!」
「ちゃんと休んでね?」
シモン、ライム、カリンからそれぞれ声をかけられ、そして別れていった。クルムは目の前のギルドハウスを見る。一週間ほどの旅だったが、自分の暮らしている家がひどく懐かしく思えた。
勢いよくドアを開ける。中にいる冒険者の視線が集まるが、意に介さず右、左と見回す。目的の人物はすぐに見つかった。
「おとーさん!」
駆け出し、おとーさんと呼んだ人物――アルスに飛びついた。
「うお、クルム!」
一瞬驚いたアルスだが、すぐにクルムを抱きとめた。
「お帰り! 楽しかったか?」
クルムは一つ頷き、アルスの体に顔を埋めた。ぎゅ~っと、力いっぱい抱きついてくるのを感じる。その感触に泣きそうになっているアルスは入り口を見て固まった。なぜなら、見覚えのない魔物がとてとてと入って来たからである。
(ま、まさか……、またやったのか!?)
「な、なぁクルム、あの魔物……」
アルスの言葉は途中で途切れた。なぜなら見上げたクルムの顔がとろけるような、というかとろける満面の笑みを浮かべていて、目の端が少し濡れていたからである。
(まぁ、いいか……)
その顔を見たアルスはクルムに問いかけるのを止めた。まあ、何とかなるだろうと、そう思うことにした。
それからしばらくしてマルタが帰ってきた。仔狼のフェリと仔ドラゴンのメルを散歩に連れていたようで、2匹も一緒だった。
「おかーさん! みんな!」
それまでずっとアルスにくっついていたクルムは、今度は勢いよくマルタに飛びついた。
「あらクルム! 帰ってたの! お帰り!」
フェリとメルも飛び上がって喜んでいる。クルムはそのままマルタにくっついて離れなくなった。周りの冒険者たちはクスクスと笑い合っていた。
どうにか落ち着き、夕飯を食べ終わった頃、クルムはうつらうつらとし始めた。
「クルム、眠い?」
クルムはこくんと頷く。
「じゃ、お風呂入っちゃいましょ。もう少しだけがんばって」
そういってマルタはクルムを抱えて席を立つ。言われた通りがんばってお風呂に入ったクルムだったが、途中で意識を手放してしまい、最後はマルタに抱えられてベッドに運ばれた。こうして、クルムの長い旅は終わりを告げたのだった。
それから一か月ほどが経った。暑い夏は残暑に変わりはじめ、秋の気配が遠くから一歩ずつ近づく気配がする。クルムはギルドハウスの受付嬢であるヴェリベルの膝上に乗り、一緒に冒険者を見送っていた。
「ねえ、そういえばクルム君、知ってる?」
膝上にいるクルムを撫でながらヴェリヴェルが話し始める。
「なーに?」
「クルム君が前にいった砂の国、あるでしょ? あそこから留学っていって、何人かが中央都市の学校に通うために来るんだって」
「そうなんだ!」
なんて他愛のない話を続けていたところ、表がにわかに騒がしくなった。
「あら、何かしら……」
ギルドハウスでのんびりしていた冒険者たちもドアの方を見始める。と、いきなりバーン! とけたたましくドアが開いた。
ドアを開けたと見られる人物は小柄な人物だった。クルムより少し背が低いくらい、砂の国特有の服装に身を包み、少し茶髪がかかった肩まである髪を振り回しながら、ギルドハウスを見回す。それから、クルムに気付くと、満面の笑みでクルムの方に向かってきた。そう、その人物とは、
「……ペルル?」
「ペルルって?」
「砂の国のお姫様……わぷっ!」
最後まで言い切る前に、ペルルに飛びつかれた。
「お姫様……?」
「砂の国……?」
一拍置いて。
「「「なにぃーーー!?」」」
ギルドハウス中が驚きに包まれた。それにも構わずペルルはクルムにぎゅっと抱きついている。クルムはポカーンとしているが、ペルルは大変幸せそうに頬を染めながら笑い続けている。
……後から聞いた話によると、ペルルがビジュに頼み込んで留学に参加できるよう頼み込んだらしい。そして(半ば)無理やり中央都市にやって来たそうである。クルムがどこに暮らしているかは、先に向かった学校でマリーに聞いたようで、情報を得た瞬間学校を飛び出していったそうな。
なお、マリーの計らいでクルムと同じクラスに入ることになった。知り合いがいた方が何かとやりやすいだろう、という配慮である。かくして、クルム達のクラスに新しい仲間が一人増えたのだった。
???《ララ~ラ~♪ 我々の美声を聞きたまえ》
最新作、来年発売になっちゃいましたね。この渇きをどこにぶつければいいのか!
それはともかく、第3章がやっと終わりました。途中さっぱり投稿できず、いつにも増して亀進行でしたが、お付き合い頂きましてありがとうございました!
PV数もユニーク数も伸び続けていて、大変ありがたい限りでございます。
今回もご都合主義的な展開になってしまいましたので、もっと良い話を作れるように精進します。
それでは今後とも、当作品をよろしくお願いいたします!
このお話が、皆様の彩りになりますよう……。




