サイレント・プリセンス<沈黙の真珠姫>
自分も予想してなかった連続投稿だぜ!
今回も重たい過去の話ですが、リピアの時みたいグロは無いです。
今から7年前。ビジュは王妃との間に子どもを設けた。その子どもはペルルと名付けられ、多くの人々の愛情を受け、すくすく育った。
その明るさ、可愛らしさから、やがて誰ともなく「まるで砂漠の中に輝く真珠のようだ」と評するようになった。そこから、「真珠姫」という愛称がつくまでにさほど時間はかからなかった。
ペルルが4歳になった時のことである。ある日、ビジュ、王妃、そしてペルルは護衛と首都の外に出かけていた。とある街がサンドワームによる被害を受けたとのことで、実態調査に向かうことになったのである。
本来なら王妃やペルルは置いて行くところだが、被害を受けた街は王妃の出身地だった。王妃自身が同行を強く主張したため、今回に限り許可した。
この時点でペルルを連れていくつもりは全く無かったが、馬車が首都を出た後、荷物の間に隠れていたペルルを発見した。どうやら、父親と母親が揃って出かけるところを目撃し、自分だけ仲間はずれにされると思い、馬車にこっそり乗り込んでいたらしかった。今から引き返すわけにもいかず、そのまま連れて行くことにしたのである。
「今にして思えば、無理にでも引き返しておけばよかったかも知れない。そうすれば、きっと……」
その後、馬車は予定通り目的の街に到着した。早速調査が開始されたが、もはや廃墟と言ってしまった方が正しいくらいに荒らされていた。この街は水源が少なかったせいで、サンドワームが避けることは無かったのである。
冒険者たちがある程度間引いたとはいえ、いつまた襲ってくるか分からない緊張感の中、調査は素早く進められた。王妃も生き残った人々に声を掛け、時に傷の手当てを行った。
そして数時間後。街の調査は終了し、生き残った人々は首都から引っ張ってきた馬車、そして運よく街に残っていた馬車に分乗して避難することになった。
お互い手を取り合いながら生き残ったことに感謝して、馬車に乗る人々。満員になった馬車から順次出発し、間もなく全員が馬車に乗り終わるというところで。
突然の振動。確認するまでもなく理解した。サンドワームが戻ってきたのだと。
たちまち周囲はパニックに陥る。幸い、それなりの数の馬車は既に出発していたものの、まだ多数の人間がその場に残っていた。
そして、それにはビジュ、王妃、ペルルも含まれていた。最後の民が避難し終わるまで自分はここにいる、とビジュが主張したためだった。王妃もそれに従ったのである。
護衛に付いていた兵士、冒険者が避難する人々の前に、盾となるように並び、武器を構える。その後ろでは人々が早く馬車に乗るよう、騒ぎ立てていた。
そして、サンドワームが姿を現す。よりにもよって、避難用の馬車の近くに。人々の騒ぐ声に反応したのである。恐怖心を呼び起こされた人々のことを考えれば、無理のない事ではあったが。
不意を突かれてしまった兵士と冒険者たちだが、すぐに立ち直り、サンドワームに攻撃を始めた。周囲にはその喧騒に引かれたのか、サンドワームが続々と姿を現していた。
ビジュは王妃とペルルを馬車に乗せようとして、最後に残っていた避難用の馬車に向かう。周囲の兵士も続いた。だが、更に振動が起こる。
「あっ……」
体の小さいペルルはその振動に耐えられなかった。地面に倒れ伏してしまう。その後ろに振動を起こした元凶、サンドワームが姿を現した。
「ひっ……」
巨体の口が向けられ、ペルルは身動きができなくなってしまう。ギザギザに並んだ歯が、まるで処刑用のギロチンのごとく、ペルルに対して存在を主張する。
「ペルル!」
そこにビジュが戻ってきた。素早くペルルを抱え上げ、走り出す。入れ替わりで走り寄ってきた兵士たちが、サンドワームを足止めする。程なくして、サンドワームが地面に潜っていった。
「あなた、ペルル、こっちよ!」
一足先に馬車の近くに戻ることのできた王妃が叫ぶ。
「よし、乗れ!」
ペルルの体を押し込み、王妃が乗り込む手伝いをし、自分の体が馬車に半分入ったところで。
再び、サンドワームが現れた。位置は、ビジュ達の乗り込んだ馬車の左隣。
そこで、馬車に繋がれている馬の我慢が限界に達した。御者の命令を聞かず、走り出したのである。
「きゃっ!」
「くそっ!」
馬車が傾きかけるが、何とか持ち直し、走り始める。揺れる中でビジュは、何とか体を馬車の中に押し込み、手近な物に捕まることができた。
後ろからは猛然とサンドワームが追って来る。御者が何とか走る方向をコントロールしようと手綱を引く。だが、あまり効果は無いようだった。
「くそっ! 馬が言うことを聞かない!」
「そのままでいい! とにかく走らせろ!」
多少馬車は安定したが、それでも揺れは収まらない。王妃はペルルの体を包み、自分の身を低くしていた。
その時、いきなりガタン、と馬車が揺れた。衝撃が走る。
「うわっ! 何だ!」
御者の叫びに答えられる者はいない。突然の振動に耐えるので精一杯だからである。
更に衝撃が追加された。
「サンドワームが、追いついたのか……!」
辛うじて外を見ることができたビジュが、うめき声を上げる。馬車と並ぶように、サンドワームが姿を現したのが見えた。どうやら、先ほどから馬車に体当たりをしていたらしい。
そして。三度目の衝撃が馬車を襲った。そこで、馬車のバランスは限界に達した。
馬車の中が撹拌される。人が、物が、区別なく回る。
その混沌の影響を最も受けたのは、やはりペルルだった。
その身が、馬車の外に投げ出されようとしていた。
ビジュが手を伸ばそうとするが、彼の身は馬車の奥にあった。
だが、ペルルの手は掴まれた。
ぐっ、とペルルの身は馬車の奥に投げられた。
それを為したのは。
ペルルが受けるはずだった衝撃をかばったのは。
……王妃だった。
王妃の身が馬車の外に投げ出される。
直後、サンドワームが地中から現れる。
凄まじい勢いで、その巨体が天に昇る。
そして、馬車の脇を通り過ぎるように地中に潜っていった。
ペルルが見たのは、そこまで。
馬車の回転が、意識を強制的に奪った。
意識を失う直前、王妃が最期に浮かべた優しい笑顔が、いつまでも瞼に焼き付いていた――。
「その後、我々は退却してきた冒険者たちの馬車に発見され、救助された。その後、八方手を尽くして王妃を探してくれたようだが、遺体や遺品は見つからなかった」
「じゃ、じゃあ、姫様がしゃべれなくなったのは……」
「ああ、君たちの想像通りだ。……数日間はろくに飲食してくれなかったよ。ずっと部屋に閉じこもっていた。やっと出て来てくれた頃には、……言葉が失われていた。それから長い時をかけて、笑ってくれるようにはなったが、時々見ていられないくらい、痛々しいんだ。まるで、全ての感情にフタをして、笑顔の仮面を張り付けてるようでな……」
その悲惨に、誰もが言葉を失った。
「だから、クルム君と一緒にいるペルルを見たときは、心底驚いた。心の底からの笑顔だったからな。あるいはそれがクルム君の魅力なのだろうな」
そして、昔話は終わった。
「長居してしまったな。とにかく、我が国が全力を挙げて、全員を救助すると誓おう。『王』の名にかけて」
ビジュは立ち上がり、扉を開けた。
「……これから、どこへ?」
リピアが尋ねる。
「諸君以外のグループがいる部屋に。一つ一つ説明して回らなければ、な。それがこういう時に現場に行けない『王』の責務というものだよ。……ではな」
扉が静かに閉められた。後には再び、沈黙が残された。
次はクルム達の視点からスタートです。やっとだよ……。
というか、分割してなかったら7,000字くらいになってた計算になるので、どんだけ詰め込んだのかと。
これがいわゆる「一話がいつの間にか長くなってる症候群」という、物書きにはありがちのパターン、というやつですね。
それでは次回もお楽しみに!




