グラウンド・キングス<砂中の王者>
いやー、最近寒くなりましたね。
雪国の皆様、毎日お疲れ様です。
毎日雪かきとか、想像もできないですね……。
クルム達が砂の国の首都で2日目を迎えた頃、中央都市では。
「……」
カリカリカリ……
「……」
トントン……
「なあ、お前ら……」
中央都市のギルドマスター、カイゼルがこめかみを抑えて言った。
「ん、あんだ?」
アルスが応じるが、覇気が無い。
「クルム君がいなくて寂しいのは分かるがな、も少しシャキッとしろよ……。ウチの連中が駆け込んで来たときは何事かと思ったよ」
「ああ、そうだな……」
返事はなおざりだった。
「こりゃ、重症だ……」
カイゼルは呆れかえってしまった。
発端は先日にまでさかのぼる。ギルド職員がアルス達の様子を報告してきたのだが、その内容はどうにも静か過ぎるという、わざわざ報告する価値があるものか微妙なラインのものだった。
何となく原因に心当たりがあったカイゼルは、仕事の合間、息抜きを兼ねてギルドハウスを訪ねてみた。その結果は案の定だったのである。
「クルム君が出掛けてから翌日までは良かったんですけどね……。昨日からずっとあんな感じですよ」
受付に座るヴェリベルはため息を一つついた。
「そういや、お前さんは大丈夫なのか?」
「私はそこまで依存している訳じゃないですから……」
「……本音は?」
「すごく寂しいです。帰ってきたら、ギュってしたい……」
「だめだ、こりゃ……」
中央都市の時間はいつも通り、緩やかに流れている。その中で時折、ドラゴン襲撃で破壊された城壁の修復音が響いていた。
所変わって砂の国の首都。ギルドハウスにて。
「はあ……」
ミラは今日何回目になるか分からないため息をついた。
「お前、最近元気ないな。どうかしたのか?」
知り合いの冒険者が声を掛けてきた。
「クルム君にずっと会えてないの……」
「誰だそりゃ? 彼氏か?」
「何? ミラに彼氏だって~?」
ミラの呟きが周りに誤解されたまま広まっていく。
「おい、マジかよ。今まで浮いた噂の一つもないカタブツだと思ってたんだがなぁ~」
「まあ、ナンパしてきた奴をことごとく返り討ちにしてればな……」
「しかし、『クルム』って誰だ? そんな奴冒険者にいたかな?」
「もしかしたら新米かも知れないぞ。多分ミラが色々教えてるんだろ。で、そのうち情が移って……」
「なんだその妄想……」
「だってそうじゃないと説明つかないだろ。俺らのうち誰も知らないんだぞ」
そして誤解が妄想を生み、ますます膨れ上がっていく。彼らは『クルム』がまだ10歳にもなっていない子どもであることなど、想像もできないのだった(当たり前といえば当たり前だが)。
「ああ、クルム君……、なでなでしたいなあ……」
ミラが呟くタイミングでグレイブがギルドハウスに入ってきた。そして呟きがしっかり耳に入ってきた。更に周りの冒険者たちが話している内容を聞いて、
「……はあ」
面倒なことになったと、ため息が出た。何だか、頭が痛くなってきたような気もする……。
首都から少し外に出たところで。
「……俺たち、ここで何してるんだろ……」
砂漠の上に立つフィンが呟く。
「何って、そりゃ授業だろ……」
律儀にコナーが応じる。
「何で砂漠の国にまで来て、こんなことやってんだ……」
更にフィンが呟く。拭いても拭いてもとめどなく汗が流れ続ける。それをもたらしている太陽は、ギラギラと変わらぬ調子で光と熱をまき散らしていた。
「何でか先生たちがはりきっちゃってるからね……」
フィンの後ろに立つレナルドがぼやく。
彼ら冒険者コースの生徒たちは炎天下の砂漠で一体何をしているのかというと、特別授業の一環で現地の冒険者と砂漠の環境を体験している真っ最中なのだった。
「ていうか、ミルトニアとかリピアは何してんだよ。あいつら魔術士のコースだけど、冒険者向けの授業もあるはずだろ……」
「何か避暑の魔術の実習やってるらしいぞ」
「くそ……、俺らにこそ必須の魔術じゃないか……」
ぶつぶつぶつとぼやき続けるが、そんな個人の事情に構わず授業は進んでいく。
「さて、冒険者は仕事の舞台をえり好みできないんで、砂漠で依頼をこなすことも良くある。んで、今回は砂漠で仕事するときのコツ、というか鉄則みたいなのを話そうと思うんだが……」
生徒たちの前で教師役の冒険者が話し始める。
「まず第一に、今みたいに真昼間に出歩くのはなるべく避けろ。止めたほうが良い」
生徒たちの殺気濃度が上がった。
「あー、言いたいことは分かるが話を聞いてくれ。この砂漠の環境、どうだ? 暑いだろ?」
全員が勢いよく首を縦に振った。
「足元は砂でまともに動くこともできず、暑さと重なって体力がどんどん減っていく。そんな状態で魔物とやり合ったりしようなんて無謀の極みだ。現地の人間でさえ、昼間は室内にいるくらいだからな」
「じゃ、依頼を受けたときはどうするんですか?」
生徒から質問が飛ぶ。
「移動は基本夜明け時だな。気温が上がり切るまでの間に済ませるんだ。どうしても時間がかかりそうなら野営の準備をした上で日暮れ時に移動するようにしてる」
「どうしても昼間に動かなきゃいけないときは?」
「そんときゃ十分な水、塩を用意した上で乾燥に強い動物、例えば駱駝なんかを連れていく」
「なんで動物を?」
「お前ら、こんな暑さで重い荷物を持ちたいか?」
全員が首を横に振った。
「そういうこった。採集した成果品なんかを持ってもらうのさ。もちろん、夜明け時とか日暮れ時とかに出かけるときも連れて行くケースは多いな」
それから、集団は少し移動した。
「全員止まれ。さて、砂漠で動くときの天敵を今から見せてやろう」
冒険者はそう言って、ポーチから手の平サイズの石を取り出した。
「あそこだな……」
そして、石を投げた。不自然に小高く砂が盛り上がっているところに石が落ちる。すると、ズゴゴゴ……、と辺りが揺れ出した。
「わ、何? 何だ!?」
「静かに! 出てくるぞ」
冒険者が言った直後、ばさぁ、と砂をまき散らしながら砂中から芋虫のようなものが出てきた。しかし、芋虫にしてはかなり大きい。
「あれが……」
「この砂漠の王者、食物連鎖の頂点、サンドワームだ」
サンドワーム。砂漠の地中に棲むこの生物の見た目は芋虫そのままである。ただし、個体差はあるものの非常に巨大で、平均体長は10mほどでなる。地中に生息している関係で目は退化しており、主に音、振動などを感じ取り獲物を捉える。主食は動物(人間含む)、または砂。正確には、砂に混じっている鉱石や微生物などを食べる。それら以外に体内に入った砂は肛門から排出されるのである。土の栄養を取り込んで砂に変えてしまうため、砂漠化の一因として挙げられることもある。
サンドワームの皮は他の素材と比べると柔らかく丈夫なので、古くから砂の国では加工品として親しまれている。水漏れを起こすことも無いため、水筒などのような水物を運ぶ道具としても使われている。ただし、前に述べた通り基本的に砂中に棲んでいるため、狩るのは難しい部類に入る。現在ではサンドワームの特性を逆手に取り、大きな音を立ててサンドワームが地上に這い出たところを仕留める、という方法が主流になっている。
乾燥した砂漠地帯で育ったせいか水が苦手なようで、オアシスや川など、水のある所には近寄らない。砂の国の人々がオアシスの近くに街を作るのは水源確保以外にも、サンドワーム除けという目的もあったりする。
冒険者が投げた石に反応して現れたサンドワーム。しばらく直立していたかと思うと、するすると地中に戻っていった。
「サンドワームはああいう変に砂が盛り上がったところの下でじっとしていることが多い。それで音がしたところの真下から現れて、一気に獲物を捕らえる、という訳だ。はっきり言ってよほど慣れていない限り、ああいうのは見つけられん。だから砂漠の移動はきちんと整備された街道を通ることを勧める」
生徒たちから反応は返って来ない。
「あれ? どうした?」
よく見ると、生徒たちは全員砂まみれになっていて、心なしかこちらを見る目が険しくなっていた。
「……あ~、あれだ。慣れだ、慣れ。砂くらい気にしてたら冒険者なんてやってらんないぞ」
生徒たちの殺気濃度が更に上がった。
戦闘が、戦闘がない! 書くチャンスもない!
まあ、砂漠にいるヤツなんて、ケンカ売ったら大変なことになるようなのばっかりですからね。
三十六計逃げるに如かず、一番賢いやり方は「戦わない」ことなのです。
それでは次回もお楽しみに!




