そして少女の世界に、光がもどった
さあ、お待たせしました。
連休って、サイコーね!
え、明日? サテ、ナンノコトヤラ……。
「それ、どういうこと……?」
リピアの声が震えている。
『言ったまんまの意味だよ! 集落を襲ったドラゴンの特徴をよく思い出してごらん!』
言われてリピアはあの時のことを思い出す。奥底から、黒いものが湧き上がってくる。苦しくて、悲しくて……。もやがかかって、良く思い出せない……。
『そうか、まだ克服できたわけじゃないのか……。ふぅ、仕方ない、このままじゃあのドラゴンもかわいそうだからね。今回ばかりは答えをあげようか』
「……」
リピアは苦しげにうつむく。
『あの時のドラゴンは全体的に赤黒だった。そう、赤いのと黒いのが混じり合ってる感じだったね。今目の前にいるドラゴンは確かに赤いけどピンクに近い。それに黒いのは体にまとわりついている感じだ』
「……」
『それと、あれは正気を失っている状態だね。普通のドラゴンだったら人間がたくさんいるような所を襲う訳がない。頭が良いから、自分からトラブルを振りまくマネはしないんだよ』
「……そんな、でも……」
『目が血走ってるだろう? 集落を襲ったドラゴンもそうだった。《精霊化》し終わってからリピアの元にたどり着いた時、あのドラゴンの目は藍色になっていた。一回はリピアに首を伸ばしたけど、何もせずに去っていったのさ。多分、正気に戻ってたんだと思うよ』
諭すような老婆の言葉に、リピアは何も言えなくなった。
「それじゃあ、わたしはどうすればいいの……?」
『何もするな、と言いたいけど……。そこの坊やがやる気まんまんだからねえ……』
「え……?」
クルムの方を見る。
「だって、あのドラゴン、ずっと苦しんでで、かわいそうだもん。助けなきゃ!」
クルムの瞳には決意が籠っていた。
「な、何言ってるの……? 助けるって、相手は魔物なのよ……?」
「ずっと苦しいって、痛いって、悲鳴を上げてて……。あの黒い、なんだかこわいもののせいみたいなんだけど……」
「黒いのって……」
『私にも分からないんだけど、どうもその坊やには何か感じるものがあるようだね。ウソを言ってるようにも見えないし』
「おねえちゃん、ぼくはあのドラゴンを助けに行きたい」
『助けに行くのはいいけど、あてはあるのかい?』
「ぼく、いやしの魔術使えるから、それで助ける!」
『癒し? その年で? そりゃすごいけど、そんなので大丈夫なのかい?』
「大丈夫だよ! どこが痛いか分かるもん!」
『……これもウソを言ってるように見えない、か。……ふぅん、信じてみようかね』
「え! おばあちゃん、本気なの!?」
『私たちじゃどうしようもないからね。この坊やには何か方法があるみたいだし、それに賭けてみるしかないね』
「でも、わたし、もう魔素使いきっちゃって……」
『魔術なら私たちが補助するから、さあ、行くよ!』
フェリが睨みを利かせたお蔭か、ドラゴンが動き出すことは無かった。ただし、味方の冒険者たちも目の前で起こっている事態に混乱していたため、こちらもまた動けずにいた。
「くそ、今がチャンスなのに……!」
「もう少し待て……!」
リピアの元に駆け寄ろうとする店主をアルスが必死に止める。もしドラゴンが動き出したときのことを考えると、リスクを冒すことができなかった。
(俺だってすぐにクルムを助けたいさ……!)
その時、ずっと座り込んでいたクルムとリピアが動き出した。
「あ、動き出した。どうするのかしら……」
冒険者たちの前で、事態が動き出す。
「フェリ」
クルムがフェリに声を掛ける。じっと目を見つめ、意志を伝える。
「クルム……、本当に、やるの?」
あれからずっと握ったままだった手に力を込め、リピアが問う。
「うん、ぼくが、たすけるの」
クルムはいつもとは違う、はっきりとした口調で答えた。
「どうして? 死んじゃうかも知れないのに?」
重ねて問うと、クルムはリピアの方を向いて、にっこりと笑った。
「だって、ほっとけないんだもん」
クルムはフェリに飛び乗る。フェリは凄まじい速度でドラゴンに向かって走り出した。
『さあ、覚悟を決めな!』
老婆からの声が響く。
「……ああもう!」
リピアは頭をかきむしりながらも集中する。
魔素は精霊から借り受ける。
そしてイメージ。
クルムはドラゴンに向かっている。
ドラゴンは迎撃しようとしている。
自分は何をするべきか。
ドラゴンが火球を吐く。
白い狼はひらりとかわす。
外れた火球は冒険者たちとは違う方向に飛んで行った。
それならそっちの被害を気にする必要はない。
ドラゴンは動き出そうとしている。
いつの間に治したのか、翼を広げて飛ぼうとしている。
白い狼がたどり着く前に飛んでしまうだろう。
時間がない。
ならば、今必要なのは。
『縛る夢想曲!』
――風が、ドラゴンの四肢と翼にからみつく。
精霊の力を借りた魔術が、ドラゴンの動きを止める。
だがドラゴンはもがき、風の束縛を抜け出そうとする。
持ちこたえられない。
抜け出される。
止められたのは時間にしてわずか。
だが。
それだけで十分だった。
フェリの上にいるクルムが。
ドラゴンにたどり着いた。
首の付け根あたりにしがみつく。
(大丈夫)
心の中で語りかける。
(今、治してあげるから――!)
そして体内の魔素を解放する。
『いやしの聖光――!』
――クルムの体から、あたたかい光が溢れだした。
ドラゴンの体も光に包まれ始める。
突然、ドラゴンが苦しみ始めた。
黒い何かが鳴動を始める。
ドラゴンがもがこうと暴れ始める。
が、風の束縛が邪魔をする。
クルムは必死に魔素を解放し続ける。
と、光が突然弱まってくる。
『まずい、魔術の影響が小さくなってる!』
老婆が叫ぶ。
リピアは自分の魔術に集中していて、手助けすることができない。
(どうすればいいの……!)
クルムは体力の限界が近いのか、肩で息をしている。
フェリもドラゴンに飛びついているが、効果は薄いようだ。
(誰か……)
遅まきながら冒険者たちも動き始めたが、間に合いそうにない。
(誰か……!)
リピアは叫ぶ。
「助けてあげてよぉ……!」
それは突然起こった。
ぶわりと、クルムから出る光の量が増えたのである。
リピアは茫然とそれを見つめている。
冒険者たちも足を止めてしまった。
光の量が多すぎてクルムの様子は分からない。
老婆が呟く。
『精霊が、自ら坊やの元に……?』
リピアが叫んだ直後、周りを回っていた精霊のいくつかが、クルムの元へ飛んだのである。
そして、精霊から魔素を受け取ったクルムは、次の魔術を紡ぐ。
『天使の聖光――!』
――そして、あたたかい光は、完全にドラゴンを包み込んだ。
あまりのまぶしさに目を閉じそうになるが、かろうじてそれは見えた。
溢れる魔素が、天使の羽のように、広がった。
そして、光が辺りを白に塗りつぶした。
光が収まると、先ほどまで暴れ回っていたドラゴンはいなかった。ウソのように辺りは静まり返っている。
「クルムは……!?」
辺りを見渡すと、巨大化したフェリがこちらに近付いていた。思わず武器を構える面々。アルスがそれを制する。
「あれ、背中に……?」
ミラがフェリの背中にある何かに気付く。そうこうしている間に、フェリはアルス達の元にたどり着き、体を低くした。背中には、気を失い眠っているクルムと、クルムに抱き抱えられた小さな生き物がいた。
「これ、ドラゴンか?」
「え?」
その生き物をよく見る。
「本当だ。これ、ドラゴンの幼体よ」
ミラが呟く。確かに先ほどまで暴れていたドラゴンをそのまま小さくすれば、今クルムに抱えられている仔ドラゴンになるだろうと思われる。
「……これの体には、あの黒いのは無いのか」
今度はアルスが呟く。仔ドラゴンの体はキレイなピンク色で、あの黒い何かはまとわりついていなかった。と、フェリが口から何かを落とした。
「何だ、これ?」
その欠片は宝石に見えた。だが、うまく言い表せない、何かおぞましい魔素のようなものを感じた。
「どういうことだ……?」
アルスは空を見上げる。いつの間にか夜は明け、地上での騒ぎなどお構いなしに、いつも通りの青い空と白い雲が浮かんでいた。
すこし離れたところでリピアも空を見上げていた。青い空と白い雲が、その色彩そのままに、リピアの瞳に映った。あのぼんやりとした灰色のフィルターは、いつの間にか無くなっていた。
『……少しはすっきりしたかい?』
老婆が問う。
「……わかんない」
少女は答える。
それは半分本当で、半分ウソだった。確かに、ずっと心の中にあった重石のようなものは無くなり、なんだか体も軽くなっていた。けれど、代わりに心にぽっかり穴が開いたような、何とも言えない寂しさがじわじわと染み出していた。
やっと、実感したのだ。あの時、みんな死んで、壊れて、無くなってしまったのだと。たとえ、ドラゴンを殺したとしても、二度と戻って来ないのだと。
全部を理解できた訳ではない。だけれど、今はそれで十分だった。それを実感できた時、世界に色が付き始めた。それは、ずっと忘れていた感覚だった。
そして少女の世界に、光がもどった。
この話が最後と言ったな。あれはウソだ。→ウワアァァァァァ!!
……はい、すみません。次が第2章のエピローグです。
どうか最後まで、よろしくお願いいたします!




