銀の狼の未来を継いで
お待たせしました。第1章、最終話です。
「シルバーウルフ……! どうやって村の中に!」
大人たちが戦闘態勢を取る。それを見たシルバーウルフはゆったりとした動きで、顔をクルムに近付けた。
「クルム! 離れろ!」
クルムは動かなかった。じっと、シルバーウルフの目を見つめている。その顔には笑顔が浮かび、それはどこか、大人たちに内緒でひそひそ話をしているときのいたずらっぽい雰囲気だった。
やがてシルバーウルフが顔を上げた。同時にクルムがとととっ、とアルスに駆け寄り、手をギュッと握った。すると、
『人の子よ。驚かせてしまい申し訳ありません。私の声が聞こえますか?』
という声がシルバーウルフから聞こえてくるではないか。
「へ……? な……、しゃべ……!?」
あまりの事態にまともな言語を発せないアルス。それを周囲が怪訝な顔をして見つめる。
「ちょっとアルス、何言ってるの?」
「お前ら聞こえなかったのか!? シルバーウルフが人間の言葉をしゃべったんだぞ!?」
「ちょっと、ショックで頭おかしくなったの? そんなの聞こえなかったわよ。てか、魔物が人間の言葉をしゃべる訳ないじゃない。ドラゴンじゃあるまいし」
アルスの言葉を、マルタが一刀両断した。
「おかーさん、おかーさん」
「ん、クルム、どうしたの?」
クルムが手招きするので、マルタが近付いた。するとクルムが空いている方の手で、マルタの手をギュッと握った。
『こうして真夜中に来てしまったことはお詫びいたします。どうか、私の話を聞いて頂けませんでしょうか』
マルタはアルスと同じ表情を浮かべた。
『……落ち着きましたか?』
「……ああ、みっともない所を見せた。申し訳ない」
何か酸っぱいものを一気飲みしたような顔をしたアルスが告げた。アルスとマルタが見せた反応を、残りの大人たちもきっちり見せてしまったのである。今はクルムの右手をアルスが、左手をマルタが握り、クルムの頭にグレイブが触れ、ミラはクルムのお腹の辺りにぐるりと腕を回していた。他の大人たちもクルムに触れており、これでどうにか全員がシルバーウルフの声を聞けるようになっていた。
『さて、本来なら私達の方から出向かなければならないところだったのですが、こうして来てくださって、誠に感謝しています』
「いや、こっちも驚いていたんだ。都市の中に仔狼が出たと思っていたら、群れがこっちに来ているなんて……。どこかの愚か者が拉致ったのかと……」
『ふふ、それは大変失礼いたしました。その子は、私達が自ら送り出したのです』
その言葉は大人たちに少なくない衝撃を与えた。
「それは、何故だ? いや、それ以前に、何故北に棲んでいるはずのシルバーウルフがここまで来ているんだ?」
『……私達も、正確に全容を把握しているとは言えません。ただ、少しでも生き延びるために元々一つだった群れを四方に散らせたのです』
「滅び? どういうことだ?」
『私達の及ばぬ所から、大きな力が迫っています。それは、確実に私達に滅びをもたらすものであると、そうお告げがあったのです』
「お告げ……だと?」
大人たちが顔を見合わせる。
『この子をあなた達、正確には<御子>の元に遣わしたのも生き延びるための一つの方法です。その子が生き残ってくれれば、そこから未来を紡いでいってくれますから』
「<御子>……。今の話からすると、クルムのことか……?」
『はい。どうか、お願いします。私達の未来を、守ってあげてください。私達はできるだけ遠くに逃げます。<御子>とその子に危険が及ばないように』
その言葉と共に仔狼がクルムの元へ走り寄り、ピョンッとクルムの腕の中に収まった。
大人たちはシルバーウルフから告げられた内容を必死に理解しようとしていた。だが、足りないピースが多く、輪郭さえもおぼろげなままだった。
『……申し訳ありません。このような話し方では理解できないと思いますが、私達にも時間があまり残されていないのです』
「……どういうことだ?」
『今こうしている間にも、私達の元に滅びがやってくるかも知れないのです。……もう、行かねばなりません』
「ま、待て! まだ聞きたいことが……!」
『本当に申し訳ありません。身勝手な願いとは承知しておりますが、どうか、どうか、その子を、私達の未来を……!』
クゥン、とクルムの腕の中にいる仔狼が鳴いた。
『ごめんね、私達の愛しい子。でも、<御子>と一緒だから、きっと大丈夫。元気でね、私達の希望……!』
その声を最後に、シルバーウルフは消えた。瞬きを1回する間に、その姿は掻き消え、村は元の静寂を取り戻していた。
「滅び? お告げ? <御子>だと? ……クソッ、一体どういうことだ? なにも分からん。俺たちに何をしろって言うんだ、あいつらは……!」
訳の分からなさを言葉に乗せて、アルスは静かに吼えた。誰も何も言わないが、胸の内にある思いは一緒だった。
「アルス、どうするの?」
マルタが問う。
「明日、もう一回予報を確認する。本当にシルバーウルフが遠ざかったのか、確かめねばならん。……ギルドへの報告は、あったことをそのまま書くしかないだろう。……クソッ」
ガリガリと頭を掻きながら、もう一度毒づいた。
翌日、予報の情報を確認してみると、シルバーウルフの群れは東の方へ移動していた。時間ごとの推移を追ってみると、丁度シルバーウルフの話が終わった時間から移動を開始しており、あのシルバーウルフの言っていた、「時間がない」というのは事実だったようである。
予報を確認した後、アルスたちは中央都市に戻った。アルスが本部に顔を出すと、シルバーウルフが遠ざかったことは既に確認済みだったのか、「コード・グレー」は解除されていた。
そして、予想通りといえば予想通りだったが、アルスの提出した報告書の内容を巡って、本部内の意見は割れた。割れたといっても大半は「信じられるか!」という意見だったのだが。まともに考えなくても信じられない内容ではあったのだが、アルスとしてはそれが真実なので、何とも言いようが無かった。結局、「シルバーウルフは去ったんだから、もういいだろ」というカイゼルの一言で、この件は終了となった。
アルスは個人的にカイゼルに会い、報告書とは別で詳細を報告した。カイゼルは神妙な面持ちで報告をすべて聞いた後、「シルバーウルフの動向を注意して追ってみる」という言葉を残した。
結局親元に帰せなかった仔狼は「フェリ」と名付けられ、クルムと共にギルドハウスで暮らすことになった。さすがにシルバーウルフでございと公にする訳にはいかなかったので、表向きは異国の犬がいつの間にかギルドハウスに棲みついたことにした。一部の冒険者が目を剥いて驚いたりすると、その度にアルスやマルタやグレイブらが「あれは犬あれは犬……」と念仏を唱える、という光景がしょっちゅう見られた。
フェリはクルムによく懐き、毎日仲良く一緒に遊んだり、クルムがいないときはマルタやヴェリベルに作ってもらった特等席で昼寝をしたり、暴れることもなく穏やかに過ごしていた。それを見守る冒険者たちの常識はガラガラと崩れていくが、クルムと並ぶその愛くるしさにより、些細な問題として処理されていった。
中央都市に戻ってからおよそ2週間後のこと。東からやって来た冒険者の一団がとある情報をもたらした。それは、シルバーウルフの群れが惨殺されていた、というものである。周囲はひどく荒らされており、激しい戦闘があったことを伺わせた。
ギルドの関心は誰がシルバーウルフの群れを壊滅させたかに寄せられた。だが、予報の情報を洗っても、シルバーウルフを惨殺した何者かの、影も形も捉えることができなかった。ただ、ある日を境に群れの生体反応が予報から消失していたのである。
この情報は瞬く間に都市中に広がり、都市の外に出る者に大きな不安を与えた。物流にも大きな影響を与え、しばらくは品薄の状態が続くとみられている。
それに関連して、こんな報告がギルドに寄せられていた。シルバーウルフの群れが壊滅したと予想されている日の深夜、普段は聞こえないはずの犬の遠吠えが響いていた。その声は、親しい者を失った慟哭にも聞こえた、と言う……。
はい、お疲れさまでした。これにて第1章は終了です。
一番初めの話を投稿したのが2月末、そこから第1章終わらすのに5ヵ月とか……。
こんな状態のお話ですが、まだまだ先に続きます。時々覗きに来て頂けますと幸いです。
最後になりますが、こんな理屈っぽい文章の塊を見に来て下さった方、ブックマーク登録をして下さった方、感想を書いて下さった方、過分な評価を付けて下さった方に、厚く御礼を申し上げます。本当に、ありがとうございます! この数字が、お話を続ける活力になります! これからも精進しますので、何卒、よろしくお願いいたします。
このお話が、皆様の心の彩りとなりますよう……。




