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夏が終わる  作者: 白茅しずく
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描く理由

  風が吹き抜けるたび、見渡す限りの田んぼの稲が心地よさそうに揺れる。

 河原では、子供たちのはしゃぐ声、地面いっぱいの草の上に寝転ぶと、自身を受け入れるかのようにゆらりと暖かな緑が波の様に揺れる。

 夏芽は、そんな風景が好きだった。

 きっと同級生達は、「田舎くさい」と笑うかもしれない。

 でも、そんな「田舎」の祖母の家が夏芽は昔から大好きだった。

 だから高校生になった今も、夏休みになると必ず祖母の家に泊まりに来るのだ。

 そんな夏芽は、ここに来ると絵を描く。

 忘れないように、美しく、暖かい風景を切り取るかのように。

 夏芽の描く絵は、ごく平凡な絵だ。

 夏芽よりうまい人なんて沢山いるだろう。

 夏芽よりこの風景をうまく切り取られる人なんて、そりゃあ沢山いるだろう。

 そんな事は夏芽だって重々承知のうえだ。

 周りの評価なんて、夏芽には関係ないのだ。

 なにより、絵を描くことが好きだ。絵を見せるときらきらと輝く祖母の笑顔が好きだ。

 その祖母の笑顔が見られれば、夏芽は満足だった。

  祖母は昔、脳梗塞で倒れた。

 それからは、足が思い通りに動かず、遠くまでは歩きにくくなった。

 でも、祖母は歩いた。祖父と毎日散歩へ出かけた。今日は昨日より歩けたと二人で喜んでいた。

  祖父が亡くなるまでは。

 それから、祖母は散歩へは行かない。

もう、歩く理由はないから。祖父と見た景色はとても輝いていたのに、今はもう色褪せて見えるのだと、悲しそうに笑っていた。

幼心に何か感じた夏芽は、絵を描いた。それはとっても下手くそで、かろうじて堤防があるとわかる、そんな絵だった。

しかし、祖母はその絵をみて泣いた。

ありがとう、夏芽ちゃんの世界はこんなに輝いているのね、と。

それ以来だ。夏芽が絵を描くのは。

見たままをそのまま、思ったまま描く。

嘘も、夢も描かない。

目の前にあるものを、真っ白な紙に描写した。

子供が遊んでいれば子供を。

猫を追い払おうとする人や、逃げていく猫。

役割を放棄した番犬や、胡散臭いセールスマン。

今にも顔をだしそうな花も、萎んでいる花も。

自身の存在を主張するかのように道にはみだした、生命力溢れる忌み嫌われる雑草も。

夏芽は、祖母の目だ。

祖母の分まで見て、視て、世界を知り、世界を描く。

祖母の為に、祖母の為だけに。

―――じゃあ、お前はどうなんだ。そこに、お前の意思はないのか。

どこからか、声が聴こえた。

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