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タオル

 北見村から出てきて、前田拓也が設立した『女子寮』に住み、裁縫の仕事をしている『玲』という名の少女がいる。

 満年齢で十六歳の彼女は、前田拓也が現代から持ち込んだ『タオル』を気に入っていた。


 その柔らかい肌触り、水滴を瞬時に吸い取ってくれる心地よさ……。

 これぞまさに仙界の布。


 それが『前田妙薬店』でたったの十文、さらに自分達『女子寮』の住人に対しては、半値の五文で売ってもらえるのだ。


 それとは別に、『女子寮』で好きなだけ使える『タオル』が、十枚以上常備されている。

 朝、顔を洗った後などにこれで拭き取ると、とても気持ちが良いのだ。


 玲は初めて給金をもらったとき、実家にタオルを二十枚送り、後日大喜びの姉妹達からお礼の(ふみ)をもらって、大満足だった。


 また、それ以上に驚いたのが『バスタオル』の存在だった。

 これほど大きいのに、柔らかさや吸水性はそのまま。

 これはちょっと高く、『女子寮』価格でも二十文だが、これも一人に対して二枚、無料で支給されていた。


 元々、田舎では風呂に入る習慣はなく、せいぜい川で水浴びをするか、タライに水を入れて行水をする程度。

 体に付いた水滴は手ぬぐいで拭いていたが、全身の水気を取るのは大変だった。


 それがこのバスタオルならば、あっという間に水滴を全て吸い取ってくれる。

 便利な上に、気持ちいいことこの上なかった。


 しかも、女子寮には『風呂』が整備されている。

 節約のため、毎日入れるわけではなかったが、それでも寒いこの季節、暖かいお湯の張った湯船に入れる日があるのは嬉しかった。


 この日の夕方は、歳が近い桐と、そのお姉さんであるお梅さんとで一緒に入浴していた。

 女子が三人揃うと、つい話が弾んでしまう。

 いつも話題に上るのは、彼女らの主人であり、仙人でもある『前田拓也』の事についてだ。


 みんな、出来る事なら彼の嫁になりたいと話すのだが、拓也はすでに五人も娶っている。

 いや、逆にそれならばもう一人ぐらい平気なのではないか、いやいっそ、三人ともまとめて嫁にしてもらい、計八人でも問題ないのでは……そんな話を入浴中にするのも楽しかった。


 風呂から上がり、バスタオルで体を拭く。

 相変わらず気持ちよかった。


 水滴が綺麗に取れたので、寝巻きを着ようとしたのだが……。

「あら、いけない。私としたことが、寝巻きを持ってくるの忘れたわ。桐、あんたの分も」

「え、そうなの? 私、二人分の『ばすたおる』しか持ってこなかったよ」


 と、姉妹が困惑している。

 玲は自分の分の寝巻きとバスタオルを持ってきていたのだが……。


「……でも、『ばすたおる』があれば大丈夫よ。どうせこの建物、女性しかいないんだから、こういう風に巻けば……」

 と、梅は器用に白いバスタオルを体に巻き付け、外れないように横で留めた。


「へえ、『ばすたおる』ってそんな使い方できるんですね。初めて知りますた」

 と、玲は訛った口調で感心したように呟く。


 桐も姉と同じようにバスタオルを体に巻く。

「……こっちの方が肌触りがいいし、気持ちいいかも」

 と、ご満悦。


 そうなると、玲も試してみたくなる。

 こうして女子三人、バスタオルを身につけて、風呂場から自分達の部屋に戻るために、長い廊下に出た。


 しばらく歩いて角を曲がると、そこで思わぬ光景を目撃する。

 拓也が、廊下に設置していたLEDランタンの交換をしていたのだ。

 桐と玲の二人は、さすがに彼の前に出て行くのを躊躇したが、梅だけは平然と彼の元へと歩いて行く。


「……拓也さん、そういえば今日、調子が悪いっていってたその明かりの取り替えをしてくれるんでしたね」

「うん、ああ、その通り……って、お梅さん、その格好はっ?」

 驚いて目を背ける拓也。


「あら、拓也さん、かわいい。大丈夫ですよ、ちゃんと体、隠してるから。前田邸では、お嫁さん達と一緒にお風呂、入っているんでしょう? 私達とも、湯屋では裸で混浴したじゃない。それに比べたら、どうってことないわよ……ほら、二人ともこっちに来て、拓也さんに挨拶して」

 そう言って、梅は桐と玲の二人を手招きする。


 こうなるとその二人も開き直って、バスタオル一枚の姿のまま、拓也の元に歩いて行く。

「こんばんわ、拓也さん……わたす、何かお手伝いしましょうか?」

「い、いや、その格好じゃ、何かって言われても……」


 ちょっと赤くなって戸惑う拓也。

 その様子を見て、玲と桐は顔を見合わせて、イタズラっぽく笑った。


「……でも、この『ばすたおる』、本当に便利だし気持ちいいですね……仙界では普通にみんな使っているんですか?」

 桐が明るく尋ねた。


「ああ、そうだな……どこの家にもあるし、風呂から上がった後はみんな使っているよ」

「それで、こういう格好、みんなしてるんですか?」

「うーん、そうだなあ……女の子だと、家族しかその場にいなかったりすれば、している人もいるかな……手軽だし、一応、隠せてるし……」


 拓也がそう言って、少しだけ二人のバスタオル巻き姿を見たとき……はらりと、その白い大きな布が同時に床に落ちた。

 一瞬、全員固まり……そして彼女たちが絶叫する。


「な、なにするの、姉ちゃんっ!」

 桐がしゃがみ込み、抗議の声を上げる。


「あはは、大成功っ!」

 玲はこのセリフを聞いて、やられた、と感づいた。


 寝巻きも、わざと忘れたのだ。

 今日、彼がこの明かりの様子を見に来ることを知っていて、そしてこんなイタズラをしかけたのだ。


 彼女もしゃがみ込みながら、恐る恐る拓也の方を見る。

 真っ赤になりながら、反対側の廊下の方を向いていた。

 その瞬間、きゅんと胸が締め付けられるような、切ない思いにかられた。


(……素朴で、純情な人……)


 彼は、「仕事が欲しい」といきなり押しかけた玲を、二つ返事で雇ってくれた。

 住む場所まで用意してくれている。

 それでいながら、自分達に手を出すような変な真似は一切してこない。


 優しく、柔らかく、自分達を包み込んでくれる、まさに『ばすたおる』のような存在――。


 隣の桐の方を見ると、彼女も切なさそうな表情で、拓也のことを見つめていて、そしてこちらに気づき、恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに微笑んだ。

 それで自分も笑顔になった。


 今日はちょっと恥ずかしかったけど、自分達は幸せだ。

 これで、本当に彼の嫁になる事を夢見るのは、罰当たりな事なのだろうか……。


 バスタオルをもう一度体に巻きながら、玲は甘酸っぱい思いに浸っていた――。


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