南京錠
この夜は、半月だった。
明るくもなく、暗くもなく、目的の店舗から金品を盗み出すにはちょうどいい……。
草木も眠る丑三つ時(午前二時頃)、無人の『新町通り』を忍び足で歩く、怪しい格好の二人組。
この町にも一応『木戸』と呼ばれる、夜間は封鎖される小さな門が存在するが、二人は昼の間に一般客として忍び込み、物陰に隠れて夜になるのをずっと待っていたのだ。
朝になれば、騒ぎになる前にまた何食わぬ顔で出発すれば問題ない。
緊張の面持ちで『前田妙薬店』と看板の出ているその店舗の前に立った。
「ここが、仙人の道具を扱う店……」
「ああ、中にはとんでもねえ高値が付く貴重品もあるってことだ」
「それなのに……なんか不用心ですねぇ、兄貴……」
まだ新米のコソ泥『勇二』が、上ずった声で尋ねる。
「……いや、よく見ろ。小さいが、錠前が付いていやがる」
コソ泥の兄貴分、『誠一』は、苦笑いしながらそう答えた。
「……この雨戸は結構頑丈そうだ……うかつに壊して物音を立てちゃいけねえ。となれば、この錠前を開けるしかねぇな……まあ、俺にまかしとけ」
「さすが、兄貴。十八番の錠前破りの腕、見せてもらいやすぜっ!」
勇二がおだてると、誠一はまんざらでもないように笑みを浮かべながら、懐から細い金属棒がいくつもはまっている輪っかを取り出した。
一つ一つ、ゆっくり試していくが、どうもうまくいかない……というか、手応えが得られない。
「……兄貴、まだですかい……時間がかかりすぎると、ちょっとやばいですぜ……」
「……いや、なんか妙な錠前でな……それに夜はこの『新町通り』、見張りなんか滅多に来ないはずだ。この前、確認したろう?」
「そうですけど……なんか嫌な予感がして……」
「てめぇはいつもそればっかりだな……びびってんじゃねえよ……」
とその時、目の前がパッと明るくなり、その思わぬ事態に勇二が
「うわあぁっ!」
と間抜けな大声を出してしまった。
誠一も、そんな勇二をしかり飛ばしたいところだったが、自身も
「ううっ!」
と唸ってしまう。
なにしろいきなり明るくなったものだから、眩しすぎて周りが良く見えない。
「ひいいっぃ、あ、兄貴……やばい、やばい……」
「おちつけ、誠一……こいつは……これが仙人の道具、か?」
ようやく目が慣れ、周りが見えるようになってきた誠一が、眩しく白い光を放つ小さな筒を見て呻いた。
と、今度は真っ赤な光が灯り、くるくると回り出した。
さっきの白い光よりさらに眩しく、通り全体か赤く染まったり、暗くなったりを繰り返している。
「……こいつはやべぇ……勇二、逃げるぞっ!」
「あ、兄貴……腰が抜けちまって……動けねぇ……」
ちっ、と誠一は舌打ちした。
このままだと二人ともお縄になる。
こうなりゃ自分だけでも逃げださないと……。
誠一がそう考え、走り出そうとしたその時。
「兄貴っ、見捨てないでっ!」
と、勇二が誠一の足首を、両手でがっと掴んだのだ。
「うおおっ!」
全力で逃げようとしたまさにその瞬間だったので、誠一はもんどりうって転んでしまった。
「……痛えぇ……て、てめぇ、何しやがる、足ひねっちまったじゃねえかっ!」
「そんな事言われても、あっし一人置いて行かれたら……」
文字通り、足を引っ張られた。
と、次に
プアアァッ、プアアァッ
と、妖怪か何かが叫ぶようなおぞましい大音響が響き渡り……二人とも硬直してしまった。
「……とにかく、這ってでも逃げねえと……」
誠一がなんとか起き上がろうとしたまさにそのとき、
「……騒がしいと思ったら、コソ泥二人組か……しかも、テメエ等バカか? よりによって『仙人』前田拓也の直営店にちょっかいを出そうなんて……」
人相の悪い侍が登場し、二人とも悲鳴を上げて後ずさりした。
「……なんだ、扉を開けることすら出来てねえじゃねえか。ま、忍び込もうとした店が悪かったな」
「……あの、あなた様は……」
誠一が、精一杯へりくだったものの言い方をする。
「俺か? 俺はこの通り全体の用心棒、『勝四郎』っていう者だ」
「なっ……あなたが、あの『狂犬』勝四郎……様……」
「ほう……その通り名を知っているってことは……まるっきり素人ってわけでもなさそうだな……」
勝四郎がニヤッと笑う。
コソ泥二人組は、揃って顔色を失った。
「心配するな、今は用心棒っていうまっとうな仕事をしているから……それにしても、テメエ等、ここがどういう店か知っているのか?」
その質問に二人とも、互いの顔を見合った。
「まあ、大方『仙人の店』とかなんとか聞いて来たんだろうが……ここの主人『前田拓也』は、相当やべえ奴だ……いや、拓也自体はてんで対したことねえが、どういうわけか凄え奴ばかり集まりやがる……天下無双と噂される『伊東武清』、秋華雷光流免許皆伝の『井原源ノ助』……あと、得体のしれねぇ『忍』まで付いてやがる。全員、俺より剣の腕は上だ」
「ひ、ひぃ……そんなお方が……」
二人とも、もうガタガタと震えていた。
「あと、『前田拓也』が仕掛けたカラクリも侮れねえ……テメエ等、盗みに入ろうとしてたが、何にも出来なかったろう? よかったな、俺が来るのがあと少しでも遅かったら二人ともこの扉のカラクリに殺されていたぞ」
「こ、殺される……そんなとんでもないカラクリが……」
もちろん、これは勝四郎のハッタリだが、事前に見たことのないような仕掛けに遭遇しただけに、二人はあっさりと信じ込んでしまった。
「ま、今日は何も盗むことも……扉を破ることさえ出来なかったんだ……これで勘弁してやるっ!」
と、勝四郎はいきなり抜刀し、二人の頭の上スレスレを、横に一閃、なぎ払った。
……二人の髷がポトリとその場に落ち、続いてバサッっと残った髪の毛が無様に垂れ下がり、まるで死にかけの落ち武者のような風貌になってしまった。
「ひ、ひえあらぶらがっ!」
「き、きひぃーーーー!」
二人とも大パニックだ。
「次やらかしたら、命はないと思え……あと、『前田拓也』が、テメエ等みてえな奴が現れたら、初めてだったら見逃してやれって言ってたんだ。それで、こいつをくれてやれって言ってたから……やるよ」
そう言って、二人の目の前に、錠前と、その鍵を投げ置いた。
「……こ、これは……扉に付いてたのと同じ錠前……」
「ああ。ただし、同じように見えても当然、中身は違うから、その錠前はその鍵でしか開かねえ。拓也の旦那が、どういうつもりでそうしろと言ったのかは良くわからねえが……たぶん、そいつを開けられるようになったらまた来てみろ、ということじゃねえかな」
「これを……開けられたら……」
「ああ、そうだろう。俺も試そうと思ったが、すぐに無理だと気付いてあきらめた。まいっちまうぜ、その『仙人の錠前』……『なんきん錠』っていうらしいが、この店でたった五十文で売ってるんだぜ」
「五十文……こんな複雑な錠前が……」
誠一はさっき自分でこじ開けようとして失敗していたので、その凄さとそれに対する値段の安さに驚いた。
「さあ、俺の気の変わらねえ内にとっとと帰りな……なあに、なにも盗っちゃいねえんだ、罰を受けることはねえさ」
勝四郎のその言葉に安堵しながら、二人は這うようにしてその場を去った。
『誠一』と『勇二』の二人組は、泥棒仲間の中でも『ヘタレ』で有名だった。
そんな二人が、
「あの店は、仙人が妖怪を飼って番をさせているようなものだ。絶対に手を出すな」
と言っても笑われるだけだったが、ただ、『勝四郎』が用心棒に付いているということは、『新町通り』全体に手を出すべきではないとの認識ができた。
さらに、二人組が持ち帰った錠前は、どんなに腕に覚えのある者が解錠に挑んでも、鍵以外では到底開けることができなかった。
にもかかわらず、正規の鍵であればごく簡単に開けられる。
また、素材自体もかなり丈夫で、壊すには大きな金槌で思いっきり殴りつけるしかない……つまり扉自体を壊す方が早い、という結論に達した。
妖怪云々はともかく、結局のところ、『前田』と屋号の付く店には近寄るな……彼等の間には、そんな暗黙の取り決めができたのだった。
ちなみに、耐ピッキング対策機構のついたこの南京錠、拓也が現代にて一個千円で買ったものです。