レトルト食品
目が覚めたら、朝になってた。
深い森の奥、木漏れ日が眩しい。
たくさんの鳥の声が聞こえてくる。
あれ? おいら、なんでこんなところにいるんだ?
あ、そうか、昨日山菜採りに来て、道に迷って……歩き疲れて、この大きな木の根元で寝ちゃったんだ……あっ!
おいらは慌てて、すぐ隣を見た。
そこでおいらに身を寄せて、すやすやと眠っているのは、妹のサチ。
「サチ……もう朝だぞっ!」
心配しながら、おいらは妹の体を揺すった。
「……あ……おにぃ……おはよう……」
目をこすりながら、サチは挨拶をしてきた。
その様子にほっとしたけど……これからどうしていいか分からない。
昨日さんざん歩いて、今もまだ、足が痛い。
おいらだけならまだ歩けるけど、サチは昨日、もう一歩も歩けなくなっていた。
妹を背負って、この広い森の中を、帰り道を探して歩く……考えただけで、気が遠くなった。
「……お腹空いたよう……」
サチが、泣きそうな顔をする。
昨日は、採っていた山菜を生のまま食べて、なんとか我慢した。
けど、もうそれも無くなった。
葉っぱに付いた露を飲んで、喉の渇きは治まったけど……どうしよう……。
と、そのとき、奥の藪の方から、がさがさっと音が聞こえた。
大きな生き物が、近づいて来る。
熊? オオカミ?
サチが怖がって、抱きついてくる。
まだ七つのサチ。
もう十二になったおいらが、守ってあげなきゃ……。
おいらは小刀を持って、その音のする方向を睨み付けていた。
「……あ、あれじゃないか? ……おーい、そこにいるの、清助とおサチちゃんかい?」
……熊じゃなかった、人だっ!
それに、おいらとサチの名前を知ってるっ! 探しに来てくれたんだっ!
助かったっ!
おいらは、大声で自分の名前を叫んだ。
助けに来てくれたのは、女の人二人と、男の人、一人。
みんな、おいらのお父やお母よりも若い。
そのうちの一人、お蜜さんという名前の人が、なんか小さな笛を吹くと、空から鷹が舞い降りてきてお蜜さんの左腕に止まったもんだから、びっくりした。
「……さすが『嵐』、あっというまに見つけてくれましたね……仙界にもいないです、そんな賢い鷹」
「ふふっ、ありがとう。それより、二人の具合、どうかしら?」
「……思ったより元気そうですね。どこか痛いところ、ないかな?」
きれいなお姉さんが、おいらとサチに尋ねてきた。
妹は足が痛いと言ったけど、それは昨日歩きすぎたせいで怪我をしてる訳じゃないと、おいらは付け加えた。
「……うん、だったら『びょういん』に連れて行かなくても良さそうね……拓也さん、この子達、転送できますか?」
「ああ、そっちの男の子は俺じゃ無理だけど、こっちの女の子なら大丈夫だと思う」
「じゃあ、私、男の子と一緒に行きますね」
と、なんか二人で決めた後、おいらはお姉さんと白い紐で左腕を結ばれた。
サチの方を見ると、男の人と腕を結ばれている。
よくわからないけど、助けてくれるっていうことだから、黙って見てた。
「……じゃあ、今回は普通に操作して移動しようか」
「ええ……お蜜さん、私達、先にこの子達、連れて行きますから……」
「わかったわ。私も、一時ぐらいで戻れると思うから……」
なんか、三人でそんな話をしていたかと思うと……急に目の前が真っ白になって、それで、次に瞬きをしたら、白い壁に囲まれた、変な部屋にいた。
あっ、と思ったら、すぐ目の前が眩しくなって、そして、男の人と妹が一緒に現れた。
サチもビックリしたのか、口をあんぐりと大きく開いている。
「……大丈夫でしたね、拓也さん」
「ああ、この子、やっぱり体重二十キロなかったみたいだ……じゃあ、早くお母さんに合わせてあげたいから、このまま続けて行こう」
「はい」
それで、また目の前が真っ白になって……気がつくと、目の前にいつものおいらの家があった。
お姉さんとサチも、すぐその後に現れた。
もう、びっくりして声が出ない。
男の人は、おいらと腕を結んでいた紐をほどいてくれた。サチも同じようにされていた。
すると、サチは元気よく走っていって、家の戸を勢いよく開いた。
「……サチッ! サチ……」
お母の声だ。
ばたばたっっていう音をたてて、お母は出てきて、サチを抱き締めた。
それで、おいらの方を見て、
「清助っ! あんたもよく無事で……」
で、辺りを見渡して、
「ありがとうございます、前田様、天女様……」
と、何度も何度も頭を下げていた。
前田……拓也……天女……。
それで、おいらはやっと分かった。
この人達、『仙人』って呼ばれている前田拓也様と、そのお嫁さんで、天女様だ。
おいら達を、助けに来てくれたんだ。
さっきのは、噂に聞く『仙術』だったんだ……。
すると、奥からもう一人、初めて見る、ちょっと怖そうな男の人が出てきた。
「拓也さん、早かったな……さすがの手際だ。それで、言われたとおり湯を沸かして置いたが……」
「ありがとう、三郎さん。二人とも元気でよかったです。じゃあ、さっそくメシにしますか」
と、仙人様は明るく言った。
――大きな鍋の中に入っていたのは、野菜でも肉でも米でもなく、なんか銀色の袋が全部で十二。
それを煮込んでいる間、お母と仙人様達は、なにやら今回の件、話していた。
今回、仙人様と天女様、それと鷹使いの女の人が、新しく畑を作る場所を探してこの村にやってきて、偶然おいら達が森で迷子になったのを知ったらしい。
それって凄く運が良かったことだったと、仙人様たちは笑って、それでお母はやっぱり何度も頭を下げていたので、おいら達も一緒に何度もお礼を言った。
そうしているうちに、もうメシが出来たという。
どういうことだろう、と不思議に思っていると、鍋から銀色の袋を取ってきて、上の方を破って、お椀に中身をあけた。
とたんに、家の中にとってもいい匂いが立ちこめて、おいらもお母も驚いた。
見ると、いっぱい具の入ったおいしそうな味噌汁が、湯気を立てていたのだ。
「……これは『とんじる』っていって、とっても滋養があるんですよ」
と、仙人様が笑顔で言ってくれた。
次に、別の絵が描かれた銀色の袋を茶碗に空けると……白い、どろっとしたものが出てきた。
「これは米のおかゆですよ」
と、天女様。
これも湯気が出ていて、きらきら光っているように見える。
おいら達の事を心配して料理どころでなかったお母のかわりに、すぐ食べれるように用意してくれていたのだという。
みんなの分が揃ったところで、その料理を口にする。
……そのうまさに、お母もサチも目を大きく見開いた。
たぶん、おいらも同じだったと思う。
おかゆは、今まで食べた事無いぐらい柔らかく、甘みがあって、どろりとしているのに食べ応えがある。
ちょっと塩味が付いていて、それがまたおいしさを際立たせた。
次に味噌汁。
だいこん、ごぼう、赤い野菜、あと、なんかの肉。
イノシシのしんせきの『ぶた』という生き物らしいけど、全然臭みがないし、柔らかいし、本当にうまい。
それらがお椀一杯に、びっしりと中身が詰まっている。
「これが……仙人の食べ物……」
本当に仰天してしまった。
気がつくと、あっという間に全部食べてしまってた。
それで、ちょっと後悔した。
いくらお腹が減ってたからといって、がつがつ食べず、もっとゆっくり味わって食べればよかった……。
「……あの、おかわりあるから……もっと欲しかったら、遠慮無く言ってね」
天女様が、優しい笑顔でそう言ってくれる。
鍋の中に、すでに次の銀色の袋、入れてくれていたんだ……。
おいらは思わず、おかわりを言ってしまい……お母に叱られたが、優しい天女様は
「いっぱいありますから……」
と、おかわりを入れてくれた。
その時、仙人様と、男の人が、なにやら話をしていた。
「……拓也さん、こいつは本当に便利だな。暖めるだけで食えて、これだけの味が出せるなんて……」
「そうでしょう。それに、長持ちするんですよ。半年は平気だ」
「半年……そいつは凄い。俺達『忍』にとって、食料……特に保存食は命綱だ。味も良く、持ち運びにも便利だ。俺達にもいくつか売ってくれないか?」
「ええ、もちろんいいですよ。まったく問題ない」
「ちなみに、いくらぐらいする物なんだ?」
「そうだなあ……種類にもよるけど、大体一袋、十文ぐらい、かな?」
「十文、だと? そんなに安くて、商売になるのか?」
「いえ、ならないです。だから売ってないんです。安いと言ったって豚汁とおかゆ、あわせると二十文だし、量も少ないし……」
「……なるほど、利益の出る商品じゃないってことか。俺達のように常に『保存食』を備蓄・携帯していないといけない者など、そうそういないだろうしな……」
なんか難しい『しょうだん』をしているみたいだ。
でも、このおいしさで十文なら……おいらもお小遣いを貯めたら、一月に一回ぐらいなら食べたいな、と、この時思った。
『前田拓也』の嫁の一人『優』は、この江戸時代において唯一、拓也以外に時空間移動を行う事ができます。それも、拓也が二十キログラムの荷物しか運べないのに対して、彼女は四十キログラムの荷物を運ぶ事ができます。