レーザーポインタ
その日、阿東藩の『忍』である三郎(仮の名)は、前田拓也から買い取った三種の仙具を試していた。
それぞれ片手で持てる大きさで、筆より若干太く、短い。
使い方はごく簡単、胴体部分についている突起を前に動かすだけ。
カチリ、というしっかりした手応えがあれば、もうその『仙界の光』は発せられている。
『れーざーぽいんた』という名のこの筒を指し示したい対象に向けると、そこに鮮明な光の点が浮かび上がる。
三種類あるのは、それぞれ光の色が異なるため。
赤、青、緑の三種の色を出せる。
前田拓也は、これを
「ただ指し示すだけの道具」
と表現した。
そのカラクリには驚くかもしれないが、使い道は限られている、と。
また、ある一定時間使用すると『じゅうでん』という作業――具体的には、『黒い板をつないで、太陽の光を半日以上当てる』必要もある。
手入れの手間の割に使い道がない、と彼は笑っていた。
とんでもない。
これは『忍』にとって、画期的な仙具だ。
敵の目に当てると、ほんのわずかな時間だが、目くらましになる。
前田拓也は、失明の可能性があるし危険だからそういう使い方はするな、と言っていたが、戦闘時など、いざというときに緊急的に使う可能性はある。
また、本来の『指し示す』という用途だけでも役に立つ。
仲間と屋外で活動しているときに、いちいち
「あの大きな木の上から三番目の枝の辺りに……」
などと言葉で言わなくても、一瞬で理解させることができる。
敵が潜んでいる位置を、危険なく教えることも可能だろう。
それに、仲間に合図を送る事もできる。
上下に二回動かせば『可』、左右に動かせば『否』。
丸を三回描けば、『進め』、激しく上下左右に動かせば『待て』。
組み合わせによっては、この光の点の軌跡だけで、会話までできるかもしれない。
「声を出さず」、「味方にだけ分かる合図を」、「相当の距離まで届かせる」。
使い方にもよるが、笛などを用いた伝達手段よりも確実に、かつ、周囲に気付かれぬように送る事ができるだろう。
これだけの道具が、わずか二朱で手に入る。
一両あれば、八個も買えるのだ。
仙界とは、恐るべき技術を持った世界だ……。
そして今、新しい術が完成の時を迎えようとしている。
仙界ではない『この世』で、まだ誰も成し遂げていない、自分だけの独自の技。
かつて後一歩で完成、というところまでこぎ着けながら、最後の一手がどうしても埋められなかった必殺の技。
逸る心を抑えながら、赤の『れーざーぽいんた』を手に取った。
置いているのは、大人の男を模したカカシ。
やや背を前にかがめた、猫背だ。
一町(約109メートル)ほど離れた場所から、そのカカシの背に『れーざーぽいんた』の光を照射する。
一、二、三、四、五……。
次の瞬間、ザクッという鋭い斬撃音と共に、カカシの首がぽろりと転げ落ちた。
三郎はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、小さな笛を吹き、相棒を自分の腕へと呼び寄せた。
オオタカ『嵐』……三郎と共に幾多の修羅場をくぐり抜けてきた『弟』のような存在だった。
赤い光の点が差し示す標的に、上空から刃の付いた重りを落とす――。
彼は、レーザーポインタを用いたこの恐るべき暗殺の秘術を、ついに完成させたのだ。
この仙具を「ただ指し示すだけにしか使えない」と笑って売ってくれた前田拓也。
彼には申し訳ないが、自分には果たさなければならぬ使命がある。
太平の世、この技を人に使うことは恐らくないであろうし、使いたくもない。
しかし、自身の命を懸けて守らなければならない物もある。
そのためには、戦い、血を流す事も厭わない――。
三郎の裏の顔を、前田拓也はまだ、知らない。