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毛布と枕

 その日、俺は江戸時代の俺と少女(嫁)達の住処である『前田邸』の一室に、そろそろ売り出そうと考えていた商品を持ち込んで、テストしていた。


 と、そこに

「拓也さん、お茶をお持ちしましたけど……入っていいですか?」

 と、澄んだ声が聞こえてきたので、

「ああ、構わないよ」

 と、応えた。


 (ふすま)を開けて入ってきたのは、俺と同い年で、一番最初に嫁になってくれた(ゆう)だ。

 そして彼女は、俺の部屋の様子を見て驚いた。


「すごい数……これ、枕と……何かの動物の毛皮、ですか?」

お盆に乗せたお茶を置きながら、彼女は尋ねてきた。


「いや、これは『毛布』っていうものだよ。見たことなかったっけ? いろんな種類があって、動物の毛を使っているものもあるけど、今回持ってきたものはそうじゃないんだ。触ってみなよ」

 と勧めてみると、彼女の方も興味深げに、十枚ほど積み上げている毛布の表面に手を当てて、軽く撫でていた。


「ふわふわして暖かそう……すごく柔らかい……」

「ああ、実際、あったかいんだ。もうすぐ冬だから、寒さをしのげるんじゃないかって思って」

「……すごく、いいと思います。お客さんも喜んでくれそう……」

 うん、少なくとも身内である優には好感触だ。


「あと、いっぱい置いているこれって、枕……ですよね?」

「ああ、その通り。毛布を揃えている時に気付いたんだ。みんな人生の三分の一は眠っているわけだから、もっと寝具にこだわりを持ってもいいんじゃないかなって。でも調べてみると、この時代は筒状の布の中にそば殻や籾殻(もみがら)、布きれを入れて、両端を縛っているだけっていう枕が多かった。もちろん、お金持ちはそうとも限らないけど……だから、現代、つまり『仙界』の枕をいろいろ試してもらって、合いそうなものを選んでもらうっていうのはどうかなって思って」


「面白そう……でも、『仙界』って、枕一つでもこんなに種類があるんですね……」

 と、優も興味津々だ。


「これも試しに触ってみなよ」

 と勧めると、彼女は興味深げに撫でたり、押したり、持ち上げて軽く振ってみたりしていた。


「……これは私達が使っているものに近いですね……」

「ああ、それは『そば殻』だよ。仙界でも根強いファンがいる」

「……あれ? これはちょっと固い粒が入っていますね……」

「ああ、それは……」

 俺はその枕のカバーを外し、ファスナーも少しだけ開けて中身を取り出す。

 入っていたのは青く、マカロニを小さく、短くしたような形状のプラスチックだった。


「これがその正体だよ。いっぱい入っているけど、一粒一粒の中身は空洞だから軽いし、通気性もいいんだ。カビなんかもつきにくいよ」

「へえ……よく考えられているんですね……」


 たかが枕、されど枕。

 しかも、今後商品として販売していくものなので、優は一つずつ確認するように手触りや重さなんかを確認していた。


「……拓也さん、これは?」

「……ああ、それは『低反発マクラ』って言って……ちょっと畳に置いて、掌で押してみなよ」

 と言うと、彼女は不思議そうにその枕を右の掌で押してみた。


「柔らかい……あっ、手形がついちゃいましたっ!」

「大丈夫だよ、見ててごらん……」

 手の形にへこんだその部分が、ゆっくりと膨らむように元に戻ってくる。


「すごい……これも『仙術』なんですか?」

「いや、実のところ俺も理屈はよく分からないけど、これはこういうものなんだ。寝心地がいいって、最近人気の商品なんだよ……そうだ、優、試しにこれ、今ちょっと使ってみてくれないか? ちょうど布団も敷いているし」

 この布団は、俺が自分自身で寝心地を確認するために使っていたものだ。


「……いいんですか?」

「ああ。そんなに高いものじゃないし、どのみち誰かに試してもらわないといけないし」

「……じゃあ、ちょっと失礼します……」


 今日の彼女の髪型は、結ってはおらず、後でまとめたポニーテールだ。

 その長い髪が邪魔にならないよう、低反発枕に横向けに頭を乗っける。

 体も横向きで、ちょっとだけ丸くなっている。


「柔らくて、気持ちいい……」

 初めての低反発枕の感触、上々のようだ。

 ここで俺は、彼女に先程の毛布を掛けてあげた。


「……すごく、暖かいし肌触りもいいです……本当に、よく眠れそ……う……」

 ……寝ちゃった。


 ちなみに、時刻はまだ午後三時頃。

 優、よく働くから、疲れが溜まっているんだろうなあ……。


 それにしても……見慣れたはずの寝顔だが、改めてそのかわいらしさに目を奪われる。

 何の不安もなく、すやすやと眠る彼女だが、この安らぎを手に入れるために、俺も、彼女自身も、多くの苦労、苦難を乗り越えてきた。

 そして今、最愛の嫁として、彼女は今、俺の側にいてくれている……。

 そう考えると感慨もひとしおだった。


 ……三十秒ほどで、ふっと、彼女は目を開けた。

「えっ……私、寝てましたか?」

「ああ。ほんのちょっとだけ」

「えっ、あっ……ごめんなさい、あんまり気持ちが良かったから……」

 優は申し訳なさそうに体を起こした。


「いや、これでよかったよ。だってみんなが『よく眠れる』枕を試験してたんだから。参考になったよ」

「……ありがとうございます、拓也さん、優しいですね」

 笑顔でそう言ってくれる優に、またドキリとさせられた。


「……ところで、この枕に書いている、この絵……文字? どういう意味なんですか?」


 そう、その枕、確かに文字が書かれていた。

 片面に「YES」、もう片面に「No」。

 俺はその意味を知っていて……まあ、ジョークグッズというか、意味を話せるときが来たら使おうか、と思っていたものだ。


 ちなみに、これは『はい』と『いいえ』ではなく、『いいよ』と「ダメ」の意味となる。

 主に新婚さんが使う……まあ、そういうちょっと洒落たアイテムだ。


 もちろん、その意味を知らなければ、単なる絵柄。

 俺は、「特に気にしなくてもいいよ」とだけ答えておいた。


 この日は、他にも現代から運んでおきたい荷物があったので、その後も時空を一往復。

『前田邸』に戻ったときは、もう夜となっていた。


 そこでみんなと食事をして、そのまま泊まることに。

 この日は、嫁達のくじ引きにより、優と一緒に寝ることになっていた。

 ちょっとワクワクしながら、一緒に寝室に入ると……既に布団が二つ並べて敷かれており、毛布も掛けられている。


 そこに、例の枕が、「YES」を表にして二つ並べて置かれていた。

「……優、この枕……」

 と、ちょっと戸惑いながら聞くと、


「あの……私、ちょっと気になって、姉さんに見てもらったら……姉さん、意味を知っていて、それで……」

 と、赤くなりながら話すではないかっ。


 しまった!

 優の姉の凜さんは猛勉強の末、現代の日本語の文字を、ほぼ問題なく読めるレベルにまで達しているのだ。


 ならば、この程度の英単語、意味を知っていても当然……。

 いや、でもそこからこの枕の使い方まで想像できるだろうか。


 ……この手の話にカンの鋭い凜さんなら、気付いて不思議ではない。

 事実、優が『赤くなりながら』話したっていうことは……やっぱり本来の意味に気付いている。


「……でも、『仙界』……三百年後の世界では、これを使って、その日の自分の気持ちを伝えることが決まりになっているんですよね?」

 ……凜さん、拡大解釈しすぎだ……。


「決まりってわけじゃないけど……でも、正直、凄く嬉しい……」

 俺もちょっと赤くなりながら、隣の優の手を握る。


「……良かった……」

 彼女の幸せそうな表情に、トクン、と心臓が躍る。


 今日は月夜。

 月光が障子を照らてくれるので、照明がなくても部屋の中はぼんやりと明るくなる。


 静かな夜、ただ外の鈴虫の鳴き声だけが聞こえてくる。

 俺は鼓動がますます高鳴るのを感じながら、優と並んで床についた。


 そして真新しい毛布の肌触り、低反発枕の柔らかさを感じながら、そっとLEDランタンの明かりを消した――。


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