インスタントカメラ
その日の朝、俺は『前田妙薬店』の裏手に『出現』した。
そんな目立たない場所を選んでいるのは、『時空間移動』の瞬間をあまり人に見られたくないためだ。
辺りに誰もいないことを確認して、裏口から店舗の中に荷物を持って入っていく。
すると、表の方から、なにやら大声が聞こえてくる。
「……お願いします、もう今日しかないんですっ!」
「そうおっしゃられましても……」
どうやら凜さんが接客しているようなのだが、なにやら様子が変だ。
荷物を降ろし、俺は表に出て行った。
ちなみにこの時の格好は、この時代の商人らしく着物に羽織り、そして頭は後で結うようにまとめた総髪だ。
「凜さん、おはよう。どうしたんですか?」
「あ、拓也さん。ちょうど良いところに来て頂きましたわね」
前を見ると、二十歳ぐらいの若い男女が、ちょっと驚いたような表情で俺の顔を眺めていた。
身なりは普通の町人で、武士や農民ではなさそうだ。
「『拓也さん』ということは……あなたが前田拓也様、ですか? あの『仙人』と噂の?」
男性が、目を見開いて尋ねてきた。
「いえ、そんな仙人なんて大げさな。確かに私は前田拓也ですが、ただの商人ですよ」
と、愛想良くニコニコと笑顔を見せながら接客する。
「こいつは驚いた……まさかこんなに若い方だとは……ひょっとして、見た目と実際の歳が違う、とかですか?」
「いえ、俺……いや、私はまだ十八歳ですよ」
ちなみに、この時代は数え年で計算している。満年齢に換算すれば十七歳だ。
「十八……俺より若いっ! その歳でいくつも店を開くなんて、大したものですっ!」
……なんかよく分からないが、妙に感心されてしまった。
それで一体、何の話で困っていたのか凜さんに訪ねたところ、おおよそ次のような概要を語ってくれた。
なんでもこの二人の男女、夫婦になってまだ一月なのだが、仕事の都合で、旦那が出稼ぎに行くことになったのだという。
わずか一ヶ月で離ればなれとなり暮らす二人。
せめて相手のことをすぐに思い起こせるように、『生き写しの絵』、つまり『写真』を持とうと決めて、約六時間かけてこの店に辿り着いたのだという。
『しゃしん』という物の概要は、彼等が住む町まで噂が届いていた。
実は、一年ほど前、インスタントカメラ『シャキ』を現代からこの時代に持ち込み、販売していた時期があった。
カシャっと撮って、ジジジッと出てきて、数分待てば綺麗な写真となるこの魔法の箱、それなりの高値である『金一分』、現代の価値にして二万五千円ほどで販売しており、お金持ちを中心にそれなりに売り上げがあった。
しかし、フイルムや電池と言った消耗品を供給し続ける必要があるのと、故障時の対応が大変なので、取り扱いをやめてしまった。
今回みたいに、この店に辿り着くのに六時間もかかる人に売るのであればなおさらだ。
二人は、それでも『シャキ』を、どうしても欲しいと言っていた。
しかし、商品がないのであればどうしようもない……のだが、一台だけ、この店にも中古品が眠っていた。
これはこの店の開店時、レイアウトを決める際に何枚か、記念の意味を込めて撮影するために使ったのだが……お客さん二人の、あまりに真剣な懇願に、凜さんはこの中古品を売ってもいいのだろうか、と悩んでいるところだったという。
なんか、すがるような目でこちらを見る若い二人。
うーん……確かに、新婚なのに離ればなれになって暮らすなんて、ちょっと可哀想だ。
「それじゃあ……『写真』だけ撮影して、それをお渡ししましょうか?」
「しゃしん……私たちに、まさに生き写しの絵を、売って頂けるのですか?」
どうやら彼等、『シャキ』の写真を誰かに見せられたことがあるようだ。
「ええ。それなら、消耗品の心配なんかもなくてずっと持っていれば良いだけですし。そのほうがずっと安く済みますよ。そんなに枚数、必要ないんでしょう?」
「……なるほど、それならその方がありがたいですっ!」
……ということで、急遽『記念写真撮影サービス』を実施することになった。
一枚の値段は、あまり安くして別のお客が殺到しても困るので、一枚二十五文、現代の価値にして六百円ほどとした。
で、背景をどうしようかと思ったのだが……二人は、せっかく今評判の『前田妙薬店』に来たのだから、記念にこの店を背景に撮って欲しい、と言ってきた。
そんなんで良いのだろうか……と思いつつ、それならすぐに撮影できるので、お互いの利害としては一致する。
二人が仲良く並んで手をつないでいる写真を二枚、撮影した。
その鮮明な写真に、二人とも目を見張った。
そして
「これで二十五文は安い! もっと『さつえい』して欲しい!」
と言われ、追加で一人ずつのアップを一枚ずつ撮影し、お渡しした。
二人とも涙を流して喜んでいる。
お互いに相手の写真を持って、少しでも時間があれば見るようにする、と大喜びだ。
これだけ喜んでもらえれば、商売人冥利に尽きる。
「……これで、半月の間、なんとか寂しさに耐えられそうです……」
と、若奥さんも満面の笑顔。
……へっ? 半月?
「あの……半年じゃなくて、半月、ですか?」
と、凜さんがツッコミを入れる。
「ええ、半月です……ですが、私たち祝言を挙げてから、一日たりとも離れて過ごしたことがありませんので……」
……なんか、ちょっと気が抜けた。
四枚の写真代、計百文を払って、彼等は何度も礼を言いながら、満足げに帰って行った。
「……たった半月離れるだけなのに、大げさだったなあ……」
と、俺は凜さんが入れてくれたお茶を飲みながら話した。
「あら、本当に好きあっている二人にとっては、凄く長い期間ですわ……そういう拓也さん、貴方も私たち、特に『優』の『しゃしん』を、隙ひまさえあれば『すまほ』で見ているじゃありませんか」
と、凜さんのからかうような言葉に、俺は思わずむせてしまった。
「うふふっ、勢いのある商人で、かつ三百年も未来から来た仙人様とはいえ、やっぱりまだ可愛らしいところもありますわね……」
俺より二つ年上の凜さんに、やられっぱなしだ。
「でも、それって結構、嬉しいものなんですよ……私たちも、拓也さんの『しゃしん』、持ってますし……」
彼女はそう言って、懐から「袱紗」を取り出し、その中に大切にしまわれている一枚の、俺の全身が映った写真を取り出した。
「……これ、みんな持っているんですか?」
「ええ……私も『優』も……ナツちゃんも、ユキちゃん、ハルちゃんも。みんな、隙があれば見てますよ」
彼女の笑顔に、ウソはなさそうだった。
なるほど、そう言われると、やっぱり嬉しい。
俺はこの時代に於いて、五人もの嫁を娶ることになった。
それだけ聞くと、「金に物を言わせてやりたい放題」と思われるかもしれないが、決してそんなことは無く……苦難の連続をなんとか凌ぎ、彼女たちの意思もあり……そしてこういう形になったのだ。
今はまだ商売も発展途上。
これからも苦労をかけるかもしれないが、彼女たちとならば、いつまでも笑顔で商売を続けられるに違いない、と、全員で写したスマホの写真を見て思ったのだった。