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カミソリ

※今回のお話は、ちょっと痛々しい話ですので、痛みに耐性のない方は見ない方がいいかもしれません(^^;。

『前田妙薬店』の凜にその奇妙な依頼が来たのは、平日の昼下がりだった。


 依頼主は秋華雷光流剣術道場の門下生で、師範である当代随一の剣豪、伊東武清(いとうぶせい)さんの見た目を何とかして欲しい、という切実なものだった。


 伊東さんは剣の腕は凄まじいが、正式な武士ではなく、浪人である。

 その腕を見込まれて雇おうとする武家は多いのだが、堅苦しい武士のしきたりを嫌い、また剣のみを極めるために、自由奔放に生きているのだ。


 そのため、服装は乱れ、髪型は後にまとめただけの総髪、(ひげ)は伸びてくればその分だけハサミで切る、といった具合で、己の格好にはまったく無頓着なのだ。


 それはそれで見た目の凄みが増し、鬼のように見えるから本人はいいと思っているのだが、門下生達からすれば、見学に来た者に


「あれが自分達の師範だ」


 とは、恥ずかしくて紹介することができないのだという。


 そう言われても、この問題は凜の手には負えない。

 そこで主人である俺、前田拓也に相談が回って来たのだが、俺にも妙案が浮かばない。


「うーん」と唸った後、とりあえず道場主である源ノ助さんに相談に行ってみた。

 すると彼は笑いながら、


「伊東殿は凄みが増すから、などと言っているが、実際のところはそうではない。毛を抜かれるのを痛がっているだけですな」


 と教えてくれた。


 当代随一の剣豪が、毛を抜かれるのが痛い?

 調べてみると、この時代、ちょんまげにするために月代(さかやき)という、前頭部から頭頂部にかけて剃り上げた部分を作るのだが、その『剃ってもらう』という行為にはお金が必要で、貧乏な武士はみんな一本一本毛を抜いていたのだという。


 うーん、想像するだけで頭がむずむずしてくる。


 また、お金を出して剃る場合でも、泡のシェービングフォーム無しなのだから痛いことには変わりない。それを嫌っているらしい。

 この時代、男はおしゃれをするのにも我慢と忍耐を強いられたのだな……。


 そこで俺は、現代からシェービングフォームを持ってきて、まずは町でただ一軒の床屋の主人に渡して、使ってもらうことにした。

 結果は……大反響!

 今まで一本ずつ毛を抜かれたり、水だけで頭を剃られても文句を言っていなかった武士達は、ただやせ我慢をしていただけだったようで、痛くないシェービングフォームの効果に驚きと喜びを感じ、またしても俺は『仙人』という評価を高めてしまった。


 そしてその床屋からは、


「自分のところに客が殺到するようになって困っている、武士以外はそちらで相手をしてくれ」


 との、嬉しい悲鳴? が聞かれた。

 とはいっても、俺は他人の頭や髭を剃っている時間はないし、技術もない。

 カミソリは高価で、日本刀を作っているような鍛冶屋が手作りで作成した物しかない。

 それは、日本剃刀として現代でも使用されているものだ。


 この日本剃刀、切れ味はすばらしいのだが、難点として一日に数回研がなければならず、その技術も修得が大変困難な代物だった。


 仕方がないので、現代日本から替え刃式の剃刀を持ってきて試してもらったところ、ある程度器用な人ならば手軽に月代が剃れることが判明。


 さすがに武士や裕福な商人の月代は、今まで通り男性の、専業の床屋が対応したが、そうでない人たちに対しては、基本的には奥さんに剃刀を持たせ、シェービングフォームで剃るというスタイルが阿東藩内で大流行していった。


 シェービングフォーム、替え刃ともに現代から持ち込まなければいけないのでちょっと面倒だが、そんなに重い物ではないし、値段も手頃だったので飛ぶように売れた。


 また、髭に関しては、T字型の剃刀が流行。その結果、比較的貧しい人たちも見栄えがよくなり、また、シラミの感染も減って、衛生状態が良くなることとなった。


 ただ、独身の町人はうまくいかず、床屋の数が足りず……仕方がないので、『町人の独身者限定』で、『前田女子寮』のお梅さんに頭を剃ってもらう有料サービスを実施したところ、こちらも行列が出来るほどの人気となってしまった。


 いや、この場合、彼女の大人の色気にやられた哀れな独身男性達が、お金を巻き上げられているのか……。


 いずれにせよ、彼女も


「男性とのおしゃべりは楽しい」


 と言ってくれているし、独身男性達も喜んでいるし、まあ、いいか。


 ただ、肝心の武清さんは、「面倒くさい」という理由で総髪のままだ。

 それでも、髭はちゃんと剃るようになってくれたので、門下生の人たちからは感謝された。

 そして同じく総髪の俺はというと……。


「拓也さんで、練習させて……」


 とお梅さんに迫られ、凜にも


「それはもっともな意見ですね。覚悟してください」


 と押さえつけられそうになって、慌てて逃げてきた。


 現代ではまだ高校生の俺、学校に『月代』の髪型で行ったらどんな状態になるのか想像するだけで鳥肌が立つ。

 今でも、うかつに江戸時代で前田邸に泊ったりしたら、知らない間に剃られたりしないか心配になっている今日この頃。


 けど、ちょっとだけ、優や凜に剃られるのなら楽しいかもしれないな、と想像して、慌てて頭を振る俺だった。


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