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たわし

 阿東藩新町通りに存在する『前田妙薬店』は、基本的には薬屋なのだが、生活に役立つ日用品なども販売している。

 その中でも、意外と人気・ロングセラー商品となっているのが、平成の世より百年以上前に開発された『たわし』だった。


 この商品が発売されることになったきっかけは、同じ屋号を持つ『前田美海店』でまな板を洗う道具として使ったことだった。


 それまでの縄や藁を束ねた物より、非常に便利でよく汚れが落ちる、と、料理長のナツ、その手伝いのユキ、ハルが絶賛。


 この時代、まな板はもちろん木製だ。

 包丁で小さな傷が無数につくのだが、たわしを使うとその傷に沿ってきれいに洗うことができる。衛生面においても非常に有効だ。


 百年以上前に開発された商品が、現代でも最も使いやすく、利用され続け、それが三百年前の世界で大活躍する。

 歴史の順番がおかしいものの、結局のところ、本当に良いものはいつの時代においても評価され、売れ続けるということだろう。


 この日、前田拓也とその五人の嫁達が住む『前田邸』に、新しいたわしが何個か持ち込まれた。

 少しサイズが大きかったり、柄がついていたりする新商品のモニターテストと、単純に今使用しているたわしが古くなったから新しいのを持ち込んだりしたものだ。


 これに大喜びしたのが、この日が拓也の『嫁の日』だった、ハルだ。

 拓也は、成り行き上五人の娘達を全て『嫁』として平等に扱うように宣言していた。

 しかし、それだと特定の娘と二人だけですごす、ということが出来なくなってしまう。

 そこで五日に一度くじを引いて、それぞれの『嫁の日』を決めて、その娘だけ特別扱いする、という、ちょっと変わったシステムをとっていた。


 ハルが上機嫌でこの日の食事の支度をしている様子を見た拓也は、まな板がいつもより綺麗に磨かれていることに気づき、それを褒めると、


「あの……分かりました? ご主人様に喜んでもらおうと、たわしで一生懸命こすって洗ったんですよ」


 と、ちょっと赤くなりながら彼女が話した。

 おもわず、どきっとする拓也。


 彼女は嫁達の中で、双子の姉であるユキと並んで最年少。

 しかしながら、一番マメに働く。

 ちなみに、彼女が彼の事をご主人様と呼んでいるのは、単にその呼び方を気に入っているからだ。


 他にも、おひつやしゃもじなど、この時代は木製の食器や道具が非常に多い。それらを洗うのにも、たわしは大活躍する。


 どれもこれも、光り輝くように綺麗に磨かれていた。

 たわしが新しくなったこともあるだろうが、やはり彼女が丁寧に洗ったことが一番大きいように彼は感じた。


 その日の夕食は、ハルがメインで担当。

 料理も手が込んだものだったし、まな板やおひつが綺麗であったこともあり、彼は気持ち良く食事を取ることができた。


 他の嫁達も気付いたようで、新しいたわしと、それを使いこなしたハルのことを絶賛し、また赤くなって照れている彼女に、拓也は愛しさを再確認していた。


 そして風呂場へ。

 メインの嫁とは、混浴するルールになっていた。


 拓也にとっては日替わりだが、ハルにとっては五日ぶりの混浴。

 この時代、公共の湯屋でさえ混浴であり、当時の女性にとっては裸は現代の『水着姿』とそれほど変わらない意識のはずなのだが……彼は未だに慣れることができず、あまり彼女たちの裸体をジロジロ見るようなことはしていなかった。


 明かりも薄暗いものでしかないのだが……それでも、入り口から見ただけで、風呂場の雰囲気が昨日までとは違うことに彼は気付いた。


「……なんか、昨日までより綺麗になってる……」


「……えっと、あの……分かりました? なんか、とっても大きなたわしが用意されていましたから……嬉しくって、お風呂場一通り、擦っておきました……」


 彼の側には、タオル一枚だけの姿になったハルがいた。

 小柄な彼女が、大きなたわしを使って、湯船も、壁も、床も、椅子も、全て磨いていたのだ。

 湯船の中と外、床はきちんとたわしを使い分けたという。

 また、普通のたわしで手桶までも磨いていたようだ。


 もう少し詳しく話を聞くと、この日は『前田美海店』の仕事を暇になった午後で切り上げて、前田邸に帰って、食事の準備に取りかかる夕方までの間、ずっと風呂掃除をしていたのだという。


「せっかく新しいたわしが来たのだから、ご主人様に喜んでもらいたくて……」


 壁や床を含めた風呂場全体を磨くなんて、相当重労働だったに違いない。

 その上で夕食の支度までしたのだから恐れ入る、いい嫁さんになるに違いない――と考えたところで、彼はハルが既に自分の嫁であることに気付き、急に顔が熱くなるのを感じた。


 拓也は、彼女の手を繋いだ。

 今までになく積極的な拓也に、ハルは少し驚いた。


「ハル、ありがとう。気持ち良く風呂に入れるよ……」


「……はい、ご主人様が喜んでくれるなら、頑張った甲斐がありました……」


 ハルもまた、優しい彼の嫁となれたことに、喜びを感じていたのだった。


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