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天体望遠鏡

 その夜、前田邸の庭では、俺の嫁――凜、優、ナツ、ユキ、ハルの五人が揃って夜空を眺めていた。


 雲もなく、満天の星空が広がっていた。


 この時代は現代より遙かに空気が澄み渡り、街灯などの街の明かりもないために、本当に綺麗に星々が見える。

 天の川も、なぜ『川』という表現が用いられるのか納得できるぐらい、濃い星雲の模様を見せていた。


 この夜は半月。それもまた、独特の雰囲気を醸し出している。

 みんな揃って夜空を見上げるだけでも癒されるものだが、この日は別の目的があった。


「……すごーいっ! お月様、広げた扇みたいに大きいっ!」

 満年齢で十五歳になったばかりのユキが、円筒状の長く、白い物体をのぞき込んで歓声を上げる。


 ユキは双子の妹のハルに

「本当にすごいから覗いてみてっ!」


 と勧め、彼女も素直にその通りにして、

「本当、すっごく大きいですぅーっ!」

 と、何度も実物の月とその白く長い筒――天体望遠鏡で覗いたそれを見比べていた。


「あれ……でも、向きが反対ですよ?」

「ああ、上下が逆さまに見えるんだ。だから、向きも反対になるよ」

「へえ……仙界の道具って、やっぱり変わっているんですね……」


 まあ、屈折式天体望遠鏡で上下が反対に見えることに関しては解決策がないこともないが、天体観測に於いてはとくに大きな問題にはならない。

 次に、ユキ、ハルの姉であるナツが、二人に勧められて、半信半疑でのぞき込む。


「……これが月、か? ……本当、扇みたいだ……」

 と、彼女も何度も実物と天体望遠鏡の映像を見比べていた。


「……確かに大きく見えて、綺麗だけど……なんだか、ざらざらしている感じ……」

「……お月様が、ざらざら?」


 その奇妙な表現に凜が反応し、彼女も望遠鏡を覗き込んだ。


「……まあ、本当に大きいし、綺麗……確かにざらざらっていうか、でこぼこっていうか……」

 と、凜は妹の優を手招きし、望遠鏡を覗かせた。


「……凄い、こんなに大きく……なんでしょうね、この丸い窪みみたいなのは……」

 二人共、不思議そうな表情になっている。


「それは『クレーター』っていって、月の表面は、そんなものなんだよ」

「くれーたー……どうしてこんな風になっているんですか?」

 優は相変わらず不思議そうな顔だ。


「えっと、それは……説明すると長くなるからやめておくよ」


 彼女たちに

「隕石が落ちてきたときに出来る穴だよ」

 みたいな説明をしたところで、今度は

「隕石って何?」

 とか、

「どうしてそんな物が落ちてくるの」

 っていう説明を求められそうだし、うまく納得させる自信もなかった。


 すると優には、

「じゃあ、えっと……お月様には、誰か住んでいるのですか?」

 と、もっと純粋な質問をされてしまった。


「それは……えっと、あえて答えないでおくよ」

 と返したのだが、それを聞いて、みんな苦笑いしている。


 さすがにもう、全員子供ではないので……そんな言い方をすれば、誰も住んでいないのだな、というふうに解釈したのだろう。


 ここは、彼女たちの夢を壊さないためにも『分からない』と答えるべきだったかな、とちょっと後悔したが、

「あ、でも、月に行った人はいるよ」

 と言うと、みんな揃って

「えっ?」

 と驚きの声を上げた。


「本当ですか? どうやってあんなところに行くんですか?」

「拓也さんも行ったこと、あるのですか?」

 と、次々と質問が飛んでくる。


「いや、さすがに俺はないし、本当に選ばれた人しか行ってなくて……具体的に言うと、空飛ぶ船に乗って、何日もかけて辿り着いて……」

 と、ちょっとしどろもどろになりながら説明すると、


「……本当なのか、怪しいな……」

 とナツにジト目で見られてしまった。


「本当だって。でも、月に行った人、まだ百人もいないんじゃないかな? すっごく大変な旅なんだ」

 という俺の説明に、みんな半信半疑だった。


 実のところ、月に行くよりも時空間移動の方がよっぽど凄いことなのだが……。


「えっと、じゃあ、そろそろ別の物を見てみようか。優、『すばる』って分かるかな?」

「あ、はい、前に拓也さんに教えてもらいました。あの小さな星がいくつか集まっている場所のことですよね?」

 彼女は天空の一点を指差した。


「ああ、その通り。それで……優、君はあそこにいくつ星が見える?」

「えっと……六つ……いえ、七つかしら?」

「さすが、目がいいなあ。とはいえ、それが限界だろうね……」


 そこで俺は天体望遠鏡を調整し、(すばる)に焦点を合わせた。

 それをのぞき込んだ優は、

「えっ……すごい、こんなにいっぱい星があるんですか?」

 と、驚きの声を上げる。


「ああ、目だけで見ると比較的明るい星が見えているだけで、あとはぼやっとしてたと思うけど、実際はそんなにいっぱい存在しているんだよ」


 ちょっと優越感に浸り、つい自慢げに解説してしまう俺だったが、みんなそんなの大して聞かず、「自分も見たい」「私も見たい」と、ちょっとした争奪戦になるほどの人気だった。


 俺が初めて天体望遠鏡で星空を眺めたのは、小学校六年生ぐらいのときだったと思う。


 そのころ、すでに月のクレーターの存在を知識として知ってはいたが、それでも実際に天体望遠鏡でリアルに目撃したときは感動し、妹とはしゃいだ記憶がある。


 昴も、実はいっぱい星が集まっている、とは聞いていたが、実際にその真の姿を目撃し、青白い、まだ若い星達がいくつも重なるように輝いているのを見て、その日は興奮でなかなか寝付けなかったのを覚えている。


 そんな現代でも驚く月や星の姿を、この娘達はなんの予備知識もなしで見ているのだ。きっと、あのときの俺や妹以上に興奮していることだろう。


「……拓也さん、この天体望遠鏡、昼間につかったらどうなるんですか?」

 優が感じた疑問を素直に口にした。


「あっ、そうそう、言い忘れたけど、これは絶対に昼間使っちゃ駄目だ! 特に太陽……つまりお日様を見たりしたら、一瞬で目が見えなくなってしまうから!」


 少しきつい口調でそう注意すると、彼女たち、少し怯えて望遠鏡から離れた。


「夜ならば大丈夫だよ。どうせ昼間は星なんか出ていないし、見ることはないだろう?」

 と、口調を穏やかにしてそう話すと、みんなまた天体観察に戻った。


「……拓也さん、それでこの『ぼうえんきょう』、いくらでお売りになるつもりですか?」

「ああ、さすがにこれは高い……一両はする。だから、売ることはしないでおこうと思っているよ」


「一両……」


 値段を聞くと、みんなさすがに望遠鏡に対する扱いが丁寧になった。

 これは、お金持ちが楽しみでつかう道具なんだ、と。

 自分達は、役得でこうやって使えているんだ、と。


 だから、俺はこう言った。

「いや、本当はもっと安いんだよ。この時代だから珍しいと思って、値段を強気に設定しているだけだよ」

と。


 それを聞いて彼女たちは、また安心して笑顔で天体観測を続け始めた。


 本当のことを言うと、俺はこの望遠鏡、藩の警備に使えないかと思っていた。

 城の天守閣から、あるいは砦の頂上から。

 不審な船が侵入してきていないか。

 火事が起こったりしていないか。


 けれど、それだけなら双眼鏡があれば十分だと考え直した。

 天体望遠鏡みたいな高倍率のものを備え付けてしまうと、庶民が四六時中監視されかねない。それは俺の本意ではなかった。


 同じ理由で、町民への販売もできないな、と思った。

 お金持ちがこれを買うと、他人を覗いたりする輩が出てしまうかもしれないから……。


 これは儲け損なったな、と思いつつも……今、少女達が夢中で天体観測をしている様子を見て、これはこれで成功だったのかもしれないな、と、俺もまた笑顔に戻ったのだった。


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