4話
☆☆☆
それから約三十分必死に説明してやっと普通に接してもらてるようになると、真帆に学校案内をするため二人で教室を出た。
現在地は二階。このフロアに一、二年生の教室があり、一階には職員室や生徒指導室などの主に先生の使う場所が多く、三階は三年生の教室と、美術室や理科室、生徒会室などの特別教室がある。
まずは階段を降りた。この時間、先生は部活に顔を出したり、作業をしたりであまり廊下にはいない。
そんな人気のない廊下を歩きながら真帆に一つ一つ案内していく。
「で、一階の最後に、ここが職員室」
「職員室……?」
「そこから!?」
その単語を初めて耳にするかのように首を傾げる真帆に竜喜は思わず叫ぶ。
「申し訳ありません。私は学校が初めてなので……」
「あ、そっか。そう言えばさっき言ってたっけ」
つい数分前にそんなことを口にしていたことを思い出す。だからといってそれぐらいは知っておいてほしいのだが……。さすがにいきなり家の事情を聞くわけにはいくまい。
竜喜は体の力を抜いて声を和らげる。
「先生のいる部屋だよ。先生に用があるときはここに来ればいいよ」
「失礼しました~」
ちょうどその時、目の前の職員室の扉から赤毛の少女が出てきた。勝気な顔つきで小柄。声にもまだあどけなさが残り、胸もまだ頼りない。制服を着ていなければ小、中学生に見えてしまうだろう。その少女は、竜喜に気づくと手を上げてものすごいハイテンションで声をかけてきた。
「あ、たっつーだ! 何してるのー?」
「なんか良く分からない部活に入れられて空き教室にいたんだけどさ、真帆が今日転入してきたばっかりだから真帆に学校を案内してるんだよ。そういう舞はどうなんだ?」
その問いに、目の前の赤毛の少女、茜沢舞はそのテンションのまま断言した。
「んー、忘れた!」
「早いな! さっきのことでしょ?」
「だってあたしはそんなこと気にしないもん。この大きな世界でちっさなことを気にしたら負けだよたっつー」
赤目を輝かせて語る舞の目はロマンで溢れていた。
そんなロマン家は完全に自分の世界に浸りこんでいる。それを止めるように竜喜は咳払いをして切り出す。
「真帆、これは茜沢舞。俺たちと同じ三年生で、隣のクラス。そして俺の中学の同級生だ。こんなのだけど悪い奴じゃないから」
「こんなんってなんだー」
舞が抗議の声を上げるが華麗にスルー。
一度、舞が入ってから何も話さない真帆を横目で様子を窺うと、陽気な舞に対して、初めての相手に緊張しているのか表情が固い。
無理はないだろう。全てのことが初めての彼女にとってこの場は不安でしかない。竜喜には、学校に来る直前にぶつかって顔を知っていたからか分からないが、少し砕けた態度をとっている。だからこそ竜喜は真帆が早く馴染めるように手を貸す。
「で、こっちが今日転入してきたばかりの南崎真帆」
「よろしくね、まほたん♪」
「まほ……たん?」
「ここの良く分からない男子より私がいろいろ教えてあげるからね」
「さらっとひどいこと言ってくれるね! ……って真帆にまで頷かれるとさすがに傷つくっ」
そんなやりとりが繰り広げられ、一階の案内が終了した。
「で、どうして舞がついてくるんだ?」
職員室で舞と出会った後、次は三階に行こうとしたら舞も一緒に来ていることに気がついた。初めは偶然かとも思ったが、三階まで来て尚もいるのを見て確信へと変わった。
「いいじゃんべつにー! 女の子一人じゃ何をされるかわかんないでしょー」
「舞にまで俺の信頼度低いの?」
「信頼とは自分から勝ち取るものだよたっつー」
その答えに竜喜は肩を落とした。舞がこの調子のため真帆はすっかり舞に懐いてしまった。今更舞を追い返すわけにはいくまい。竜喜もその気はもとからないのだが。
「でも俺疑われるようなことしました?」
「んー、さぁ?」
「やっぱり俺無罪じゃん!」
そんな二人のやりとりを傍で見ていた真帆が笑みを漏らす。
思いがけず、竜喜と舞は顔を見合わせた。そして同時に吹き出すと、三人は声を上げて笑った。
その間に竜喜は真帆を見て思う。
真帆も表情がかなり砕けてきた。何もところに信頼できる存在はやはり大きい。そこに竜喜が入っているかは微妙だが……。
何にせよ、今の真帆には心底から信頼できる人物が一人でも多い方がいい。
そう判断した竜喜は、ほとぼりが冷めると二人をある場所へと連れていく。
その場所とは、
「ここは生徒会室。生徒会のメンバーが仕事をしたりする部屋だよ」
簡単に説明したつもりだが、真帆の反応は鈍い。彼女の頭の上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいる。
「生徒会、とは何ですか?」
「そこからか……」
竜喜はどうしたものかと考える。いつも普通に言ったり聞いたりしているために口で説明するとなれば難しい。
「生徒会っていうのは、生徒が中心となって学校のルールを決めたりして学校をよくしていこうって組織よ」
突然背後から声がして三人は振り向く。
そこにいた人物は、背後にいた漆黒の髪を腰まで伸ばし、左側に黒い髪留めをつけ、優美で整った顔立ちの少女だった。その少女は竜喜の横にいる二人よりも存在を主張するものを持ち、身長も二人より僅かに高い。
「あ、はるっち!」
漆黒の少女に真っ先に反応した舞が手を挙げて少女を呼ぶ。
そしてやや遅れて竜喜も声をかける。
「あれ、丹里何してたんだ?」
「わたしは書類を先生に提出してきたのだけど……竜喜くんこそどうしたの?」
訊いてすぐ少女は視線を竜喜の横にスライドさせ、真帆のところで止まる。
「確かあなたは……南崎真帆さん?」
「……はい」
「私は同じクラスの丹里陽奈よろしくね」
差し出された陽奈の右手を見て、真帆は一瞬戸惑う様子を見せたが、すぐに同じく右手を出し握手を交わす。
「陽奈と俺は幼なじみなんだ」
簡単な自己紹介が終わったところで、それで、と陽奈が切り出す。
「竜喜君はどうしたの?」
「あぁ、俺は真帆に学校の案内を含めて茜里を紹介しようと思って」
竜喜は後ろの赤髪の少女を親指で指して続ける。
「で、これはついてきた」
「これっってなんだ、これって! あ、た、し、は、たっつーとまほたんが、二人っきりで、いたから私はついてきただけだもん。これから空き教室に行くとか言ってたし」
なぜか二人っきりを強調する舞。振り向くと完全にむくれているのが分かる。
だが、それだけでは終わらなかった。
今度は前からも背筋を這うような嫌な予感がして恐る恐る前を向き直る。その嫌な予感をさせている張本人の生徒会長が、軽蔑の目で竜喜を睨みつけていた。
「えっと、そんな蛇のような目をしてどうしました? せっかくのお顔が台無しですよ?」
「余計なお世話よ! ねぇ竜喜くん? 一体二人きりで空き教室で何しようとしてたの?」
「いや、部活……」
「竜喜くんの馬鹿変態不純不潔破廉恥最低!」
「お願いだから最後まで聞いてぇぇ!」
そんな竜喜の願いも儚く散った。
その後最終下校時刻を知らせるチャイムがなるまで竜喜の弁明は続き、やっとのことで誤解は解かれた。
帰り際、舞と陽奈にいつでも部室に顔を出してくれ、と残し、解散した。真帆を帰りに誘ったのだが、入学初日で、まだしなくてはならないことがあるらしく残念ながら断られたのだった。




