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21話

 あまりにも一方的な発言に竜喜は何を言われたのか分からなかった。

 忘れる?

 そんなことできるはずがない。三週間という短い期間だが、一緒に過ごしてきた日々の記憶は竜喜の中に既に強く刻み込まれているのだから。

「行きましょう。こんな人、置いておきなさい」

 何を言ってるんだ? この人は本当に真帆のために厳しく当たっていたのか? とてもそうは思えない。

 竜喜は歯を食いしばり、爪が掌に食い込みそうなほど強く拳を握る。多分、体も震えてるだろう。

「あなたは……」

 竜喜の絞り出した低い声を聞いてみるゲートへ向かおうとしていた二人が足を止めた。

「あなたは本当に真帆のためを思って行動しているのですか?」

「何を言うかと思ったらそんなしょうもないこと。当たり前でしょ。私が真帆のためにならないことはしないわ。――もうこれ以上関わらないでもらえる? これは私たち家族の問題よ」

「待てよ」

 竜喜はもう抑えきることができなかった。

「真帆のためだとか、そんなものは真帆自身が決めることだ。誰かに強要されて、無理やり押し付けられても、本人が嫌がってたらそれは真帆のためなんかじゃない。それは単なるあなたの傲慢だ!」

 ここが空港だとか、周囲の視線を浴びているとかそんなことは関係ない。今は真帆を連れ戻すことだけが竜喜のすべきことだ。

 これは、困っている人を助けるなんでもおたすけ部の活動の一環だ。失敗はしない。私情を挟んでも、竜喜を信じて空港について来なかった陽奈のためにも、真帆を連れ戻す。

「真帆は嫌がってなんかいないわ。勝手なこと言わないでもらえるかしら」

「真帆に訊いたのかよ。真帆は行きたいって行ったのかよ。勝手なことを言っているのはあなたの方だ」

「そうなの真帆 ?」

「私は……」

 いきなり話をふられた真帆は戸惑いを見せる。

 彼女はさっき自分の本音を竜喜に吐露していた。だから竜喜は彼女が残りたがっていることを知っているのだが、言いよどでいるのは母の威圧だろう。

 しかし、竜喜はどることもできない。今は彼女自身の力で言わなければ意味が無いのだ。

「私は……もっと竜喜と一緒にいたいです。もっとみんなと一緒にいたいです! 僅かな時間でしたけど、水族館に行ったり、オリエンテーリングをしたり。毎日話して楽しかったです。私にも友達ができたんです。だから!」

 真帆の言葉は何の偽りもない本心だった。それは、俯きながら目元に光る涙が証明している。

 おそらく彼女も自身の思いを激白したのはこれが初めてだろう。だから竜喜の心をも強く打った。

 しかし、それだけではなかった。

「分かったわ。ならイギリス行きは無しにしましょう」

 これまでの話が嘘のように真帆の母はあっさりと言い放った。その表情は満足そうな笑みを浮かべ、この展開を待っていたかのようだ。

 まさか……。

「もしかして最初から」

「真帆って昔から自分の意志を表に出さなかったのよ。だから、一度、自分の本当にしたいことをさせてあげたかった。昔、厳しくしすぎたお詫び、というわけではないけれど、私も嬉しいわ。自分の意志を表に出してくれて。これは独り言よ。早く行きなさい。待ってる人がいるのでしょう?」

 やはり、これはわざとやっていたのだ。娘に自分の意志を言わせるためだけに。たったそれだけのために彼女はこんな大掛かりなことをしたのだ。それもかなりの準備期間を費やしたことだろう。

 やり方がいいとは決して思わない。もし竜喜が来なければ本気でイギリスへ連れて帰っていたのだろうか。学校に連絡を入れていたということはその覚悟はあったのかもしれない。

 でもこれは、真帆を心配してのことだったのだ。真帆自身が語っていた、昔は家から出してもらえなかったという反省をして、自分の本当にしたいことをさせてあげたい。その一心でここまでのことをしたのだ。

 やっぱりいいお母さんだと、この時はっきりと感じた。

 竜喜は真帆の母に向かって頭を下げ、真帆の手をとって走り出した。

 今度は一人ではない。真帆もいる。それだけで竜喜は心が軽かった。

 行きは無限にも感じた道が、帰りは一瞬のように早く感じる。

 気がついた時にはもう、竜喜たちの住む住宅街へと帰ってきていた。真帆の腕を引き、見慣れた住宅街を駆け抜ける。

 陽は竜喜たちを迎えるかのように優しく照らしている。

 不意に、目の前に人影が二つ浮かび上がった。

「あれは……」

 近づくにつれてその姿がはっきりと浮かび上がる。

「陽奈、舞……」

 真帆は目を丸くして驚いた。細い声を絞り出して友の名前を呼ぶ彼女の顔には、嬉しさからか、涙が光っていた。

 ずっと待ってくれていたのだ。竜喜を信じて、真帆を信じて、ずっとこの場で。

「舞も来てたのか」

 出てきたのは同じクラスの陽奈だけだったのだが、いつの間にかいた舞の存在に気づく。

「あったりまえじゃん。真帆たんがイギリスへ行っちゃうって知って、たっつーたちが出て行ったって聞いたかあたしもすぐ飛び出してきちゃった」

「舞まで来ることはなかったのに」

 そうは言うものの竜喜は二人に感謝して頬を緩めた。

「陽奈、舞、すみません。私、私!」

「真帆、おかえり」

 優しく微笑んで陽奈は抱きつく真帆を抱擁する。そこに舞も加わる。

 しばらくはそっとしておいてあげようと決めた竜喜は、女子三人の光景を穏やかな表情で見てからその場を立ち去った。

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