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20話

9


「荷物の整理はできた?」

 屋敷のリビングで綺麗な金色に髪を染めてセミロングに下ろした、大人びた印象を与える女す性が訊く。

「はい」

 奥からキャリーバッグ一つを持って現れたのは美しく銀色に光る髪を持つ端整な顔立ちの少女だ。

 少女の碧い双眸はどこか儚げで覇気がない。

「そう。なら行きましょうか」

 女性に言われた少女は何も言わずについて行く。

 玄関から外に出ると大きなリムジンが一台、屋敷の前に駐車していた。中から一人の執事が姿を見せ、後部座席のドアを開ける。二人はそのリムジンに疑問一つ抱くことなく乗り込んだ。

 少女、真帆はイギリスに帰るため空港へと向かった。


10



 竜喜はそのまま学校を飛び出し、真帆の家まで来ていた。

「真帆……」

 ほんの昨日、一昨日とここに来ていたのだ。それなのに急にイギリスへ帰ると言われても納得が行かない。

 竜喜はチャイムを押す。しかし、昨日と同じように反応はない。

 いや、家だけではなくこの土地全体がどこか寂しいような気がした。

 もう行ってしまったのだろうか。分からないが、少なくとももうこの家にはいないだろう。

「竜喜くん!」

 声に反応して振り向くと、遠くから黒髪の少女がこっちに走ってきているのが見えた。

「陽奈まで抜け出すことなかったのに」

 竜喜が言うと、陽奈は少し時間をかけて息を調えてから答える。

「そんなこと言われても、竜喜くんが飛び出していくから」

 大きく息を吸い込んで酸素を取り入れてから彼女は続ける。

「真帆は?」

「いないと思う。多分、もう行ってる」

 自分でも意外な程、竜喜の声は冷然としていた。既に手遅れだという諦念からだろうか。それとも自分たちに声をかけなかった真帆への憤りからだろうか。

 どちらにせよ希望はもうほとんどないのだ。今更どうすることもできない。

「皆川先生に電話してみよ? 先生なら何か知ってるかもしれない」

 陽奈は違っていた。諦めている竜喜に対して彼女はまだほんの僅かな可能性に望みをかけている。そのことは声からも明白だった。

 だから竜喜も、僅かな可能性に賭けてみることにした。

「そう、だな。聞いてみる」

 ポケットから携帯を取り出して竜喜は電話をかける。

 今の時間は授業中だ。だから電話に出られる確率低い。

 元々確率の低い賭けなのだ。外れて当然のようなものだ。

 しかし呼び出し音が三回鳴り終えたところで繋がった。

「もしもし、先生!?」

『九時発の飛行機だ』

「えっ?」

 思わぬ即答に竜喜は間抜けた声を出す。琉美はまるでこのことを予測していたかのようだ。

『南崎を追いかけるんだろ? 九時発の飛行機だ。南崎はそれに乗る』

 時間を確認すれば腕時計は八時半を示している。残り三十分。空港の距離からして間に合うかギリギリの時間だ。

『南崎はお前たちと別れたくなかったから言わなかったんだ。困っている人を助ける、それがなんでもおたすけ部の活動だ。絶対に南崎を連れ戻せ!』

「はい!」

 全く困った先生だ。いつもは金だの評価だの言ってる割にこうしてたまに教師らしく生徒を導く。やはり、教師は教師だ。

「どうだったの?」

 携帯をポケットに戻すと陽奈が訊く。だがその顔は言わなくても分かっているというような表情だ。

「まだ間に合うかもしれない」

 竜喜は手遅れにならないように、陽奈に見送られながら走り出した。



 これまでにここまで必死なことがあっただろうか。

 それも、出会って三週間の少女のことで。

 これまでにここまでの苛立ちと寂しさを覚えたことがあっただろうか。

 それも、出会って三週間の少女に対して。

 実際に関わったのは三週間だったが、もっと長い間関わっていたような気がする。それだけこの三週間は中身が詰まって充実した日々だった。

 だから真帆がいなくなった生活なんて考えられない。

 走って、走って、走って。空港内を走り抜ける。

 そして、

「真帆!」

 ――見つけた。

 空港の待合エリアで一人座る銀髪の少女。

 周りからの視線など気にしない。それどころではないから。

 少女が声に反応して顔を上げた。そして澄んだ碧眼が竜喜を捉えると、彼女の口が震える。

「竜喜……! どうして」

 あからさまに戸惑っている真帆の反応に竜喜は表情を引き締めて大股で歩み寄る。

 視線を逸らす彼女の様子から今、竜喜を避けているのは明らかだ。昨日までは何もなかったのに。そんな思いが竜喜の中に巡る。

「どうしてって、真帆こそどうして黙っていなくなろうとするんだよ」

「それは……」

「何でだよ!」

 真帆に引かれたかな。怖がられたかな。自分で声を張り上げておきながら少し震える彼女を見てそう自覚する。

 でも、一度爆発させたら止めることなどできない。

「これまでの三週間は何だったんだよ。友達になれたと思っていたのは俺たちだけかよ!」

「そんなことは……」

 分かってる。決してそんなことはないということぐらい。真帆の言葉に嘘偽りはないということぐらい。

「いくらでも言う機会はあっただろ! なのに黙ってたら何も分からないだろ!」

「私だって、イギリスへ行きたくて行こうとしているのではありません!」

 予想外の真帆の言動に竜喜は気圧される。

 真帆がこうして声を荒らげるのは初めてだ。だからこそ、彼女の言葉は本物だと感じることができる。

 しかし、それよりも予想外だったのは真帆の言葉の内容だ。

 一昨日、真帆の家には執事以外誰もいないと言っていた。なのに彼女は自分の意志ではないという。

 ならば誰に強要されるのいうのか。

「私もみなさんと一緒に過ごした時間が楽しかったです。もっと一緒にいたいと思っています! でも」

「そこまでよ、真帆」

 突然背後から女性の声がした。顔だけで後ろを見れば、そこには金色に染めた髪を腰に流した、大人らしく美しい女性が立っていた。

 女性は優雅に歩いて竜喜の横を通り真帆の前に移動した。

「ここは空港よ。もう少し場所を(わきま)えなさい」

「申し訳ありません。お母様」

 竜喜はその言葉を聞き逃さなかった。

「お母様って、えっ!?」

 だって、真帆の母は今イギリスにいるはずで、日本にはいないはずなのだ。真帆本人がつい一昨日に言ったばかりなのに。

「あなた?」

 気づけば真帆の母は竜喜に不審そうな鋭い視線を向けていた。

「え、えっと、真帆……さんのクラスメイトの日下部竜喜です」

「へぇ。今までありがとう。でももういいわ。真帆は私とイギリスへ帰るから。だから真帆のことは忘れなさい」

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