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19話

8



 朝いつも通りに起きた竜喜は大慌てで学校へ行く支度をした。僅か十分程で準備整えると、大きな欠伸をしながら家を出る。

 ギリギリの時間まで寝ていたがまだまだ眠い。昨日、寝た時間が遅いせいだ。

 秋野に送ってもらって帰宅した時間が十時頃。それからなんだかんだとして十二時に床についた。だがイマイチ眠ることができず、実質寝た時間は二時ぐらいだ。

 朝がそこまで強い方ではない竜喜にとってこの睡眠時間はとても辛い。

 だが、そう思ったのもつかの間だった。

「あれ?」

 突然彼は交差点で歩みを止めた。

 ここは真帆と初めてあった場所だ。あのぶつかった日以来、登校時に毎日あっていたのだが、今日彼女の姿はない。時間に正確そうな彼女が遅れるのは珍しい。だがさすがに毎日一緒になるということはないだろう。時間がずれることぐらいあってもおかしくない。

 それに竜喜は今日、時間ギリギリでいつもよりも遅く家を出ている。だから彼女は先に行っているはずだ。

 そう思い学校に行ってみると、

「え、真帆が来てない!?」

 陽奈が言うにまだ真帆を一度も見かけてようだ。

「竜喜くんこそ一緒じゃなかったの?」

 竜喜が訊くと逆に目を丸くして聞き返された。

「今日は起きるのが遅くなったからてっきり来てるものかと……」

「どうしたんだろ……真帆にしては珍しいわね」

 ここでチャイムが鳴り響く。竜喜は予鈴を聞き逃しているためにこれが本鈴だ。

 それと同時に担任教師の琉美が入ってきた。

「あー、全員揃ってるかー?」

 いつも通り気だるげな声で確認し生徒を確認していく。

「よし、大丈夫だな。それじゃあホームルーム始める。あと、南崎は体調を崩して欠席だそうだ」

「真帆が体調不良?」

 誰にも聞こえないように注意を払いながら竜喜は呟いた。

 昨日は全くそんな様子はなかった。無理をしていたのだろうか? 

 しかし、その考えも打ち消す。竜喜が気づかなかっただけかもしれないがいつも通りの彼女だった。

 ホームルームが始まり、竜喜は思考を巡らせるのを止め、学校が終わればお見舞いに行こうと決めた。



「まほたんが風邪?」

「そうらしい。皆川先生が言ってたし」

「昨日はまほたん元気だったのに」

 放課後、竜喜と陽奈とはクラスが違う舞を部室で待ち、来たところで伝えると、竜喜たちと同じ反応が返ってきた。

「だからこれからお見舞いに行かない?」

「うん! 行こ行こ!」

 陽奈の提案に舞は二つ返事で快諾した。

「お見舞いならケーキ買っていこ!」

 ということで舞の意見を採用し、途中でケーキを買って真帆の家に足を運んだ。このケーキ代とケーキは竜喜が持たされたことには触れないでおこう。

 昨日来たばかりだが、何度見てもこの家の大きさに呆気に取られてしまう。

「まほたんいるかな?」

 舞が家のチャイムを鳴らすと、いかにも豪邸らしい音がインターフォンから聞こえた。しかし、数秒経っても中から反応はない。

 もう一度舞がインターフォンを押す。結果は同じだ。

「あれ? いないのかな?」

 首を捻りながら舞が玄関まで行って扉に手をかけた。鍵はかかってなかったらしく簡単に開いた。

「舞! 人の家に勝手に入るのは」

 陽奈が止めに入るが舞は耳を傾けない。

「まほたんいるー?」

 彼女は首だけを入れて叫ぶがやはり返事はない。

 すると舞は玄関の扉を開けて中に入る。

「さすがにそれはまずくないか?」

「そうよ。止めときましょうよ」

 今度は竜喜も制止するが、

「まほたんが寝てるだけかもしれないよ。起きた時にびっくりするようにこっそりケーキ置いて帰ろうよ」

 それを聞くと僅かに引け目がなくなった。かと言っていい気はしないが、二人は渋々舞について入った。

「お、おじゃましまーす……」

 静まり返った家に陽奈の弱々しい声が響く。

 真帆が寝てるとしたら自分の部屋だろうか。だが竜喜は昨日、真帆の部屋に行っていないためどこが彼女の部屋か分からない。

 二人に先導を任せ、ついて行った竜喜も今回はお見舞いということで部屋に入れた。

 が、

「あれ、いない?」

 ベッドで寝ていたと思っていたが、部屋はもぬけの殻だった。代わりにベッドの上にはくまのぬいぐるみがたくさんあり、陽奈たちが昨日騒いでいた光景を目にする。

 確かにかわいい。なんて場違いなことを一人思いながら竜喜はぬいぐるみを見ていた。

「どこに行ったんだろ?」

 そんな竜喜は舞の言葉で我に返った。部屋を見回しても約八畳ほどの部屋には彼女の姿は見当たらない。

 部屋を出て、昨日いたリビングや、ダイニングなど、手当たり次第に豪邸の中を探し回るが見つけることはできなかった。

「ちょっと来て!」

 その時、舞が長い廊下から二人を呼んだ。その声は珍しく焦っている。

 竜喜たちが駆けつけると、舞のいる場所に一滴の血痕が残っていた。

「これは……」

「急いで警察に電話しないと!」

 絶句する竜喜と、対照的に慌ててポケットから携帯を取り出す陽奈。

 だが陽奈が電話をかけるより早く、玄関を開く音が聞こえた。

「誰!?」

 叫んだ陽奈はすぐに自分の失態に気づき、反射的に口を押さえる。今この状況で自分たちがいることを悟られるのは好ましくない。

 足を忍ばせて三人は玄関へと歩む。

 しかし、その努力も虚しく散った。

「ま、まほたん!? 」

「みなさん来てたんですか? 今日はどうしたんですか?」

 現れたのは白銀の長髪に高貴そうなイギリス系の雰囲気を持つ少女、真帆だ。彼女は不在時に家に入っていたことには疑問を抱かず、飄々としている。

「真帆! あなた大丈夫なの!?」

「はい。先程病院へ行ってきたところです。今日寝ていたおかげでとても楽になりました」

「? 病院?」

 自身の予想とは掛け離れた単語に竜喜は拍子抜けして訊く。

「はい」

「じ、じゃあ、鍵が開いてたのは?」

「ああ、うちでは基本鍵はかけないんです。セキュリティはしっかりとしてありますので」

 俺たちは普通に入ったけど?

 というツッコミはしないでおく。

 尚も竜喜は放心状態のまま、廊下に残る血痕を手で示す。

「で、これは?」

「それはペンのインクですね。うっかり私が落としてしまって付いてしまいました」

 それを聞いたとき、三人は脱力してその場に座り込んだ。

「みなさん、どうしたんですか?」

「……何でもない」

 勝手に思い上がっていたのは竜喜立ちの方とはいえ、紛らわしいことが重なった事故に近い。

 ともかく、真帆が無事でよかった。

 それと同時に、自分たちが馬鹿らしく思えてきた。その二つの感情か混ざってしばらくは立ち上がれそうにない。

「それで、今日はどうしたんですか?」

 首を傾げて訊く真帆を見て、危うく忘れるところだった本来の目的を思い出す。

「真帆、これお見舞い」

 と言いつつケーキを差し出す。しかし、こちらは完全に忘れていたために慌ててケーキの無事を確認する。

 真帆に渡す前に箱を開けてしまったが、幸い、ケーキに被害は皆無だった。

「竜喜くん、真帆のお見舞いなのに渡す前に開けたら意味ないじゃない」

「大丈夫ですよ。せっかくなのでみんなで食べましょう」

 真帆のフォローに感謝しつつ彼女の言葉に甘えて、二日連続二度目のダイニングにお邪魔した。

 相変わらず大きなダイニングを四人だけで使うのは勿体無い気がする。普段の生活と掛け離れた空間に逆に落ち着かない。

 しかも、端に詰めて座っているために反対側が淋しく空いている。

 だが竜喜以外はそんなこと気にならないらしい。陽奈こそもっと戸惑うかと思ったが、昨日だけで慣れている。

「おいしそうです……!」

 陽奈が四個買っていたケーキをそれぞれに分配すると、それを見て真帆が感嘆する。

 真帆の好きなものが何か分からなかったために、全て無難な苺のショートケーキを買っていた。どうやらその判断は間違っていなかったらしい。

 目を輝かせて待ちきれないようすの真帆を見ると、竜喜は思わず笑みを漏らした。

「竜喜どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ。そんなことより早く食べないか?」

「そうだよ。早く食べようよ!」

「そうね。じゃあいただきましょうか」

 舞と陽奈の声も弾んでいた。

 いただきまーす、と四人は声を揃え、ケーキを咀嚼する。

「おいしい……」

「よかったー。その様子だとまほたん元気になったみたいだね」

「はい。おかげさまで。明日は学校に行きます」

 竜喜は力強い真帆の言葉を聞いて肩をなでおろした。

 こうして竜喜たちの思い違いから始まった騒ぎは収束した。


☆☆☆


 しかし翌日、真帆は学校に姿を見せなかった。

 もうすぐチャイムが鳴るというのにいつまで待っても教室のドアから彼女が入ってくることはない。

 代わりに入ってきたのは琉美だった。

「みんなー、ちょっと早いけど座れー」

 突然のことに教室がざわめく。琉美の言う通り、普段のホームルーム開始の時間よりは三分程度早い。クラスからブーイングが飛び交ってもおかしくはないが、そこは琉美の威厳で何も言う者はいない。

 竜喜は何だろう、と疑問に思いつつ琉美の話に耳を傾ける。

「えー、南崎のことだが、家の事情でイギリスへ行くことになった」

 えっ……。

 声に出したつもりだったが、口から出たのは息だけだった。

 真帆がイギリスへ帰る?

 嘘だろ。昨日、学校に来るって言ってたのに。

 昨日は何も言わなかったのに。

「三週間という短い間だったが仲良くしてやってくれて助かった」

 それなのにどうして。

 竜喜机を強く叩いて立ち上がった。考えるよりも先に体が動いていたのだ。その体は勝手にイギリスへ帰ろうとする真帆への怒りと、言ってもらえなかった悲しさで震えていた。

 そして少し俯きながら走って教室を飛び出していった。

「ちょっと竜喜くん!?」

 陽奈も竜喜の行動に目を見張って立ち上がる。

 だが、彼女は竜喜の後を追いかけるには思いきれないらしく琉美のを方を見た。すると意外にも琉美は頷いて陽奈に促す。

 陽奈そんな担任に心中で感謝して教室を出た。

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