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18話

 続いて三人が通されたのは大きなダイニングだ。

 大人数が入れるような長テーブルの上に蝋燭が立てられ、四方の壁にはカラフルで豪華なステンドグラスがある。そしてテーブルの上からシャンデリアがダイニングを黄色く照らしている。

 さらにテーブルに並べられている食事は、大きな海老をまるまる一尾焼いたものや、巨大チキンなど、高級店に行かなければ食べられないようなものばかりだ。

 本や写真でしか見たことのないような光景に、竜喜たちはまたしても言葉を失う。ただ、舞だけは、

「すっごーい! 美味しそう!」

 興奮する彼女は待ちきれないと言わんばかりに席に着く。

「どうしました?」

「そうだよ、早く食べようよ」

 戸惑う二人に真帆が声をかけ、舞が不満の声を上げる。

 真帆はこの料理が自分たちにとって、いや世間的にすごく豪勢だという自覚がないのだろうか。

 思わずそんなことを思いながら竜喜も後を追って座った。


☆☆☆


「美味しかったー」

 食事を終えた三人は再びリビングルームへと戻ってきた。

 料理は見た目だけでなく、味もしっかり伴っていた。出された量は食べ切れるか心配だったものの、食べてみればあっという間だった。中でも舞は、喉に詰まらせるのではないかという勢いで平らげた。

 今彼女は大きなお腹をさすりながらソファーに倒れ込むように座った。

「まほたんは毎日こんな料理食べてるんだよね。いいなー」

「ほんとに真帆が羨ましいわ」

 陽奈も満足そうにしながらも羨望の眼差しを真帆に向ける。

 その時、外から小さく雷の音が聞こえた。

「雨降ってきたな」

 竜喜が窓の外に目をやると、小さな雨粒が纏まって視認できた。

「うそ!? 傘持ってきてないわよ」

 勢い良く立ち上がった陽奈が慌てて外を見る。

 雨は止むどころか強さを増して、これから本降りになりそうな気配を醸し出している。

「迷惑でなければしばらくくつろいで行ってください。雨が上がれば秋野に車を出させます」

「ありがとう。真帆。そうさせてもらうわ。この雨じゃとても帰れそうにないわ」

 それからすぐに雨は雷を伴って本格的に降り出した。この雨だと止むかどうかすら怪しい。

 次第に雷の音が大きくなってきた。

「嵐になりそうだね」

 舞が呟いた刹那、窓の外が明るくなったかと思うと、雷鳴の轟音が地面を響かせて轟いた。それと同時に部屋の電気が落ちる。

「きゃあああああ!」

 暗くなり誰のものか分からない悲鳴が上がり、竜喜は体に重みが感じた。

「おわっ」

 驚いて自分の意志とは関係なく声が漏れた。

「停電?」

「真っ暗だー」

 陽奈の落ち着き払った声と、舞のこの状況を楽しんでいるかのような声が竜喜の鼓膜に触れる。

 ということは悲鳴を上げたのは真帆だろうか。

 そんな予想を立てている間にも雷光が暗闇を白く染める。

「きゃああああああ!」

 再び轟いた轟音と共に甲高い悲鳴が竜喜の耳元で重なる。

 直後、電気が二、三回点滅して電気がついた。

 部屋が明るくなると、竜喜が感じる体の重みの正体が明らかとなる。

「ま、真帆!?」

 重みを感じたのもそのはず。真帆が竜喜にしがみついていたのだ。

「竜喜。すみません……」

 ほんのりと顔を赤く染めて視線を逸らしながら離れる真帆を見ると、竜喜も顔が熱いことを自覚する。

「みなさまご無事ですか?」

 タイミング良くか悪くか秋野が部屋に入ってきた。

「何ともありません……」

 視線を彷徨わせたまま小声で真帆が答えるが、秋野は鋭かった。

「何かございましたか?」

「だだだ、大丈夫です」

「……そうですか。失礼しました。どうぞごゆっくり」

 何とかごませたと、竜喜は安堵で溜め息をつく。

 意識すればまだ真帆の柔らかさが体に残っている。

 だが一難去ってまた一難。

「たーつーきーくーん」

 陽奈が軽蔑の目でこちらを見ている。

 このパターンはもう何度目だろうか。竜喜は顔を引きつらせ、嫌な予感に身を強ばらせる。

「今のはどう考えても俺じゃないだろ」

 竜喜の中では小声で呟いたつもりだったのだが、どうやらお怒り状態の陽奈と舞には聞こえてしまったらしい。

「言い訳とは見苦しいよたっつー」

 腰に手を当て竜喜を睨む舞が、竜喜の目には小柄なのに大きく映った。

 全くなんて地獄耳なんだ。

「竜喜くんの変態! それに今地獄耳って思ったでしょ」

「うっ」

 どうして女子はこんなに鋭いのだろう。舞といい、陽奈といい、考えること全て見通される。

 そんな愚痴を胸のうちに秘める竜喜は押し黙る。

 真帆に助けを求めようと彼女を見やるがまだ俯いたままだ。

「竜喜くん、座ってください」

 二人には反抗できないと分かっているために不本意ながら座り、

「最悪だ」

 この呟きが陽奈と舞に聞かれなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。


 真帆が我に帰るまで、真帆の小言は続いた。無事に誤解は解け、誤解だと理解した陽奈は竜喜に謝罪した。

 舞は、反省している様子は見せていなかったが、生徒会長を務めるほど生真面目な陽奈は、気にしないでいいと言っているにも関わらず何度も謝った。

 だから竜喜は「それより」、と話題を逸らし、

「この余った時間をどうするか」

 何もすることがなくなってしまったこの時間に、話のネタがない竜喜が切り出した。

「そうだ、真帆のお父さんってどんな人だったんだ?」

「お父様、ですか?」

「うん。さっきの話であまり出てこなかったから」

「そうですね、お父様はとても優しかったです」

 少し意外だった。真帆の母の話を聞く限り、てっきり父も厳しいのかと思っていたのだ。

 陽奈と舞もソファーの竜喜の横に腰掛け、向かいのチェアに座る真帆が一度三人を順に見る。

「幼い頃から失敗してお母様に叱られる私を夜に慰めてくれたり、うまくいっても褒めてもらえないお母様の代わりに存分に褒めてくれたり。私の中でお父様はとてもありがたいものでした」

「ならどうしてお父さんは真帆を助けてくれなかったの? 真帆だって苦しんでたんでしょ?」

 陽奈の言葉に怒りは感じられなかったが、自然と口調が強い。

 だが真帆は至って冷静に続ける。

「そうですが、私は、お母様が厳しかったのは私のためのことを思ってのことだと分かってましたから。夜に私のいないところで、本当にこれでいいのかなどと相談されるところも見たことがあります。だから私は何の反感を抱くこともなく過ごしてきたのです。そうでなければ毎年ぬいぐるみが贈られてくることはないでしょうし」

「まほたんはやっぱり優しいねね」

 舞から発せられた予想外の言葉に真帆は舞を見る。

「どれだけ厳しくされても、そうやって前向きに捉えて信用するなんてこと簡単にできないよ」

 それには竜喜も内心で同意した。自分のためだとはいえ、厳しくされると多少は嫌になる。それを数年に渡って続けていたのは本当にすごいと思う。

「ですが」

 そう続けて真帆は一度立ち上がり、窓の前まで歩く。

 外はまだ雨が降り続いている。雷こそ聞こえなくなり、遠くで光っている程度まで嵐は過ぎ去ったようだ。

 しかし、真帆の瞳に映るのは外の様子ではなく、窓に反射する自分の姿だった。

「本当にこれで良かったのかと考えることがあります」

「えっ?」

 これまで、三週間程しか一緒にいなかったとはいえ、真帆がそんな様子を見せたことは一度もなかった。

 だから竜喜は初めて聞く彼女に聞き返した。

「お母様の教育が役に立ち、そのおかげでできたことがあるのも事実です。ですが、私の意志を抑え、お母様に言われる通りの時間を過ごして良かったのかと、そう思う時があるんです」

 真帆が一度区切ると、三人は息を飲んで物音一つ立てずに続きを待つ。

「私がこの家に生まれた限りは、この運命から逃れられないとは思いますが」

 彼女は今どんな気持ちで、どんな表情で語っているのか。背後からで表情が見えないが、少なくとも最後の言葉だけは自嘲気味に聞き取れた。

 本人が自分で意識をしているかまでは知り得ないが、やはり無理をしてたのだろう。少し視線を落とせば、初めて彼女が細く白い手を握り締めているの目にした。

 今日の真帆はいつもと違う。いつもは見せない感情を露にしている。やはり彼女でも、肉親のこととなると思うことも多いのだ。

「変えられない運命なら、これから作ればいいんだよ」

 舞の言葉に真帆は目を丸くして振り向いた。

「過去は変えられなくても未来は変えられる。未来のために今を生きてるんだからさ、今から変わろうよ。今からまほたんのしたいことをいーっぱいしようよ!」

「真帆は逆にしたいことをし過ぎだけどな」

 竜喜のツッコミでみんなが声を上げて笑い、これまでの空気が嘘のように軽くなる。

 正直どんな状況でも自分を貫き通せる舞が竜喜には羨ましく思えた。

 勉強はできないけど無邪気で少し勝気な舞だが、時折彼女の放つ言葉には竜喜や陽奈も救われている。舞には人を勇気づける力があると、このとき実感した。

 真帆はしばらく固まっていたが、やがて、

「ありがとうございます。舞のおかげで楽になりました」

 軽く頭を下げてから彼女は満面の笑みを浮かべた。

 傍から見れば至極美麗な光景だろう。真帆の笑顔はとにかく素敵だった。竜喜の目にもそう映ったのだが、彼は真帆の目がどこか儚げだったように感じた。

「気のせい、だよな?」

 すぐ隣に座る二人には聞こえない程小さな声で竜喜は独白した。

 しかしすぐに竜喜は首を振って否定する。つい真帆を二度見してしまったが、彼女は心から笑っているように窺える。やはり気のせいだろう。

 いつの間にか雨は上がっていた。残ったのは屋根から水の滴る音だけ。

「雨、止んだようね」

「そのようですね」

 陽奈の真帆もそのことに気づいたようだ。

「今のうちに秋野に車を出させます」

「分かったわ。ありがとう」

 まるで、四人の話を聞いていたかのようなこのタイミングでドアが三回ノックされた。そこから執事の秋野が入ってくる。

「秋野、三人を送ってあげて下さい」

「承知いたしました。既に車の準備はできております。さぁどうぞ」

 秋野が背を向けてついて来るよう促す。三人は立ち上がり、

「真帆ありがとう」

「楽しかったわ。お邪魔しました」

「まほたん、またねー」

 部屋を出る前に、真帆に挨拶をし、舞に関しては手も振って部屋を出た。


 扉が閉まり、誰も居なくなった部屋で、真帆が一人、涙を流していたことは誰も知らない。

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