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17話

 まず最初に三人を迎え入れたのは豪華なリビングルームだ。

 壁には大きな窓があり、黄色のライトが灯っている。今の季節は使われない洋風の薪ストーブに黒の大きなソファーが部屋に置かれ、その前には茶色の丸テーブルが置いてあった。

「すごい……」

 竜喜はそれ以外の表現方法が浮かばなかった。

「この部屋はあまり使っていません。この家に両親はいませんし、私の部屋は別にありますが、狭い上に何もないので」

「すっごーい。まほたんって本当にお嬢様なんだね」

「いえ、そんな」

 舞に言われて真帆は頬を赤らめてはにかむ。

 銀髪のお嬢様はこの部屋をあまり使わないと言っていたが、すごく綺麗に整えられている。今も使っていると言われても気づかない。

「真帆の部屋も見てみたいわね」

「あたしもまほたんの部屋見たい!」

「分かりました……」

 陽奈と真帆に押されて真帆は恥ずかしそうにしながらも承諾した。

「こちらです……」

 真帆は二人を連れて部屋を出る。そこで陽奈が立ち止まって竜喜に、

「竜喜くんは絶対ついて来ないで」

 今回のはガチだ。マジだ。大真面目だ。陽奈の目がそう告げている。

 三人が出ていくのを見送った竜喜はソファーにもたれかかった。

 真帆の部屋が気にならないと言えば嘘になる。普段の彼女からは全く部屋が想像できない。

 そんな時、


「かっわいいーーーー!」

「真帆ってこんな趣味あるのね。可愛いじゃない」

「やめてください。恥ずかしいです……」


 竜喜の興味をそそる声が開け放たれた扉の外から聞こえてきた。ふてくされた竜喜は近くにあったクッションに顔をうずくめる。

 人様の家の物を勝手に使うことはまずいと思いつつも、彼は外から聞こえる声に耳を傾ける。


「あ、こんなのもある!」

「ほんとだ! やっぱりまほたんも女の子なんだね!」


 しばらくドタバタと賑やかな音がしたかと思うと三人が戻ってきた。

「たっつーすごかったよ! まほたんの部屋にくまさんのぬいぐるみがいっぱい」

「ほんと。真帆にそんな趣味あったなんて意外だったわ」

 一方の真帆は恥ずかしそうに赤くなり俯いている。

 二人の報告を受けて竜喜も意外に感じた。常識を知らず、どこか抜けている彼女がぬいぐるみを持っているなんて。

「あれは、お母様から頂いたものです」

「お母さん?」

 陽奈が真帆に訊く。そこにすかさず竜喜が入る。

「そう言えばさっき両親はいないって言ってたけど」

「はい。私の両親はピアニストで、お母様は今イギリスで、父は日本にはいますが様々な場所に行ってて家にはあまり帰ってきません」

 まだ真帆の言葉は続きそうな雰囲気を読み、竜喜たちは無言で真帆を待つ。

「私も幼い頃はイギリスにいたので、私だけが日本に来たと言った方が正しいでしょうか。……立ち話も何ですし座ってください」

 真帆が立ったままの陽奈と舞に座るように促し、自分もソファーの向かいにある黒い椅子に座る。

 二人が竜喜の横に座ったのを確認すると銀髪の少女が再び話し始めた。

「先程も言いましたが私はイギリスにいました」



 真帆の両親は日本人で、ピアニストとしてイギリスに住んでいた。

 だから真帆はイギリスで生まれ、イギリスで育った。

 幼い頃から彼女は厳格な教育を受けていた。特に真帆の母は小さなマナーや作法に厳しかった。両親の出るパーティーや晩餐会には必ず同行させられた。

 ついていくと、必ず見知らぬ大人から声をかけられる。

 美しい金髪の女性。真面目そうな眼鏡の男性。みんなお母様達と同じピアニストなのね。

 別にそれが嫌というわけではない。

 パーティーが終わり、住んでいる屋敷に帰宅してからが真帆にとって大変だった。

 彼女は英才教育を受けることになり、家から出ることは許されない。

「あなたはこれから優秀な人間になるのよ」

 それが母の口癖だったことを真帆はよく覚えている。

 その言葉通り、真帆は勉強に励み、レベルの高いようなことも叩き込まれた。

 うまく行かなけれぱ罵声を浴びせられる。手を出されることも時々あった。

 全てはお母様のため。

 そう自分に言い聞かせて必死に頑張った。

 彼女の中で母親は怖い存在ではあったが、それでも大切な存在なのだ。褒めてもらったことは一度なかったが、自分を生み、育ててくれた大切な肉親。決して蔑ろになんてできない。

 毎日それは繰り返された。家に篭って色々な教育を受けるばかりの日常。

 一般教養。礼儀作法。ピアノ。

 その全てのことを頭に詰め込んで真帆は身につけていった。

 しかし教わるのは一般教養や礼儀作法だけで、世間における常識などではない。

 その上、物心ついて間もない頃からあまり外には出してもらえず、ずっと時間を屋敷内で過ごしていた。だからこそ彼女には、誰しもが知っているような常識が欠落している。

 そのまま時は流れ彼女の七歳の誕生日。

 七歳の少女にとって誕生日は嬉しいものだ。この日だけは教育から解放され、家族みんなでケーキを食べる。それ故に真帆には貴重な日だった。

「お誕生日おめでとう。真帆」

「お母様、お父様、ありがとう!」

 祝われて蝋燭(ろうそく)を消し、苺のショートケーキを食べる。

 それは傍から見れば普通の光景だろう。去年はパーティーと重なってしまったために何もしなかったが、実際彼女も毎年こうして祝ってもらっている。だが、今年は机やピアノに向かってばかりの日々で、普通の生活をしていない彼女には、この普通の時間がいつも以上に至福の時だったのだ。

 ケーキを食べ終えると、真帆は母に呼ばれた。

 場所は執務室。ホールで演奏する以外に、普段母が屋敷内で仕事をする部屋だ。他にもこの場所は書斎にもなっていて、デスクの横と後ろには書棚がずらりと並んでいる。

 真帆ですら何度かしか入ったことのない部屋で、自分の家といえども顔を強ばらせていた。

「こっちに来なさい」

 いつも以上に母の口調は優しかった。その母に手招きされ、つられるようにデスクの前まで進む。

「これはプレゼントよ」

「プレゼント?」

「ええ、あけて見なさい」

 手渡されたの少し大きめの箱。白い包装紙に赤いリボンで可愛らしくラッピングされている。

 小柄な真帆は手に持ったまま開けることができず、受け取った箱を床に置く。

 小さな手でビリビリと破ると、中から現れたのは毛で作られたクマのぬいぐるみ。

 これまでの誕生日にはこんなことはなかった。だから真帆はとても嬉しかった。内容は問題ではない。いつもは厳しく怖い存在だけど、その母からこうしてプレゼントが嬉しかったのだ。

 その日は貰ったばかりのクマのぬいぐるみを抱いて寝た。絶対に離さないと言わんばかりにしっかりと抱いて。

 だが翌朝、真帆を待っていたのは複雑な現実だった。

「真帆、あなたはお父さんと日本に行きなさい」

 いきなり母にそう通告されて真帆は戸惑う。

「え?」

「日本は素敵な場所だわ。お母さんたちが生まれて。育った国を見てきなさい。きっとそこで学べることもあるはずよ」

 その話を聞いたとき、真帆はすぐにそれを拒んだ。

 厳しいお母様だけど離れたくはない。

 真帆にとっては生まれ育ったこの国こそが母国なのだ。その地を立って異国の地に行くには抵抗がある。

 でも、真帆自身、日本に興味がなかったわけではない。地理や歴史を勉強するときに日本についても学び、一度行ってみたいとも思っていた。

「大丈夫よ。お父さんも一緒だから」

 そういうことじゃない。

 そう反論しようとしたが、なぜか言葉が出てこなかった。

 結局、真帆の日本行きが確定した。

 それからは早かった。

 荷物をキャリーバックに詰め込むと、あっという間に準備が完了した。もちろん、昨夜貰ったばかりのぬいぐるみも入っている。これが母からの餞別となったのだ。

 夕方、真帆の母がチャーターした小型の専用機に登場した。

 父の膝の上に座り、九時間の時差を渡る。飛行機で日本まではおおよそ半日。その間、真帆は眠りに落ちていた。自分の誕生日から今まであまりにもいきなり過ぎたのだから当然だろう。

 何時間寝ていたのかはっきりと覚えてないが、目覚めたときには周囲は雲に覆われて何も見えなかった。

 直に雲が晴れると座る父に声をかけられた。

「見て。これが日本だよ」

 もうこのときには、母がいない寂しさはかなり薄れていた。

「これが……日本!」

 代わりに芽生えたのはこれから新しい場所に住む好奇心だった。

「きれい……」

「これからこの国に住むんだよ」

 この綺麗な夜景が毎日見れる。

 そんな期待を抱いて日本へ着陸した。

 だがその期待はまたしても裏切られることとなる。

 日本に来ても、真帆は家から出してもらえなかった。

 外は危ないから。そんな理由でまたしても家の中で勉強させられる。

 真帆が外出を許されるようになったのは十三歳の時からだ。

 次第に外出の頻度は増え、学校に行くことになったのが今年の四月だ。



「そんなことがあったのね……」

 真帆が自身の壮絶な過去を話し終えたと同時に陽奈が驚愕の声を漏らす。

 真帆には何か秘密があると竜喜も思っていたが、これがその真相だ。これなら彼女に常識が欠落しているのも合点がいく。

「じゃあ、まほたんのあのぬいぐるみたちは宝物なんだ!」

「はい、そうですね。初めは一つだけだったのですが、毎年私の誕生日にお母様からぬいぐるみが送られて来ます。今はそれだけが私とお母様の繋がりなので」

 重い話の後で空気が暗くなるかと思いきや、舞のおかげでそれは回避された。彼女自身に自覚は無さそうだが、舞のテンションの高さに助けられることは多い。……基本はうるさいだけなのだが。

 その時、まるで空気を察したかのようなタイミングで部屋がノックされた。

 しばらくして入ってきたのは執事の秋野だった。

「みなさま、お食事の準備が整いました」

「食事?」

 背筋を伸ばしたまきれいなお辞儀をする秋野に竜喜が聞き返す。

「もう時間も遅いですし、食べていってください。秋野の料理は美味しいですよ」

 それに答えたのは真帆だ。部屋の時計を見れば針は夜の七時三十分を示している。意識すればお腹もすいてきた頃合だ。

「でも迷惑じゃない?」

 陽奈が抱いたのは当然の疑問だ。生真面目な彼女だけでなく竜喜も僅かながら抵抗はある。

「気なしないでください。先程も言いましたが、この家は今私と秋野しかいませんので」

 そこで陽奈のお腹が鳴り、彼女は恥ずかしさに頬を紅潮させる。

 空腹には勝てず三人は真帆の言葉に甘えることにした。

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