15話
6
校内に放課を告げるチャイムが鳴り響く。
一斉に生徒たちは荷物を片付けて、部活や委員会、帰宅するといった各々のすべきことのために散っていく。
竜喜も同じように荷物を整理すると、真帆に声をかけて一緒に部室へと足を向ける。
陽奈はどうやら生徒会の仕事がくあって遅れるとかなんとか。
多分修学旅行の反省みたいなことだろう。
大変だな、と他人事のように思いつつ、部室に入ると先客がいた。
「あれ、舞早いな」
竜喜たちでさえ、結構早く来たつもりだったのだが、それでも舞の方が余裕で早い。
既に自分の定位置となった席に陣取り、無心でポテチを貪る舞は顔を上げた。
「お、まほたん、たっつーやっほーー」
いつも通りの挨拶を済ませると竜喜と真帆も定位置に座る。
「そういや、はるっちは?」
「丹里は生徒会で遅れるってさ」
「へぇ~大変そう。……食べる?」
感心しながらポテチの袋を差し出してくる舞。竜喜はそれを断るが、真帆は素直に受け取った。
「こうして話すのも久しぶりだね」
「確かにそんな感じがするな。実際は一週間しか空いてないのに」
舞の何気ない言葉に竜喜が同意。
修学旅行が終わってから代休やらなんやらで四連休があり、この部室に入るのはちょうど一週間ぶりになる。
竜喜は懐かしく感じる部室全体を見回す。
部室と言ってもただの教室だが、一週間ぶりにも関わらず床が輝いている。相変わらず黒板は綺麗で窓は透き通っている。
休みなのに琉美が掃除をしていたのだろう。その仕事の熱心さには竜喜も舌を巻く。
「もう一度修学旅行に行きたいです」
まだ真帆は余韻に浸っている様子だ。
それは竜喜も同じことだった。
グラウンドから聞こえる声に促されて窓の外を見る。修学旅行明け初日から練習を頑張る運動部を少し眺めた後に視線を少し上げる。
今日は晴天だ。青く澄み渡った空に輝く太陽が眩しい。
この空の向こうには修学旅行に行っていた場所が広がっているのだろう。
そんなことを思っていると、突然部室の扉が開けられて意識が現実に引き戻される。
「あれ、丹里? 生徒会は?」
入口に立つ、黒い髪留めがトレードマークの黒髪の少女を見て思わず声をかける。
「竜喜くん、ちょっと手伝って」
「へ?」
「この部活の目的って依頼があれば手伝うことでしょ?」
「え、ああ、そうだけど違うような……」
「そんなことだからよろしくね」
強引に押し切られて竜喜は渋々食い下がる。
設立者の琉美本人がこの部の活動内容はないと明言した記憶があるが、依頼があれば対処しろとも言われたことを思い出す。
「はるっち、やっほー」
「舞、四日ぶりね」
いつもの挨拶を済ませた依頼主の生徒会長は定位置に座る。
そんな彼女も椅子にもたれて久しぶりに感じる部室に感慨を覚える。
陽奈の邪魔をするのは悪いと思いつつも本題に入った。
「で、俺たちは何をすればいいんだ?」
「実はね、生徒会は目安箱を置いてるんだけど、わたしたちが修学旅行に行っている間にいっぱいになっちゃってて」
目安箱ってなんですか? 意見やお願いを書いて入れておく箱のことだよ。
という小声のやり取りが途中で聞こえてくる。
舞が教えるのは違和感かあるな。人のことを言えないながらもつい思ってしまった。
「それで、その依頼をこなすのをちょっと手伝ってほしいの」
「まっかせて!」
張り切る舞が胸を叩く。
「それじゃあ生徒会室に行きましょ」
立ち上がり、部室を出ようとする陽奈を三人は慌てて追いかける。久しぶりの部室にいられたのは束の間だったが、想定外の初めての部活らしい活動が竜喜の胸を躍らす。
ふと横を見れば、真帆も舞もやる気が伝わってくる。
すぐに生徒会室に到着した。
「さ、入って」
陽奈に続いて三人も中へ入って立ち止まる。
初めて入る生徒会室は部室とは異なり、机の上は書類の山だった。棚には竜喜たちの頭では理解できない題目のファイルがいっぱいに並んでいる。到底陽奈でなければ務まりそうにない。
陽奈は奥へと進んでいくと、紙が重なっている一角で止まった。
「これが目安箱に入ってたものよ」
そう言って目の前にある、言葉の通り紙の山を示した。
「これ、全部が……?」
「ええ、そうよ」
呆気に取られる竜喜とは対照的に、陽奈は涼しい顔で返す。
その数およそ百枚近くと言ったところか。一体どうやってこれを処理していくのだろう。
そう言えば他の生徒会のメンバーがいない。そのことを訊くと、
「今日はどうして外せない用事があるとかでみんな来れないらしいわ」
つまり今日は陽奈一人らしい。だから竜喜たちに初めて頼ったのも納得がいく。
正直、たった一週間でこれだけの意見や要望が来るのかと疑問抱いたが、それは、この学校にもまだまだ改善の余地があるということだ。
紙の山を改めて見て、陽奈はどうしたものかと眉を寄せた。
「とりあえず、わたしも手伝うから意見と要望を分けてくれる?」
「おっけー。まほたん、一緒にやろー」
「はい」
真帆一人なら不安だが、舞と二人なら……やっぱり不安だ。だがここは信頼しておこう。
二人が作業を始めたのを見て竜喜も選別を開始した。
紙には本文のみが書いてあるため、一枚一枚読んでいかなくてはいけない。舞と真帆は二人でしているため、単純計算で一人三十枚と少し。それぐらいならそれほど時間はかからないだろう。
一枚一枚読んでは分け、読んでは分けを繰り返しているとあることに気づく。
「これ、意見より要望の方が多いな」
竜喜が半分しか仕分けられていないのに比べ、もう作業を終えかけている陽奈は顔を上げる。
「そうね。でも大体はどうしようもないものだったり、変える必要のないものだからお蔵入りだけど。っと、これで終わり。竜喜くん、手伝おうか?」
「ありがとう。こっちは大丈夫そう。それより向こうの二人を……」
竜喜が視線で合図する先にはちょっとしか進んでいない割にやたらと盛り上がっている二人がいた。
その様子を肩越しに見た陽奈は思わず苦笑いを浮かべる。
「……放っておいても大丈夫でしょう」
「そうか? ならいいけど」
それから竜喜は再び作業に戻った。
時折舞と真帆の様子を横目で見ながら目安箱に入れられた紙の中身を読む。
どうも、舞と真帆は一人でいるとお互いにしっかりしているのだが、一緒になるとあれほどまでに盛り上がるらしい。
対照的に黙々と読み続ける竜喜、一枚の紙で手を止めた。
「丹里、これは?」
内容は、校舎内の扉が壊れているために直してほしいといういたって普通の内容だった。
その要望を手に取ったのは、それぐらいのことなら自分でもできそうだと思ったのだ。
「何? ……あ、それは早くから直さないといけないことになってるけど、みんな中々時間が取れなくてできてないの」
「なら良かった。俺が行ってきてもいいか?」
「え? いいけど……」
「じゃあ行ってくる」
「え、ちょっと、竜喜くん!」
部屋の隅に置いてあった工具箱を掴み、竜喜は陽奈の制止に耳を傾けることなく生徒会室を飛び出していった。
場所は一階の多目的教室。一階で生徒が使う数少ない教室だ。
竜喜がその情報を知っているか、陽奈は不安になる。
「竜喜一人で大丈夫だったのでしょうか?」
「あっ……」
今まで舞と話していた真帆がいつの間にか顔を上げていた。彼女の放った、陽奈よりももっと根本的な心配に、三人は何かを察したように凍り付く。
竜喜のドジさは、真帆が分かっているぐらい目立っている。そんな竜喜が一人で扉の修復など、何が起こるか到底分からない。
「うぎゃああああああーーーーーー!」
まるで真帆たちの様子を見計らったかのように竜喜の悲鳴と同時に鈍い音が校舎を揺らした。