13話
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四ヶ所目のチェックポイントのあるエリアに来たときに困憊していたのは竜喜の方だった。
竜喜が戻ってからここまで異様に女子三人の距離が縮まっている。自分がいないときに何があったか分からない彼はどうも腑に落ちない。
その時、前を行く陽奈が振り向いた。
「竜喜くん、そろそろお昼にするけど何か食べたいものある?」
今まで意識してなかったがもう日は真上まで昇りきっている。そろそろお腹も空き始めた頃だ。
足が棒になり、これ以上は限界だ。だからこのタイミングでの昼はとてもありがたい。
「それは任せるよ」
その後話し合った結果、価格もお手頃なファミレスに入った。中は洋風の明るいイメージで、自分たちの街のファミレスと大差ない。高級そうな雰囲気もなく、賑やかすぎることもなく昼食を取るには最適な環境だ。
今いるエリアは、先程までいたイベントエリアから一番近く、ゴールまでの最短ルート上にある中央公園だ。ここに来たのは、竜喜の引きの悪さに痺れを切らして舞が引いた結果である。
中央広場を引いたのは、近いからという他にも都合がよかった。
実際、このエリアは中央公園というよりは中央広場の方が近い。大きな噴水が広場中央に位置し、その周りには何店かの飲食店や販売店がある。
お昼時であるこの時間帯にここへ来れたのはラッキーだ。
当然、十二時を過ぎたばかりのこの時間帯は人が多い。やっとの思いで案内され、席に座った瞬間思わず大きく息を吐いた。
「疲れた……」
「自業自得だよたっつー。たっつーが遠いところばっかり引くから。そのせいで他の班より遅れちゃうよ」
「だったら最初から舞が引けばいいのに」
小声で愚痴をこぼしている間に、舞は早くも注文を頼み始める。まだ何も決めていない竜喜は慌ててメニューを手にる。
店員を待たせること約三分。ようやく注文を終えた竜喜は息を吐く。
そのとき、陽奈がそう言えば、と切り出した。
「最初の場所で真帆が遠くの先生を見つけたじゃない?」
「うん、まほたんすごかったよ。あたしなんか気づかなかったもん」
水を飲んでいた真帆はいきなり話をふられ目を丸くした。
真帆は水を飲み干し、一度一息つく。
「私、昔から目はいい方なんです」
「おかげで優勝に近づいたよ。ありがとうまほたん」
「い、いえ」
舞に礼を言われ、はにかむ真帆が言葉に表せないぐらい美しく竜喜の目に映った。
――にも関わらず、
「なのにたっつーが遠いところばっかり引くから折角のまほたんの頑張りが無駄になったよ」
「悪かったな! 今それわざわざ言わなくていい場面でしょ!」
「でも事実よ」
「グサッ!」
陽奈の辛辣な言葉を受け、がっくりとうなだれる。
だが、そんな竜喜は気にされることなく会話は続く。
「もうすぐ修学旅行も終わっちゃうわね」
「そうですね。何だか名残惜しいです」
「そっか……もうそうなんだよな……」
陽奈に真帆が返事し、復活した竜喜が反応する。
もうこのオリエンテーリングが修学旅行最後のプログラムだ。全班がゴールすると一行は飛行機に乗って学校へと帰る。
後数時間もすると、高校生活最大のイベントは終わりを迎えてしまう。来る前は一日一日が長く感じたのに、来てからはとても早い。
そう考えると感慨深いものがあった。
「そういえばさ、みんな卒業したらどうするの?」
竜喜が三人に問いかけた途端にこの場が静まり返る。
三年生は九月には進路を決定してなければならない。もう後四ヶ月と迫っているのだが、
「まだ決めてないわ」
困窮しながら答えたのは陽奈だ。
彼女なら成績優秀で生徒会長を務めているために、自分が決めればどこへでも行けるだろう。だが、問題は残り三人だ。
真帆も成績は良さそう? だが、常識を知らない。そして竜喜と舞に関しては勉強がご臨終だ。幸い、この奏学
ソーガク
では大学もエスカレート式で入れるため問題はない。
「竜喜くんはいいわね。選択するまでもなく決まってて」
「事実だけどすごく失礼なこと言われてるんですけど」
「あたしもたっつーと一緒だもん。勝ち組決定!」
「それって勝ち組って言えるのか?」
自分で突っ込んでおきながらすごく虚しくなる。
だが事実は事実。となると開き直るしかない。
「真帆はどうするとか決めてるのか?」
竜喜が真帆に振る。
だが真帆は首を傾げ、竜喜に説明を求めてくる。
「もう一年したら卒業……も分からないか。この学校を出てみんなバラバラになるけど、その時真帆はどうするのかなって」
「私は……私はばらばらは嫌です」
「……そうね。またみんな一緒になれれば一番いいよね」
話がだんだんと暗くなってきたところでタイミング良く料理が運ばれてきた。
出来立て熱々の料理が四人の食欲をそそる。
「ご飯が来たことだし食べましょうか。暗い話ばかりしててもしょうがないわ」
気を取直して陽奈が切り出し、舞が続く。
「この後もこのまま一番乗りするするぞーーーー!」
☆☆☆
残り一箇所となり、ラストスパートをかける竜喜たちは、スタンプを既に五つ集め、ラスト一箇所のエリアに来ていた。
だが、最後のチェックポイントは、彼らに試練を課すことになった。
「もうやだーー!」
珍しく悲鳴と弱音を上げながら舞が陽奈に抱きつく。
「ちょっと、ややや、やめなさいよ。わ、わたしだってダメなんだから!」
同じように陽奈も完全に舞に抱きついて嘆く。
四人のいる最後のチェックポイントは熱帯エリア。つまるところ巨大植物園。
右も左もきれいな花や鑑賞用の植物で埋め尽くされている。だが、彼女たちを襲ったのは数匹の虫。中は植物を育てるために熱帯になっていて当然虫もいる。
竜喜と真帆の後ろで、まるでお化け屋敷に来たかのように虫を怖がりながら進む陽奈と舞を見ていると、竜喜に悪戯心が芽生えた。
「丹里、頭」
「キャーーーーーー!」
陽奈の悲鳴が天井に当たり反射する。慌てふためく彼女の姿を見て竜喜は笑いを堪えるのに必死だ。
一緒にいた舞までもがパニックになる。ついに笑いを堪えるのが限界になり、真帆と一緒に声を立てて笑う。冷静で真面目な陽奈と、怖いもの知らずな元気者の舞の普段見せない様子が新鮮だ。
なおも喚く二人を見て、さすがに悪いと思いネタをばらす。
「ご、ごめん冗談だよ」
刹那、空気が凍ったように感じた。
急に静止した二人が再度密着し、ゆっくりと竜喜を見る。いや、上目遣いで睨む。その双眼は涙目で、顔色もほのかに赤い。
――あれ、これってまずいやつ……?
瞬間的に竜喜はそう判断した。
「もしかして、お怒りですか?」
それが二人の起爆材となったらしい。
「これが怒ってないように見える?」
「い、いえ、決してそのようには……」
「バカたっつーーーーー!!」
舞の渾身の平手打ちが炸裂した。