11話
5
三日間の修学旅行はあっという間に最終日を迎えた。
この日は各班ごとのオリエンテーリングになっている。チェックポイントごとに先生が立っていてスタンプが貰える。そのスタンプを全て集め、ゴール地点へと向かう。見事優勝した班には豪華賞品が貰えるというものなのだが、
「目指せ優勝、目指せ商品!」
完全に舞のスイッチが入りきっている。
こういった競争、などのことに人一倍敏感な彼女はこうなれば手がつけられない。
それを知っている竜喜と陽奈は半ば諦め気味にため息をつくが、
「はい、頑張りましょう!」
転入してきたばかりの真帆はノリノリだ。
真帆のその様子まで見た二人は、仕方がないというように苦笑する。
琉美から各班に地図と大まかな場所の入った封筒が配られる。
「それじゃあスタート!」
琉美の合図でオリエンテーリングがスタートした。
それと同時に各班が封筒を開け、移動を始める。
「えっと、あたしたちの最初の場所は……運動公園か」
オリエンテーリングの舞台となっているのは、六つのエリアからなる大きな公園だ。その各エリアにチェックポイントが用意されているが、チェックポイントの場所は大まかにしか示されていない。そのため、自分達で足を動かして探すという楽しみがしっかり用意されている。だが、チェックポイントを見つけられなければ最悪ゴールできないということもありうる。
そして、班によって目的地が違う。だから他の班の進行状況は分からない。さらに、各チェックポイントでスタンプをもらうと同時に次の目的地の書かれたカードを引く。それは運次第であり、運によって移動距離も違うために順位にも影響してくるということだ。
「やった! ここから一番近い! 早く行こ!」
幸い、竜喜たちの班の最初の目的地はスタート地点から最も近い位置にある。
四人は幸先よくスタートを切った。
運動公園はその名の通り運動施設の集まっているエリアだ。大きな野球場やグランド、テニスコートなどがあり、見渡しもいい。だから先生を見つけるのは容易なはずだ。
そう思っていた。
だが、甘かった。
広さがあるせいか、簡単には見つからない。
「見つからないわね」
「隠れるなんてヒキョーものめ」
「そんな簡単に見つかったら面白くないだろ」
陽奈と舞に竜喜が落ち着いて突っ込む。気づけば竜喜もこのオリエンテーリングをすっかり楽しんでいた。
「このまま探しても時間がもったいないから手分けして探しましましょ」
「そうだな。じゃあ俺と真帆は奥の方を、舞と丹里はこの辺をもう少し探してみて」
「おっけーたっつー。まっかせて!」
なるべく時間を取らないために分かれようとしたが、真帆がどこか遠くを見てじっと固まっている。
「真帆?」
動こうとしない彼女に呼びかけると、彼女は自信なさげにある一点を指さした。
「あそこに人が立っているように見えるのですが……」
「えっ?」
真帆の指を辿り、目を凝らして遠方を見て竜喜は目を大きく開いた。確かに彼女の言う通り、三、四百メートル先に誰かいるのが見える。
「あれだ!」
目を細めてようやくそれがチェックポイントの先生だということを視認した竜喜が声をあげ、四人は走って向かった。
「はい、じゃあ次のチェックポイントを引いてください」
無事一つ目のスタンプが貰え、次のチェックポイントとなるカードが五枚裏向けに差し出された。
「まかせたよたっつー」
竜喜の肩をポンと叩き、舞が責任重大な役を託す。
「え……」
竜喜が驚きながら辞退しようとするが、それよりも早く、
「そうね、ここは班長がビシっと決めないと」
「部長、頑張ってください!」
陽奈と真帆にまで言われて断れる竜喜ではない。特に舞は期待を込めた目を最大限に輝かせている。
「わ、わかったよ……」
渋々食い下がった彼は五つのカードとにらめっこをする。散々悩んだ挙句、手にとったカードは、
「緑の公園……?」
その名を読み上げた途端、背後の空気が凍りついたのが嫌でも伝わった。
「竜喜くんの最低!」
陽奈からいきなり理不尽な罵倒を受け、普段することのない真帆までがなぜかなぜかため息をつく。
極み付けに、
「たっつーのばかあぁぁぁぁぁぁ!!」
「なんで!?」
まるで、この場の雰囲気を察したかのように風が吹き荒れた。
「まさか一番遠いところだったとは……というか最悪のルートになるなんて……」
「それはこっちのセリフだよたっつー! すごく時間をロスしたじゃん!」
「そんなこと言われても……」
「舞も竜喜も落ち着いてください。そらに、もう着きましたよ」
むくれる舞に釈然としない竜喜の言い合いを真帆が仲裁に入る。
次のチェックポイントの緑の公園は、道や広場の周りにたくさんの木が植えられていて、ちょっとした迷路みたいになっている。近くにあった看板によればここは犬の散歩などにうってつけの場所らしい。
陽光が木々の合間から差し込み、穏やかな風が木の葉を揺らす。辺りからは鳥のさえずりが聞こえ、とても落ち着く場所だ。
そんな緑の公園は一本径だが新緑が多いために人探しには向いてない。
「ここは見つけるのが難しそうね……」
四人は周囲をくまなく捜索しながら木々に囲まれた道を歩く。その中で陽奈の呟きに対して竜喜が立ち止まり、
「いや、そうでもないぞ」
「えっ?」
「ほら」
竜喜の指が示す先、そこはちょっとした広場になっていて、ベンチに座ってくつろぐ若い女教師の姿があった。
「たっつー、今度こそまかせたよ」
これで二つ目のチェックポイントはクリアだ。だから竜喜にもう一度カードを引けと、舞はそう言っているのだ。
今度は竜喜も二つ返事で了承した。多少の不安はあるものの、先ほどの汚名返上のチャンスだ。
「はい、オッケーよ」
休んでいた女教師から二つ目のスタンプを貰い、残り四枚のカードが差し出される。
「今度こそいいところ引かないと洒落にならないよな……」
一度目以上に時間をかけてどれにするか悩む。
だが、どれだけ考えてもそれで分かるはずもなく、結局は諦めて手の動いたものを掴んだ。
手にしたカードは一番右。
「たっつーどうだった?」
三人が遅れて到着し、舞が興味津々に訊く。
「えっと、イベントエリア?」
その名を口にした途端に再びこの場が凍りつく。
「はぁ」
軽蔑の目を向けながら深いため息をつく陽奈の様子で、自分がまたやらかしてしまったことを悟った。
「たっつーのばかあぁぁぁぁぁぁ !!」