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10話

 レクチャーを終えたトレーナーからアナウンスが入る。

「お、始まる」

 竜喜の言葉を聞き、言った本人を含めて三人が固唾を呑む。

「じゃあ名前を聞いてもいいですか」

「南崎真帆です」

「それでは真帆さん、まずは簡単なものから。右手を前に出してください」

 トレーナーから指示されたとおりに恐る恐る右手を出す。

 彼女に慣れていないはずのイルカ、ルスが真帆の手に口を付けた。

 自分でもできたことに頬を緩める真帆の横顔が窺えた。

 そんなことを思われているとは予想もしていないだろうルスは顔だけを水面から出して次の指示を仰いでいる。

「次はお辞儀をしてみてください」

 言われるがままに真帆がアクションすると、ルスも同じようにお辞儀をした。それも、何度も繰り返して。

「あーーー! すごい! かわいい!」

「ええ。とてもかわいい!」

 興奮する舞に賛同する陽奈。

 確かにイルカは可愛らしい。だが、竜喜はそれよりも思う。

「これだけの観衆の中でよくできるな」

 普通、この人数の中で何かをするのは羞恥心が伴う。しかし、真帆はそんなものまるでないかのように堂々としている。

 竜喜ならとてもできないだろう。また新たに一つ、真帆が自分の姿を表に出した。

 真帆の指示をしっかり聞いたルスに、トレーナーが餌をやって労を報いる。

「では次にジャンプをさせてもらいたいと思います! 最初のように右手を前に出してください。それを上に大きく振り上げてみてください」

 会場全体が静かに見守る中、真帆が腕を挙げる。たったそれだけの動作で三頭のイルカが最初のように跳ね上がった。

 訓練に訓練を重ねて洗練されたイルカは、指示を出す相手が初対面でもお構いなしに演技を披露する。

「それでは最後にこちらを使っていただこうと思います」

 そう言って真帆が手渡されたのは、円盤状の遊び道具、フライングディスクだ。

 受け取ったはいいものも、彼女に初めて見る円盤の使い方が分からず首をひねる。

 そんな真帆の様子をなんとなく察したトレーナーは、嫌な顔何一つすることなく、マイクに声が乗らないように小声で説明していく。

 僅か数分後、投げ方も全て教わったということは真帆の表情の変化で悟った。

「お待たせしました。最後は、真帆さんにフライングディスクを投げていただき、それをエクラちゃんにキャッチしてもらおうと思います」

「そんなこともできるのか……」

 竜喜はこれから起こる意外な芸に声を漏らさずにいられなかった。

 それと同時に少し不安にもなった。世間知らずと言っても過言ではない彼女が、初めてのことをいきなり本番で成し遂げられるだろうか。

 自分の事のように心配する彼をよそに、真帆はぎこちない動きでフライングディスクを投げた。

 宙へと放たれたフライングディスクは竜喜の不安とは裏腹に、綺麗な弧を描いて舞う。

 水中に潜ったエクラは高速で泳いで目標を捉えて巨体を持ち上げ、大きく開けた口でフライングディスクをキャッチしてみせた。

 自分でもできたことに真帆はたちまち表情が明るくなる。

「南崎真帆さん、ありがとうございました! 真帆さんにもう一度盛大な拍手をお願いします!」

 観衆からこれまでで一番大きな拍手が真帆に送られる。無論、陽奈や竜喜、舞も笑顔で拍手をしながら戻ってくる真帆を迎えた。

「お帰り、真帆」

「真帆すごかったわよ」

「さすがまほたん!」

 三人の言葉に真帆ははにかみながら返す。

「私にも、私にもできました!」

 


「最後に三頭の同時大ジャンプで終わりたいと思います」

 イルカショーが終わりへと近づき、いよいよクライマックスに入る。

 嵐の前の静けさのように静寂が訪れる。観衆の期待を込めた視線と、僅かに緊迫した空気が会場を包む。

 トレーナーが首から提げる笛を鳴らした。

 音を聞いた三頭のイルカが揃ってジャンプ。そして空中に吊るされたボールを尻尾でタッチして着水。

 刹那、なぜか竜喜の視界が真っ白になった。直後に水圧が顔を叩く。

「かばぶっ!?」

 自分でも何が起こったか把握できない竜喜は、何度も瞬きして呆然とする。

 視界が戻ると同時に冷感な体を貫いた。そして把握する。

 イルカが着水した時に上がった水しぶきがかかったのだ。それも、竜喜だけに。

「はあ……最悪だ」

 修学旅行に来てもなお続く自分の不幸さに竜喜は涙が出そうになった。

 

 拍手が鳴り止み、観衆がまばらに散っていく会場を四人は後にした。

 気づけば自由見学の時間は終わりに近づき、集合時刻か迫りつつある。あまり場所数こそ回っていないが、水族館――特にイルカショー――を満喫した四人は、納得の形で集合場所である水族館の出口へと向かう。

 その道中も四人が周囲の水槽を見ることはない。

「すごく楽しかったわね」

「そうだな」

 陽奈の言葉に竜喜が相槌を打ち、言葉をつなぐ。

「初めてだったけど楽しかった。あんまり回ってない気もするけど、この四人でどこかに行くのはこれが初めてだったから」

「はい」

 四人の中で一番満喫していた真帆が答え、

「今日、これて良かったです」

 そんな彼女が浮かべたのは、これまでで最も柔らかく、美しい満面の笑顔だった。


 まだ修学旅行は初日。後二日、このイベントは続く。

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