呪います。
「先輩結婚おめでとうございます。」
「まだ早え~よ!式は来月だ!でも…サンキュ♪」
先輩は照れ隠しなのか缶コーヒーを一気に飲んでいた。ズズーっと缶が空に成りましたよって音が鳴った。
「なあメイ、お前ん家レンジ有るか?要るなら持ってけ♪」
僕の名前は«日高 明»体つきが華奢で顔つきが童顔でよく女の子に間違えられるから先輩からメイの愛称を頂いた。
「貰える物は喜んで!」
先輩は男だが料理をする人だからレンジも良い物だろう。
「じゃあ持ってけ♪…ってかそんな細い腕で持てるのか?」
「酷いっすね!意地でも持ってく!!」
夕飯は先輩特製のチャーハンを食べた。
食事しながら彼女自慢をたっぷり聞かされた。
身も心もお腹一杯。幸せな気持ちになった。
「先輩。そろそろ帰ります。」
「そっかレンジは玄関のカートに乗せてあるから持ってけよ♪無理なら送るよ。」
先輩、いつの間に…僕は結婚出来る男との違いを痛感した。
先輩に別れを告げゴロゴロとカートを引っ張った。初めはフラフラしていたが慣れてくると気にならなくなった。
僕の家は先輩のマンションから歩いて30分の位置にあるアパートだった。
「しかし、凄いレンジだよな。オーブン付き♪」
家電に詳しくないけど大きな液晶パネルが格好良いなと思う。
休み休み移動したせいか、家に着くのに90分ほど掛かった。
レンジを台所のテーブルに置くと、風呂に入った。
風呂に浸かっているとチーンっと音がした。
「気のせいかな…」
風呂から上がると冷たい麦茶を差し出された。
「ありがとう」
受け取って飲む。…ん?
キッチンに雪のように白い肌に艷のある黒髪の女性が微笑んでいた。
「あの…君誰?…何処から…」
そりゃ風呂上がりに知らない人が部屋に居たら吃驚するよな?
「あっ…初めまして♪私、沙織と申します。」
ヨロシクね♪と言う彼女の顔をマジマジ見るとアーモンド型の瞳に吸い込まれそうになった。
「あの、沙織さん僕に何か用ですか?あと何処から…?」
確かに玄関は勿論、窓だって鍵は架けている。沙織さんに面識も無い。
「嫌ですわ…いい女は秘密も多いものよ?」
僕の唇に人差し指を当ててウインクする。
昭和っぽい感じがあるけど、ちっとも古臭いとは思わなかった。
それよりクスクス笑う声が可憐で彼女にいつしか魅せられていた。
「どうかしましたか?そんなに見詰められたら照れちゃいますよ?」
「でも、用事が無いって訳じゃあ無いんですよ♪」
「なら何しにきたんですか?」
明日も仕事があるんだよ!用事を終わらせてお引き取り願おう。
「あら、女性には優しくしておくものよ?…でも今は眼を瞑ってあげる♪」
「日高 明さんには私の、呪いで死んで貰うのですから♪」
「玄関は後ろの扉を出た先にある!帰りな!」
言うに事欠いて、科学が繁栄してる現代で呪いとは…目の前の女はイカれてるのかも知れない。
「あ~っ!何で私をそんな目で見るのですか?頭にきました!」
何かされると思って身構えたが、彼女の「おやすみなさい」の一言で肩透かしを喰らった。
沙織は玄関には向かわずに、台所のレンジに真っ直ぐ向うと扉を開けて頭を突っ込んだ。
どんなトリックがあるか分からないが彼女はレンジの中に入っていく。
しかしそれは腰に差し掛かった瞬間に動きが止まった。
レンジから生えた様に飛び出した下半身。時折脚がバタバタしながら「ム~」とか「う~っ」とか声がお尻からする様に見えるのが凄くシュールだった…。
しばらく眺めたら脚が痙攣し始めたので慌てて彼女の腰に手を当てると「セクハラで訴えるなよ?」と言いながら引っ張る。
ズボ!
何やら不穏な音がするが沙織さんを救出(?)に成功した。
彼女はヘナヘナと腰から崩れていき、肩て息をしていた。
「どんな手品か知らないけど…大丈夫か?」
「あ…ありがとう…助かり…つ!…こんなに優しくしても呪いは止めませんわよ!」
体面を保とうと必死すぎて…残念な姿がそこにあった。
「笑いなさいよ!笑えば良いじゃない!!どうせ『安産型でバンバン子供出来そうDaze!』とか思ってるんでしょ?」
ひたすら『呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる…』とブツブツ言う沙織。
「お前。帰る場所無いのか?」
その言葉を待っていた様にコクコクと耳まで顔を紅くして卯な付く沙織。
「なら暫く泊めてやる代わりに家事をやってくれないか?」
「隙を見せたら呪いますよ?」
「まあ…一日一回で頼みます。まあ呪い殺されても…」
「死んじゃ嫌です!困る顔が観たいだけです!!…野…呪い…殺し…ちゃ…う…ね… 。」
最後になるにつれ声は小さくなり、僕が呪いをかけられるが死ぬかどうかはフワフワしたままだった。
翌朝、リズミカルに食材を切る音と味噌汁の匂いに釣られて普段より一時間早く起きてしまった。
「お早うございます。明さん。」
茶碗にご飯をよそって僕に手渡してきた。
「今日は時鮭が安く手に入ったので塩焼きにしました。お味噌汁はナメコで味噌は信州味噌にしましたがどうですか?」
時鮭は初めて食べたから分からないけど皮がパリっとしていてでも身まで焦がして無い絶妙な火加減。
それに何時も吸う赤味噌と違い甘味があるけど、信州味噌も良いもんだなと思った。
「料理上手なんですね。とても美味しいです。ありがとう♪」
素直に感謝の事は出るが料理の感想は僕のボキャブラリーでは現すには言葉が足りなかった。
「後、お弁当も用意しましたので良かったら食べて下さい。」
パッチワークで出来た袋に弁当が入っているらしい。
そのカラフルな巾着をテーブルの脇に置いてあるカバンの近くに置いた。
「有難う。なんかいいな…」
誰かに弁当を用意して貰うのも実家通いの時以来だ。あの頃は有り難みは無かったのに今は嬉しかった。
「いえいえ、これも呪いですから♪」
何の呪いかは知らないが約束は守らなきゃな。でも怖いな。
そして昼休み。
「おっメイ弁当って珍しいな!彼女でも出来たか?」
「あっ先輩。手作りですけど彼女じゃないですよ。」
「ん?何だか分からんけど旨そうだな」
「食べます?」
弁当はおにぎりとたくわんに唐揚げ。珍しく無いけど技術が必要な物だった。
「じゃあ遠慮なく…」
先輩は、おにぎりを一つ取るとかぶりついた。
「へ~これ作った人、お前の身体をかなり気遣ってるな。」
「?」
おにぎりに仕掛けが有るのか?
なんの変鉄も無い、普通のおにぎりにしか見えない。
「米だよ!炊くときに酢を使っているじゃねーか。」
「酢飯?」
「違う違う。炊くときに酢を入れると悪くなりづらいんだよ。それに具材に僅かに山葵を混ぜてるから長持ちする」
やっぱり彼女だろ?いい娘に出会ったな…先輩はそう付け加えた。
唐揚げも冷めているのに外はサクサクで肉は柔らかくて、ほんのり柚子の香りがして旨かった。これなら金払っても食べたいくらいだ。
家に帰ると沙織は晩ごはんを用意していた。
彼女が作る料理はなんでも旨かった。
嫌いなピーマンですら旨くて、旨くて、彼女の手にかかれば好き嫌いは裸足で逃げ出す勢いだった。
今日も仕事を終えて、今までは一人で飲みに行くか、先輩の家で晩ごはん食べさせてもらっていたけどそんな気分になれ無かった。
外で飯が食えなくなった。
「明に呪いをかけました。」
沙織は嬉しそうに言った。
「そうだな。」
そうもう呪いは身体中に染み込んでしまっている。
「何か言うことある?」
イタズラっぽくニヘへと笑う沙織。
「沙織の作る飯。死ぬまで食いたい。」
「はい。」
沙織は笑ったまま涙を流していた。
そんな彼女を僕は綺麗だと思った。
何でレンジから出てきたかは今も謎だけど沙織の呪いが無くなるのが恐いから聞かない。
だっていい女に秘密は付き物だろ?