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プラスA  作者: むしきんぐ
箱庭ーpsycraft
7/10

スラッシュ・ザ・ドントレス1

人物などは本編と関係なし設定の補完になればと、反省はしていない。

俺の名前はスラッシュ。

 二十歳。

 大学生をしている。

 趣味はアダルティな、管状の軟体動物が出てくるゲームをすること。

 もしくはその生物と女の子が一緒にきゃっきゃしているイラストを描くことか……。

 俺が箱庭を始めてから既に一カ月、ゲーム中ではリアルとの時間の流れが違っているので既に三か月くらい経過しているんじゃないだろうか、計算すると恐ろしい事になりそうだし、面倒だからそんなことはしない。

 まぁ、ともかくとして、俺はスラッシュという名前で箱庭をプレイしているんだよ。


 そんな箱庭だが、先々週くらいに大規模イベントがあって、その後の成績発表の場でアップデートが告知されていたんだ。

 アプデの内容は幾つかあって、異能力構築システムの解放、クエスト専用エリアの解放、デスペナルティの追加、装具のレシピ追加だ。

 異能力構築システムってのはまぁ、アイテムを組み合わせて超能力を構築する全く新しいシステムらしいのだが、これは実装を待たねばならない。

 俺の友人や同志もそのシステムに注目している。

 クエスト専用エリアは、まぁ、何だ、味気ない樹海の森になんかそれっぽい遺跡なりつくって俺達を楽しませてくれる、みたいな?良く分からんがな!

 そして厄介なのはデスペナルティの追加。

 コイツが曲者なんだ。

 いままでプレイヤーが死んでもそのまま街に戻されるだけだった。

 でも、アプデ後は違う。

 死んだら所持アイテムの全ロスト。

 せっかく集めたアイテムも所持金もゼロになると言う鬼畜仕様。

 一応倉庫のような場所に預けておけば安心安全らしいのだが、数に限りがあるらしい。どれだけ預けられるか知らない。実装されてないからな!

 アプデ前の大型イベントの時といい、運営の性格の悪さがにじみ出ていると言えるぜ。

 まぁ、そんなばーうpが今日実装される。

 俺はもうウキウキが止まらなかったね。

 だって今までの箱庭っつったら味気ないんだもん。

 念動だとか感応だとか地味な能力に、装具っつったって特殊な能力が使えるようになるわけじゃない。

 そういう無骨なのが良いって連中も中にはいるらしいけど、俺にはもっと派手な、スーパーロボット的な溢れるロマンが好みに合っている。

 じゃぁ、そんなゲーム辞めちまえよ!って言われるかもだけど、何だろう、何故か辞める気は起きないんだよな、これが、全く。




 俺は、ニヤニヤと顔が歪むのを自覚しながらもスマホでメンテの終わる時間を確認しつつ晩飯のカップ麺のスープを飲む。

 それを飲み終わると薄暗い部屋の中、隅っこにある市の指定ゴミ袋の中に空になったカップを投げ捨てる。

 綺麗な放物線を描いてカップは飛沫を散らすこともなく袋の中に飛び込む。


「うっし」

 

 ちいさなガッツポーズ。

 ……虚しい。

 それからトイレに行って、ゲーム中で知り合った仲間にメールでログイン後の集合場所を確認して、気が付いたらメンテの終了時間から十分近く経過していた。

「さて、行くかな」呟いて銀の腕輪を付ける。

 この腕輪と体内のナノマシンによって全感覚没入型VRゲームの世界へとダイブするのだ。

 俺の身体はもしかすると広義での改造人間とかに位置するのかもしれないが、ゲームが出来ればそんなの関係ねぇ、ってことで意識が徐々に暗転して行く。




 視界が蘇るとそこは青空広がる箱庭の街。

 正式名称はレイデン市。

 知ってる奴は少ねーけどな。

 強い風が吹き付け足がすくわれそうになる。

 

「っぶね」


 慌てて体勢を持ち直すと眼前に広がる光景に眼を細める。

 視界内にはどこまでも続く青空と、そして足元には網目のような道路と街、建物が小さく見える。

 灰色の街の部分を少し超えると緑の絨毯の様に広がる樹海。

 俺が立つのは箱庭の街の中心部分、中央区の摩天楼の頂上。

 アプデ前にみんなでここに登って猥談に花を咲かせたんだよね。

 俺はそのまま落ちたんだけどみんなはどっかに狩に行くとか言っていたような気がする。


「箱庭よ、私は帰って来た」


 妙にテンションが上がった俺は大声を上げて宣言する。

 肚の底から声を出しスカッとした気分で「よしっ」と小さくガッツポーズを取る。

 が、


「よし、じゃねー」


 頭に衝撃が走る。

 振り返ると金髪で褐色肌の身長二メートルはあろうかという男が立っている。

 アロハシャツを着、胸元を大きく開いていて首元の金のネックレスが良く目立つ、膝丈のショートパンツにサンダル履き。

 わが友人、ネックスだ。

 

「な、居たのか恥ずかしいだろ。居たならいってくれ」


 頭をおさえつつ抗議する。


「お前が叫んでるとこで丁度来たんだよ。ったく奇行は俺の居ないところでやってくれよ」


「奇行とは心外だな。これは儀式だ」


「あー、わかったわかった」


 ネックスは呆れ交じりに手でしっしとやりつつ端末を開く。


「くっそ、何て奴だ。すねるぞ!」


「勝手にしてくれ、それより、さっさと行くぞ」


 ネックスは端末をポケットにしまうとそのまま歩いてビルの端から飛び降りた。

 慌てておれもビルから飛び降りる。

 落下する最中、ビルのガラスに反射して黒髪をつんつんに逆立てた青年の姿が映り込む。

 黒のパーカー、チノパン、ライダースブーツを履いている。

 ゲーム中の俺の姿だ。

 リアルの俺を1.25倍程渋くした感じだ。

 髪型とか。

 髪型とか!

 視線を下に移すと、ネックスが念動を使い減速しつつビル壁に足を付き、連絡通路の屋根に飛び移るのが見える。

 おっと、最短ルートを突っ切るのか、俺も習って念動を使いビルに体を寄せ体勢を整えるとビルに足を付けそのまま三歩程走り跳躍、連絡通路に飛び移る。

 ネックスは俺の方を確認する事もなくとなりのビル壁に飛び移り駆け抜ける、集合場所である開発局に向かって。 




 1


「遅いぞ」


 茜色のショートヘアに眼帯を付けたセーラー服の少女が腰に手をやり俺とネックスを睨む。

 華奢でつつましい胸をしているのは中の奴の趣味だ。

 名前はレンゲ、中華料理についてくるスプーン擬きではなく、花の方の蓮華だ。


「わりぃな、スラッシュが馬鹿やっててな」


 ネックスが俺を親指で示す。


「何もしてねーだろ」


「そうか」


 レンゲは残念な顔をして頷く。

 そしてお前も納得するな。


「レンゲちゃんはいつも可愛いな。それで、あと一人見えないんだけど?」


 ネックスだ。

 奴め見た目がロリなら中身を問わないと見た。

 露骨に点数稼ぎをしおって。

 え? 違う? 細けぇことはいいんだよ!


「爺なら先に中で順番確保してる」


 ふむ、見れば開発局入り口には続々とプレイヤーが集まりはじめ入り口から長大な列が形成されつつある。

 というか、前のイベントの時も思ったけど結構人いるんだな。

 うーむ、天然もののおにゃのこは少ないのう。

 俺の特技はゲーム中のアバターとプレイヤーの性別があっているかどうかを見極める事だ。

 以前ネカマに貢ぎまくった末に獲得した能力だ。

 俺が貢ぎたいと思った奴は大概リアル男! 許すマジ!

 ふ、虚しい特技だぜ。

 つーかそうこうしてるうちに勝手にレンゲとネックス二人が建物に向かい始めた。

 置いてくつもりか、そうはさせない。

 俺は小走りに二人を追いかけた。


「んじゃ行こうぜ。ベンさん一人に頼るのも悪いしな」


 ネックスは言うと入り口に向かって歩き出す。

 俺は横目で列を見る。

 何処か殺伐とした空気、苛ついているプレイヤーも少なくはない。

 その横で管理者が整理券を配っている。

 それを通り過ぎ、列の並んでいる扉の隣から入る。

 エントランスは三階まで吹き抜けのぶち抜き構造で素晴らしく広い作りになっている。

 レンゲはベンさんを探しているらしい、あちこち視線を巡らせている。

 少ししてレンゲの端末から着信音が聞こえてくる。

 ゴッドファーザーのテーマ曲だった。渋い。

 

「ジジイからメール。チュートリアルあるから1603号室にこいって」


 言うと広いホールを横切りエレベータ―を目指す。


「何だ?そこらの端末から出来るんじゃないのか?」


 こういうのはお手軽不思議なウインドウでメッセージとか画像とかそんなんで説明して貰って終わりだと思ってたんだけど。


「今更だろ」


 ネックスは肩を竦めた。

 エレベーターに乗り、目的の階につくと迷うことなく進むレンゲの後ろに続く。

 何度か通路を曲がり、とある部屋の前に立つ。

 扉には1603と数字が刻まれている。

 レンゲは小さな手を軽く握ると扉にノックする。


「どうぞ」

 

 直ぐに中から返事がある。


「やっと来たか、待ちくたびれたぞ」


 白髪交じりの髪をオールバックに、ティアドロップのサングラス、灰色スーツ姿の中年男が椅子にふんぞりかえって座っていた。

 ベンケイだ。

 みんなからベンさんと呼ばれている。

 見た目だけは渋い、とだけ言っておく。


 俺ことスラッシュ、ベンケイ、ネックス、そしてレンゲ。レンゲは例外としてもベンケイ、ネックスはこの世界で出会った友人であり、そしてとある共通の趣味を持っている。

 独特の軟体生物が出てくる大人なゲームをする、という共通の趣味が。

 まぁ、人に胸を張って言えるような趣味かと問われれば、そこはごにょごにょと誤魔化すしかないだろうがな……。

 ともかく、共通の趣味故に集まった四人である。


「お揃いですか?」


 無機質な声が部屋の隅から聞こえてくる。

 管理者の女性モデル。

 皮膚と一体化した仮面で目元を覆っているがそれが無ければ相当な美人だろう。


「ああ、早速頼むよ」


 ベンさんは言うと俺達三人にそれぞれ椅子に座る様に促す。


「ではSAシステムのチュートリアルを始めさせていただきます」


 管理者は深くお辞儀をすると、手元の端末を操作し壁に映像を映し出す。

 壁には先日のイベントで運営側の用意したプレイヤーの戦闘シーンが映っていた。

 廃墟の中巨大な生物が暴れており、その正面でそのプレイヤーが戦っている。

 その人物は無手だったが、巨大生物は体中に切り傷を負っている。

 そしてその答え、プレイヤーの背後には半透明の甲冑の腕の部分が浮いており、その手には巨大な、人の身の丈をゆうに超えるサイズの、炎を纏った剣が握られていた。

 画面にはそれを自在に動かし化け物を屠る映像が繰り返し流れている。


「SAシステムは生体エネルギー置換型融合兵装です。このように生体エネルギーを用いて武器を形成したり」


 管理者の言葉に合わせて画像が切り替わる。

 そこには雷を纏った別の人物が映っており、襲い来る小型の化け物を消し炭にかえているシーンだ。


「特定の現象を引き起こしたりできるようになります。かなり強力な能力です。その代り、ですが、能力の使用中は念動と感応の使用に制限が掛かる場合がありますので能力を組む際は何度か試験してから実際に使う事をお勧めいたします」


 管理者の女性は手元の端末を机に置くと、手元に小箱を出現させる。

 箱の中身は小さな袋。

 カードゲームをやったことのある人なら想像しやすい、ピロー袋だ。

 厚みはそれらよりあるか……。


「異能構築の説明に移る前に、こちらから一つ選んでください」


 俺達の前に封を開けた箱を置く。

 鈍く銀色に輝く袋がみっしりと入っている。


「この中に納められたカードのレアリティは一律Dクラス以下になる様に調整されています。いきなりSレア引いて俺ツエーという事は起きませんのでご安心ください」


「あ、そうですか……」


 俺は少しがっかりしながらカードの袋を手に取る。

 思ったよりも分厚いそれを開けると中には五枚のカードが入っていた。


「みなさんよろしいでしょうか」


 管理者は俺達が全員カードを手にしたのを確認すると残りのカードの入った箱を回収し、どこかにしまう。

 空中にきえたからなんか操作したんだろうか。

 まぁ、いいや。


「袋の中に五枚のカードが入っています。まずはその中の一枚」


 言ってポケットから数枚のカードを取り出すとそのうち一枚を取り出す。

 カードの枠が唐草文様の様に装飾されており、中央には炎を纏った手が描かれている。


「これが異能を決定付けるメインカード、カードの右下の部分にカードのランクが書いてありますので入手の際はそちらを参考にされるのも良いかもしれません。今回はDクラス以下のカードの中から50種類のうちの一つがランダムで入っています」


 続いてもう一枚、今度はテキストのみのカード。


「こちらは制御カード、能力の発動条件等を付け加えるカードになります。制御カードは能力の使用条件を限定することで発動コストを押さえたり、能力の効果を高めたりすることができます」


 更にもう一枚、今度はイラストのみのカード。

 マネキンのようなモノが描かれている。


「タイプカードになります。異能像を出現させる際、どのような系統かのおおもとになるカードです。タイプカードには幾つか種類があります。陣型、武器型、使い魔型の三種類です。今回は説明のためタイプを武器型に統一してあります」


 それからまた一枚。

 今度もイラストのみだが、記号化した何かを表す絵が描かれている。


「こちらはオプションカードです。今回は耐久強化、攻撃強化、異能強化の三つの中から一つがランダムで入っています。オプションは複数装備可能で、タイプ別に装備可能数が決まっています」


 最後に、と一言つけてイラストのみのカードを取り出す。


「装飾カードです。異能像の外見を自分好みに設定する事が出来ます。自由に設定できますので色々試してみてください。特に武器型は装飾カードによって使い心地がかなり変わってくるので最終的にそちらを選択する場合は重要な要素になってくるでしょう」


 管理者はニコリと笑みを浮かべて、目元は見えないが唇が弧を描いたから笑みを浮かべたに違いない、俺達の反応をそれぞれ見回す。

 俺達はそれぞれ自分達の手に入れたカードを眺めて笑みを浮かべたり苦い顔をしたりしている。


「ちょっといいか」

 

 ネックスがふんぞり返って管理者を見上げる。


「何でしょう」


「異能を組む場合オプション以外は一枚づつなのか?」


 何だろうか、難しい顔をしている。


「そうです。ですが」


 と言葉を区切るとポケットから新たに複数枚のカードを取り出し、それを右手に、そして左手に先ほどの炎を纏った手の描かれたカードを持つ。


「カードは合成が可能です。カード自体にレベルのような数値は存在しませんが、合成することで能力を変化させることが可能です。メインカードの場合、合成することによってレアリティランクが変動します」


 言うとテーブル脇にある機械、円形で中央にカードと同じくらいのくぼみがある、にセットする。


「まずは合成元となるカードをセットし、こちらから素材となるカードを投入します」


 それから機械のボタンをぽちっとな、


「一度合成すると元には戻せませんのでご注意ください」


 完成したカードを取り出す。

 カードのランクを示す部分がCとなっている。


「メインカード以外にも、制御カードは複数合成可能です。装飾カードは後で説明しますが、アイテム類をカード化する方法がありますのでそちらを利用する事になります」


「タイプカードは合成できない?」


 ネックスは少し考えてから尋ねる。


「そうです。タイプカードに関しては開発局の売店にて販売しております。どのタイプも一律一万クレジット。初回のみ千クレジットでの購入が可能となっております。他にご質問はございますか?」


 俺達は身振りでそれ以上は無いことを示す。


「それでは、異能の構築手順について実際に操作しながらの説明に移らせていただきます。その後で呼び出し方、能力の使い方の簡単な練習をしてもらいます」







「っだー、ながかったー」


 俺は大きく伸びをして肩をモミモミ揉み解す。

 

「なんだろ、プロモのあれみたいにスタ○ド擬きかと思えば結構違ってたな。制限カードで能力を段階的に解放出来たり、射程距離も意外と融通が利くし……」


 チュートリアルを終えた俺達は異能を手に入れて開発局の前に居る。


「だな。それでどうするんだ? 狩にでも行くか?」


 レンゲは俺達をそれぞれ見回す。


「いやいや、今の能力で狩は無理っしょ、まぁ、管理局行って追加されたエリアの散歩でいいんじゃね?」


 ネックスの提案。


「それも良いんだが……どうだね諸君、ちょっとしたゲームをしないか?」


 ベンさんが何やら目を輝かせ笑みを浮かべている。

 何故かこの人の笑顔はエロいんだよ。


「なに?」


「ゲームならしてるだろー、今現在進行形で」


「そうじゃない。どうせなら俺達四人で誰が凄い異能を組み上げる事が出来るか競争しようじゃないかっ」


 ばぁ~ん!、とでも効果音の付きそうなほどウザい笑顔でベンさんは言う。

 ああ、これってドヤ顔って言うんだっけ?


「面倒臭い」


 レンゲは乗り気じゃないらしい。

 無情にも彼の提案はレンゲの感情を揺らすことはできない。

 つか、コイツは自分の興味ないこと以外はホント食いつきが悪いよな。


「まぁまてよ、今の俺達には丁度いい提案だと思うぜ」


「つーと?」

 

 ネックスに訊ねる。


「考えてもみろ、俺達異能を手に入れたっても与えられたもので何ら自分のスタイルに合っている訳じゃない。なら、一緒に遊ぶにしろ何にしろ能力をある程度固めてからの方が楽しめるだろ」


 そういう考えもあるのか、俺は一緒に遊びつつ見出すのも悪くないと思うんだがな。


「そういう事だ」


 ベンさんはうむうむと頷いている。

 つか、オッサン、そこまで考えてなかったろ。

 

「分った、期間は?」


「ゲーム内時間で二週間。一番凄いのを作った奴は皆に一度だけ何でも命令できるって事にしよう」


 今度こそドヤァとベンさんは顔を作る。

 

「おけ、じゃ、二週間後にここでな」


 ベンさんとネックスはニヤリ、と笑みを浮かべて去って行った。

 俺は、取り敢えずどんな異能を使うか決めてなかったし、なにから始めたらいいかも分からない。

呆然と二人を見送るしかできなかった。

 クソ。

 ちら、とレンゲを見る。

 レンゲは熱心に端末をいじっているではないか。

 動こうとすらしていない。


「何か用か?」


 何をやっているか気になって横からレンゲの端末を盗み見ていると苛ついた声が返って来た。


「お前、もうどんな異能にするか決まったのか?」


「勿論だ。というかそもそも私達の集まりが何なのか忘れたのか? ならば答えは自明の理」


 キメ顔で言われてもなぁ、俺はそんな事を考えつつ彼女()の端末に映っていたとある生物の映像を見て頬をひきつらせたのだった。


 




 俺には夢がある。

 この勝負に勝ち、他の三人に格の違いを見せつけてやる、という夢が。

 小さいと嗤わば笑え。

 ここを足掛かりにこの世界におけるトップランカーへと名を連ねるのだ。

 そうすれば女性プレイヤーに言い寄られること間違いなし、より取り見取りのハーレム生活が待っているのだ。


 そしてそんな俺は目下の目標であるアルティメットオンリィスキルを構築する為に……。

 そう、構築するために……、土下座をしている。


 異能構築について開発局で調べたらこれが結構お金かかるんだよぅ。


 アスファルトに擦れる額、眼前の人物、レンゲからは侮蔑の表情。

 チラッ。

 微妙に視線を上げてみる。

 目の前には黒のストッキングに包まれた滑らかな曲線、更に上に視線を上げるとプリーツスカートと黒の布地の向こうに薄らと白いような淡い青のような何かが見え……。


 衝撃、激しく容赦のない衝撃が頭部を襲う。


 叩き付けられるは高硬度のローファーの踵。

 斜に見上げたこめかみを打ち据え、左頬はアスファルトへと容赦なく叩き付けられ、肉がえぐられる痛みが、衝撃が、意識に混濁をもたらす。

 

「それが人に物を頼む態度か? 孝明」


 ちょ、リアルネームで呼ぶんじゃねー。

 反論しようとも踵が、足裏が顎をまたいで地面に押さえつけている為に入れ歯を付けてない老人の如く、ふがふがともだえるしかない。

 不幸中の幸いか、ここには俺達二人以外は……、少し離れた所に順番待ちで開発局前に並んでいるプレイヤーの方々のみ。

 彼我の距離は二十メートル。

 最悪の事態、即ちリアル割れは避けられている。

 彼らの視線がこちらを向いているのは、まぁ、暇なんだろうよ、きっと。


「ほら、何か言ったらどうだ?」


 冷めたような、刃物のような声。

 そっと足がどけられ、頭が動かせるようになる。


「は、はいぃっ! 大変な失礼をばいたしましたぁ!! ですが! なにとぞ! 私めに力を御貸しいただきたくぅ……」


 居住まいを正して額を地面にこすり付ける。

 チラ。

 ばれないように顔を上げてみる。

 別にスカートの中見たかったわけじゃないんだけどさ、見れる可能性があると気になっちゃうよね。


 でも、見えたものは違ったんだ。


 ゴムみたいな、プラスチックみたいな、そう、靴の裏だったんだ。

 そしてそれは、先程よりも強い力で、まるで踏み抜くように、容赦なく地面に俺の顔を叩き付けたんだ。


「反省、という言葉を知っているか? 孝明」


 ぶはぁ、さっきよりも刺々しい口調だよ。

 そして二度も言ったな、俺の本名! リアル割れしたらどうしてくれんだよ。

 口が動かせないので頭を無理やり振って首肯する。

 うぅ、頬に擦れるアスファルトが、痛いぜ……。


「なら、その意思を見せてほしいものだな。そうだな、嘗て朝鮮王朝や琉球王朝が清国に朝貢していた時、使者を迎えるために行っていた儀式がある。知っているか?」


 知らねーよ、っつーかお前は知ってるのかよ!


「三跪九叩頭の礼、と呼ばれている。やり方は、なに、簡単だ。私が合図する。そうしたら両手を付いて頭を下げろ、それを三回、三セット繰り返す」


 何だ、無茶ぶりが来ると思って焦ったじゃないか。


「良いぜ、そのくらいやってやるよ」


 今に見とれよこの腐れ外道め、後で泣いて謝らせちゃるけんのぉ。


「ああ、言い忘れた、頭を下げる際、地面に頭を打ち付けるんだ。力の限り、な」


「は?」


「取り敢えず試しにやってみろ。合図はしてやる。まずは立て」


 言うと俺の首を掴んで立ち上がらせる。

 そこは手を取るぐらいはしろよ、と言いたいが今度にしておいてやる。 

 レンゲは俺から一歩離れると、茫然としている俺の目を蛇のような眼でにたりと笑みを浮かべながら見た。


「跪け」


 レンゲの口から鋭く、有無を言わせぬ言葉。

 俺は内心ドキドキしながら膝をつく。


一叩(イーコウ)


 言葉と共に手を叩く。


 やれ、というのか、この俺に、額で地面を叩けと。


 ……背に腹は、代えられない。



 ――十分後


 俺は、額の傷と引き換えに……。

 あ、プライドは差し出してないからな。


 引き換えに資金を手に入れたのだった。

 

 さすが俺、知略を持って財を得たり。


 とまぁ、資金を手に入れた後、俺はレンゲのやり方に対して忠告をしてやろうとしたのだが、いつの間にかレンゲは姿を消していた。

 結局仕方ないのでソロでクエストをして、最後に野良PTに入ってその日はログアウトしたのだ。



 ログアウトした俺は、薄暗い部屋の中で体を起こした。

 それから直ぐに実家に電話をかける。

 コール音が数回響き、そして……。


『孝明、お前何時だと思ってる』


 不機嫌そうな声がスピーカーから聞こえてくる。

 高校生くらいの少年の声。

 俺の弟だ。


「蓮二か。お前に言いたい事がある」


『何だ? 金は貸しただろ』


 呆れたような、突き放す声。


「違う、人を、人の顔を足蹴にしやがってこの野郎」


 そう、蓮二ことレンゲは俺の弟である。

 弟がネカマって正直複雑な気持ちである。

 俺はコイツが偶に野良PTに入って姫プレイしてるのを知ってるんだ。


『美少女に踏まれたいって昔言ってたろ。夢がかなって良かったな』


「ちょ、おま、それちが……。大体お前、なんで、しって」


 興奮してしまったせいか言葉が思い通りに出ない。

 くっそ、ビシっと言ってやるつもりだったのに、って何を言おうとしてたんだっけ?


『それだけか? 朝早いんだよ、暇な大学生と違ってさ。じゃーな』


 あ、思い出した。

 コイツには道徳について教育してやらねば。


「それだけじゃねー! お前、人さま足蹴にするってのがどういう事か……」


 声を荒げる。

 隣の部屋から「うるせー」という声と激しく壁を叩く音が。

 あ、フィギュアが倒れた。

 じゃなくて、くそ、邪魔が入った。


「とにかくいいか、人に向かって、特に兄とか目上の人に向かって……って切れてるじゃん」


 既に通話は切れていた。

 あの野郎、ふざけやがって。

 俺はしつこく実家にコールしまくった。

 あの態度気にくわん、改めさせてやる。


 三十分ほど呼び出しまくった結果。


『何時だと思ってるんだ』


 野太く、ドスの効いた声がスピーカーからもたらされる。

 

「あ、お父様、御在宅でしたか」


『俺の家だ、いるのは当たり前だろう』苛ついたような硬質の声、ため息が聞こえてから『こんな深夜に電話を鳴らして、お前には常識が足りないようだな。……孝明、夜中も遊びほうけているならバイトして少しは自分の生活費でも稼いでみたらどうだ? 丁度いい機会だ。家賃くらいは出してやるが、それ以外自分でやってみろ。それと二度とこんな時間にかけてくるなよ』


 電話が切れた。

 最後に聞こえたのは受話器を叩き付けるような音。

 

 い、今、目の前で起こったことをありのままに話すぜ……。弟に説教するつもりが、逆に親父に怒られて仕送りを止めると言われたんだ。


 ……頭がどうにかなりそうだぜ。



 翌日、某大学内、タ○ンワーク片手に講義を聞くスラッシュ、もとい孝明の姿があったとか。

 

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