表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プラスA  作者: むしきんぐ
箱庭ーpsycraft
6/10

思惑

タイトル思いついたので編集しました。

あと三話目に新たに話を挿入。

ジャンルを以前はファンタジーに設定していましたが、SFっぽい用語を使い始めたのでSFへと変更しました。

報告遅れて申し訳ない。

 林立する高層ビル群の隙間から遠く、茜色の空が伺える。

仮想空間内のとある一角、中央管理局本局から通り二つ程進んだ場所にある、中央区に建てられたビルの中でも小さな部類に入る五十階建のビルの中ほどにあるレストランで二人の男がテーブルを囲んでいた。

 蝋燭の灯のみで照らされた店内は、人の動くに沸き起こる微風とも言えない波によって炎は揺らめき、埋め込み型スピーカーから流れる落ち着いたピアノ曲が薄暗い店内をお洒落に見せる。

 店内には従業員は居ない。いや、管理者とプレイヤー達から呼ばれている仮面を付けたNPCが給仕としてテーブルの傍に控えており、設定された順序でどこからか料理を運んでくる。それ以外にも飲み物がなくなれば絶妙なタイミングで給していく。


「はぁ、せっかくいい雰囲気の店なのに、相手が男とは気分が萎えますね」


 とは少年のような顔立ちをした人物だ。幼いながらに整った顔立ち、柔和そうな印象を人に与えるような笑みをたたえた目元はとても人懐っこそうだ。


「邪魔が入らないところで話たかったんじゃないのか。あと、俺だって美女を相手にここを使いたいぜ」


 向かいに座った精悍な青年は顔に渋面を浮かべている。

 二人ともに共通するのは抜けるように白い肌と銀の頭髪だ。


「そうだ、明後日あたりヴェーネアを誘ってみようかな」


 思いついたように少年は手を叩く。


「ヴェーネアってオペレーターの娘か? 確かに可愛いが平民出だろ、貴族は気にすると思ってたぜ?」


「気にしない、って言うか実家は穴が開いたときに領地ごと持ってかれちゃいましたからね。もう煩く言う人たちも居ませんよ」


 と少年、フューリーは肩を竦める。


「そうかい」


 青年、ジェスティスはグラスを煽って誰かに捧げるような仕草をどこかに向けていた。


「それで、ジェスさん。昨日のあの二人ですけど」


 とはヒノエとアトリの事だ。二人はプレイヤーの中でもトップクラスの実力があり、先日のイベントでも中々の結果を叩き出した。


「ゴルトさんの判断だし、今は特設エリアで話し合いをしてるところだろう。この先の箱庭の運営に関して、な」


「それですよ。なぜ彼らなんでしょう。他にも強いプレイヤーは多い」


 フューリーは納得がいかない様子で眉根を寄せている。


「強ければいいって訳じゃない。こういうのはお前の方が理解が良いと思ってたけどな」


「頭では理解してます。ですが……彼らは調べてみればわかりますが何の専門知識もない一般人、それも学生です。それこそ彼らに近しい人間、イスカとキング何とかの方がまだ知識も経験もある」


「彼らは耐えられたかな」


 ふ、とジェスティスは遠くを見やる様に目を細めた。


「さぁ、どうでしょう」


「ゴルトさんはきっとこれ以上の賭けをしたくは無かったんだろう。彼らは暗示が解けていても心を壊さなかった。だからだろう」


 ジェスティスは給仕役の管理者からボトルを受け取ると空になった自分のグラスに注ぎ、向かいの、フューリーのグラスにも。


「まともな人間じゃぁ、あの話し合いには、きっとついて行けなくなる。そういう意味じゃあの二人の存在は俺達にとって都合のいい拾いものだったってことだ」

 ジェスティスは口元を歪めて新たについだ赤を一気に飲み干した。

 それから皮肉げに口元を歪めたのだった。





 箱庭の街に夕日が差す。

 茜色の空の元、キングタイガー三世は公園のベンチに腰かけて立派な装丁の本を膝の上に開いていた。

 いや、本とはただの見た目の話で、実際はカードバインダーになっている。


「短期間だったけど随分たまったな」


 ふむ、と口元に笑みを作り出していた。

 ファイルの中にはカードが収められていてそのカードのレア度によってAとかCとかランクを表す文字が印刷されている。例にもれずカードのランクが高いほど派手なデザインになっている。

 新たに実装された機能。

 SAシステム。

 スペシャルアビリティシステム、とまぁ名前に何の捻りもないシステムで、プレイヤー間ではSAシステム、あるいはSシステムで通っている。

 このシステムはプレイヤー固有の能力を組むためのこれまでの箱庭でメイン武器だった装具とは異なり、ゲームらしいシステムとなっている。SAシステムはメインカード、装飾カード、タイプカード、制御カード、オプションカードの五種類を組み合わせることで一つの異能を組み上げる。カードゲームで遊んだことのあるプレイヤー達は組み上がった能力の事をデッキと呼んでいたりするがキンタにとっては何の事だか分からない。

 だが、それぞれ組み上げた能力の事をデッキと呼ぶ事がすでに一般的になっているから、キングタイガー三世もその言葉を使っている。彼の中では精々出来上がった異能セットの単位程度の認識でしかない。


「お、いたいた。待ったか?」


 公園の入り口から鈴の音のような少女の声。

 キングタイガー三世は聞き馴染んで久しい声に、バインダーから顔を上げる。

 視界に映るのはフリルのあしらわれた白いシャツに膝丈の紺のスカートを穿いた少女だ。リアルでは顔見知り故に、この少女の姿をした友人を見る時は最初の頃激しい違和感を覚えたものだが、それも既に馴れた。

 少女は艶やかな黒髪を風になびかせつつゆっくりとした足取りでこちらに歩いてくる。


「随分な……」


 口元を緩めつつ。


「こういう時は、今きた所って言うもんだぜ」


 黒髪の少女、イスカは悪戯っぽく笑みを浮かべつつキングタイガー三世の隣に腰を下ろす。


「お前が時間通り来てくれればそういう言い方もあったかもな」


 キングタイガー三世がこの場所に腰を下ろして既に一時間近くは経っているが、イスカが時間通りに来ないのは何時もの事なので彼にしてみれば慣れたものだ。


「ちぇ、ほらよ」


 イスカはポケットから缶コーヒーを取り出してそのうち一つをキングタイガー三世に渡す。このゲームにおいて飲食物は演出用のもので特別な効果を持たない。

 だが、飲むことでリラックスしたり、気を紛らすこともできる。


「お、意外だな」


 キングタイガー三世はお礼の言葉の代わりに笑みを向けて受け取る。


「意外って何だよ。こないだレポート手伝ってくれたろ、そのお礼も入ってんだからな」


 向けられた笑みを直視できずイスカは鼻を鳴らして缶を開けてそれを飲み始める。


「それで、どうだった?」


「だめだね、二人とも用事だと。メールは返してくれたんだけど何やってるんだか」


「そうか。元気ならそれで良いんだ」


 少し引っかかるものを覚えつつキングタイガ―三世は膝の上に開きっぱなしだったバインダーをイスカにも見える位置に持ってくる。


「お、知らないのが幾つか増えてるね。衰弱と浸食のカードか」


 イスカの指さした二枚のカードはどちらも能力の性質を決めるメインカードと呼ばれるものだ。


「ああ、ここに来る途中にバザーで見つけてな。安かったんで買ってみた」


 レア度は共にCだ。

入手難度はそれほど高くは無いし、効果もそこまで強力ではないとされている。

何よりも、効果が地味で前に立ちたがる大多数のプレイヤーには人気がない。


「まぁ、人気処の三大元素以外はなぁ……」


イスカもその辺の事情を良く知っているので苦笑が漏れる。

三大元素とは、ファンタジーでおなじみの火水雷。特に火と雷は見た目の派手さと攻撃性能から人気が高く、大枚はたいて手に入れようとするプレイヤーは多い。これらは特に入手難度が高めに設定されているので、入手できる可能性のあるクエストを何度も受けるマラソンが流行っていたりもする。メインカードの入手方法はクエストの報酬か、特定の魔獣、あるいは妖魔を倒した後、カード化アイテムを使うと手に入るかもしれない、という程度のもので、確率も低い。


「使わない連中からすれば相当有難い話なんだがな」


 ニヤリ、と笑みを浮かべてキングタイガー三世はバインダーのページを捲る。

 次に現れたのは様々な武器の描かれたカードだ。

 一般的に装飾カードと呼ばれているもので、異能を使う起点となる異能像を設定するためのものだ。


「案外居るもんだね。職人って」


 とイスカはバインダ―の中のカードを一枚づつ見ていく。


「ああ、流行の使い魔型用の装飾品が多いから心配だったが、鍛冶やってる連中何人かとフレ登録もできた」


 SAシステムには大別して三つの系統があり、それぞれタイプカードで決定される。

 一つは使い魔型と呼ばれる遠隔操作可能な異能像を出現させてそれらを使役するタイプ。

 一つは陣型と呼ばれる異能像をほぼ使わないシンプルなこれぞ異能、という感じのタイプ。

 そして、武器型と呼ばれる異能像自体が武器の形をしているタイプ。

 キングタイガー三世とイスカはこの武器型を使う。


「なーんだかさ、俺達流行からとことん離れてってるよな」


 イスカは苦笑気味にポケットから数枚のカードを取り出してバインダーの上に放り出す。

 カードにはファイルに納められた武器のイラストが描かれたものと同じく様々な武器がプリントしてあった。

 武器型ははっきり言って人気がない。

 その理由は簡単で、武器型で不自由なく戦闘が行えるのであれば装具でも十分だというプレイヤー間の共通認識による。装具と違う点は手ぶらで行動できる点が一番大きく、ついでメンテナンスが必要ない事、能力を付与することで異能を手にすることができる点が挙げられる。

 対して流行の使い魔型は、プレイヤースキルにはさして依存しない点だろうか。制御カードによって射程距離に制限を付け、更にダメージのフィードバックを付け、あとは幾つかのプレイヤー好みの制限を付けることによって近距離におけるお手軽高火力を得る事が出来る。しかも防御性能もかなり良いというバランスの良い仕上がりとなるので流行らないわけがない。


「俺達にとってはこれで十分だろ」


 キングタイガー三世が手のひらを上に向けると、空間に一振りの刀が現れる。

 鍔も無ければ柄もない、シンプルな抜身の刀身のみ。


「……まだ拵えもないのか、いい加減怪我するぞ」


「残念ながら未だに自分の能力で傷を負ったことはないよ」


 いつの間にか、その手のひらの上にあった刀身は宙に溶けて消えていた。

 それに、拵えは用意してないのではない、必要ないのだとキングタイガー三世は呟く。

「ま、いいけど。明日の話してもいいか?」


 と珍しく遠慮がちにイスカはキングタイガー三世の様子を伺う。


「明日?」


 と返すが思い当たることが一つだけあった。

 都市回復クエストだ。

 先日の、アップデート前のイベントクエストによって都市の半分は未だに、あのグロテスクな蜘蛛共に占拠されたままでいる。

 だが、連中のテリトリーも何度かに渡る大規模反攻よって二か所の、東部と南部の拠点を回復している。残るは西部、北部。


「ああ、あれか」


 確か幾つかのクランが連携して参加を募っていた。


「参加することにした」


「そうか」


「そうか、じゃなくて。キンタも一緒にどうよ」


「どうよって言われてもな……」


 どうにもあのイベントの後から戦闘というものにそこまでのめり込めなくなっていた。

 だから、新しく追加されたSAシステムの面白い組み合わせは無いか、と色々集めたり組み合わせたりして、戦闘以外の楽しみと言うヤツを模索しているのだ。


「そのデッキ、試すいい機会と思ってさ」


 イスカはバインダーを指さす。

 が、それだけではない。

 キングタイガー三世は少し驚いた顔をしてイスカを見た。


「何だよ」


 気恥ずかしそうに眼を逸らす。


「何でもない。……そうだな、久々にそういうクエストも悪くない」


 キングタイガー三世は立ち上がると大きく伸びをする。座りっぱなしで凝り硬くなった背筋を解し暗がりが濃くなってきた空を見上げる。

 それに、少し気を遣わせてしまったようで申し訳なくも感じたのを誤魔化す為にも。


 都市回復クエストはイベントクエストの延長ではあるが、イベントではない。自由参加型のフリークエストであり、誰がどのタイミングで参加しても良い事になっている。参加表明後、特定のエリア内で指定の魔獣を倒した場合にポイントが入りそれが報酬へとつながる。失地回復条件となる旧支部局を解放した場合においては活動履歴から参加者全員に追加報酬が支払われることになっている。

 この失地回復は一人二人のプレイヤーが片手間に行える程楽なものではなく、本当に土地を取り戻したいのであれば大型レイドPTを組織する必要がある。

 キンタたちはその大型レイドPTに参加する事にした。





 2


 SAシステム。

 都市防衛クエストの後に行われた大型アップデートによって追加されたオリジナルの異能力を構成する事が出来る技能システム。

 誰しもオリジナルの異能が作れることに夢中になり、実装から短期間で様々な異能力が生み出されていったが、現在その中で最も流行っているのが近接特化型の使い魔系統だった。

 プレイヤー自身の運動能力が低くてもソコソコの高火力を生み出し、何よりも個々人の技能にほぼ左右されない。

 何よりも、イベント後にアップデートされた公式PVの影響も大きいだろう。

 あの時、ヒノエとアトリを救ったジェスティスのような、運営側の人間が複数名存在した。彼らはイベント期間の間、あちこちで現れては様々な異能で敵を倒していた。

 中でもジェスティスの使った巨腕に携えられた炎剣。

 その一撃が大量の敵を一瞬にして多くの魔獣を消し炭にした映像のインパクトは凄まじかった。

 脱落し、見守っていたプレイヤーの多くに影響を与えていた。つまるところ、あのイベントの最後はこの新システムのプロモーションも兼ねていたのだ。

 

 昼前の、管理局の上階に位置するオフィス。


「使い魔型の使用率が63%ってどういう事ですか」


 事務机の前に座りホロモニターを展開してデータを見比べていたフューリーは忌々しげに唸る。


「博士の言だと、武器型か陣型に分れて、一部が使い魔型に行くはず、と予想していましたけどね」


 様々なデータと格闘していた、柔らかな髪を短く刈り込み爽やかな印象をもつ青年、ブランシェムが興味を惹かれたのかフューリーに視線を向ける。


「そのデータは見ましたよ。プレゼンにも出てたから資料も持ってます」


 と机の上にあった紙束を軽くたたいて見せる。


「それもこれも先輩のせいですけどね」


「何か困るのかよ」


 先輩ことジェスティスは背もたれに体を預けだらしなく座っている。大体人のせいにされても困る、とジェスティスは思う。そもそもあの時使った異能は使い魔型ではなく武器型に分類されているはずなのだ。

 それを勘違いしたプレイヤーが現在の型を作り出したに過ぎない。


「困るっていうか、彼らの地力が育たないでしょう、これじゃぁ」


 フューリーは手元のホロモニターを一つ増やして別の、集計中だったデータを取り出す。

 様々なグラフが並び、各系統の能力者別の念動、感応使用率、及び系統ごとの出力比が数値化されていた。


「確かに、これはちょっと良くない傾向ですね」


 ブランシェムは、フム、と困り顔を浮かべる。


「特に使い魔型を選んだプレイヤーの成長が余り宜しくない。特に念動関連の技能は全くと言っていい程使われてませんね。念動駆動くらいですか?」


「反面、感応系の探査技能は比較的伸びてますけど……、それでも」


 とフューリーは新たにデータを追加する。


「これは、系統別の最大出力維持時間の平均データですか。確かにこれではちょっと」


 揃って困り顔になる。

 武器型、陣型を示すアイコンに挟まれるようにして半分程度の出力を示すのは件の使い魔型だ。当初のコンセプトでは使い魔型は、少なくとも陣型よりも出力が高くなるはずという予測が立てられていたが蓋を開けてみればこの通りだ。


「なーに神妙な顔になってんだよ。大丈夫だって、まだ実装からそれほど時間も経ってない。まだまだこれからだって」


 ジェスティスはあくまで楽観視しているらしい、笑みを浮かべる。


「先輩の大丈夫はあてになりませんよ。だいたい、既にトップ組はAクラス異能を組んでいると言うのに」


 対してフューリーはため息をつくのだった。

 ジェスティスは肩を竦めると、苦笑気味にフューリーの様子を見ていたブランシェムに顔を向ける。


「そういえばブラム、今日はずっとここに居るけど博士の仕事の方は良いのか?」


 ブランシェムは、箱庭を支える技術者であり、SAシステムの構築データを用意した人物の一人でもある。


「博士はいま船の方に戻ってます。合成脳の発注と調整に時間がかかるそうなので向こうのスタッフと摺り合せですね。なんにせよ数が多いのでデータリンクの設定は技術者総出になりそうです。なんでも艦の整備スタッフまで狩り出されているとか」


「合成脳なんて何に使うんだ? また医療研究でも始めるのか? この状況で」


 仕事熱心な事だ、とジェスティスは片眉を上げため息を漏らす。


「そうじゃないですよ。……あれ、先日の定例会に参加してないのですか?」


 ブランシェムは首をかしげる。

 そんなブランシェムの様子にフューリーは鼻を鳴らしてジェスティスを睨む。


「先輩はその日、プレイヤー間の意識調査という名のサボリを遂行してましたから」


「何を言うか、数字で見えないところの繊細な情報が拾えるんだぞ。それにデータや流行の裏付けも行える」


 実際そういう面もあるのだ。プレイヤーの振りをしてPTに潜り込んだり、露店を巡ることで様々な、例えば流行の戦術、異能コアの傾向を知ることができる。

 イベント前であればプレイヤーの実際の実力を見る為であったり、彼らが幾つかの技能を思いつくように誘導を行ったりもしていた。


「そういうの、掲示板の巡回でも拾えますから」


 フューリーは呆れ調子で、一段と深いため息を漏らす。


「悪かったよ。それで、何に使うんだ?」


 ジェスティスは苦い顔をしつつブランシェムに。


「思考加速です」


 その言葉を聞いたジェスティスは表情を硬くした。


「プレイヤーが失地回復ミッションを全て完了した後、NPCの実装とそれから、ログアウト不能にすることになっています。その際に思考加速を行って短期間に彼らを仕上げるそうですよ」


 仕上げる、とはつまりは既定路線を短縮するということだ。


「おいおい……、そんな重要なこと、教えてくれたっていいだろう」


 責めるような目をフューリーに向ける。


「先輩、言っておきますが、定例会のあと言われた通りにちゃんと議題と内容を纏めてメールしてありますからね」


 ジェスティスは無理やり笑みを浮かべて、「あ、ああ、そうだったな」言うと腰を下ろした。

 そして、メールを開いて読み進めるうちに表情が厳しいものになっていく。


「これ、デスゲームじゃねーか」

 

 吐き捨てるように言った。






 箱庭の都市上空には星空が広がっていた。

 底冷えする季節を再現しているのか、冷え込んだ風が肌に刺さり、吐く息は白い。

 そんな暗く寒い都市の北側一帯が燃え盛る炎に照らされて黒煙がもうもうと立ち上っているのが浮き上がって見て取れる。


「これで、北部も解放された。残るは西部だけだな。今回は助かったよ」


 ビルの上、数人の人影があった。

 そのうち四名は今回の大型レイドPTを指揮した大型クランのリーダー達。

 うち一名はイベントランキングで一位に輝いたやせ形の壮年の男で、名をハイダテと言う。さっきの言葉は彼の言だ。


「別にいいって、こっちも久しぶりの本格的な戦闘だったからいい運動になったよ」


 そう返すのはキングタイガー三世。

 いい運動、と他の、まだ地上でアイテム回収を行っている参加者が聞いたらなんと思うだろうか。彼らにとっては全力を出し切ってようやく手に入れた結果だのに。

 二人とってはそのくらいの印象だったのだ。


「にしてもSAシステムはすごいな。前はあんなに苦戦してたのに」


 キングタイガー三世は感心した様に、今回のクエストの進行速度を思い出していた。

 プレイヤーの姿に重なるように展開された、半透明の異形。それが拳を振るうだけで意図も容易く子蜘蛛を蹴散らして行く。

 防衛には一週間かけてジリ貧だったのに、今回はまる一日で取戻す所まできた。


「ああ、個々人が死ににくくなったのはでかいからな。割かしゴリ押しでも何とかなる」


 得意げに言うのは、今流行の近接特化使い魔型の基本骨子を考え出したベンツ君だ。

 ベンツ君であってベンツじゃない。ひとまとめでベンツ君と言う名前だ。


「なら、俺達参加する必要は無かったかな」


 キングタイガー三世はニヤリと笑って見せる。


「馬鹿言うなよ、お前らが加わってくれたから色々作戦に幅が増えたんだ。次も参加してくれよな」


 ハイダテはキングタイガー三世の肩を叩く。


「ああ、気が向いたらな」


「そりゃないだろ、期待してるぜ」


 笑みを浮かべたハイダテが言った時だった。


「おーい、そろそろ集めるもんも集め終わったし解散式やろうせ」


 建物の非常階段口から二人の小柄な人影が現れる。

 イスカとキングタイガー三世はその二人に見覚えがあった。

 イベント戦でそれぞれ十位と十六位に名前を連ねていた少女アバターの二人だ。

 今回の攻略中も随分と目立った働きをしていたのは記憶に新しい。華麗な身のこなしで高速立体戦闘をすな二人だが、話してみるとリアルではアニメ好きの大学生の青年であり、運動は得意ではないと話していた。


「おー、分かった。……それじゃ行くか」


 ハイダテは他のクランのリーダーたちに促す。


「二人はどうする、参加してくか?」


 動こうとしないイスカとキングタイガー三世にハイダテは振り返る。


「いや、俺達はここで退散させてもらうよ」


いいだろ? とイスカはキングタイガー三世を見上げる。


「そうだな。次があればその時には出るよ」


「そうか、じゃぁまたな」


 ハイダテは軽く手を振ると、先に階段を降りはじめた仲間の後に続いた。


「っふー、緊張したなー。あんな有名な連中と一緒に居たら気が滅入っちまうよ」


 イスカは大きく伸びをして手すりに寄り掛かった。


「お前も大概有名だと思うけどな」


 何せ二人は先日のイベントランキングの五位と六位だから、壇上に登った姿を覚えているプレイヤーは多い。


「まーな。お蔭で最近はPTに誘われることも増えたし。行かないけど」


「おかしいな、俺の方はそんなに誘われないんだが……」


「人徳の差だろー」


 言うが、実際は見た目の差だったりする。現実とゲームの見た目が同じだと考えるプレイヤーは少ないが、どうせ誘うなら可愛い娘の姿をしている方が良いに決まっている。


「はは、そうだな。だけどあんなことになるとはな」


 キングタイガー三世は苦笑を浮かべる。



 管理局で失地回復ミッションを受けた時の事だ。

「失礼ですけど、もしかしてイスカさんとキンタさん?」


「そうだけど、何だよ」


 噛み付くような調子でイスカは声をかけてきた青年を睨みつける。


「い、そ、その」


「よせよ、何でそんな喧嘩腰なんだよ」


 キングタイガー三世はイスカの肩を掴んで青年から引き離す。

 青年は少し安堵した様に表情を緩める。


「お二人もレイドに参加されるんですか?」


 それが聞きたかったらしい。


「そうだよ」


 イスカは素っ気なく返す。


「ほ、本当ですか。スターさん、ちょっと来てくださーい」


 青年はロビーに集まっていた集団に向かって、手を大きく振る。

 少しして、集団をかき分けるようにして一人の人物が現れる。


「何だよ、今こっちは参加者の誘導で忙しいってのに」


 不機嫌そうに現れたのは金髪でソフトスーツを着崩した青年。

 スターは青年に向かって言うが、後ろの、イスカとキングタイガー三世を見て動きを止める。

 それから目を丸くして「もしかして、イスカちゃんとキンタ? マジか、リアルキンタ、初めて見たよ」先ほどの不機嫌は見る影もない、喜色を浮かべて小走りにやってくる。

 イスカはちゃん付けで呼ばれたせいか眉根を寄せているが、キングタイガー三世はそれを見なかったことにした。


「うっは、すげー。何々、参加してくれんの? マジ感動だわ」


 一人テンションを上げつつ、器用に端末を使ってメッセージを送り始める。


「ちょっと、スターさん、失礼っすよ」


 青年は宥めるように言う。


「いいじゃん、真面目な空気でやるよりはさ」


「そりゃそうですけど……。あー、こちらシャイニング・スターさん。僕らのクラン『シルバーコクーン』のリーダーで、レイド主催者の一人です。こんなですけど」


 青年は申し訳なさそうに頭を下げた。


「気にしないでくれ」


 キングタイガー三世は苦笑を浮かべつつ、イスカの肩にある手に少し力を込めた。

 そうしておかないとイスカは直ぐにでも喧嘩を吹っかけそうだったから。


「それで俺達は……」


 キングタイガー三世は自己紹介をしようと口を開くが、


「いいって、知ってるよ。キンタは初めて見るけどイメージと違って爽やかだねー。イスカちゃんは久しぶり、かな」


 スターはイスカに笑みを向けるが、イスカは不愉快そうに鼻を鳴らすと視線を逸らす。


「なんだ、知り合いだったのか」


「前に、クランの勧誘受けた」


 イスカは言葉少なに、キングタイガー三世にだけ聞こえるように。


「あらら、もしかして俺、嫌われてる?」


 スターは悲しげな表情を浮かべるが、すぐに笑みを浮かべる。


「そんなに警戒しなくてもいいんだけどなー」


「スターさんはこんなですけど、意外と真面目ですから」


 と青年のフォローが入る。


「意外とって何だよ、俺がふざけてるみたいじゃんか」


 ははは、とスターは笑う。


「ともかくとして今回は宜しく頼むよ」


 キングタイガー三世は挨拶もそこそこに切り上げようとしたのだが、


「詰めの話し合いしてるってのに、何の用だよ」


 ゾロゾロと足音が聞こえてきて、視線を向ければハイダテを先頭に八名程の団体がこちらに向かっていた。


「あれ、あの二人ってもしかして……」


「そうだよ、生ではじめてみた」


「へー、あれが」


 囁くような会話が混じって聞こえて来る。

 気が付けば人だかりがそこには出来ていて逃げ出そうにも逃げ出せない。

 二人は呆気にとられて顔を見合わせたのだった。




「まさか、あそこまで顔が売れてるとはな」


 クエストが終わった今でも、思い出すたびに背中がむず痒くなる。

 キングタイガー三世は肩を落としつつ、地上を見下ろす。

 そこでは主催者を取り囲んで人だかりができていた。


「今更だけどな。それよか、そろそろ行こうぜ、風邪ひきそうだよ」


 イスカは身震いすると羽織ったコートの襟を引き寄せた。


「仮想世界で? お前がか?」


「気分の問題」


 言うと隣のビルへと飛び移る。

 眼下には今回のクエスト達成を祝うプレイヤー達の歓声が響いていた。

 それを見て、偶にはこういうのも悪くない、と二人はちょっとした達成感に包まれていた。


「さて、何時もの店でなんか食おうぜ」


 ビル間を飛び移りながらイスカは少し遅れてついてくるキングタイガー三世に。


「だな、今夜はまだ時間有るし、ゆっくりしたら別のクエストでも受けるか」


「賛成。職人に制作依頼出す金ももう少し欲しいし」



 中央区、そこに入ると二人は地上へと降りてゆっくりとした足取りになる。

 以前までなら中央区の楼閣を足場にあちこち飛び回るプレイヤーが多かったが、それが気に入らないプレイヤー達が文句を出し始めた。

 曰く、戦闘中以外は他のプレイヤー達の迷惑になるし、何よりマナーが悪いとかで議論が交わされて中央区では地面を歩くようにとプレイヤー間でルールが出来上がった。

 二人は、大通りの露店を冷やかしながら目的地へと歩く。

 露店で並んでいるのは異能構成用のカード系アイテムと、外装に使う鎧が多い。

 中にはデザイナーと呼ばれる人たちが出始めていて、スケッチブックに書き溜めたデザインを他のプレイヤーに見てもらい、それを気に入った人たちから異能像用の外装の発注を受けるという商売も広がり始めていた。

 SAシステムが実装される前は考えられなかった事だ。


「相変わらず、使い魔型全盛って感じだな。見てみろよ」


 イスカが指さす先には、大量の鋲で装飾されたラバースーツがマネキンに着せられていた。

 人が着るわけではない、異能像向けの装飾品だ。


「あれか、この間からずっと置いてあるな」


「そうなのか? 売れるわけねーっての」


 イスカは鼻を鳴らす。


「一部では結構売れてるらしいぞ。しかも相当な高値で」


 今は森に採集に行くにも魔獣を狩りに行くにも一度蜘蛛共のテリトリーを通らなければならない為、素材関連は比較的高値で取引される。それを大量に使う異能像の外装となれば値段も推して知るべし、だろう。


「ふーん、物好きな奴らも居たもんだな」


「その物好きとさっきまでクエストやってたろうに」


 肩を落とした。

 それにしても、とキングタイガー三世は視界を巡らせる。


「このあたり、人が集まり過ぎだ。管理局前だから勝手が良いのは分るが、本来は道路だぞ。自治厨の連中はこういうのは気にならないらしいな」


 本来はそう、道路なのだが、多くのプレイヤーの認識では広場という事になっている。

 噂では今後住人NPCが実装され、都市らしくなっていくと言うのに、後々問題にならなければいいが、とも思うのだった。


「真面目だねー、俺は気にならないけどな。それに、店の中で上品な接客されるよか、こっちの方がゲームっぽくて良いよ」


 遠くを眺めながら薄く笑みを浮かべる。

 そんなイスカを眺めつつ、それでも、現実に近い世界であるが故にほんの少しキングタイガー三世は不満を覚えるのだ。


「そんなもんか」


「そんなもんだろ。ただ好き勝手してるって訳じゃないんだし」


 キングタイガー三世の性格を良く知るイスカはニッと笑みを深くするとキンタの腰を叩いた。

 そう、実際、露店の並ぶ大通りには幾つかルールがあった。整然と、とはいかないまでも、大雑把に整理され人通りが循環するように上手い具合に通り道が出来上がっている。こういった決まりごとは、商売をやりたい、稼ぎたい、そういう願望を持つプレイヤーが集まり主催、管理しているからだ。実際、ゲーム上でのサポートはプレイヤー間のクレジットの移動の一点である。アイテムは手渡しであり、アイテムを所有してもシステム的に保護されている訳ではない。データ上は紐が付けられているが、公表はされていない。


「まぁ、な」


 キンタは不機嫌そうに言ったつもりだったが、露店から漂ってくる串焼きの匂いにつられて硬い表情が思わず弛緩する。実際傍目では分からない程の、頬の筋肉の緊張が緩んだ程度のそれを、長い付き合いのあるイスカは見逃さない。


「店まで歩くのも何だし、偶には露店も悪くないだろ」


 匂いの元、串焼きの屋台を指さした。


「そうだな」


 端末でクレジットの残高を確認しつつ、並んで屋台へと向かう。

 屋台を出しているのは、当然プレイヤーだ。確かにNPCが立っている商店の中には飲食店も存在するが基本的に彼らは店から出てこない。自動販売機のようなものなのだ。

 対してプレイヤーの出す飲食の屋台は温かみがある、という事でそれなりに客も付いている。味は、プレイヤーのセンスや好みが反映されるため当たり外れはあるが。


「コカトリス焼きだってよ」


 大振りの肉が竹串に刺され、炭火で焼かれている。串一本で500クレジット。


「げ、思ったよりもするな」


 キングタイガー三世は注文しかけたのを寸前で躊躇する。


「お客さん、うちは初めてかい?」


 人の好い笑みを浮かべる屋台の店主は、二人に話しかけながらも炭火に串をかけつつ、団扇であおぎ、手を止める事をしない。


「ああ」


 購買意欲が削がれた事を悟られないように作り笑いを浮かべてキングタイガー三世は応える。


「値段見てビビったろ」


 店主はズバリと言い当てる。が、それも馴れたものなのだろう、人の悪い笑みを浮かべて言葉を続ける。


「だがな、コイツは適正価格よりも随分安く設定してるんだぜ」


 見てみな、と顎をしゃくってはす向かいの行列の出来ているラーメンの屋台を示す。

 手作りの大きな看板には『魔獣ラーメン1500クレジット』と書かれている。一クレジットがNPCの商店での日用品の値段から考えて日本円で十円くらいだと言われているから、あれは現実世界に置き換えれば一万五千円となるわけだ。


「た、たけぇ……」


「だろ。コイツだって普通なら700クレジット取っても文句を言われないんだ。まぁNPCがやってる店にばっか行くとこれが異常に高く感じるのは理解できるけどな」


 システム上、食事は絶対に必要な行為ではない。言ってみれば現実の感覚を仮想世界に引っ張ってきた、ちょっとした習慣のようなものだ。だから本来なら金を出して飲食をするのは趣味の範疇であり、お洒落な店で優雅に食事をすると言うのはある意味でファンッションの延長だったりする。

 だが、味も食感も満足感も、そこにあるのは現実とそん色のないものだ。


「だな、俺達はプレイヤーの屋台は今まで使って来なかった」


「だったらなおの事食っていけ、屋台でなきゃ食えないもの、人の個性がにじみ出たモノがここの屋台にはあるんだぜ」


 二人に向けてグイっと押し付けるようにして焼き上がったばかりの串を二つ差し出す。

 店主の勢いに気おされたのかイスカはその串に手を伸ばす。

 店主は何も言わなかったが、キングタイガー三世に向けて「アンタは?」とその眼が語っていた。


「ぐ、わかったよ」


 肩を落として、串を受け取るのだった。

 串焼きに使われているコカトリスとは鶏の大親分みたいな魔獣の一種だ。獰猛であり、蛇型の魔獣を餌とする程戦闘能力も高い。元ネタになったコカトリスとは異なり石化させる特殊能力はないが、鋭い嘴に鉤爪、何より鳴き声が非常に凶悪な難敵だ。

 特に鳴き声は精神をかき乱す干渉波を同時に放つので戦うには相応の準備か、それに耐えられる実力を具えていなければ、コカトリスにとってのオヤツになってしまう。

 そんなこんなで素材の入手難度はそれなりに高い。

 それが、握り拳よりも少し小さなゴロゴロとした肉の塊が四つ串にささって良い匂いをさせているのだ。色合いは鶏肉と言うよりは、赤身の牛肉を思わせる。


「シンプルに塩だけだぜ。だが、好みの味付けが欲しい時は、ほれ、自由に使ってくれ」


 と店主は調味料の乗っかったトレイをドン、と屋台のカウンターの上に置く。


「ああ、そうさせてもらう」


 キングタイガー三世は店主の方に会釈を送ると、手の中で香ばしい芳香を放つ肉塊に目を向ける。

 匂いだけで口の中に涎が湧き上がり、それを飲み込む。

 じっと睨んでいたが、漸く覚悟を決めて口を大きく開き噛み付こうとした時。


「うめぇ」


 隣で歓声が上がる。

 一足先に口にしたイスカだ。


「これ、すんっごく美味い。本当に鶏肉かよ」


 一人盛り上がるイスカを横目にキングタイガー三世も一口。

 口の中に広がったのは独特の、だが、不快ではない乾草のような臭みと強烈な旨味。

 ジワリ、と口内の唾液が量を増す。


「牛肉に近い肉質だな」


 程よい噛み応え。かといって筋張っているわけではない。


「初めての肉だな。でも、こうなってくると……」


 喜色満面のイスカはキングタイガー三世を見上げる。

キングタイガー三世はイスカがこういう顔をする時を良く知っている。姿かたちは現実とは違ってもやはり表情は左程違いない。


「そうだな」


 頷く。


「ビールが飲みたい」


 二人声を揃えて。

 ゴトリ、と音が二人の耳に入ってくる。


「そういう客は多いんだ。コイツは奢りだぜ。まぁ、NPCから買ってきたヤツだけどな」


 店主は満足げな笑みを浮かべていた。

 イスカとキングタイガー三世は盛大に乾杯をして、それを飲み干す。

 二人が二杯目を飲みつつ串を新たに買う頃には屋台の前で宴会が始まっていた。

 行く人行く人が足を止めそれに加わっていく。



 人だかりが最高潮に達する頃、中央区の人通りの少ない路地をトボトボと歩く二つの人影があった。

 宴会が始まる原因となった二人だ。


「まさか、あんなに人が集まるとは思わなかったぜ」


 イスカは疲れた様に片手に持った串をかじる。


「まぁ、アンだけ美味そうに食ってれば気になるヤツが居ても仕方ない」


 楽しそうに食べていたイスカも見た目だけなら宝石のような美しさがあるのだから。


「言うなよ。美味いから仕方ないだろ」


 頬を膨らませキングタイガーの腰を叩く。


「はは、このゲーム、こういう楽しみもあったんだな。全然気が付かなかったよ」


 キングタイガー三世はしみじみと手の中にある一本の串を見つめる。


「まぁな、大抵は倒して素材にしたら後は気にしなかったもんな」


「こういう目的でクエストやってくのも良いよな」


 ここ数日、意識の片隅にわだかまっていたものが和らいでキングタイガー三世の声が柔らかくなる。


「余り美味いモノ食い過ぎると現実で苦労するぜきっと」


「違いない」


 並んだ二人は声を上げて笑う。

 箱庭の街、澄み切った黒、その天蓋にちりばめられた星々は瞬く。




 4


 広々とした巨大な施設の中、がりがりと電動工具が稼働する音が幾つも響く。円筒形の透明な筒が設置されていき、更にその中にリフトを使って幾つもの装置が収められていく。

 最後に天井から吊り下げられたのは試験管のような形の容器に、溶液と共に浸された皺だらけの灰色の有機体が収められていた。それが所狭しと並ぶ。

 人体解剖図を見ればそれが人の脳に酷似している事が分るだろう。

 だが、その脳の小脳の下あたり、延髄の部分は大脳と同じくらいの大きさの瘤がくっついていてそこから太い管が試験管の蓋に取り付けられた有機回路に接続されていた。


「博士、合成脳ユニットの搬入設置はほぼ完了しました」


「見ればわかる」


 つまらなさそうに言うのは、枯れ木のような細身の老人だ。手足は皺だらけで、背筋を伸ばして立つ姿勢からは想像もできない程の老い方だ。


「急な設置でしたので、発送前の試験稼働はできていませんが……」


「出来る施設が今の我が国にあるとでも思っとるのかね?」


 ジロリ、と老博士は報告に来た技術者を睨む。


「い、いえ。ですが試験稼働は行うのですよね」


「当たり前だ。だから艦内の技術者全員を集めた」


 報告に来た男はしどろになりながら、はぁ、と力なく返事をかろうじて返す。

 そんな報告に来た男を見て老博士は眉間を揉み解しため息を吐くのを隠そうともしない。

 何時もなら有能な助手、ブランシェムが細々とした差配を行ってくれるのだが、その助手も現在は仮想空間内で稼働プログラムの最終チェックを行っている。彼がこの場に居たなら既に合成脳に必要なプログラムをインストールし始めている所だろう。

 都合の良い展開を想像しつつも今後の予定を考えていると、視界の端に新たに技術者が博士の様子を伺っている事に気が付き、「何か用かね」言う。


「博士、いつでも動かせます」


 遅い、と苛立ち交じりに口に出しかけたが、老博士はそれを飲み込む。


「ああ、頼む。それと稼働後プログラム入力時のチェックは三重に行ってくれ。ここでヘマをしなければ後は量子サーバーのチェックシステムを流用できるから後は速い。とにかく確実に頼むぞ」


 二人の技術者は返事をすると、踵を返し指示を飛ばす為に声を張り上げる。

 ここからが正念場。

 きっとこの先は動きはじめればもう誰にも止める事はできないだろう。

 老博士は透明な容器に漂うグロテスクな皺だらけの塊を睨んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ