魔人(下)
二人の姿はまるで鬼神の如く、修羅の如く、放たれた拳は、化け物の肉体を破砕し、閃く刃は切飛ばし……。
「マジで出る幕ねぇな。ホントにガス欠なんだろうな」
男は、吹き上がってくる風に眼を細めながら地上で行われている激闘を見守る。
女の方も、異常な程オーラのコントロールが上手い。
「本当ですよ。あ、次の一撃、ミスしますね」
少年が言うと同時、ヒノエの拳は化け物の外殻に弾かれ、体勢を大きく崩す。
それでも咄嗟の機転で勢いのまま地を這うと巧みに化け物と化け物の隙間に体を滑り込ませ死角を取った。
「わはは、何だあれ、すげぇな」
「ジェスさん、気抜きすぎですよ」
全く……、とフューリーがため息を漏らしかけたとき、モニターに表された数字に目を奪われる。
「まさか、窮地に追い込まれる程に勘が冴えるタイプと報告にありましたけど……まさか」
「なんだ? どうした? まだ大丈夫だろ」
「いえ、まずいです。こんな事なら無理やり介入するべきだったかも。いいから、状況は無視していいですから、早く行ってください」
フューリーの周りに展開されたモニターが映し出していた情報、ヒノエのステータスから導き出された戦
闘可能時間の残数と彼が使用している念動系、感応系技能の種別と出力を示したグラフ。
今、目の前で黒髪の青年ヒノエは戦い敵を倒す事よりも敢えて敵を足止めし、有利な状況でアトリに倒させること。それが自身に出来る事だと短い時間で思考を切り替えていた。
そのせいか、彼は知覚に意識を集中し、能力の大半をそちらに割いていた。
「ミスった、彼がアレに気が付くのも時間の問題」
恐らく既に彼は僕たちに気付いている、フューリーは苦々しい思いで眼下で戦いに集中する青年を見下ろした。
ヒノエは、とにかく敵をけん制することにした。
今にも体の力が抜け落ちそうな限界の中で、攻撃にエネルギーを割くよりは索敵に力を入れ、足止めをした方が長く持つ。
だから、相手を倒せるような攻撃は出さない。
だから、相手を観察し、知覚する。
そしてアトリに無理のない数をパスする。
これが彼の導き出した答え。
時間をかければそれだけ、あの二人が救援に間に合い、そして生き残れる可能性が高くなる。
ゲーム中での死は怖くはない。
でも、妥協や諦めで倒されるのはまっぴらだ、そんな意地が彼の心裡にはこびりついていた。
無数の化け物の気配、彼らの発する憎悪、怒り、一体どこから湧き上がってくる感情なのか。
一皮むけば無機質なデータの塊のはずの彼らからはそんな感情が発散されている。
そんなヒノエの知覚に引っかかる異質な二つの存在。
一つはこの戦いを見守っていて動かない。
もう一つは救援なのか、敵意は感じられない、闘志を纏いビルの上から突っ込んでくる。
少しの安堵が彼の油断を招き、翻る化け物の前腕鈎によりヒノエの肩口が大きく切り裂かれる。
酷く鈍い激痛が意識を苛み、片膝が折れかける。
反射的に、本能の域でヒノエは感応波を使い相手の挙動を掴もうとした。
爆発の衝撃のように広がる波は周囲の全ての存在を捉え、何もなければ、化け物の腕の軌道がたがわず自身の心臓を貫くことを知った。
そう、何もなければ……。
同時に、その一撃は叶わない事も。
そして、巧妙に隠された、静かにこの都市を覆う意思と、それらが行っている操作を感じ取った。
空を切り裂く一撃。
巨大な剣は輝く火の粉をまき散らし、太刀筋に紅く輝く軌跡を残しながらヒノエの胸を穿つはずだった一撃を破壊した。
化け物の腕は炭化し、その半身は黒く硬質化していた。
残った半身も既にそれを構成する細胞は焼き切れ、生焼けの肉の匂いが広がる。
「大丈夫か」
助けに来たぜ、そう続けようとしたジェスティスは言葉を飲み込んだ。
青年はあたかもその助けによって命を繋ぐことを知っていたかのように悠然とたたずんでいた。
「ありがとうございます」
青年は言う。
が、その視線はまるで見当違いの方向を向いていた。
いや、ただ見当違いという訳ではない。
ジェスティスは視線の先に有るもの、中央区のその中心に建てられた巨大なビル、その最上階だと言う事が分った。
同時に、フューリーの危惧していた事を理解した。
「良くやった、少し休んでな」
ジェスティスは自嘲が出かかったが、言葉を飲み込んでかわりに労う。
彼の鍛えられた長身の体躯とその両肩に浮かぶ半透明の甲冑の腕のようなもの、それが携えている巨大な剣が美しい赤の流線を描いて化け物どもに向けられる。
「後ろの娘も良く持たせたな。そいつ連れて離れてな」
言うとジェスティスは短く息を吐き、その剣を天に掲げる。
両手に連動するそれは、腕の動きに合わせて担ぐように、流れる動作で構える。
掌の中には虚空のはずなのに、確かに剣を握ったのと同じ感触、そして適度な重さがある。
(あの爺、こんなものを開発してやがったのか)
ジェスティスの口の端が吊り上り、その身に纏うオーラが弾けるように膨れ上がり、剣身が一層輝いた。
暴風が生まれ、赤熱を纏い肺を、細胞を溶かす程に、空気が沸騰する。
裂帛の、ビルを震わす程に発せられたそれに合わせて蓄積されたエネルギーは解き放たれた。
視界を赤が過るのは一瞬。
陽炎が立ち上り、そしてその先には所々熱を持って鈍い赤を放つ黒の塊。
視界内には動くものは一つもない。
ただ、黒の塊が崩れ落ちていく音だけ。
「ふー、スッキリ、スッキリ」
半透明の剣を肩に担ぐようにして周囲を睥睨する。
「すっきりじゃないですよ。やり過ぎです。彼らを逃がすだけで良かったのに」
ジェスティスの耳に直接声が届く。
「あー、そうだったか、すまんな。それより……」
「ええ、多分ボスも予想外でしょうね」
ジェスティスは、ため息交じりのフューリーの言葉を受けて思わず苦い顔になる。
肩越しに振り返れば糸の切れた人形の様に足を投げ出している青年と、膝をつきその背を抱えるようにして支える娘の姿だ。
二人は呆然とジェスティスの起こした暴力の跡を眺めている。
「で、どうする?」
「さて、どうしましょうね」
ジェスティスは二人の元へ歩き、見下ろす。
まったく、とんでもない連中だ、心の中で賞賛を送る。
「ヒノエとアトリだな。お前ら二人、イベントが終わったらここに来い。いいな」
ジェスティスは白い無地のカードを取り出すと裏面に素早くメモを書きつける。
そしてアトリに手渡す。
本当はヒノエだけの方が都合がいいのだが、今は指先一つ動かせそうにないようなので諦めた。
「まぁ、それが妥当でしょうね」
フューリーは半ば諦めたように言う。
「ま、処置は何時でもできるしな」
嫌悪感をできるだけ表に出さないように小さく漏らしたジェスティスは「じゃーな」と二人に手を振る、そしてフューリーの待つビルの屋上目指して跳躍した。
「僕は、多分とんでもない見落としをしてましたよ」
ビルを駆け上がる最中のジェスティスの耳に気落ちしたフューリーの声が聞こえてくる。
「なんだ?」
「彼、ヒノエですが、マザーシステムの精神干渉を受けた形跡がないんです。恐らく、もっと前にシステムの事を知覚していた為だと思われますが……これはとんでもない事ですよ」
最後の一言、そこには驚きと共に同情が多分に含まれていた。
1
薄暗い廃墟の中、ヒノエは目を覚ます。
視界はぼやけて光の陰影がまだ像を結ばない。
ただ、半身は冷たい硬質の感触に、上半身は暖かく、柔らかな心地の良い何かに身を預けている事を感じていた。
「起きたみたいだね」
光が像を結ぶと、強張った表情を無理やりゆがめたようなアトリの顔があった。
「うん……」
ヒノエは起き上がろうとするが、四肢は思い通りにならない。
「大丈夫、ここは安全な高さだから」
その言葉を聞いてヒノエは深呼吸して眼を瞑った。
アトリは、自身を襲った窮地から呆気なく解放された後、気を失っていたヒノエを背負って蜘蛛の登って来ない安全な高さまで逃れてきた。
自身の体力や気力も限界で周囲を警戒し続ける事は出来ず、ただ、ヒノエを抱きかかえて一緒に居る事しかできなかった。
孤独と不安にさいなまれたアトリにとっては長い時間。
彼女は一人で考えていた。
ヒノエが目を覚ますまで。
「ねぇ、ひのっち」
「なに?」
「ここって、本当にゲームの中、だよね」
たった一時間。
ヒノエが実際に目を覚ますまでにかかった時間だ。
アトリにとってはまるで何時間にも感じられ、なかなか目を覚まさないヒノエは実は死んでいるのではないのかと心配になり、何度もその呼吸を確認したりもした。
アトリがヒノエを抱きかかえていたのは、生きている事を確認し続けたかったからに他ならない。
目の前の人物が生きている、その確かさから得られた安心感は彼女の心に小さな揺らぎを生み出していた。
何故自分はこんなにも安心しているのだろうか、という疑問。
ゲーム内だから、死んでもそれは本当の悲しむ死ではなく、死んだ体はデータとして一度分解されリスポン地点で元通り復活を果たす偽りの死。
ここでは当たり前の事。
しかし、あの時のアトリはヒノエの死を一瞬であっても想像してしまっていた。
言葉には表せない感情、不安、焦燥、悲しみ、沈みゆく心の中でそこがデータによって構築された世界であることを忘れていた。
『そう考えさせられる事』を忘れていた。
そう感じたのは、生きている事への安心感が強く心の中に沸き上がったから気が付いた。
そして思考の渦は、出口のない暗がりを一人歩きし始める。
なぜ、自分は『考えさせられる』なんて考えたのか、それを感じてしまったのか。
なぜ、自分はヒノエが死んだと思ってあれ程困惑してしまったのに、それ以前の時、何度もPTを組んだ時に同じような瀕死に陥った彼を見ても同じことを感じなかったのか。
なぜ、自分は戦う時に恐怖を感じなかったのだろうか。
なぜ、魔物から怒りと憎しみという感情を受け取っていたにもかかわらず、無機質に捉え、殺せたのか。
なぜ……。
終わりのない孤独の思考は抱きかかえたパートナーの目覚めによって途切れることになった。
「それってどういう……」
痺れる思考の中でヒノエは能面のような表情のアトリを見上げていた。
「ごめん、変なこと聞いた」
アトリは無理やり表情を崩す。
「変じゃないよ。僕は凄く恐ろしい。この世界、ゲームだってわかってる。けど、どれだけプレイヤーが悲惨な倒され方をしても、目の当たりにしても笑顔でまた敵を求める……。それと」
ああ、そうか、アトリは何となくヒノエに感じていた違和感に気が付いた。
「だから、クエストや狩のとき一度も笑顔を見せたことがないんだ」
それは意識せずに口から零れた言葉だった。
言葉は沈黙をもたらすが、その沈黙を破ったのもアトリの言葉。
「今ならわかるよ」
繕いではない、心の底からの同意だった。
「まだ、戦える?」
ヒノエは、見上げながら。
「気乗りはしないけど」
アトリはほんの少しの活力が戻ってくるのを感じて。
二人は笑みを浮かべた。
3
イベントクエストの結果は惨憺たるものだった。
強い者は生き残り更にポイントを稼いだが、弱い者は歯が立たずにすぐに死に、腕があっても引き時を見誤り、やはり死んだ。
最終的に戦い続け、イベントの終了を告げる演出を直接目にした者は全体の一割にも満たなかった。
遊撃隊と称された、二百人足らずも、結局は百人以下しかそれを見ることはなかった。
ヒノエとアトリは、表彰の檀上に既知二人が立つのを見て拍手を送ると、イベントのエンディングを見ずにその場を去った。
中央管理局のとある一室。
二人はイベント会場からさほど離れていない建物の中に居た。
窓の外では花火の演出が空を彩るが視線を向けることは無かった。
彼らが見ているのはテーブルの向かいに立った五人。
いつか一緒にPTを組んだ紅いドレスを着た少女。
イベント中、窮地を救ってくれた青年。
年若いが利発そうな少年。
壮年の、深い皺を刻んだ長身の男性。
理知的な、モノクルを左目にかけた、細身の青年。
彼らには共通点があった。
透明感のある白い肌に、銀髪。
そして、プレイヤー達とは明らかに違う異質なオーラ。
「さて、二人とも良く来てくれた。私はここの責任者のゴルトと言う」
中央の壮年の男、ゴルトは厳つい表情のまま微かに笑みを浮かべる。
「お久しぶりですわね、ヒノエさん、アトリさん」
男の隣に立つ少女、フィオリエは目を細めて二人をみた。
「ああ、貴方のお蔭であの時は助かりました」
ヒノエは会釈して答えた。
「あれは貴方の実力です。ま、ちょっと上手く行き過ぎた感じがしましたけれど」
少女は、ふふ、と小さく笑う。
ゴルトはそれを苦々しい顔で見つつ咳払いをする。
「早速だが、本題に入らせてもらうがいいかな」
「そうでしたわね」
気分を害されたのかフィオリエの言葉は硬い。
ゴルトは眉間に皺を寄せたが、それも一瞬で、すぐに表情を緩めるとヒノエとアトリの二人に顔を向ける。
「まずは、君はこのゲームについてどう感じている? 正直な感想でいい」
いきなりな質問だった。
だけど、ヒノエにはその質問の意図が何となく、だが分っていた。
現実時間で二日ほど前の事。
ゲームをログアウトし、そのまま眠りにつく。
そして次の日の朝目覚める。
時計のアラームに起こされて、少しまどろんでからアラームを止める。
それから、制服に着替えてから一階に降りて、朝食を作ってくれている母に挨拶をする。
父は通勤時間の都合上、朝食を食べ終わっていて背広に袖を通すところだった。
父にも挨拶をすると、そのまま席に座り点けっぱなしのテレビを眺める。
当たり前の日常。
何処にでもある一般的な家庭の一幕。
テレビでは朝のニュースが流れている。
いつも通りヒノエは、いや、ヒノエこと南条和馬は垂れ流される映像を見ていた。
番組内では最新のがん治療についてのレポートを行っていた。
現在主流の治療薬や手術、そして開発中の新薬への期待。
最後にナノマシンの研究についてT工業大学の最新の研究について触れられていた。
極小単位のナノマシンは光の照射によって誘導され……、と専門的な事をかみ砕いた説明が読み上げられ、『数年後には臨床試験が開始される予定で、新たなガン治療への……』
あれ、箱庭はたしか……。
和馬の思考が微かな、だが、重要な疑問を思い起こさせる。
専用のナノマシンを使用したVRゲームと説明書にはあった。
人の五感をそのままに仮想空間へと行けるのだからナノマシンの技術はかなり発達していなければおかしいのだが、テレビの情報によればまだ研究段階。
「母さん、ナノマシンってどれくらい流通してるんだっけ?」
聞かなくても、和馬は答えを知っていた。
いや、思い出していた。
「ナノマシン? それって今テレビでやってのでしょう。研究段階って言っていたでしょ」
意識して考えてみればわかる事。
彼の知識の中にも、学校の授業にも、仮に存在していたら世紀の大発明になっていはずのそれは、一欠片も存在を裏付ける情報は存在しなかった。
そもそも、VRゲームは存在しない。
少し前、VRゲームを主題とするアニメが放送されて、アニメ好きの友人がそんなのあったらいいのに、と語っていた事を思い出した。
むしろ、今まで何故かそれを意識すらしなかったし、あの時は全く疑問に思わずに聞き流していた。
(そういえば、ゲーム、この間借りたのはなんだっけ……)
まるで脈絡のない連想。
和馬は突然、不意に思考が鈍り始め、考えがあらぬ方向に発展しかけたのを自覚して、通学鞄からノートを取り出してメモに書きつけながら思考を働かせた。
『商用ナノマシンが存在しない? 箱庭はナノマシン技術を応用したVRゲーム。ならば存在しているはず。そうすると他のVRゲームのタイトルは? いや、そもそも本当に存在しているのか? 違う、もっと根本的な問題がある。どうして僕は今まで疑問に思わなかった?』
よくよく考えてみると不思議なことばかりだ。
現実において、攻略サイトを探そうとしたことがあっただろうか。
クラスの友人達が話をしていた最新のゲーム機は何だったか。
枚挙にいとまがない。
そもそも僕自身、誰かと『箱庭』についての情報を共有しようとしたことがあっただろうか。
当たり前のように、日常生活の中では忘れていたのではないだろうか。
テレビの話をしても、ゲームの話をしても、僕はあの世界の事を誰にも語らなかった。
誘わなかった。
ごくり、と自分の唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
そういえば、僕は何処であのゲームを手に入れたんだったか。
思い出せない。
じんわりと手のひらに汗がにじむのを感じた。
南条和馬はそれに気がついても箱庭を辞めることはできなかった。
学校が終わり、家に帰ると無意識のうちに箱庭を起動している。
専用のリングを使い体内のナノマシンを活性化させ、あの無人の、もの寂しい街へと降り立つのだ、まるで無意識に、まるで熱に浮かされたように。
「率直な感想でいい」
ゴルトの厚みのある声にヒノエは意識を現実に引き戻された。
考えていた事を見透かされているようにヒノエは感じ、緊張と不安が膨れ上がる。
だが隠しても仕方のない事だ、と悟り、あるいは開き直った。
「ゲームとしては面白いとは思えない。というかそもそもゲームとしての要素が薄い気がします」
通貨の使い道だったり、スキルやレベルといったプレイヤーのモチベーションを上げるための目に見える強さの提示。
それらの要素がまるで欠落している。
「となりの彼女はどうだ?」
ゴルトの視線はアトリに移る。
「私は、以前は楽しかった。友達も出来たしアクションゲームだと思ってる時は楽しかったけど、今はちょっと……」
言葉を濁す。
ゴルトはそれを聞いてか、ふん、と鼻を鳴らす。
が、決して不快感を示しているようには二人は感じなかった。
むしろどこか楽しんでいるようでもある。
「ジェスティス。お前の判断は良かったようだな。二人ともアタリだ」
ゴルトの言葉にジェスティス、二人を助けた青年は、やれやれ、と肩を竦めた。
4
「なんか、あの二人と連絡取れないんだけど。せっかくのアプデ初日だってのに」
イスカは詰まらなさそうに空を見上げながら呟く。
「二人とも忙しいんじゃないのか? ほら、ヒノエは学生だし、アトリさんだっけ、あの人働いてるんだろ
? ゲームよりリアル優先、良い事じゃないか」
「はぁ? 何言ってんの、アトリはまだ……」
言いさしてイスカは、しまった、と顔を歪める。
対するキングタイガー三世は不思議そうにイスカを見つめている。
「まだ、何だって? 確か社会人だったろ。今年で三十くらいだっけ?」
その割には言動は軽い。時々だが、彼はアトリの言動に対して違和感を覚えていた。
「まぁ、お前ならいいか。アトリはまだ高校生だよ。女子高生」
「は? だって、あいつ自分の事オッサンだって」
「あれは嘘だよ。なんツーか、直結厨ってヤツ? そんなのに絡まれたことあって、リアルではそういう事にしてるんだ。この事、ヒノエには言うなよ。アトリは自分から言って謝りたいんだと」
「そういう事。あー、若いっていいもんだな」
キングタイガー三世は空を見上げて言う。
空を覆うような摩天楼に切り取られ鮮やかさの増した蒼が何処までも深く続いている。
「お前、十分若いだろ。それよりさっさとアプデの追加内容確認しに行くぞ」
イスカはキングタイガー三世の腰を叩いた。
二人が歩き始めたのに合わせてか、ビル風が吹き付ける。
普段以上に冷たくて乾燥したそれは箱庭の都市に冬の到来を告げていた。
ルビの振り方わすれた……