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プラスA  作者: むしきんぐ
箱庭ーpsycraft
10/10

足音(改稿)

以前投降した足音の改稿版です。少し長いですが、半分くらいは同じ内容ですので時間があるときにでもどうぞ。

 箱庭の都市は幾つかの島が連なってできている。

 左程大きい島では無いが、巨大な河川の中に浮かぶ故に森からの浸食を免れているのだ。

 樹海を遠目に見つつキングタイガー三世は中央区の端にある商業ビルの上から西に広がる廃墟群を見渡した。

 ほんの少し前までは、住人NPCが居ないとはいえ、整然とした街並みがあり、西区を拠点としたプレイヤーが活動していたのにもかかわらず、現在は時折黒煙が上がり、建物と建物の間には白く不気味な生物が蠢くのが見える。


「呼び出しちまって悪いな」


 キングタイガー三世の後ろから声をかけるのは細身の壮年の男、ハイダテだ。


「いや、別にいいよ」


 少し前に討伐系のクエストの方が付いたところだった。


「嫁は一緒じゃないのか?」


 ハイダテは見回して言った。


「嫁はよしてくれ。アイツは今拠点に戻ってる」


 イスカはクエストが終わる度に拠点に戻る。なぜ戻るのか、というと毎回服装を変えるからだ。

「そうかい」とハイダテは笑いを堪えつつ言い、キングタイガー三世に並んで西区の荒れ果てた街並みを眺める。


「あれから随分経つが、まだ声がかからないところを見ると問題でもあるのか?」


 キングタイガー三世は吹き付けるビル風に掻き消されないように声を大きくして尋ねる。

 ハイダテは頷いて忌々しそうに廃墟を睨みつける。


「事前調査に幾つかPTを送り込んでいるがどれも良い情報を持ち帰れていない。理由は大きく分けて二つ。一つは他の地区に巣食ってた蜘蛛共が、頭を失って西区に吸収されたせいで数が多い事。もう一つが一番の問題なんだが……」


 ふぅ、と大きく息を漏らす。


「何なんだ?」


「PKだ。……調査PTを送り込んでも重要拠点に近付くとそいつらが邪魔をする」


「まってくれ、そいつ等って事は複数いるのか?」


 キングタイガー三世は耳を疑った。それにPKを積極的に行っているプレイヤーは今の所それほど多くない。

 大抵の場合、現実に近い世界構成から殺人とそれに類する行為に忌避感があり、それが歯止めとなっているのだ。


「少なくとも二人は確認している。幸い今の所そいつ等の手に掛かって死んだ仲間が居ないのが幸いでな。腕はそこまでないんじゃないかと推測している」


「……そうか」


 キングタイガー三世は話を聞いて薄々ここに呼ばれた理由が分った気がした。


「呼び出したのは他でもない、調査PTに加わって欲しい」


「そっちか」


 予想とは違ったのかキングタイガー三世は苦笑を浮かべる。


「何だ、別の頼み事だとでも思ったのか?」


「てっきりPKを狩り出してくれと言われるかと思っていた」


「最初はそれも考えたがな、横の連携だと古参のレイドメンバーの方がやりやすい。悪いんだが、調査PTの御守を頼んでもいいか?」


 ハイダテは申し訳なさそうに言った。





 西区と隣接する中央区の外れ、キングタイガー三世とイスカの二人にとっては見慣れた光景が広がっていた。

 いや、嘗て見慣れていた光景と言い換えるべきか。

 整然とした街並みは既に破壊されていて、攻防戦イベントの名残は未だに修復されないままでいる。

 他の解放された地区も未だ修復されていない。噂では全地区解放によって街の再生と住人NPCの実装が同時に行われるのではないかと言われている。


「良く開発局とか図書館行くのにこの道使ったよな」


 感慨深げにイスカは呟く。


「そうだな。……そういえば以前図書館から持ち出した本、あれは読み終わったのか?」


 ふと思い出したのか尋ねる。


「本?」


「分厚いの持ち出して、確かフィオリエだったか? こっちにくっついて来て見逃す代わりにPTに入れろって」


「そ、それくらい覚えてるよ」


 イスカは少し動揺した声で答える。


「それで使えそうな内容だったのか?」


「使えないんじゃないかな……」


 イスカは歯切れ悪く答えると視線を逸らしバリケードの向こう側を見やる。

 現在二人が立っている場所は、一応区分上は中央区となっているが、西区と隣接している為に時折迷い込んできた魔獣と出くわすこともある。Sシステム実装前では危険な地域として知られていたが、現在では余程の事が無い限り餌食になるプレイヤーは居ない。

 この日、二人は先だってハイダテに頼まれた調査PTに参加するため集合場所と教えられていたこの場所に来ている。

 空を見上げればとても良い天気で、雲が縮れに流れており、これから血なまぐさい事が起きるなど思えない程には爽快な日だった。

 とはいえ血なまぐさい事が起るかどうかは件のPKの気分次第だし、魔獣の機嫌によっては戦闘自体が起らない可能性もあった。

 後者の方は、縄張り意識の高い個体故に万一の可能性も無かったが……。


「にしても早く来過ぎたんじゃないのか? 誰も居ないじゃねーか」


 イスカは見回して眉間に皺を寄せた。

 いくら天気が良いとはいえ、この辺りには人っ子一人居ないどころか魔獣一匹見当たらない。


「時間にはまだあるし、こんなもんだろ」


 キングタイガー三世は予定よりも三時間程早い時間をイスカに伝えておいたのだ。


「おま、騙したのかよ」


「実際、二時間近く遅れて来ただろ。それに俺も付き合ってるんだ、それでいいだろ」


 肩を竦める。


「何だよもー、早く来て損した気分だ。大体お前、中学の時も高校の時も嘘の集合時間教えやがって騙される方の身にもなれよ」


 イスカは吐き捨てるように言うと、小さな手を伸ばしキングタイガー三世の襟首をつかみ力任せに引寄せ睨みつける。

 キングタイガー三世にとってこのやり取りもなれたものだったが、現実と違い、今のイスカの姿は紛れもない美少女だ。


「そうしないと何時も遅れて来るだろ。それと、顔が近い」


 柄にもなく語尾が上ずってしまうのも仕方のない事かもしれない。


「んだと、大体お前がそうやって早い時間ばっか教えるから適当に当りを付けて遅れてきてるんだぞ。それを……」


「修学旅行の時、寝過ごしたのを起こして連れてったのは誰だ? 部活の試合の日、スタメンで入ってるのに集合場所に来ないからって迎えに行ったのは誰だったか」


 思い起こせば学校の行事ですらまともに来れた事も数える程だ。

 大抵そんな日は妙なトラブルばかりが起きる。


「そ、それはだなぁ……」


 言い淀んで視線を逸らす。

キングタイガー三世が「まったく」と呟いて襟を掴む手を払おうと手を挙げた時、後方からシャッター音が響く。

 気になり互いに顔をそちらへと向けるとカメラを携えた女性が一人、楽しげにこちらを見ていた。


「どもども、イスカさんにキンタさんですね。お話通り仲がよろしいようで」


「仲がいい? 今のがそう見えたんならお前ちょっと頭おかしいぞ」


 虫の居所の悪いイスカは目元をきつくして睨みつける。


「喧嘩出来るって事は仲がいい証拠ですよ」


「ふん、どこかのババアみたいなこと言いやがって」


 イスカは不愉快そうに言う。


「で、こんな所に現れたって事は偵察PTのメンバーで良いんだな?」


 時間を確認しつつ。集合予定時間までにはあと三十分近く余裕がある。


「ゆずと言います。宜しくね」


 と女、ゆずは笑みを浮かべる。


「こちらこそ、俺はキングタイガー三世で、こっちがイスカだ」


 とイスカの頭に手を置き「やめろ」とイスカは鬱陶しそうに払いのける。

 そんな反応が面白くてキングタイガー三世はやっているのだからたちが悪い。


「あらあら、眼福ですね」


 うふふ、と楽しそうにゆずは言う。


「楽しそうで何よりだ。それよりさっき何撮ってたんだ」


 キングタイガー三世は気になってゆずが首から下げているカメラを指さす。薄型のデジカメで、現実世界に存在するものよりも遥かに高性能だと聞いた事がある。

 確か管理局が発行する放棄資材回収クエストの報酬で入手可能だったか。


「これですか? 二人のベストショットです。我ながら良い出来だったので後でプリントして差し上げますね」


「差し上げなくてもいい。それよりも他のメンバーまだなのかよ」


 イスカはにべもなく言うと、誰かいないかと辺りを見回す。


「私だけですね。本来は五人PTなのですけど、護衛対象が少ない方が情報を持ちかえれる可能性が高いと考えたみたいですよ」


「なるほど、それならこれ以上待つ必要もないか」


「そうですね。頼りにしてます」


 ゆずはキングタイガー三世に笑みを送った。





 向かう先は元西区の管理局分局。

 元拠点であり、地区解放の鍵となっているせいかそこに近付くにつれ敵の数も質も違ってくる。地区の外れに疎らに出てくる子蜘蛛とは異なり集団戦もそつがない。

 本来なら三人という少数で向かうような場所ではないのだが、そこは信用されているのだろう、とキングタイガー三世は納得する。

 管理局分局の周辺には等間隔に蜘蛛の巣の塊のようなものがあり、その周辺には少しばかり大型の蜘蛛がまるで衛兵の様に見張っている。

 廃屋となったビルの上、フェンスに身を隠しつつ三人は眼下にある幾重も重なった蜘蛛の巣を見る。


「以前の調査隊の報告通りですね」


 ゆずは地図に印を付けながら頷く。


「これは?」


 以前の討伐でも何度か見かけたが、その時はキングタイガー三世もイスカも別のPTに加わっていた為に何があるのかを知らない。


「ここのボスの傘下に入った大型指揮個体の巣です。ちょっと数見てきますね」


 ゆずが右手を前方に掲げると腕の上に揺らめくようにして大型の猛禽が姿を現す。

 これが彼女の組んだ能力。使い魔型の本来の能力。使い魔型は生み出した異能像と感覚をリンクさせることが出来、遠くの目標を調べたりできる。それとは別に異能を持っているのだが、調査においては無類の強さを発揮する。


「へぇ、純性の使い魔型なんて久々に見たよ」


 イスカは感心した様にゆずの腕に留まる猛禽を見る。ハヤブサをベースにしているのだろうか。時折、鳥らしい仕草で羽を手入れしている。


「ですよね。珍しいって言われます。それじゃ、一式ちゃん行って」


 と右手を大きく掲げると一式と名付けられた使い魔は一鳴きして飛び立った。


「一式って、二匹も三匹も居んのか?」


 イスカは首をかしげる。


「その一式じゃぁないんですけど。それより、使い魔が定位置に着いたら感覚をリンクさせます。その間の護衛、宜しくお願いしますね」


 ゆずは足元にタオルを敷いて膝をつく。


「それと、リンクしてる間、私に変な事しないで下さいね」


 悪戯っぽくキングタイガー三世に流し目を送る。


「期待しててくれ」


 キングタイガー三世はニヤリと笑みを返した。

 ゆずはふふ、と口元を緩め首をうなだれた。どうやら使い魔とリンクしたらしい。


「ふん、このスケベ」


 イスカは横目にキングタイガー三世を睨んだ。


「何もしやしないさ」


 肩を竦める仕草が妙に面白くなかったが、その理由にはたどり着かなかった。


「何もできない、の間違いだろ」


 が、嫌味を言った途端、何となくだが昔の事を思い出して一人腑に落ちていた。


「したらしたで問題だろうが」


「まぁな、そん時は俺がきっちり始末付けてやるから安心してくれよ」


「お前に出来るかな」


 キングタイガー三世は口端を吊り上げ掌を下に向け力を集める。


「まだまだお前には負けないぜ?」


 イスカは好戦的な笑みを浮かべる。

 暫く見つめあった後、張り合っても仕方のない事だと悟ったのか、ふ、と息を吐きだし、イスカもキングタイガー三世も気を緩めて空を見上げる。

 空高く、青空が広がっていて、その中に黒い点がゆらりと飛んでていた。

 鳥だろうか、遠く木霊する鳴き声から鳶だと推測できる。


「ここにも鳥は居るんだな」


 何気なく呟いたイスカの言葉にキングタイガー三世は首をかしげる。


「いや、都市部には来ないはずだが……」


 言いさして纏ったオーラを高める。野鳥の類もこの世界に存在するが、基本的に森から都市部にやってくることはない。


「使い魔か」


 イスカもオーラを戦闘可能な領域まで高めると周囲を警戒し始める。


「味方のだと嬉しいんだが、そう言う話は聞いてないな」


 鳶は三人の居る場所の上空を旋回し離れる気配はない。


「どうする?」


「一応警戒しておこう。その後の行動はゆずが戻ってきてから相談して決める」


 PKの妨害があるとして、周囲には嫌な気配は感じられない。

 仮にあったとしてもハイダテからの情報が確かなら逃げる分には問題ないはずだった。

 鳶が万が一にもゆずの一式に襲いかかるようならこちらも対応するくらいで良いだろうという考えからだった。



 辺りは静かで、時折聞こえて来る鳶の鳴き声以外は特に物音はない。下で縄張りをうろつく魔獣も今はのんびりしていてこちらに気が付いた様子もない。

 そんな光景を眺めつつ警戒していると、魔獣の巣の方から一羽の隼が舞い戻る。

 一式だ。

 一式はゆずの肩に留まると揺らめくようにして立ち消える。それからゆずはゆっくりとした動作で立ちあがる。


「ただいまー」


 のんきな様子でキングタイガー三世を見上げる。


「おかえり。戻って直ぐで悪いんだが、アレを見てくれ」


 キングタイガー三世は空を見上げる。

 それにつられてゆずも顔を上げると目を細めた。


「使い魔ですか。鳥形使う人は多いですけど、見た事ないですね」


 首をかしげる。


「なら、敵って事だろうな。調査だが、どうすんだ?」


 イスカは周囲を警戒しつつ肩越しに振り返り二人を見る。


「続行、という形でいいんじゃないでしょうか。危険とはいえ逃走ルートも事前に練ってますし持ち帰れる情報は多い事に越したことはないです」


「今の所妙な気配もないし反対する理由もないな。もし妙な気配がしたら直ぐに撤退か」


 キングタイガー三世は頷くとポケットから地図を取り出し広げた。



 三人は縦列を組んでビルの上を飛び越えて進む。

 向かう先は二キロ先の川沿いの巣だ。奪還目標からは多少離れているが、蜘蛛共の足を考えると十分もかからずに増援に来られる距離にある。


「普通に考えて一PTで回る量じゃ無ねーよ。日が暮れちまう」


 殿を務めるイスカは指折り向かう先の巣を数えつつ愚痴をこぼす。


「本来なら三PT合同を予定してましたからね。それにしても妙ですね」


 ゆずは何か腑に落ちないのか唸る。


「何が妙なんだ?」


「これまではどの調査PTも最初の調査ポイントで妨害を受けてましたから……。以前なら私が使い魔を飛ばした時点で襲われてもおかしくは無かったんです」


「おい、そういう重要な事は最初に言えよ」


「言ってませんでしたか?」


 ゆずは悪びれもなく言う。


「言ってないね。おい、キンタ、どうなってんだよ」


 イスカの罵声が先頭を走るキングタイガー三世に飛ぶ。


「どうもこうも、護衛しか言われてないからな」


 と気にした様子もない。


「お前なぁ!」


 ビルの端から跳躍し叫んだ瞬間だった。

 何かに気が付いてイスカが素早く刀を出現させたのと乾いた発砲音が聞こえたのは同時だった。

 金属の弾ける音と共にイスカがバランスを崩しビルとビルの間に落下する。


「油断したか」


 キングタイガー三世は同様に刀を出現させるとゆずを背に庇いつつビルの屋上にある非常階段口へと走る。


「狙撃!? 今までそんな情報は……」


 ゆずは焦ったように何処かへメールを飛ばす。


「後にしてくれ」


 キングタイガー三世は屋内へと続く扉を蹴破ると中へゆずを押し込む。

 二射目の発砲音が聞こえ、それをキングタイガー三世は弾く。弾道は正確に彼の急所を狙っていた。


「狙撃手の位置も分からないのに良くあんな芸当できますね」


 ゆずは感心した様に、頭を庇い背を低くした状態でキングタイガー三世に賛辞を贈る。


「気配を読めばある程度はな……上手い奴だと気配自体読めないが」


 そこまで言ってから渋い顔になり舌打ちを漏らす。


「どうしたんですか?」


 今まで潜んでいるのを悟らせなかった相手だ。発射タイミングでご丁寧に気配を悟らせるだろうか。しかも発射後は位置が分からないように完璧に気配を消して短時間で位置を変えているはずだ。

 このレベルの相手を敵にして本当にこれまでのPTは一人のデスもなしに逃げ帰れたのだろうか。


「誘い込まれたかもな」


 渋面を濃くするのだった。





 狙撃の気配に気が付いたのは本当に直前だった。

 刺すような肌の感覚と一瞬で高まった殺気。悟った瞬間自然と体は動いていた。

 だが、弾丸のエネルギーは凄まじく空中にあった体は簡単に弾き飛ばされてしまった。

強いビル風によって煽られ落下する体勢を整えるのに普段以上に精神を使いつつ、何とかビル壁へと取り付く。

 イスカは忌々しげに狙撃手が居たらしいポイントを睨みつける。

 数秒後、異なるポイントから二度目の発砲音が響き渡る。


「忌々しい」


 取り敢えず屋上へと向かおうと気配を探る。どうやらキングタイガー三世は建物の中に逃げ込んだらしい。

 どうするか迷っていると違うポイントから三度目の狙撃を受け刀で切り飛ばす。


「くそ」


 悪態を漏らし足場にしているビル壁を切崩しビル内へと侵入する。

 薄暗い建物の中、辺りを探りつつ上へと向かう階段を探す。

 何が目的だと言うのか、狙撃の主はどう考えてもこちらに悟らせないだけの技量があった。それに気が付いたイスカは苛立ち交じりに近くの壁に拳を打ち付けた。

 イスカが入り込んだ階は元々オフィスか何かだったのだろう。左程荒れた様子はなく、ワークデスクと椅子が壁際に積み重なっていた。

 そんな中、佇む人影が一つ。

 シルエットから女性アバターだと知ることができるくらいにはスタイルが良かった。そんな女性の手には一振りの長物が握られていた。


「通りすがり、って訳でもなさそうだな」


 イスカは獰猛な笑みを浮かべると己の異能像、黒鞘の長刀を出現させる。

 目の前の女性は無言のまま無手の片手を掲げイスカに向けた。

 瞬間、雷撃が走る。

 雷撃の光によって女性の姿が顕になるも、その顔は仮面に覆われていて判然としない。


「小手調べのつもりかよ。随分と余裕じゃねーか」


 イスカはステップを踏んで躱すと、歯をむき出して怒りを顕にすると刀を鞘から抜き放つ。鞘は露と消え、薄明かりが反射して刀身は妖しく煌く。

 それでも相対した女性は無言。


「まあいい、お前ら今日で年貢の納め時だ。精々気張ってもらおうか」


 正眼に構えると一気に間合いを詰める。

 受けるは刀身が淡く輝く小烏太刀。

特徴的なその刀身にイスカは見覚えがあった。


「てめぇ、こんな所で何してやがる」


 先ほどの怒りとはまた別の、激しい感情が吹き上がる。

 相対した女性は応えない。ただ無言で重ねた刃を押し戻す。




 同時刻、階段を降り、イスカとの合流を目指していたキングタイガー三世は良く知った気配を感じて動きを止める。後ろをついて来たゆずがそれでも止まりそうになかったために手で制する事になったが。


「久々の再会にしては随分と過激じゃないか?」


 階段を降りた先に佇む人影、やはり黒の面を付けている、に対して声をかける。

 自然体のまま、敵意もない様子の人物は面に手をかけるとそれを外す。


「分ってしまいますか。お久しぶりです。キンタさん」


 そこに居たのはヒノエだった。以前とは異なり黒の戦闘服のようなものを着こんでいて、かろうじて気配が読み取れるくらいの希薄さだ。


「まさか読まれるなんて思ってもいませんでした」


 ヒノエは困った様子で言う。


「ま、アイツは気配を細かく読むなんて面倒なことはやろうとしないから、お前が居ないと自然と俺がやる事が多くてな。前よりもそっちの腕は上がってるぞ」


「イスカさんらしいですね」


 と苦笑を浮かべる。


「あの、お知り合いですか?」


 状況について行けていないのかゆずは慎重にキングタイガー三世に尋ねる。

 キングタイガー三世は頷くだけで答え、視線はヒノエから離さない。


「アルバレストの鷹の眼ことゆずさんですか、初めまして」


 ヒノエは会釈をする。

アルバレストは確かハイダテの作ったクランだったか、とキングタイガー三世は記憶からその名を引っ張り出す。


「あ、はい。どうも」


 ゆずは戸惑ったままだったが、ヒノエの丁寧な物腰に影響されてか頭を下げる。


「それで」とヒノエは居住いを正すとキングタイガー三世の眼を見据え「キンタさんここで引き返してもらえませんか?」


 そういったのだ。

 キングタイガー三世は無言のまま目を瞑った。


「それ、出来ないって言ったらどうなる?」


 ゆっくりと目を開きつつ。


「その場合は、仕方ありません」


 腰に下げた刀型装具を留め金から外し切先を下にゆったりと構える。


「まぁ、そうだろうな」


 はぁ、とため息を漏らした。

 ヒノエの構える刀の刃は淡く輝きその強さを増していく。

 本気、とみて良いのか。

 キングタイガー三世は面には出さないが内心では戸惑っていた。だが、何にせよ目の前の状況は無視できない。


「では、行きます」


 ヒノエは律儀に告げると刀を掲げ……、途中、発砲音が三度響く。キングタイガー三世の身体を死角にゆずが狙いを付けていたのだ。

ヒノエはそれを流れる動作で切り落として見せる。


「何で、死角からの銃撃を!?」


 ゆずは悔しげに言い三歩後退する。


「あいつに不意打ちはきかないぞ。というか最初からアイツがPKだって気付いてたな」


 キングタイガー三世は振り向かずに尋ねる。

 振り向けば只では済まないだろう。


「背格好は聞いてましたから。でも素顔と名前までは……」


 ゆずは言いつつも大した素振りもなく素早い動作で銃を掲げポイントすると二度引き金を引く。が、今度はそこにヒノエの姿は無かった。

 ただ、何かが床に落ちるような音がして苦悶の声が漏れ聞こえる。

 キングタイガー三世が素早く振り返れば、蹲るゆずと佇むヒノエ。

 一瞬の間にヒノエはゆずの傍まで移動して、銃を構えた腕を切落として見せたのだ。

 ゆずは痛みに右腕を押さえ膝を突いている。


「本当に容赦ないんだな」


 キングタイガー三世は渋面を浮かべヒノエを睨む。


「PCポット未使用者だったのは誤算でした。でも、キンタさんを相手にするには彼女が居ては荷が勝ちますから」


 油断なく構える。

 今の一撃、果たして避けられただろうか、キングタイガー三世は思案する。ヒノエはああいったが、キングタイガー三世はヒノエが移動した瞬間を見逃していた。気が付けばヒノエは目の前から姿を消し、そしてゆずの構えた銃を腕ごと切り落として見せた。

 決して油断などではない。


「随分と殺伐としたヤツになっちまって……」


 だが、それでも殺意はなかった。

 ヒノエの纏うオーラからは何処か使命感のような、覚悟のようなものが滲んでいた。

 それ故にやりにくい。

 理由が知りたい、キングタイガー三世はそう思いつつも歯噛みして右手に異能像、拵えの無い刀身を顕現させる。

 同時、ヒノエはいつの間にか間合いを詰めており、煌く刃を閃かせる。

 キングタイガー三世は隙のない、最短の動作でそれを受け弾くと間合いを空ける。

どういう絡繰りか、ヒノエは攻撃の際に気配を読ませない。

 ゆずはそれにやられたのだ。

 同時に先ほどの絡繰りの一端が読めた。ヒノエの狙いは最初からゆずだった。だから己が狙われていない状況では予知が働かなかったのだ。

 ヒノエはあくまで無言を通し隙を見せない。

 ヒノエは変わらず刃先を下に向けたまま無形のまま、キングタイガー三世は八相に構え、二人は間合いを保ったままゆったりと歩を進める。

 だが、二人の肉体を包むオーラは必殺の一撃を放つために激しく脈動する。手を読ませない為、オーラは流動し、何処に力を裂いているのか互いに悟らせない。

 じっとりとした汗が掌に滲み出る。


 二人の間合いが交錯する寸前、巨大な爆発音とともにビルが揺れる。

 ヒノエは目を細め間合いを外すと剣を腰の留め金にひっかける。


「状況が変わったみたいです。続きはまたいずれ」


 ヒノエが指先で何かを弾くと、激しい閃光が放たれる。キングタイガー三世は目を庇いつつも気配を探るが、既にヒノエは探知範囲から離れてしまったらしい、既にもぬけの空となっていた。

 キングタイガー三世は先ほどまでヒノエの立っていた場所を見つめる。

 ショック、という程の事は無い。

 向こうは最初から本気ではなかったし、お互い対峙した時も殺意、害意と言った感情は無く純粋な闘志だけがそこにあった。

 最後に会った日から人となりは変わっているようには思えなかった。

 だからこそ腑に落ちない。


「あのー。キンタさん? 私、怪我人なんですけど介抱とかしてもらえませんか?」


 腕を押さえた状態で蹲ったゆずが見上げている。声が震えていて、痛みを我慢しているのがにじみ出ていた。キングタイガー三世は後で知る事になるのだが、使い魔型を使うプレイヤーはシンクロ時の情報量を増やすために痛覚置換アイテムの使用を極力避けるのだとか。


「すまないな」


 キングタイガー三世は一言詫びると腰のポーチから止血スプレーを取り出してゆずの傷口に吹き付けていく。切り落とされた方の腕も傷口に止血スプレーを吹き付けてから回収しておく。施療院に持って行けば多少は治療の時間の短縮になる。妙に重たく、体温の名残が生々しいが、気にしては居られない。

 外では未だに爆発音が続いている。


「ったく何が起ってんだ?」


 フロアの奥、非常階段から姿を現したのは、所々に傷を作っているイスカだった。

 イスカは壊れた窓の外に視線を向け、湧き上がる黒煙を眺めつつキングタイガー三世たちの方へと歩く。


「さぁな。だが、ゆずは何か知ってるんじゃないのか?」


 キングタイガー三世は失った腕の部分を庇うようにして立つ女性を見る。

 ゆずは気まり悪く視線を逸らす。


「まぁいいさ、それよりも随分やられたな」


 キングタイガー三世は改めてイスカへと視線を戻す。

 肩口に浅いながらも傷を受けているのをみて顔をしかめる。


「思いの外手ごわくてな。……誰が出てきたと思う?」


「誰が?」とキングタイガー三世は呟いてから、思い至る。「アトリか」


「って事はコッチには」


「ヒノエだ」


「ったくアイツら暫く顔見せねーと思ったら何してやがるんだ」


 不愉快そうに言った。


「さて、な」


 キングタイガー三世は肩を竦める。

 あの二人、少なくともヒノエと対峙した事で、キングタイガー三世はヒノエの目的がPKではなく別に存在するのではないか、と推測していた。

 少なくとも、以前の討伐クエストでの参加プレイヤーの質、主催クランに所属している事を加味してもヒノエなら左程の苦労もせずに倒せていただろう。この度対峙してみて強くそう感じていた。

 追い返す事が目的だったとすればこれまで死亡プレイヤーが居ない事に納得できる。だが、それをする目的が分からない。

 キングタイガー三世は眉間に皺を寄せる。


「それより、調査は続行なのか?」


 イスカはゆずを見る。

 ゆずはどこかに連絡を取っていたらしい、端末から顔を上げると


「ええ、このまま別チームと合流ですね。合流後は調査を続行します」


 二人を見た。




 4


 三人は建物を出ると、指示のあった攻略拠点付近の一角を目指す。

 場所は西区にある電波塔で、塔の頂には展望台があり区を一望できる。そのため、イベント前であれば都市の風景を眺めるために訪れるプレイヤーがそれなりにいた。

 そんな塔を目指すために三人はビルの上を移動していた。


「つまるところ、俺達は連中をおびき出す餌だったって事か。あの使い魔の事も本当は知ってたんだな」


 キングタイガー三世はやれやれ、とため息を漏らす。

 上空でこちらを伺っていた鳶は彼女の仲間のものだった。使い魔で俺達が襲われるのを見張っていたのだ。


「それで、成果はあったのかよ」


 イスカは面白くなさそうだ。


「残念ながら……。スナイパーに手傷を負わせたらしいのですが、直ぐに邪魔が入ったようですね。少なくとも、今日確認できたところではPKは五人の集団だったようです」


「はっ、こっちが二人相手にしてたってのに情けねー連中だな」


 イスカは吐き捨てるように言う。

 イスカはこれ以上都市奪還ミッションのレイドPTには参加しないだろう。良いように使われたのが許せないのだ。

 それに、ゆずの緊張感のない語り口から、後で本当の事を言えば許してもらえるという下心が透けて見える様で、それがイスカの苛立ちに拍車をかけていた。

 キングタイガー三世も同じ気持ちだった。本当ならそのことが語られた時点でPTを解散しようかとも考えが浮かんだが、事前にハイダテから報酬の前金を受け取った以上、その分の働きは果たそうと決めた。


「反撃された場合に備えて幾つも策を練られていたようです」


 ゆずは立つ瀬がなく、それ以上の事は言えなかった。情けない顔をして先を行く二人を見るのだった。



 三人が指定された場所、電波塔の展望フロア、に到着すると見知った顔が幾つもあった。

 ハイダテ、スター、それに前回の討伐ミッションで見た顔があった。

 それぞれ、今回の成果に満足していないのが見て取れる。

 だが、イスカとキングタイガー三世は同情する気も起きないでいた。ただ事務的に挨拶を交わし、それから今後の予定に関しての打ち合わせが始まった。

 とはいえそれほど時間のかかるものではなく、必要な敵の指揮個体の数と分布を調べる際の分担とルートの確認が主題。

 打ち合わせの際、話に参加したのはキングタイガー三世ばかりで、イスカはむっつりとしたまま口を開こうともしなかった。


 それが終わり、行動開始となった時、三人の元へハイダテがやってくる。

 ハイダテは事前にゆずから二人の反応を聞いていたらしく表情に緊張が見られた。


「黙っていてすまなかった」


 頭を下げた。

 イスカは何を今更と柳眉を立てるが、キングタイガー三世がイサカの前に立つことでハイダテとの距離をあける。


「大体、そうした理由は分るよ」


 想像していたよりも穏やかな声音だったためかハイダテの表情が緩まる。


「だが、流石にこっちとしては面白くない。悪いんだが、今度のレイドには参加しないよ」


 それを聞いてハイダテは残念そうな顔をして、「そうか」と呟いた。

 

「俺達が居なくても問題ないだろ。優秀なお仲間が多いようだしな」


 イスカは冷たく言い放つ。


「おい、今言わなくても良いだろ。すまない、少し気が立ってるんだ」


 キングタイガー三世は身を乗り出してきたイスカの肩を掴む。


「いや、仕方のない事だ。ゲームだからと気が緩んでたのかもな」


 ハイダテは自嘲気味に漏らし、「調査の方、宜しく頼む」踵を返しPTの方へと肩を落とし歩いて行った。


「こんなのはさっさと終わらせちまおう」


 イスカは先だって歩き、キングタイガー三世が続く。ゆずはその後ろを気まずそうに付いて行くのだった。

 キングタイガー三世はこのような空気を作っておきながら、せめてPTから外してやればよかったのに、と肩越しにゆずの姿を見ながら気の毒に思う。せめてゲームなのだから楽しくやりたい、そういう思いもあるのだ。自分だけじゃなく、一緒に居る人間も含めて。

 それを破ったのもあちら側であるが……。

電波塔を振り返れば、それぞれの目的に向けて飛び立つプレイヤー達の姿が映る。

 彼らともできれば上手くやって行きたかったが、暫くは無理だろうな、と苦笑するのだった。


「それで、このまま川沿いへ向かいつつ巣をしらみつぶしにチェックして行けばいいのか?」


 事務的な会話でもしていれば多少は気が紛れるだろう。キングタイガー三世はそう考えて後ろから付いてくるゆずを振り返る。

 ゆずは気落ちした表情のまま、何処か身が入っていない様子だ。


「大丈夫か?」


 そこで初めてゆずは気が付いたように顔を上げる。


「あ、はい。大丈夫です」


 微笑んでみせるが、やはり、どこかぎこちない。

 二人を囮に使うという計画は、別段悪意があって実行されたわけではなかった。当初はPKの戦力調査と、現地の情報収集を目的にしていて、PKの討伐は別の作戦として考えられていた。だが、誰が言いだしたわけでもないが、ふたり、キングタイガー三世とイスカならばPKに襲われても無傷で追い返すくらいはするかもしれない、ならばそれに便乗して一気に狩り出せないか、となったのだ。

 作戦としては何も知らない二人に護衛させ、PKの出鼻をくじき、そこから畳み掛ける。失敗したが、そういう筋書きだった。

 二人には後で謝ればきっと許してくれるだろうという楽観的な考えから作戦が決定した。だから、ゆずも囮役としてキングタイガー三世とイスカを騙す事に気負いもなく、いつも通りの自分で彼らの前に立てた。

 打ち明けて謝って、それからでも仲良くなれるかもしれないという淡い期待まで抱いていた。

 実際には彼らを怒らせてしまうという正反対の結果になったわけだが。

 イスカとは電波塔へ移動する最中に打ち明けた時、少し言葉を交わしたのを最後に一言も口をきいていない。

 本来なら、ゆずがそれとなくネタばらしをして、それから電波塔で軽いノリで皆が今回の事を説明し、笑っているはずだったのだ。

 それを道中明かした時、イスカは怒り、キングタイガー三世の瞳から感情が消えた。

 その時の二人の表情をゆずは頭の中で何度も反芻していた。

 電波塔に集まった時、ゆずが事前に二人の反応を知らせていたものの、何処か白けたような、緊張したような、ぎこちない空気が漂っていた。きっと皆も二人が怒るなんて思いもしなかったのだろう。


「おい、聞いてるか? そろそろ調査予定の巣だ」


 キングタイガー三世が訝しげにゆずの瞳を覗き込んでいた。


「えっと、……はい」


 ゆずは気持ちを切り替えるように大きく息を吸って視線を前に向けた。

 丁度小さなビルが並ぶエリアで、蜘蛛が上って来ない安全な高さのある建物は数えるくらいしかない。ビルを飛び越える際に下を見ればあちこちに糸が張り巡らされている。

 いつ移動ルート上に蜘蛛が上ってきてもおかしくは無かった。


「二つ先の広告看板のあるビルの上に行きましょう。そこで使い魔を飛ばします」


「だそうだ」


 キングタイガー三世は先を走るイスカへと声をかける。

 イスカはチラと後ろを伺うと無言のまま大きく跳躍した。


 ビルの屋上は、巨大な看板が影となり、身を隠すのに適した場所だった。階下へ向かう扉も残っており、蜘蛛がここへ上がってこない事を示している。

 ゆずは適当な場所にタオルを敷いて膝を着くとキングタイガー三世に視線をやって何かを言いかけ口を噤む。

 それから隼の使い魔を出現させ飛び立たせると逃げるようにして目を瞑った。


「イスカ、少し切り替えたらどうだ?」


 キングタイガー三世はゆずの意識がここにない事を確認すると、彼女のことを無視し続けるイスカの背中に視線を向ける。


「切り替えてるさ。護衛はする」


「ああいうやり方されたら頭に来るのは分るが……」


「なぁ、騙すってのをさ、気軽に、ちょっとした知り合いにするもんなのか?」


 ひどく落ち着いた声音だった。

何時もの悪態がなりを潜め、それが却って不気味ではある。


「だから、レイドの参加は断っただろ。それで線引きして終わりでいいじゃないか」


「お前はな。だけど俺は違う。確かに連中とは話してて楽しい時もあったし、悪い奴らじゃないのは知ってる。だけどな、だからってダシに使われて、挙句下心ちらつかせて……足元まで見てくる。俺はそういうの嫌いなんだよ。知ってるだろ?」


 キングタイガー三世はイスカを見ているしかなかった。

 少しの沈黙の後、イスカは大きく伸びをして大きく息を吐く。


「あーあ、PT組むならアイツらとの方が楽しかったよ。ったくあのバカ共何がしたいんだかな」


 急な話題の転換だったが、これ以上は同じ話題を取り合わないと暗に示していた。

 強い、一陣の風が吹き、イスカの髪を乱していく。


「それは言えません」


 不意に二人の死角から声がする。

 二人が声のした方を見ればヒノエが休日、公園で佇む様にリラックスした様子で壁に背を預けていた。


「テメェ、気配消して近づくなんざ悪趣味だぞ」


 イスカは少し頬を染めて、声を荒げる。

 普段はあまり人前で口にしない心裡を聞かれたのが恥ずかしかったのだ。


「お前とアトリの名前、知られた可能性があるのに良く出て来たな。普通は身を隠すなりすると思うんだがな」


 キングタイガー三世は少し呆れ気味に言う。


「アトリ達はそうしています。僕なら逃げきれますから」


 一瞬でも本気で対峙したキングタイガー三世にはそれが過信でないとわかる。


「それで、何か用か?」


「暫く会えなくなるので挨拶と、それと……」


 ヒノエは言葉を選ぶように視線を彷徨わせ、それから頷く。


「白い塔が降ってきたら都市地下で泉を探してください。助けになるはずです」


「お前、何言ってんだ?」


 イスカは眉根を寄せる。


「きっとお二人なら、大丈夫だと信じてますから」


 ヒノエが言うと同時、巨大な咆哮が空気を、建物を震わせる。

 ちょうどゆずの使い魔が飛んでいった方向だ。

 キングタイガー三世とイスカが警戒して視線を巡らせ、視線を戻せば既にヒノエの姿は消えていた。


「なんだってんだ。訳の分からんこと言いやがって」


 イスカは舌打ちしながら先ほどまでヒノエの立っていた辺りを睨む。


「わからん。だが意味のない事を言う奴じゃないしな……」


 きっと何かがある、だがそれが何なのか見当もつかない。

 キングタイガー三世は深呼吸して意識を切り替えると、ビルの端から咆哮のあった方を見る。丁度背の低いビルが埃を巻き上げ倒壊する瞬間が目に映る。

 湧き上がる埃の中、一羽の猛禽が羽をはばたかせこちらへと舞い戻ってくる。

 ゆずの一式だ。


「何かあったらしいな」


 一式がゆずの肩に止まると、肩をピクリと震わせて立ち上がる。


「すみません、見つかってしまいました」


 申し訳なさそうに言う。

 眼下では倒壊した建物の中からわらわらと白い、小型の蜘蛛が何匹も飛び出してくる。

 そして最後に瓦礫を破壊しながら見た事のない個体が姿を現す。

 くすんだ灰色の甲殻を持つ個体で上半身は人のそれに近いが巨大な二対の腕を持ち、腰から下は蜘蛛。指揮個体よりも一回りも大きいように見える。


「見た事ない奴だな」


 イスカは目を細める。


「どうやらあの個体の知覚能力は他の蜘蛛とは比べ物にならないみたいです。私の一式を生きものではなく使い魔だと見抜いていた様子でした」


 ゆずは悔しげに言いつつ一式を空へと放つ。一式は一鳴きし高く飛び上がると上空を旋回し始める。


「どうする。倒しておくか?」


 キングタイガー三世は蜘蛛の動きをつぶさに観察しつつ振り返らずに尋ねる。


「包囲されつつありますし、ここは引きましょう」


 どうやら使い魔からの情報で周囲に展開している蜘蛛の動向を探っているらしい。


「そうしたいのはやまやまだが、向こうは簡単に逃がしてくれそうにないぞ」


 キングタイガー三世は手に刀を顕現させる。

 イスカは既に臨戦態勢で抜刀しつつ虚空へ切り込んでいた。

 いや、虚空ではない。

 次の瞬間、イスカの刀身の間合いギリギリ外に巨大な影が差す。


「間合いを読んで着地タイミグをずらしたのか、厄介な敵だな」


 キングタイガー三世は困り顔で感想を述べる。


「こういう時は骨のある相手って言った方がやる気が出る」


 対してイスカは何処か嬉しげだ。

 巨大な蜘蛛は口角から唾液を垂らしつつ三人を見回し、低くうねりのある警戒音を放つ。


「向こうもこっちを警戒してくれるらしいぞ」


「そんなこと言ってる場合じゃないです。ルートがふさがれてしまいます」


 ゆずは焦り、周囲を見回す。

 ここより背の低いビルの上には所狭しと小型の蜘蛛が埋め尽くしている。

 一体どこに潜んでいたのか、その数は尋常ではない。

 ゆずは以前のイベントでの消耗戦の事が脳裏に浮かぶ。


「だったらなおさら、ここで倒さないとな。このタイプは何体いたんだ?」


 キングタイガー三世は構えを解かず間合いを調整して巨蜘蛛、心裡でアラクネと名付けた、が手出ししないようにプレッシャーをかける。


「あの中で見たのはこれだけです。でも建物の奥にはこのタイプと同じくらいの大きさの脱皮した皮が幾つか……」


「なら、ここで数を減らしておくか」


 キングタイガー三世は柄を握り直す。

 イスカは既に戦闘を開始しており、四本の巨腕による攻撃を避けつつ刀を閃かせるが、浅い傷を幾筋か刻んだだけで忌々しげに間合いを空ける。


「やりづれぇ。キンタ、さっさと来いよ」


「分ってる」


 キングタイガー三世は刀身を肩に担ぎ、一気に間合いを消し飛ばす。

 瞬間横薙ぎに巨腕が振るわれ、鼻先をかすめる。だが、それも読み通り。歩幅を狭め勢いを殺す事なく踏み込み、担いだ刀を振り下ろす。

 が、同時にもう一つの腕がそれを阻む。

 対面ではイスカが幾重もの斬撃で蜘蛛を攻め立てる。

 一筋毎が丁寧にアラクネの関節を狙うものだが、アラクネは関節が弱い事を知っているのか、腕の甲殻の分厚い部分で刃を弾く。


 示し合わせたわけでもなく、二人は自然、アラクネから間を取る。


「腕が多いと便利そうでいい、が敵が使うと面倒だな。攻め手が足りねぇ」


 イスカは隙を見出そうと目を細める。

 アラクネは二対の腕を大きく開いたまま微動だにしない。


「分ってる。何とか動きを止めてみよう。その後は任せる」


 キングタイガー三世は一度武器を消すと、新たに顕現させる。拵えのないむき身のままの刀身が現れるが、今度は目釘穴の部分にリング状の金属が通されている。そのリングには細いワイヤーが繋がる。そしてキングタイガー三世の手にはワイヤーと繋がる数本の短剣が握られている。良く見れば短剣自体はワイヤーとつながっておらず、柄の部分に開いた穴にワイヤーが通されているのが分る。


「まだ上手く扱えないからな、期待はするなよ」


 キングタイガー三世は言うと片手持ちにしたまま刀身を大きく後ろに構える。

 それから全身を駆け巡る念動駆動を更に高める。


 アラクネはキングタイガー三世の変化に気が付いたらしい、警戒を顕にするとイスカに背を向ける。とはいえ、警戒していないわけではない。アラクネの頭頂部にある複眼は背後をも見通す。

 アラクネにとって現状最も警戒するべきはキングタイガー三世だと判断したのだ。


 キングタイガー三世は小さく息を吐くと体を一気に加速させる。

 弧を描きつつアラクネへと迫る。対するアラクネは身を低くさせ受けて立つらしい。

 そんなアラクネへ引き絞った弓の如く刀身を投げ飛ばす。

 風切り音と共に疾駆するそれを、アラクネは半歩下がることで躱し、的を失った刀身はコンクリートへと突き立つ。

 同時、キングタイガー三世は跳躍する。陽光に照らされたワイヤーがキラキラと光を反射し輝く。

 緩やかに撓んだワイヤーは輪を作り広げられた巨腕に絡みつく。

 そして、キングタイガー三世は手にした短剣の一つを投擲する。

 短剣は乾いた音をたて地面に突き立つ。

 キングタイガー三世はワイヤーを引き絞りつつ走る。ピンと張られたワイヤーはアラクネに絡まり、投擲される短剣が強固に固定していく。

 アラクネはそれから逃れようとするが、ワイヤーの強度、深く刺さった短剣がそれを許さない。気が付けば二対の腕はワイヤーによって身動きを封じられていた。


「お見事。そんな隠し玉があったとはな」


 イスカはアラクネを見上げ、ゆったりと正面に回り込みつつ感心の声を上げる。


「まだ組んで数えるくらいしか試してない。それほど長くは持たないぞ」


 キングタイガー三世の表情は余裕そうに見えるが、ワイヤーを掴む手には血がにじんでいた。


「任せとけよ、こんな無防備な姿で殺しきれないわけがない」


 イスカは納刀し、深呼吸一つ、刀を目の前に掲げる。

 それから、時間をかけてオーラを高めると己の武器へとすべてを注ぎ込む。

 過剰なオーラを注ぎ込まれた刀が、刀身が激しい振動を起こす。

 イスカが剣を大上段に構えた時、刀身を覆っていた鞘がひび割れ霧散し掻き消える。


「疾ッ」


 輝く刀身が走る。

 斬撃の余波が吹き荒れ、広告看板が大きな音を立てて落下して行った。

 イスカは大きく息を吐き、額に浮いた汗を袖口で拭う。

 二人の眼前には上半身を無残にも分かたれたアラクネ。イスカはアラクネの身体が傾いで頽れるのを見届けてから得物を霧散させた。


「ちと硬かったな。予定じゃ完璧に真っ二つだったんだが」


 アラクネの下半身は半ばつながったままだが、それでも一撃で止めをさせる時点で相当な威力を秘めているのが分る。


「贅沢言うなよ」


 キングタイガー三世は苦笑を浮かべ手にした得物を消す。

 静寂が訪れるが、周囲を取り囲む子蜘蛛は引く気配がない。

 もう一戦やるしかないだろう。

 たった一体の敵と戦っただけだったが、二人は相当に消耗していた。

 イスカもキングタイガー三世も薄ら汗を浮かべている。

 さすがに現状で連戦となれば無傷で切り抜けられないだろう。


「手薄な逃走ルートを割り出しておきました。移動しながらルートの指示を出します」


 ゆずは遠慮がちに切り出した。

 二人が戦闘している間、ゆずは出来るだけ気配を消して周囲の逃走に適したルートを割り出していた。


「助かる。イスカ、ちゃんと言われた通り動けよ」


 キングタイガー三世はイスカに釘をさす。


「分ってる。ちんたらしてっと置いてくぞ」


 イスカは刀を顕現させ跳躍する。

 近くのビルへと着地すると待ち構えていた子蜘蛛を切り飛ばし、それからまた走り跳躍する。そんなイスカの後ろをゆずとキングタイガー三世が走る。

 二ブロックも移動すれば既に子蜘蛛の姿は無く、追ってくる気配もなかった。

 中央に近付いたお蔭か背の高い建物が多い事も理由の一つだろう。

 三人は西区でも一際背の高いビルの上に居て、休憩がてら先程まで居た地点を眺めていた。


「案外、すんなりいったな」


 大きく息を吐きつつキングタイガー三世は逃走に使ったルートを視界に納める。まともに戦っていては手傷を負わされていただろう。そうなるのは面白くない。

 イスカは少し離れた所に佇み、先程の戦闘を思い出しているのだろう、何処か面白くなさそうだった。


「ですが、あの個体、この後の攻略を考えると気がかりです」


 ゆずは顔を曇らせるのだった。


「一体が相手なら何とかなるだろ。戦った感じだと攻撃以外の仕掛けを理解する知能は低いみたいだし搦め手で攻めれば問題ない」


 それより、とキングタイガー三世はゆずを見る。


「何ですか?」


 ゆずは首をかしげる。


「使い魔とリンクしてルート探ってくれてたんだろ。あんな戦闘してる横で、派手に暴れまわるとか考えなかったのか?」


 使い魔との完全なリンクは本体であるプレイヤーの身体を無防備にする。だから普通は戦闘中には行わない。基本的に能力は身を守るために使うのが定石なのだ。


「私に出来るのはあの場だと敵の数を調べることくらいで、それに……お二人の事信じてましたから」


 どこか陰のある表情で言う。

 まだ気にしているのか、真面目な奴だな、キングタイガー三世は薄ら笑みを浮かべる。


「本当に良くやってくれたよ。感謝してる」


 そんな言葉にゆずは少し救われた気になり、思わずほころぶが、直ぐに俯く。


「お礼なんて、言われるような事してないです。それに、その、ごめんなさい。私がお二人を騙したのは事実です。だから……」


「そりゃ騙されたと思えば頭にも来る。例えゲームだとしても、真剣にやろうとした事を否定された気分になるからな。特にこういう肌で感じる世界ではな。だけど、余りに露骨に落ち込まれたら俺が困る」


 キングタイガー三世は苦笑を浮かべる。


「そんなに顔に出てました?」


「かなりな」


「そう、でしたか」


 ゆずは困った顔をするが、纏った空気が少し和らいだ。

 イスカは二人を目端に捉えつつ、面白くなさそうに鼻を鳴らすのだった。




 イスカとキングタイガー三世は今回の事をハイダテに報告すると集合場所に行く前に去った。ハイダテが言うには、二人がドッキリに対して怒った事を大人げないと良く思わない者が居て、彼らと出会えばきっと不快な思いをするだろうと教えてくれたのだ。



「……もし、気が変わったなら連絡をくれ」


 ハイダテは自分でも調子のいいことを言っていると自覚していたが、最後の都市復興ミッションにおいて二人の戦力を当てにしていたし、新種の魔獣と直接戦ったという報告はは今の所、キングタイガー三世とイスカのPT以外からは届いていない。攻略を確実にするためには二人をどうしても引き留めておきたい。

 

「その話はもう止めにしよう。俺だって最後まで参加したい気持ちはあるが……。ハイダテさん個人の事はそんなに悪く思ってないし、ミッション以外のPTの誘いだったら何時でも受けるから、その時は声をかけてくれ」


 キングタイガー三世は肩を竦めて、離れた所で報告が終わるのを待っているイスカに目をやる。ハイダテのPTと合流してからイスカはああして距離をとり誰とも話をしようとしない。


「そう言ってくれると助かるよ」


 ハイダテは残念に思いつつ二人を見送った。



 キングタイガー三世は中央区へ向かう道すがら、ハイダテとのやり取りを思い返していた。多分だが、彼らから声が掛かることはもうないだろう。そんな予感がしていた。

 同時に、隣を歩くイスカをみてため息を漏らす。


「そういえば、お前アトリとやり合ったんだろ。何か言ってたか?」


「別に言ってなかったかな。っつーかアイツってやっぱ強いのな。何であのイベントでランキング入りしてなかったのか不思議なくらいだったよ」


 短時間の、しかも消化不良の戦闘だったが、それでも互いの実力を知るには十分だった。

 良く知っている相手だからこそ剣を交えて初めてわかる強さもある。そして同時に疑問にも思うのだ。


「そうだな」


 キングタイガー三世は、頷き返す。

 イベントを境に二人は姿を見せなくなり、久々に会えば剣を交える事になってしまった。

 その間二人に何があったのかは分からない。


「さって、思いの外遅くなっちまったし、何時もの店でのんびりしようぜ」


 イスカは考え事を振り払うように大きく伸びをしてキングタイガー三世を仰ぎ見た。

 空は茜色が差し、摩天楼を染め上ていた。

 



 5


 

 暗い硬質の内壁の中、淡い非常灯によって浮かび上がる無数の水槽、そして水槽の中に浮かぶ灰色の皺だらけのグロテスクな塊が照り返しによって鈍く光って見える。

 老人は今回の作戦の鍵である合成脳を睨みつけ大きく息を吐く。

 水槽のせいで手狭になった空間には老人一人が佇み、艦の動力である炉の稼働する低く間延びする音だけがそこに響く。

 老人の乗船する船は非常に特殊な船だった。

 特定の環境下、つまり亜空間内においてのみ作動する大型発電ユニットを装備し、燃料に頼らずに動作する。だが、その作動音も日に日に緩慢になっていく。

 亜空間の復元比率(次元の隙間に自然発生した亜空間が次元の修復作用によって消滅するまでの速度の比率、人工的に発生させた亜空間の場合復元比率は自然発生のものと比べて比率が低くなる傾向がある)が低下しているのだ。この船は元々亜空間の自閉作用を利用し発電を行う次元炉の炉内部施設のメンテナンス専用特殊船舶だった。そのため、亜空間内で独自に発電できる特殊な設備を搭載しているのである。

 その発電装置が稼働するとき、独特の重低音を奏でる。

 どこか居心地の良い音の中に乾いた、硬質の靴音が混じる。


「裂壊係繋植物の増殖は予想以上にすすんでいるようですな」


 老人は誰にともなく呟く。


「そのようです。王立研究所の研究者は非常に優秀でした。最後の通信によれば、我が国側の次元断裂は既に安定したと。それと、極東サーバーのプレイヤー達が最終条件を達成間近と部下から報告が上がっています。あの国は思いの外時間がかかりましたな」


 応えたのは銀髪をオールバックにかっちりと固めた壮年の男だ。

 乗員であれば皆、彼がゴルト・キーオ大佐であることを知っている。


「儂の我儘を聞いていただき感謝しておりますよ、大佐殿」


 老人は振り返って老獪な笑みを浮かべる。


「功労者に対して我々が出来る事は限られていますから。これくらいはお安い御用というものです。既にサーバー内には貴方の助手、ブランシェム君が先行して人格プログラムを移植し活動しています。博士は何時頃?」


「既にこちらでやれることは済んだし、直ぐにそちらへと行くとしようか」


「そうですか。私は北米サーバーが担当になります。何かありましたら連絡してください。それと、ご友人であるフィオリエ殿も極東サーバーを選ばれたようです」


 ゴルトは含む意図もなく、世間話の体でそういったのだが、老人の反応は芳しくなかった。


「あの行き遅れが、碌でもない話だ。あれは面倒事を好む。きっと彼らに興味を持ったのだろう」


 面白くなさそうに返すのだった。


「これは辛辣ですね。それと、気が変わらないとは思いますがホッセン博士から、ぜひ北米サーバーに来て欲しいと。SAシステムのダウンローディングに関して意見交換と共同研究を行いたいと言っていました。彼もその分野には興味があるようです」


「ホッセンの小僧、生意気に。儂は人事の件が解決せん限り奴と親しくする気はない」


「ハルマート博士、申し訳ないがそれはホッセン博士の、技術顧問としての一存ではないのです。当艦の乗員には限りがあります。それに博士にはブランシェム君という優秀な助手がいるではないですか」


 ゴルトの精悍な顔つきに、苦労人である一面が垣間見える。

 この艦を運用するにも様々な手を尽くしてようやく叶っている。クルーは乗艦希望者が多く、ベテランも揃っているため問題はないが、当初の乗艦予定者の半数は引き抜きにあってここにはいない。本国を襲った災害の事を思えば艦の使用許可が下りただけでも幸運だった。

 それでも今回の計画実行にあたって猫の手も借りたいほどに人手不足を痛感していた。


「そういう問題ではないのだがな……。ホッセンにはプログラム開始後に連絡を入れておくとしよう。研究と言ってもデータのやり取りだけで十分だろう」


「そう伝えておきましょう」


 まったくやりづらい相手だ。ゴルトは悪態を堪える。

 だが、この老博士は今後の、彼らの世界の命運を左右するキーマン故に無下にはできない。下手に臍を曲げられても困るのだ。


「では、失礼させてもらう」


 老博士は踵を返すと大扉から出て行く。

 扉が完全に閉じるのを確認してからゴルトは大きくため息を漏らした。

 それから、直前に部下から上がってきた報告を思い返して二度目のため息。

 協力者二名が他の協力者と共謀し計画の遅延を狙っていた。現在は彼らを拘束しているとの事だ。

 こそこそと何かをやっているとは思っていたが、彼らに半端に計画を明かした結果がこれだ。北米サーバーに入る前にやっておかなければならない事がまた一つ増えたな、ゴルトは渋面を浮かべ眉間を揉み解すのだった。


 ちょっと書き足す予定が気が付けば二万字越え……。分割も考えましたが纏めました。文章が長くなる悪癖みたいなのがあるようです。もっと簡潔な文章で表現できるようになりたいものです。

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