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二人とiと花言葉

作者: 元っぱり

「ずっと……ずっと貴女のことが好きでした」



普段は真っ白な病室が鮮やかな茜色に染まる中、僕は自らの想いを目の前の想い人へ伝える。

ベッドの上に座り、こちらを見つめる彼女の瞳の中にたたえられている光は何を意味するのだろうか。



**********



僕と彼女の出会いは、五年前まで遡る。

あれは大学の入学式だった。

死ぬ気で努力して、何とか現役合格出来た僕は、これからの生活に思いを馳せていた。


どんなサークルに入ろう?

講義はやはり難しい話をされるのだろうか?

自動車免許はいつ取ろう?


そんな事を考えながら、心此処に在らずといった風に歩いていると、案の定だが人にぶつかりそうになる。

慌てて回避しようと身体を捻るが、軽くだが接触してしまう。

「ごめんなさい!」

僕がそう口にすると、相手ーー女の子だーーも謝罪の言葉を発するのだった。


ーーそう、これが二人の出会い。


別によくある漫画のように『運命の人』だなんて思わなかったけどね。


それから、僕達はたまたまサークルが一緒になって……

仲良くなったのはそこから。

初めの頃はサークルの友人の一人だったけど、いつからか僕は彼女を意識するようになっていた。

……ホント、いつからなんだろう。


特に何があるという訳でもなく、平凡な大学生としての日常だった。


ーーあの時までは


それは唐突だった。

いや、何時だってそういうことは唐突に起こるものだろう。

大学生としての最後の年。

彼女は講義の途中、唐突に吐血して病院へと運ばれた。

僕を含むサークルの仲間達は病院まで付き添った。

全員、彼女の無事だけを祈っていたのを覚えている。


彼女が集中治療室に入り、暫くすると彼女の両親が息を切らせながら駆けつけた。

それからどのくらい時間が経過したのかは覚えていないが、外はいつの間にか暗くなっていたから、かなりの時間だったはずだ。

医師が治療室の中から歩き出てきた。

一応命は取り留めたらしい。

彼女の両親が呼ばれ、二人と医師は別室に移動する。


そこからさらに時間が経過した。

彼女の両親が部屋から出てくる。

……二人の目は真っ赤に泣きはらしていた。


僕達は息を呑む。

それと同時に察してしまう。

……ああ、彼女はきっと……

だから、誰も口を開くことができなかった。


無言の時間が過ぎていく。

その中で、僕は意を決し言葉を発す。

「……彼女は?」

まるで自分の声とは思えないような声だった。

僕はその先を口に出来ない。

まるで体が拒んでいるかのように声がでない。

再び沈黙が場を包む。

やがて、彼女の父親が重い口を開いた。

「癌だそうだ。……娘の命は、長く保ってあと一年と少し、らしい」


一年。


それが僕には余りにも短く感じた。


そして、それを聞いた僕達は涙を流す。


なんで彼女なんだ。ちくしょう、こんなことになる前に気付くことは出来なかったのか。

なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで!


そこからどうやって家に帰ったのかは覚えていない。


僕が自分の想いを再確認させられたのは、ありふれた残酷な運命だった。



**********



「……ごめんなさい」

彼女は目を伏せて、そう口にした。

……ああ、振られちゃった、か。

「そっ……か」

僕はそんな返事を返す。

沈黙が降りる。


あれから、数ヶ月が経つと僕達は大学を卒業して社会へ羽ばたいていった。

僕達は相変わらず、出来るだけ彼女の病室へ来るようにしていた。

もちろん今まで通りとまではいかなかったけどね。

僕はこの病院の近くに職場があるので毎日のように通い詰めていた。

少しでも彼女と一緒に居たかったから。


「ねえ」

彼女が沈黙を破る。

「何?」

僕がそう問うと、彼女は一拍間を空けてから続きを話し始める。

「愛……iなんて物は嘘、虚構でしかないんだよ」

僕は黙って続きを促す。

「そして、iとi……嘘と嘘が重なり合うとマイナス……負が生まれちゃうんだ」

「……虚数?」

「そうだね」

僕の問いにそう答え、さらに彼女は続ける。

「私はコレ、ホントにそうだと思ってる」

僕が黙り込むと、再び沈黙が降りる。

愛は虚構……嘘で塗り固められたもの。

確かにそうなのかもしれない。

僕だって彼女に嘘をついてる。『絶対良くなる』って。

きっと、そういうのが重なって、やがて愛……iになる。

そう、言いたいのだろう。

「私は君に嘘はつかないよ」

「それは遠回しに僕を振ってるのかい?」

「ふふ……そうね」

彼女が微笑む。

……けど、なんで君はそんなに寂しそうなのかな?


ううん。

解ってる。

君がそんな顔をしてる理由。


君は、いつも僕に嘘をついていた。

君は、優しいから。


知ってるよ。君は、独りきりになると泣いていて、僕の前では笑っていたこと。

知ってるよ。君は、自分の命の短さを知っていること。

知ってるよ。君は……君は、僕を悲しませたくないって思ってること。


ねえ。

君は愛を嘘だと言った。

そして君は僕に嘘をついた。

愛が嘘と言うのなら……そういうことだよね。


そうだ、君は忘れてることがある。

それはね……



「iとi……嘘と嘘が重なると、それは真実へ辿り着くんだよ」



今度は彼女が口を閉ざす番だった。


それは確かにマイナスなのかもしれない。

でもね。

人の感情は、君の言うような簡単なモノじゃないんだ。

数式の上では、マイナスは一つだけ生まれるね。

けど。

二人いるのに、解が一つだけ生まれるなんて、おかしいよね。


……マイナスは、二つ生まれるんだよ。


君が悲しいときは、僕も悲しいんだ。

僕が悲しいときは、きっと君も悲しいはずだ。



ねえ、マイナスが重なると、今度はプラスに生まれ変わるんだ。



「愛とiは重なった……だから、君を見せてよ。……本当の、君を」



彼女は目を伏せる。

僕は真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ彼女を見つめる。

僕の想いを伝えるように。正面から彼女と向き合うために。


そして、やがて彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「私……みんなを……ううん、君を置いていくのがこわい……」


彼女は泣いている。

今まで心の内に秘めていた想いを吐き出しながら。


「それに……まるで私がみんなの中から消えちゃうみたいで……悲しいんだ……」


「……そっか」


でも、大丈夫。だって……

僕は……僕は、

「君に置いて行かれるのが怖いよ」



ほら、マイナスが、重なった。



「同じ、だね」

彼女は濡れた目元を拭いながら微笑を浮かべ、こちらを見つめ返した。

「……うん」

先程よりは、少し和やかな沈黙。

そして、二人分の控えめな笑い声が部屋の中に響いた。


「ゆっくりだけど、君を追いかけるよ」

「うん。待ってる。急いで来たらダメだからね」


悲しいかもしれない。苦しいかもしれない。

でもね、僕はこう願う。


『ねえ、笑って』


「ふ……ふふっ」

「はは……願いまで重なったなぁ」

僕の呟きに彼女は、え? という顔をしたので、僕は、何でもないよ、と答え微笑んだ。


「ねえ」

「……何?」

僕は、少しだけ強く目を閉じてから彼女の目を見る。

僕の、様子が変化したのを察したのか、彼女は少し身体を強ばらせた。


噛まないようにしないとなぁ……


そんなことを考え、心の中で苦笑する。

……よし覚悟を決めろ、僕。

行こう。




「僕と……僕と結婚してください」



「ーーはい」



彼女の瞳からは、先程とは違う涙が落ちるのだった。



僕は……一生この瞬間の彼女の笑顔を忘れないだろう。





**********



僕は誰も居ない家の中で、一枚の手紙を開いた。

ついこの間まで隣にあった温もりは、もう戻らない。


これは、彼女の最後の手紙。


これを目にするのは、今日が初めてだ。



『あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はすでにこの世にいないのでしょう……なんて、ベタすぎるかな?


そうだね……いざ書くとなると、全然書くことが思い浮かばないや。

ああ、そうだ、これを言っておかないと。


……私ね、幸せだった。


両親がいて、友達に囲まれて、何より君がいて。

みんな優しくて、あったかくて。

みんなの笑顔が好きだった。


君はいつも私の前で笑ってくれたよね。

それが、愛おしくて愛おしくて。


……ああもう。

駄目だね私。

まだこれだけしか書いてないのに、もう涙が出てきちゃったよ。

拭いてもすぐあふれて来ちゃうから、気にしないで書いてくね。


私。私ね。

あんまり長くない人生だけど、色んなことがわかった。

世界は嘘が溢れてる。

でもね、この世界はとってもとっても優しいんだよ。

うまく言葉に出来ないけど、そのことは君に感じてほしかったんだ。

まあ、こんなこと君はとっくに知ってるのかもしれないけど、ね。


ああ、涙が止まらないよ。

もう紙も結構濡れちゃってるや。

ごめんね。

最後までこんな女で。

……こんなこというと君はすぐに否定するんだけどね。

まあ、でもそんなに気にしなくても良いかな?

きっと君も濡らしちゃうと思うから。



でも、そんなに長くは書かないでおくね。

そうしないと私、前に進めなくなっちゃうから。


そうそう、私ね短歌を作ってみたんだ。

一生懸命考えたんだ。

行くよ。




嘘と嘘

君と重ねて

咲き誇る


みっつのいろの

アネモネの花




どう、かな?

へたくそでごめんね。

でも、この歌はとっても……ね。


それじゃあ、最後に……


今までありがとう。

本当に貴方のことが好きで良かった。


またね、私の愛する人』




「……ったく、正解だよ。紙濡れちゃったよ」


この短歌……


アネモネ


花言葉は『はかない恋』『恋の苦しみ』だとか色々あった。

君は居なくなる数ヶ月前から、この花をよく見ていたからね。

調べたんだよ。

おかげで花言葉にすごく詳しくなったけど。


まあ、きっとこの歌での花言葉は……


赤いアネモネの『君を愛す』

白いアネモネの『真実』

そして……紫色のアネモネの『あなたを信じて待つ』


この三つだよね。

僕達にピッタリじゃないか。


僕は写真の中の、純白の衣装で着飾った笑顔の君を見る。


……まったく、最後まで君は君だね。




そうそう、明日は日曜日だから君のお墓に行くよ。








たくさんのアネモネと……それとスターチスの花でも持って、ね。








どうも、Setsuと申します。


いかがだったでしょうか。


虚数のくだりなんかは、ネタ被りがありそうで不安です。

スターチスの花言葉は……わざわざ言うのもなんですね。

調べてくださっても構いませんし、彼の想いから想像しても構いません。



それでは、またどこかでお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] “ベタ”と片付けれない話だと思えるいいスタートの1話でした。 これからに期待してます。 花言葉なんてオシャレじゃないですか…少し目頭が熱くなりましたよw あとつまらん恋愛ゲーム話を…
2013/01/27 22:48 退会済み
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