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黒から

作者: 綾取り

 世界は黒一色です。私の周りはもちろん、恐らく足の届くどこまでもが月の光もなくなった夜にも似た様相を呈しています。

 自分の手を見てみると泥水のように浅黒く濁っていて、屍蝋化しているようにも見えます。

 嘆息を吐こうとすると「はあ」といった声ではなく、耳障りな音の重なりが声帯から流れ出ました。その音には、ただ理解できないのではなく、意図的にそうさせないような感覚を抱きました。ひどく人為的に感ぜられたのです。

 ここで佇んでいても仕方がないので、当て()もなくふらふらと歩き出します。

 風はありません。気温は暑くも寒くもなく不気味なほどに適温で、それは形容しがたい異常でした。足から伝わるのは大理石からできたような固い床の感触なのに、音は発生せずにひたすら無音でした。空気がないように思えました。しかし先ほどの意味不明な音を発生させることができたので、振動する空気はあるはずなのです。ではなぜ私が接触する全て(といっても今のところはまだ床のみ)から音がしないのでしょう。

 疑問は募るばかりで、解決の兆しなど一向に見えませんでした。もしかするとそんなものは最初からないのかもしれません。

 しばらく同じ方向へ進んでいると、この黒いだけの空間にある発見がありました。

 まだ年端もいかない子どもが白いチョークで乱雑に書き散らしたような線路が、床のあちらこちらで散見されたのです。短かったり長かったり、細かったり太かったり、いくつか薄い赤色をしたものもありました。

 これが意味するもの。当然分かるはずはありませんでした。

 ある線路の横に一本のチョークが放り捨てられていたので、恐る恐る手にとってみます。よく観察しようと顔へ近付けると、またたく間に消えてしまっていました。

 私の手は鋼のように固く、銀色に鈍く輝いていました。輝いている、ということは光の反射がある、ということ。

 そういえば自分の体はハッキリと見えていました。真っ暗なはずなのに、それが特に眩しいわけでもなく、ただ黒に要素を付け足しただけのような感覚で。足元で不規則に描かれている線路もそうです。

 それに気付いた時、私の手は様々な色をしたネオンライトの線となっていました。絶え間なく明滅して、夜のようなこの空間には結構似合っていると思われます。製作者の遊び心でしょうか。それとも前衛芸術でしょうか。なっている身としては不便そうだなあと思うだけで、そのユーモアは理解しかねます。

 とまれかくまれ、私自身が光源となったことで暗黒に対するいささかの不安が抹消されます。そして分かったことは、明るくなった所で空間が黒いのは変わりないということです。つまりここは暗いのではなく黒いのです。そして恐らく、どの場所でも平等に一定の光量があると思われます。ということで私自身が光源になったことで解消された不安は、超万能伏線言語『気のせい』によるものでした。それはそれで良いとしましょう。

 なんだかこういう明らかに人(でなくとも、自分以外の他の存在)の手が加わったものは、少々不気味であったとしてもこの黒の中では安心を与えてくれます。ここから離れることは、もはや長年慣れ親しんだ故郷を離れるが如く苦痛となっていました。




 何時間こうしていたでしょうか。もしかしたら何日、いや何月、もっと、何年とか。それくらい経っているかもしれません。なにせ時間感覚の基準が一切ないために、私の中では時間が流れていないのも同じことでした。なぜか眠くなることもなければ、お腹が減るわけでもありません。そういった生理的なもので時間を計ることすらできませんでした。

 そういえば、無限一人しりとりごっこをしている時に私の手(見えるのが手というだけで、恐らく全身)が、新聞紙を粗雑に繋ぎ合わせた物体に変わっていました。動かす度にしゃかしゃかと鳴って、しかもそれが普通の音ではなく薄気味悪い音の連続なので少し、いや結構、いやかなり耳障りです。

 音に関しては、推測するに私の耳がおかしいのでしょう。何がどうなったのかは分かりませんが、鼓膜かどっかに特殊なフィルターが付いていて、それが聞こえるもの全てを耳障りな音へと変化させているのでしょう。こじつけです。

 一人遊びはもう一通りやり尽くしたので、なんとなくチョークの線路の上を歩きます。何をしてるんだろう。人は極限状態になるとわけの分からないことをし始めると言います。私は多分、今そういうことをしているのでしょう。

 平均的な幅の短めな線路の上を歩きます。数歩で終わるかに思えましたが、意外に長くいつまで歩いても終わりに着きません。

 あれ、おかしい。

 そう思って前を見ると、今歩いている線路が遠く向こうへと続き、その先にこの黒い空間の出口と思われる明かりを見つけます。これって解決フラグでは?

 周りを見渡すと、今立っている以外にあった線路がなくなっていました。ただ、薄い赤色の線路はひとつひとつゆっくりと床に融けていました。

 何はともあれ、ここから抜け出せるのなら文句はありません。さあ行きましょう。あの明かりの向こうがここよりは退屈でない場所であることを願いながら。

 私の手は血色の良い健康的な肌色をしていました。


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