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フラグ管理は各自でお願いします  作者: real
プロローグ 日常にわずかに入る亀裂《フラグ》
9/40

第8話   繰り返されるものと淡い希望

更新履歴上ではお久しぶりです。



「…………」




自分の家の前に立ち、賑やかな人の群れを遠くから眺めます。

それは3日前の焼き直しのようでいて、いくつか違っていました。

まずは今が朝で、やってきた彼らが去るということでしょう。空は明るく、出発する彼らを見守っているかのようです。

次に、頭痛がないこと。倒れたあの晩からもう3日も経ってますしね。

そして、最後は……私が、彼に思うところがある、ということでしょう。



「見送ってやらないのか?」



見ると、元神官様でした。いつの間にか隣に来ていたようです。正直なところ、今は誰とも話したくありませんでした。



「……見送ってるじゃないですか」


「違うだろう。……声をかけてやらないのか、って言ってるんだ」


「もう、かけました」



だから、いいんです。



自分の言葉が、知らない他人の声のように聞こえました。どういう理屈でそう感じたのかも、もうわかりません。

もやもやとした気持ちを抱えたままため息をついて、少し間、目を閉じました。

思い出すのは一昨日のこと。


彼が手にした本の一部が落ちてきた時のことです―――










***





「どうした?……まさか、特別な本……だったのか……?」



声をかけられたことに気が付いて我に返りました。

振り返るとそこには脚立から降りた勇者さんの姿があり、本の一部を真剣に見つめる私を見て「大切な本を壊してしまったのではないか」と不安そうにしていました。

ある意味で間違ってもいないんですけど、これ以上不安にさせても仕方ありません。早めに誤解を解いておきましょう。



「い、いえ、違うんです!ちょっとびっくりしちゃっただけですから」


「……びっくり?」



私の言葉を繰り返す勇者さんはぱちぱちと目を瞬かせながら私を見ています。その仕草は子どもみたいで、少し愛らしく見えます。



「ええ。その……どこに行ったかわからなくなっていた本が、いきなり見つかったものですから。驚いてしまって……」



と言っても、ここにあるはずのない本でしたから、尋常じゃない驚きでしたけどね。

さすがに理由を一切話さないわけにはいきませんので、少しだけ話しておくことにします。この本を見つけてくれた、お礼の意味も兼ねて。



「私には、ちょっと素直じゃないおさ……と、友達、がいまして。その子が私に謝るために使ったのがこの本なんです」




『リムのばか!もうしらない!』




前世の、それも幼かった頃のことですが、それでもはっきりと覚えています。

幼なじみのアリアとは物心つく頃からずっと一緒でしたが、誰かと一緒にいれば喧嘩だってします。

今だったら素直に謝ることもできるかもしれませんが、その時がリムにとって生まれて初めての喧嘩だったんです。なので謝り方がわからず、ただ困り果てるだけでした。そんな時に彼女のメッセージを見つけて、大急ぎで謝りに行ったのを思い出します。



「わからなくもないが…よりによって本に書かなくてもいいだろうに」



私以上に頑固な彼女が自分から謝るのはとても難しかったでしょう。思えば、あの頃のアリアにとってはこれが精一杯だったんだと思います。苦笑が漏れました。



「あはは……今となってはそう思うんですけどね。これは、あの頃私たちが読んでいた本だったんです。だから、ここに書いておけば私が読むと思ったんでしょう」


「読んでいた本……か」



本当は“私たち”の中にはレグナムもいたんですけどね。さすがに伏せておきます。

一部を伏せているとはいえあらかた本当のことを交えて説明しましたし、子どものやったことですから名前がリィムと違っていることも書き間違いだと思ってくれることでしょう。

問題はこれが前世での出来事で、もし村の人たちに話されたら幼い頃にそんな友達などいなかったと辻褄の合わない部分が露見してしまうことです。

そうは言っても、勇者さんが村に滞在しているのはほんのわずかな期間ですし、少しだけ口止めをお願いしておけば大丈夫だと思います。

えーと、理由は……。



「でもこれ、他の人には黙っててもらえますか?その……落書きみたいなことをしていたと知られると、両親の本に何をしているんだ、と怒られそうで」



口をついて出る理由はこれくらいしか思い浮かびませんでしたが、勇者さんは苦笑しながらも頷いてくれました。これで万全ですね。



「それじゃ、これで勇者さんの本も大丈夫ですね?あ、これ渡しておきます」



勇者さんが帰ったら私も読み直そう…と考えながら、本の一部を渡しました。勇者さんは手にした本と取れてしまった一部を交互に見比べています。



「……どうしました?」



私が声をかけると視線だけをこちらに向けて、少し困った顔をした勇者さん。だからどうしたんですか。



「この本……、どこかで見たような気がするんだ」


「―――え?」



その言葉を聞いて、どくん、と心臓が跳ねました。




「最初からどうにも気になると思ってたんだが……この落書きみたいな文字も、昔に、見たような……気がする」




どくん、どくん、と。


心臓はどんどん速度を上げて私の呼吸を荒げていきます。


自分のどこかにある記憶を探している彼の横顔に――レグナムを、重ねてしまいました。

顔が瓜二つだからとか、そういうことだけじゃないような気がします。

だって、その仕草が、表情が――そんな細かな部分で、彼と重なるから。



「…………」



落ち着け、と自分に言い聞かせます。そんな勘違い、誰にだってあります。そう、勘違いでしかないんです。

この本は私の――「リム」の家にあったものです。

それが今はこの家、「リィム」である私の家にある以上、私と同い年である勇者さんが読んでいるはずはないんです。私がこの家を受け継いでからというもの、本が新たに追加されることも誰かの手に渡ることもなかったんですから。

だからそれは、勘違い。



――都合のいい理想は、あるはずがないから。




「しかし俺はこの村に来たことはないし……本だけをどこかで見たのか……?」


「そ、う……ですよ、きっと。はい」



絞り出すように出した声は、一度出してしまえば続きが出てきました。

心臓はまだ煩いですが、少しずつ落ち着きを取り戻しています。



「じゃあ……戻りましょうか?あ、それとも勇者さんはここで読むほうがいいですか?」


「安静にしてなきゃいけないんだから、君の部屋に戻ろう。それに、メサイアも君が部屋にいなければ心配する」



あ……そういえば安静にしてろって言われたんでしたね。危うく忘れかけていました。ここで安静にしていても部屋にいなければ言いつけを守らなかったと言われてしまうかもしれません。



「わかりました。では戻りましょう」


「ああ」



机のところに向かい、既に用意された3冊を手に……しようとしたところで手が空を切りました。あれ。ちょっと。



「勇者さん、それ私のですけど」


「俺が持っていく」



どれだけ過保護なんでしょうか。取り返そうとしましたが、勇者さんが自分の分も含めた合計8冊を軽々と持ち上げるのを見て諦めました。

勇者さんはきっと日常の何気ない環境から鍛えようとしているのでしょう。そうに違いありません。

そんな現実逃避をして諦めました。書斎に行くだけで説得が大変でしたし、結構頑固みたいですからね。



「そういえば」



私の後ろを歩く勇者さんが声を出したので少しだけ視線を後ろに向けました。と言っても、こけたくなかったのですぐに前に向き直りましたが。



「どうして君は、俺のことを“勇者さん”と呼ぶんだ?」



ぴたり。

そんな音が聞こえてきそうなほど私は見事に動きを止めていました。

きっと自分でも気になっていたことを言われて図星だったからでしょう。

幸い、階段を上るために出していた左足は着地する瞬間だったため、つんのめるようなことはありませんでした。



「え…と。勇者さんは勇者さん、です、から」



先を歩いていて良かった、と思いました。

足はもとより、今の私は変な顔をしていたでしょうから。

振り返らない私をどう思ったのかわかりませんが、後ろからは勇者さんの苦笑するような声が聞こえました。



「わかってる。皆が期待してるのは勇者の存在であって、俺じゃない」


「そんなこと……」



ない、と断言することは、すぐにはできませんでした。

私の脳裏には、勇者の誕生を喜ぶ村の人たちの嬉しそうな顔が浮かびました。

彼らが喜んだのは勇者が現れたことであって、それが彼である必要はないと言っているように思えたからです。

村の人たちにとっては、勇者が現れることも、役目を果たすのも当たり前のことです。いえ、村の人たちだけに限った話ではないのでしょう。前世のことがなければ私だって思ったに違いありません。この人は私たちとは違う、特別な人なんだ、と。



けれど、私は知っています。勇者だって悩んだり苦しんだりする普通の人なのだと。

そして、特別視するということは、その人を孤独にするものであることも。




言いよどんでしまった私の横を勇者さんが追い越していく気配を感じて顔を上げました。

やはり彼も、孤独を感じているのでしょうか。……レグナムのように。

勇者さんもまた、私を振り返りはしませんでした。だから私はぼんやりとその背中を見つめることしかできません。



「わかってはいるんだ。そんなこと、とうの昔に理解したことだ。それでも……」




『自分が自分であることを求めるのが、そんなに悪いことなのか?』




「…………っ」



めまいがして、思わず手すりにしがみつきました。体調が悪いからじゃありません。だけど汗が出て、背中を伝っていくのを感じました。





――その背中を、見たことがあったから。



――続く言葉を、聞いたことがあったから。




同じような体験。同じような場面。こういうの、なんて言うんでしたっけ。

自問自答に答えられないまま、繰り返されたそれらに思わずつぶやきが漏れていました。





「……呼べなかった、んです…」


「え?」




言おう、と。


言ってしまおうと、思いました。


彼がこうして呼び方を気にしてきたことも、勇者としてではない自分を気にしていることも。

そのどちらもが、私にチャンスを与えているように思えたからです。

なんて自分勝手な考え方。だけど、それらが「言ってしまえ」と言っているように感じられたんです。

それでも、最後には臆病になってしまって、不思議そうに私を見つめている彼に少しだけ遠回りの尋ね方をしていました。



「勇者さんは……その、過去の文献って、読んだことありますか?」


「文献?」


「私もつい最近読んだばかりなんですが……」



少し言葉が足りなかったでしょうか。一つ前の代の勇者について書かれたものだと説明すると、彼にも伝わったようです。



「ああ……それなら目を通したことがある。旅の参考になれば、と思って読んだが……」



彼の目は「それがどうした?」と物語っているようでした。

……やはり、勘違いだったのでしょうか。目を合わせているのも辛くなって、視線を逸らしました。

淡い希望。あるはずのないこと。

わかっていたはずなのに、愚かにも私は思ってしまったんです。




私がリムであったように。



――彼も、レグナムだったのではないのかと。




残るほんのわずかな可能性にすらしがみつきたくて、私はついに言葉を口にしました。



「その文献を読んで、勇者さんの名前…を、目にしたばかりなんです。先代の勇者さんの名前は…………レグナム、という名前でした」




言い終えると、その場がとても静かに感じられました。先ほど部屋で感じたものとはまた違う沈黙でした。

そう長くはないはずの時間。けれどそれが引き伸ばされたように感じられました。

彼がレグナムであるのなら、自身の名前に反応しないはずがありません。そう思ってわざと名前を出しました。

めまいは既に治まっているのに私の手は手すりを掴んだままでした。縋りついた手すりを介して自分の手が汗ばんでいるのに気付きました。




沈黙を越えて、彼が口を開きます。



その口から出るのは、肯定か、否定か――





「――ああ、そうだな。少し名前が似ているかもしれない、な」





見上げた先には、わずかに口元を緩ませる彼の姿がありました。

返ってきた言葉は、肯定でも否定でもなく――これは。


同意?


肯定に近いですが、それはあくまで言葉の上であって、私が求めていた反応とは異なりました。

理解できずにいる私をよそに、彼はどこか納得顔でした。



「そうか……どうしてかと思ってはいたが、まさか先駆者に先を越されていたとはな。だとすれば俺が後手に回って当然、なのか……」



彼が言っている言葉は私の頭の中では意味を成さず、ぐるぐると巡る文字の羅列でしかありませんでした。

だから、私にわかったのはただひとつ。



――この人は、レグナムじゃないんだ――



縋りついていたものから、私は静かに手を放しました。







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