第6話 自己紹介をします
「いや、ないですから」
目覚めて第一声で思わずつっこんでました。起きてすぐにこんなこと言えるなんて我ながら寝起きばっちりだと思います。
死ぬ以前に似たようなことがあった覚えはないですからね。どうやら後半はほとんど目覚めかけていたようです。
「ふぅ……」
しかし、何度も見ていながら、何度見ても慣れない光景です。毎度恒例の額に浮かんだ大量の汗をぬぐいました。
この夢を見るといつもこの調子です。だから嫌なんですよ。
「…………ん?」
外から差し込む日差しが何やら明るいです。もう夕方だったはずなのに。
あれ?そういえば私、何でベッドに……。
「あ。気が付いたみたいね」
声がした方向に目を向けると、部屋の入り口に見知らぬ人……女性がお盆を手に立っていました。
「…………」
え。ここ、私の家ですよね?
見覚えのある部屋に自分のベッド。空いた窓からは心地よい風。
うん、確かに私のよく知る日常の風景です。
だというのに、何故知らない人が勝手知ったる感じで立っているのでしょうか……。
私は私で驚いていましたけど、見知らぬ人も私の様子に気付いて驚いていました。
「って……ちょっと、すごい汗じゃない!大丈夫!?」
「え、あ、はい。ちょっと嫌な夢を見ていたものですから…」
聞かれてつい普通に答えてしまいましたが、誰なんでしょうか。
見知らぬ人はお盆を机に置くと一目散に私のところに向かってきて、まだ汗の残る私の額に手をあてました。その机も私の……じゃなくて、まだべたべたですよ、私。
「ちょ……あの、汗、かいてますから……」
「だから調べてんでしょ。……ん、でも熱はもうないみたいね。まあ様子見ますか」
なんとなく、この人は悪い人じゃないと思いました。
他人の私のことを心配してくれたり、汗がつくのも厭わずに熱を測ってくれる人が優しくないはずないですよ。
ただ本当に、誰、なんですかね。
「じゃあ次、食欲ある?おかゆにしたから食べやすいと思うけど」
「あー……えっと、その前に一ついいですか?」
どうやら彼女が持ってきたお盆には私用のおかゆが乗っていたようです。
食欲ないこともないんですが、その前に明確にさせておかなくては。
私が素直に食べないことが気に食わないのか、目に見えて不機嫌そうです。うわあ、怖い。
「はぁ……何よ?いい歳して好き嫌いとか言うんじゃないわよ?ほら、残してもいいから少しでも食べなさい」
「そ、そうじゃなくて!あの…………どちら様、ですか?」
「…………」
「…………」
なかなか返事が返ってこなくて、また最初の「どうして私はベッドで寝ていたんだろう?」という疑問に戻ってきました。ちょっとした現実逃避だったのかもしれません。
「あ、いや……そっか。起きてるうちには、会ってないん、だっけ。そっかそっか」
頭の中で疑問をぐるぐると回していると何やら納得されました。私のほうの疑問は解決していませんけどね。記憶が飛んでいる自覚はありますけど、その間に何があったかは未だ思い出せません。
「メサイア、入るよ?」
控えめなノックの音とともに声がしたかと思うと、ドアが開きました。
そこから現れた姿に、言葉を失いました。
――レグナム。
いるはずのないその姿に、懐かしい想いが、安堵が、感情が入り乱れすぎて混乱しました。
私に気付いた彼はふっと微笑み――
「ああ、良かった。目が覚めたみたいだな」
――私の名前を呼ぶことは、なかった。
「え……あ……」
狼狽えた私は何も言うことができませんでした。
私の混乱をどう受け取ったのか、女性が「たぶんあんたのことも覚えてないわよ」と一言添えると、彼は少しだけ困った顔をして、頷いていました。
――違う。
何もかもわからない中で、ひとつだけ知ることがありました。
彼は、レグナムではないのだと――
その後、お二人から簡単に説明を受けました。
彼らが勇者御一行であること、昨晩この村に到着したこと、そしてその時に私が倒れ、彼らに介抱されたこと。
言われて、思い出しました。そういえば頭が痛くなって耐え切れずに倒れたんですよね、私。どうして頭が痛くなったのかは少し思い出せずにいますけど、特に何かあったわけではない気がします。
……それにしても、ただでさえ勇者御一行が来て騒ぎになっていたのに、私が倒れたものだから騒然となったようです。いや本当に申し訳ないです……。
気絶しただけではなく高熱が出ていたことも聞きました。だから汗を見てあんなに驚いていたんですね。私には覚えがありませんけど、体調が悪いのはもう勘弁ですから熱が下がっていて助かりました。
一番驚いたのは、今がもうお昼ってことです。私が倒れたのは夕方でしたから、そこからずっと眠り続けていたみたいです。ね、寝すぎました……。
一通り話し終えた頃、またも知らない人が部屋にやってきました。お二人の仲間の方だそうです。現れた知らない人が私に名前を尋ねたことから全員で自己紹介する流れになりました。
「俺はレグザート。一応、勇者ってことになってる」
レグナムによく似た彼は名前まで似ていました。予想通りの勇者ですし。いえ、今は深く考えるのは止めておきましょう。
「あたしはメサイア。治癒術師として旅に同行してる」
部屋に最初からいた女性の方がメサイアさん。治癒術師……聞いたことはありますがとても珍しいです。あれ、もしかして今は治癒術師さんが多いとか?
魔法の例もありますし、少し黙っておくことにします。
「で、俺はカインだ。王都で騎士やってたんだけどな、上の命令で同行することになった」
最後に現れた男性の方がカインさん。村では違和感全開の銀色の鎧に身を包んでいます。
ぼんやりと皆さんの様子を見ていたら全員から視線を向けられました。あ、そうでした。私の番ですね。ちょっと緊張します。
「私は、リィムといいます。見ての通りただの村人です。助けてくださったそうで、ありがとうございました」
頭を下げてから顔を上げると、不思議そうな顔をしたレグ…ザートさん、と目が合いました。顔を見るとレグナムのことがよぎって、名前も言い間違えそうです。
けどそれ以上にその表情が気になって首をかしげました。
「あの……なにか?」
「え?あ……いや、何でもないんだ」
尋ねてみましたがはぐらかされました。何だったんでしょう?私、変なところありましたか。思わず顔を触ってみましたがわかりません。あとで鏡見ましょうか……。
「何だ?彼女に見とれてたのか?」
「あーもう止めてよー?足手まといは返品した分で充分だっての」
「ち、違う!勝手なことを言うなよ!」
まだ少し挙動がおかしいレグ…ザートさん。ああ、名前が言いにくいです……。と、とにかく、勇者さんがいじられています。
ええと……メサイアさん?でしたか。彼女ならともかく、私に見とれるなんてあるはずないですしね。
こういうのは躍起になって否定するより流したほうが早いと知っています。ええ、年の功ですそれ以上は言わせません。そういえばさっき気になることを言っていたのでそっちを尋ねて話題を変えようと思います。
「あの……返品、ってなんですか?」
私の質問に「ああ」とすぐに反応したのはカインさん。
「俺みたいに国からの指示でついて来た奴がいたんだがなー、もう無理、って言うんで送り届けるために王都に戻ってきたんだ」
「そう!まったく……全然役に立たなかったくせに、やれあたしたちが煩くて集中できないだの、自分が守られて当然だの……挙句、王都に送り届けるのが義務みたいに言ってさ!ああもう、また腹立ってきた!!」
カインさんの言葉に噛みつくようにメサイアさんが怒っていますが、話題を変えるという当初の目的は成功しました。視界の隅でレグ……ああもういいや、勇者さん、がほっとしているのが見えました。
私は私で、何故勇者御一行がここにいるのかという理由がわかって納得していました。
「それで、王都を出発してから時間が経っているのに皆さんがここにいるんですね…」
「そうよ!本当に、何であんなののために無駄な時間使わなきゃいけないのよ……」
メサイアさんの怒りはまだ収まらないようです。か、変える話題を間違えたのでしょうか……そう思っていると、カインさんが宥めに入りました。
「まあ、そう言うなって。お陰と言っちゃあなんだが、だからこそここに来る時間ができたんだろ?」
「う……うん。そりゃ……そう、だけど」
……?どういう意味なんでしょうか。
彼らは、視察のために各地を巡っているはずです。この村には今来る予定ではなかったけど、王都に戻ってくる用事があったから早いけどついでにやって来た……という話だったように記憶していますが。
もしかして、元々この村に用事があったのでしょうか?
……この村には何もないですから、用事なんてあるはずがないです。
そう、例えば―――
「おい……そいつが目を覚ましたら一声かけろと言っただろう」
――知り合いでもいない限りは。
「げ、駄目師匠」
「え?」
そこに現れた元神官様を、メサイアさんは師匠と呼びました。
…………え?