★記憶のカケラ1 『最期に覚えているもの』
★は過去の記憶。
特に記述がない場合は主人公の前世・リム視点。
「―――あ」
どうしてそうなったのか、はっきりとは覚えてない。
けど、気付いた時にはもう私のお腹に短剣が刺さっていて、触れた左手が血に濡れていた。
「貴女が……貴女が悪いのよ……」
ふらふらとおぼつかない足取りで彼女は離れていく。
その手には血まみれの短剣。
自分が刺されたんだとわかった途端、足から力が抜けて崩れ落ちた。
わかる。急激に魔力が失われてるんだ。
私を形作るチカラが、どんどん失われていく。
王都を守るために展開していた水属性の守護魔法が、私の魔力という糧を失い、雨になって降り注ぐ。
「違う…………いや。いや、どうして!どうして、私……っ!!」
カラン、と短剣が落ちる音が聞こえて、頭を抱えて怯えている彼女の姿が目に入った。その身体も声も、震えている。
目を開けていることも億劫で、暗い意識の中で考える。
彼女は、あの短剣を持っていた。人間が持ち得るはずのないものを。
だとしたらそのすべてが彼女の意志ではないのだと思って、少しだけ安堵した。
降り続く雨の中、刺された箇所だけが熱い。けれど身体は冷えて、とても寒かった。突然極寒の地に放り出されてしまったみたい。
死ぬ時は痛いんじゃなくて寒いんだ……。
「あ、あああああ!!!いや、いや……いやあ―――――」
聞こえていた彼女の叫び声も途切れてしまった。
もう耳も聞こえなくなってきてる。
目を開くことも耳で聞くこともできなくなって、これが死なのかと思った。
人が死ぬ時は孤独だと聞いたことがあるけれど、こういうことなのかな……。
「…………っ、しっかり…………!!」
まだ。
まだ耳が、生きていた。声を届けてくれた。
だけどもうよく聞こえない。
聞こえなかったけど、握られた手の感触で大切な仲間だとわかった。
この小さな手は、心優しいあの子の手だ。神殿に仕える神官で、治癒魔法の使い手。
今も一生懸命私の傷を癒そうとしてくれているんだと思う。
でもね、無理なんだ。身体の傷は治せるかもしれないけど、あの短剣は普通の剣じゃないから。
今も私の身体から魔力を奪い去ってる。きっとすべて奪うまで止まらない。
「リム…………やだ、…………っ!」
私の身体を揺さぶるのは、狩人のあの子。
弓を持たせれば右に出る者はいないほどのすごい才能を持った子だけど、唯一の家族だったお母さんを亡くして今も寂しい思いをしてると思う。
私は家族のように、姉のように振る舞えたかな……?少しは寂しい思いをさせずに済んだかな……?
触れている二人の温もりを感じながら、大切な人たちのことを考えた。
誰よりも前に立って戦う彼はもっとしっかりしてくれるかな。戦いでは頼りになるけど、いつまで経っても子どもみたいだから心配。
後ろにいる私たちを守って戦う彼女はもっと自分を大切にしてくれるかな。いつも皆を気にかけてるけど、そのせいで自分のことを蔑ろにしてばかりだった。私が相談に乗るよって言ったのにもう聞けなくてごめんなさい。
竜の身でありながら私たちに力を貸してくれた彼は、これからも人を信じ続けてくれるかな。孤独な思いをせずに済むかな。彼なら狩人のあの子に寂しい思いをさせないようにしてくれると思うけど、全部自分で抱え込んだりしないかな。
全部自分で抱え込むのは神官のあの子も一緒。いつも笑顔で皆のことを癒してくれるけど、辛いことも吐き出さなくちゃ。私はもう聞けないけど、皆には話してほしい。
人を信じることができずにいる彼は、これから先誰かを信じられるかな。私には証明できなかったけど、人を信じることが悪いことじゃないって少しでも思えるようになってくれるかな。
今も村にいる彼女はどうしてるかな。親代わりの神官様と一緒に元気に暮らしてるかな。絶対に帰るって約束したのに帰れなくてごめんなさい。
ああ……、まだ心残りがいっぱいあるのに。
息がうまく、できない。苦しい。
王都は守れたのかな。怪我した人はいないかな。仲間は皆無事なのかな。
――彼はここにいるのかな。
思えば、彼との約束も守れなかった。
一緒にいる、って。
一緒に帰るって、約束、したのに――
「―――リム」
――誰かに抱きかかえられたのがわかった。
まだ私の感覚は消えてはいない。耳もかろうじて聞こえている。
だとしたら目だってまだ開くのかもしれない。
最期の力を振り絞って重い瞼をこじ開けた。
――そこにいたのは、今にも泣き出しそうな顔をした幼なじみ。泣きそうで、でも泣けずにいる。
どんなに辛くても、彼はそうやって自分の感情を押し殺す。歯を噛みしめて自分の感情を抑え込むのは彼の小さい頃からの癖だった。
知っていたことのはずなのに、小さい頃と変わってないんだ、と思ったら少し笑みがこぼれた。
彼が話しているのをぼんやりと見つめた。音はわずかにしか聞き取れなかったけど、彼の口の動きと、こんな時に何を言うかを考えたらすぐにわかった。
「俺がすぐに戻ってきていれば」なんてことを言ってるんだと思う。
こんな事態、誰にも予想できなかったと思うけど、それでも彼が自分を責めずにはいられないんだってこともわかってる。
何でもそうやって背負っていたらこれから先つぶれちゃうよ。
そう言いたかったけど、言葉を浮かべることさえ難しかった。
だからどうしても言っておかなきゃいけないことだけを言おう。
「ごめ……んね、約束……ま、もれ……な…、………」
うまく伝わったかどうかはわからない。けど、私が彼の言葉を理解できたように、きっと彼も私の言葉を理解できたと思う。
その証拠……なのかな。ぎりぎりで湛えていた彼の目から涙が、零れ落ちた。
なんだ。泣けるんじゃない。
そう思ったら、安心して、眠くなってきた。
重くなった瞼に逆らえず、再び目を閉じる。
身体は相変わらず冷たかったけど、彼の腕はいつまでも温かく、涙はとても、熱かった。
「――――――――――――」
遠くなる意識の中、彼の絶叫を聞いたような気がした。
そして最期に、思う。
この腕の温かさと同じものを、私は、どこかで――
改訂前との変更点
・思い出す記憶の場面の変更。