第5話 頭の痛い出来事ばかりです
文献を返してから1週間ほどが経ちました。
まず、強制的に貸された本についてですが、先ほど無事に読み終えました。……読み始める前に発刊日を見たのはお約束ですよね。
発刊日は2年前。元神官様たちがこの村へ来た年、ですね。村にやって来る直前に購入したのでしょうか。比較的最新のものと言っていいでしょう。
文献より量が少ないと言ってもそれなりの長さがあるので3分でわかるはずがない…と思ったのですが、一度読み終えた後に箇条書きの項目を読んでみたら見事に3分でした。悔しいですが、非常にわかりやすかったです。本を返す時にこの3巻以外も貸してほしいと言おうかどうか悩んでいます…。
「いった……」
頭がずきりと痛んで、思考を停止させます。痛みはすぐに治まりましたが、またかと思ってため息がついて出ました。
ここ数日、頭痛が頻発しています。痛み自体はそう酷いものではないですし、すぐに治まるのですが……だからと言って嬉しいものじゃありません。
今日は特に酷いみたいで、短い間隔で痛んだり治まったりを繰り返しています。
どうにかならないんですかね、これ……。
「……?」
意識を頭痛から窓に移してみると、何やら外が騒がしい気配がしました。気にならないと言ったら嘘になりますけど、今は別のことで頭がいっぱいいっぱいです。
視線は机の上に放置された本……元神官様に貸された本へと向かいます。内容を思い返すと、やっぱりため息しか出ません。
「まさかまさか……ですよ」
確かに私も元神官様の反応がおかしいな、とは思いましたよ。魔法が使えると言っただけで問い詰められましたし。
普段やる気のない人があれだけ熱く語っていれば異常だと感じます。
元神官様からすれば私のほうが異常らしいですが。
いえ……元神官様だけじゃなく、世界の多くの人にとって今の私は異常なのだそうです。
「普通、そんなに廃れますかね……」
一言で言えば廃れてました。
何がって、魔法文化が。
本によると、今の人々は魔法があまり使えないのだそうです。
300年ほど前に魔法を使える人が次々に亡くなる不幸があり、魔法知識のほとんどが次の世代へ受け継がれることなく廃れてしまった……と書かれていました。
300年前と言ったら、私が生きていた頃です。
多くの人が連続して亡くなるような大事件なら覚えていそうなものですけど、私には覚えがありません。ですからきっと、私が死んだ後のことなんでしょうね。
しかし、何が起きたんでしょう?人が大勢亡くなるような不幸……それも魔法を使える人ばかりだなんて、何だか作為的なものを感じます。
時期的に魔王の仕業なのかもしれません。あ、もしかしたら私が読めなかった文献の後半部分には書いてあったのかもしれませんね。だとしたらこのこともこれ以上知ることはできないのですが……。
ただ、思うんですけど……、魔法書は残ってますよね?
魔法書があれば誰かに教わらなくても知識が得られると思うんですが……そういったものも残らなかったのでしょうか?
まあ魔法書なんて興味のない人にとってはただの分厚い本でしかないですからね。貴族はともかく普通の家庭ならうっかり捨ててしまったりもするのでしょう。
そういえば私の家の本ってどうなったんでしょう……今更ながらに気になります。
ともかく、そういったことがあったせいで魔法は廃れ、代わりに剣術などの戦闘技術が発達し身体能力が向上したのだそうです。
昔よりも人々が身体的に強くなっているというわけですね。そんな社会になっているにも関わらず私は相変わらず貧弱なままだったりしますけど、運動神経の無さはどうしようもないです。適性がなかった、と諦めておきましょう。
私の貧弱さはさておき、話を戻します。
今の人々はあまり魔法を使えない。それは、多くの魔法使いを輩出してきた貴族たちも例外ではないようです。
私は貴族に詳しくないのでわかりませんが、元神官様も怖い目をしてましたからね、貴族の人たちの前ではあまり魔法のことは言わないようにしましょう……。
ただ、この村にいる限りは貴族の人と会う機会なんて無いとは思います、け、ど。
「うっ、ぐ……」
また、頭が。
……治まりましたが、今日は本当に酷いですね。
これ以上考えても仕方ありませんし、気分転換も兼ねて少し散歩にでも行きますか。
「………、あれ」
家から一歩外に出て、何やら様子がおかしいことに気付きました。村の入り口に人々が集まっています。
そういえばさっき、外が騒がしかったような……何かあったのでしょうか。
とは言え、あの人ごみに入っていく勇気はありません。私は前世から人ごみが苦手ですぐに気分が悪くなってしまうので。
ただ、何があったのかは知りたい……と思っていると、ちょうどいい人が私と同じく遠くから人ごみを眺めているのを見つけました。
「元神官様。何かあったんですか?」
「ん?リィムか。……今といい商人の時といい、何でそんなに気付かないんだお前は」
ほっといてください。
「何でも、ついに来たらしい」
「来た?」
何が、でしょう?
わからないまま、視線を人ごみのほうへと向けました。
――遠くから駆け寄ってくるような、わずかな痛み。
ずきり、と響く痛み。
また……です。頭が、痛く……。
「勇者御一行だよ。旅に出たって話だったろう。この村が王都から近いのもあるが……まあ、心当たりがないわけじゃない」
元神官様の言葉も半分以上聞き流していました。
いつもならすぐに治まるはずの痛み。
それが、止まらない。
どんどん鋭さを、増して。痛い。
「しかし、旅に出たって話からしばらく経っているしな。何で今更こんな………リィム?」
痛い。痛い。でも探さなきゃ。……何を?
――見覚えのある姿を。
なに、が?なに……を?わからない。頭が割れそう、で……。
「リィム、どうした。おい?」
自分が何をしたいのかもわからない、ただただ、見つめているだけでした。
人ごみの中を一生懸命見つめて、その先に――
――私はその人を知っている。
「―――え?」
その瞬間、何もかもを忘れました。
びっくりして。けれどそれ以上に限界で。次の瞬間にはぷつりと意識が落ちるのを感じました。
このまま倒れると地面にぶつかって痛いんだろうな、と思いましたが、痛みはなく、どこか温かささえ感じました。
意識を手放していたからわからなかっただけかもしれません。
けど確かにあの一瞬、彼と目が合ったことを確信しました。
――レグナム。
私の遠い記憶の中にいる、大切な人。
かつて勇者に選ばれた幼なじみによく似た人を見つけました。
改訂前との変更点
・魔法が廃れた代わりに他の戦闘技術が向上した記述の追加。
・展開の変化。勇者御一行の来訪時期が変化。また、その理由も。