第4話 元神官様と魔法の話
変更点が多数あります。詳しくはあとがきへ。
説明回となってしまったので長めです。
翌日。文献を返すため、朝から元神官様の家へ向かいました。
文献の確かな重みを感じて、わずかにため息がこぼれます。やはりすべて読むべきだったのでしょうか……いえ、それができるならもうとっくに読んでますよね……。
頭を振って前を見ると、元神官様の家の扉が開いたのが見えました。
私が来たのがわかった…というわけじゃありませんね。
中から出てきたのは見覚えのない男性でした。村の人じゃないですね…?
「もっとゆっくりしていかれてはどうです?」
「いえいえ、嫁も娘も待ってますんでね。早いところ帰って安心させてやりたいし、娘がまだ小さくてね。会わないとすーぐ顔を忘れられちまうんですよ」
開かれた扉の向こうに元神官様の姿も見えました。お客さん?だったんでしょうか……。
「はは…、それは大変だ。わかりました、道中お気をつけて」
「ええ、お世話になりました。それでは失礼しますよ」
帽子のつばの部分を左手でつかんで礼をしているようです。その人が振り返り目が合いました。私が軽く会釈すると、あちらも私に先ほどと同じ挨拶をして去っていきました。人のよさそうな笑顔が印象的でした。
「元神官様。今の方は?」
去っていく人を見ながら、元神官様に尋ねてみました。元神官様が敬語を使うところなんて初めて見たので違和感だらけでしたが、「ああ」と気だるげに話すその姿は普段通りでした。というより、普段がやる気なさすぎなんですが。
「旅の商人だ。なんでも、隊商が魔物に襲われて散り散りになったんだと。逃げて迷い込んだ先に村があるんだからな。運がいいんだか悪いんだか。……って、昨日の夜に傷だらけの彼が来て騒ぎになっていたんだが、気付かなかったか?」
「いえ、まったく……」
全然気付きませんでした……こんな小さな村ですから、騒ぎになればすぐに聞こえていそうなものですけど。それだけ集中して文献を読んでたってことで……あ。
「そうです、これを返しに来たんです」
騒ぎに気付かなかった原因である文献を前に突き出しました。
「え。これ何だっけ」
まさかとは思いましたが、案の定忘れてました。どうでもいいんですかね……文献を思いっきり突きつけてやりました。
「おい、的確に鳩尾を狙おうとするな。覚えてる、冗談だって。こんないかにも面倒な本を借りるのはお前くらいだからな」
手でやんわりと回避されました。失敗しました……じゃなくて、覚えてるんだったらからかわないでください。
元神官様は受け取った文献をぱらぱらめくっています。そうしていれば神官らしいんですけど、すぐに面倒そうな顔をして文献から目を背けました。いや、あなたの本ですからね?それ……。
「しかしこんなもの読んで……。勇者に会いたいのか?」
「そんなわけないです。読みたいと思ったきっかけではありますけど」
「ふむ……」
勇者は私と同じ15歳だそうで、今年成人を迎え旅に出発したと聞きます。
ただ、すぐに魔王に挑むわけではなく、各地の街や村を視察しながら進みます。私の時代でも同じように視察していましたから、勇者が必ず行うことのひとつなのかもしれません。
そういったことを聞いているうちに前回のことが気になって文献を借りたんです。思い出した当初はそれが直前の勇者のことかわかりませんでしたし、村の人たちに聞いても「勇者が魔王を倒した」という当たり前のことしかわかりませんでしたから。
幸いと言いますか、元神官様が村に来たことでこうして知る機会ができました。実際は精神的な都合で全然読めなかったですけど…。
そんなことを考えていると、いつの間にか真剣な表情をしていた元神官様が質問を投げかけてきました。
「なぁ、リィム。まさかとは思うが……勇者の旅に同行したいわけじゃないよな?」
「は??」
思わずぽかんと口を開けて尋ね返してしまいました。いえ、こうなりますよね?急にこんなこと聞かれたら。
「村の奴らに聞いたんだが、お前魔法使えるんだろう?」
「あ……ええ。使えるには、使えますけど……。それがどうしたんです?」
「それがどうした、って……お前こそどうした。魔法が使える、それだけで充分理由になるだろう」
「え、ええっと……?」
意味がわかりません。元神官様は何を言ってるんでしょう。魔法なんて、覚えさえすれば誰でも使えるじゃないですか。
「いや……待て。そもそも、どうやって覚えた?この村に魔法を教えられるような人間はいないはずだ」
これには思わずぎくり、としてしまいました。
前世の記憶を思い出した時、同時に魔法の使い方も思い出しました。魔力の量もまったく同じだったので前世の延長線上のような形で使えるんですが……誰かに教わることもなくある日突然魔法を使い始めたらさすがにおかしいですよね?
私はその頃から家にある魔法書を読むフリを始めました。いえ、実際に読んではいたんですけど、ほとんど読んだことのあるものと似た内容だったので……。
私が魔法を覚えたのは、前世の私の家に魔法書があり、それを幼なじみ二人と興味本位で読んだからです。
私の両親は魔法に関わる仕事をしていたとしか思えない魔法書の量があり、娯楽の少ない村で私たちは魔法書を読んでは試す、といったことを繰り返していました。そうしているうちに威力や詠唱の長さにばらつきはあるものの一通り理解できるようになったんです。
現在の私の家も同じように魔法書がずらりと並んだ部屋があり、また同じような両親のもとに産まれたのだとわかりました。そして、前回と同じ言い訳を使おう、と決めたわけです。そのほとんどが前世の私の家にあったものと同じような本だったので内容を突かれても答えられますし、言い訳としてはばっちりですしね。
「い、家の魔法書を読んで覚えましたよ」
村の人は私が魔法を使えることを既に知っていますから、この言い訳は外から来た人用に作っていたんですが……まさか最初に使うのが元神官様とは思いませんでした。元神官様、訝しげな表情をしています。家の本を読むのがそんなに変でしょうか……?
「家の……って、あの膨大な量を読んだのか?」
あ、量の問題で訝しんでいたんですね。元神官様は私の家に魔法書が大量にあることを知っています。その多さにびっくりしていましたから、誰の目から見ても普通の量じゃないんでしょう。
「は、はい。ほら私、家族も友達もいませんし、時間だけは有り余ってますから」
「ああ……いやまあ……」
家族のことを持ち出すと元神官様が困ったような顔をすることを知っています。人の良心を突くようで少し申し訳ないですが、前世の記憶があるなんて言えませんしね…。
「その……、魔法が使えるのは、別にいいんだ。いや良くはないんだが……まあいい。問題はお前、高位魔法使わなかったか?」
「え!?高位魔法……ですか?」
予想の上をいく質問にまたも驚いてしまいました。私、現世で高位魔法を使ったことはまだないはずなんですが……?
魔法は属性とは別に、強さによって3つに分類されます。弱いほうから、下位、中位、高位。下位魔法なら魔法の素質が低い人でも使えますし、中位魔法は詠唱さえあれば多くの人が一般的に使えます。
高位魔法となると……実際に使える人は限られてくると思います。いえ、使うことなら誰にでもできるのですが、その属性が苦手なほど詠唱が膨大になっていき、あまり実戦向きではないんです。
かく言う私も高位魔法の詠唱が長引きがちで、仲間の助けなしには使えませんでした。
……文献で魔法使いと書かれていたくせにこの程度だと知れたらがっかりされそうですね。
そんなわけで、現世になってから高位魔法は使った覚えがありませんし、使う機会もなかったかと思います。一体何のことを言っているのでしょうか。
「村の周囲一帯が火事になった時、お前が水魔法使ったって聞いたぞ」
「ああ……あの時ですか」
あれは……元神官様たちが来る1年ほど前、だったでしょうか。
この村では、祭りと呼ぶには小さすぎる、けれど村の人たちが毎年楽しみにしている催しがあります。
冬の終わり、その年に余った薪を村の中央に集めて新たな春を迎える準備をするという、火を囲んで皆で食事をするだけの催しなのですが、その年の燃えた薪を処分する担当だった人が作業を怠ったらしく、適当に捨てたそれらがまだ燃えていて近くの木に引火。風が強い日だったのであっという間に村の周囲に燃え広がったことがありました。
あまり目立ちたくはなかったのですが村にいた人の中に水属性を使える人がいなかったので私が鎮火しました。すごくお礼を言われたのでやって良かったかな、とは思ってますけど。でもあれって……。
「確かに水属性の魔法を使いましたけど……あれ中位魔法ですよ?」
「中位魔法か……いや、それでも充分だろう……。その口振りだとお前、中位魔法が使えて当たり前みたいに聞こえるだろうが」
「え?」
元神官様の口振りだと、使えなくて当たり前、みたいに聞こえるんですが。
あ、もしかして。
「そうですよね。元神官様は神官だったから治癒魔法しか使えないんですよね?」
「それはその通りなんだが、まず、言っておこう。リィム。村の外の人間に対してそういうことは言うんじゃない」
「そういう……って、どういうことですか?」
真面目な顔をして言われましたが、意味がわかりません。私が首を傾げていると、元神官様はため息をついて眉間を押さえました。そ、そんな嫌そうな態度取らなくたっていいじゃないですか!
「お前がどこかずれてることはわかってたつもりだったが、一番常識的な部分で俺が認識違いをしていたことを今やっと理解した。お前の魔法の常識、家の魔法書が基準になってるな?」
「魔法書?」
魔法書は以前読んだものと同じような内容ですから、確かにあれが基準だと言われても間違ってはいないですね。でもそれが何だと言うのでしょうか。
「そうだ。あの魔法書……発刊日をざっと見たが、300年ほど前、だったか?俺でも読んだことのない古書があれだけ並んでいたんだからな、初めて見た時には言葉を失ったものだ」
え……300年前!?じゃ、じゃあ、私が昔生きてた時代とほぼ一緒じゃないですか!
も、もしかすると……同じような内容だと思ったのは、同じ……本、だった、から……ですか?
元神官様が驚いてたのも、本の量じゃなくて、古さ……だったんですか?
元神官様……発刊日なんて見てたんですね…。私、中身しか読んでませんでしたよ……。
「俺も知識の上では知っていたが、300年前は本当に魔法ありきの世の中だったようだな。逆に今がそうでないことは誰もが知ってることのはず……と思っていたが。これだけ田舎の環境と前時代の遺物に囲まれてるお前にはその常識が通じなかった、と。まったく……王都じゃ子どもでも知ってる一般常識だぞ」
「うう……」
私の知識は子ども以下ですか……。村の人たちの前で魔法を使った時、驚いたり褒めてくれたりすることはあっても誰もおかしいなんて言いませんでしたよ……。
「そんなわけだから、村人はともかく、外の人間にとっては魔法が使えないことが当たり前なんだ。一部の貴族なんかは未だに魔法の神秘を追い求めていたりもする、むざむざ逆鱗に触れるようなことだけはするなよ?」
「肝に銘じておきます……」
いつの時代でも貴族って変わらないんですね……私がいた時代も魔法を追い求めてる貴族っていましたよ。すべての貴族がそうじゃないんでしょうけど、色々あって未だにちょっと苦手です。
「お前ほどの実力があれば王宮への士官も貴族の養子になることも可能だろう。……残念ながら俺にはツテがない。村の誰しもがそうだろう」
だが、と元神官様は続けます。何だか熱が入ってるように見えるのは気のせいでしょうか。
「勇者は違う。視察をしている彼らには直接声が届く。懇願すれば、よほどのことが無い限りお前の同行を許可してしまうだろう。戦闘経験が無いにしろ、魔法が必要な場面はどこかであるだろうからな」
いや実は戦闘経験もあるんですけど……って、そうじゃなくて。話がどんどん大きくなっていってるんですが。
「ちょ、ちょっと待ってください。一体どうしたんですか、そんなに熱くなって」
「…………そう、だな。よし、ちょっと待ってろ」
言い返そうとした元神官様でしたが、言葉を飲み込んだかと思うと私を待たせて家の中に消えてしまいました。えーと、私、帰ってもいいですか…?
ものの30秒ほどで戻ってきた元神官様の手には本が握られていました。
文献とは違う、一般的な厚さの本です。元神官様は「読め」と言ってそれを渡します。
タイトルは……『都会人のすゝめ (3) 3分でわかる魔法常識』
「何ですかこれは」
相当馬鹿にされてますよね?これ。
怒ってもいいですよね?これ。
「怒るなよ?怒ってしまえば全巻揃えざるを得なかったあいつを馬鹿にすることになる」
声のトーンを落とした元神官様は後ろに見えないようにしながらも親指でこそこそと後ろを指しています。
元神官様の後ろこと家の中をのぞくと、奥さんと目が合い微笑まれました。今日も笑顔が素敵ですね。私の目の前ではあなたの旦那さんがこっそり指をさしていますけど。
「とにかくそれを読め。まずは読んだ上で自分の異常性を認めろ。そうしないとお前も正常な判断をできないだろう」
「はぁ……?」
納得しかねましたが、ここで頷いておかないと帰してくれないんでしょうね。いい加減他のこともしたいので諦めて本を受け取って帰ることにしました。
「あれだけ言っても伝わらないんだろうな……」
本を手に家へと帰る私の背後から、そんな言葉が聞こえました。
今と少し勝手が違うみたいですけど、いくら何でも魔法使いに夢を見すぎですよね。元神官様は一体どうしてしまったんでしょうか。
とは言え、後で一応読んでみましょうか。田舎者だと言われ続けているようで癪ですけど……。
改訂前との変更点
・章の追加。プロローグになりました。
・小説の説明文を変更しました。今後も微調整。
・登場人物の追加。ただし当初から存在していた人物。
・展開の変化。今回の話では微々たるものですが次の話以降大きく変わります。
・主人公の魔法に対する認識。おそらくこれが一番大きな変更点。