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フラグ管理は各自でお願いします  作者: real
1章 歯車《フラグ》は回り出す
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第25話  近く、そして遠く




「リィム」



 自分の部屋へと向かう廊下の途中で名を呼ばれ、振り返るとそこにいたのは――勇者さん。

 なんとなく、彼ならきっと追ってくるのだろうな、とは思っていました。

 ――そんなところも、彼と、よく似ていて。


「すまない。君を巻き込むことになってしまって……」

「いえ……」


 カインさんの気持ちも、わからなくはないんです。力を持つ人に出会った時、ともに歩んでほしい、ともに戦ってほしいと願う気持ちは、間違いではないはずですから。

 ……リムが旅をしていた頃、出会った人々に旅の仲間にならないかと誘っていたんです。危険な旅だというのに、もっと軽率に。

 今ならそれがどんなに軽はずみな言葉だったかわかります。対してカインさんは、自分の言葉がどれほどのものか理解したうえで告げているのですから、私とは全然違います。


「勇者さんには……話しましたよね。私が、かつての勇者たちの伝記を読んだこと」


 廊下の窓から外を眺めると、あとわずかで沈む夕日と、それに照らされた村の様子が目に入りました。

 「ああ」と頷いて勇者さんも隣に並びます。


「私はですね、あれを読んで思ったんです。魔法使いは……要らなかったんじゃないかって」


 窓を開けると、風が吹き込んできました。

 穏やかな風。けれどわずかに冷たくて、これから闇を運んでくる気配がしました。

 目を閉じて風を感じていると「どうして?」という声が聞こえました。

 勇者さんが言ったのだと思うんですが、誰ともしれない人の声のようにも思えました。けれど答える内容は変わりません。だから目を開くとともに私はこう答えました。


「そりゃあ、魔法は使えたのかもしれません。けれど、彼女である必要はなかった。ううん、それこそその枠が空席だったとしても、彼らの、勇者の旅は不都合などなかったはずなんです」


 旅を思い返す。リムが、いなかったとして。戦士ふたりが道を切り開き、神官が癒し、狩人の矢が的確に狙いを定め、竜の魔法や勇者の剣が魔物を打ち払っていたでしょう。彼は……そう、確か義賊という呼び名で。彼が偵察を行うのならきっと道行きは安全で。


「今でこそ魔法使いは希少なのでしょうけど……当時は他にも魔法を使える人がいて……実際、他の仲間にもそんな人がいたわけでしょう? 幼馴染が心配だからと、ついて行く必要はなかった……」


 思い返す。

 命が終わるその時を。

 私は彼らと出会えた幸福を得たけれど、彼らは私と別れる悲しみを背負って。

 悲しまれるくらいなら、苦しませるくらいなら、いっそ――


「それじゃだめだ」

「え?」


 沈みかけた思考を引き上げたのは、勇者さんの声。

 見つめた先、隣にいたその人は、胸の前で拳を握りしめてうつむいていました。


「魔法使いがいなければ、きっと勇者の旅は成功しなかった」


 夕日ではうつむいたその顔をしっかりと映し出すことはできませんでした。

 だから、でしょうか。私の知る勇者レグナムに重なって見えて。

 思わず手を伸ばしそうになって――そこでハッとしました。

 この人は……彼、じゃない。

 何も知らないのに、あなたは彼ではないのに。


「……何でそんな風に思うんですか」


 何故そんなことを言い切るのかと何だか無性にイライラして、冷たい言い方になってしまいました。

 勇者さんはその顔をあげると、少し困ったように、


「魔法使いがいたから、彼は勇者である前に……ひとりの男でいられたんだ」


 拳をほどいて、私に微笑みました。

 思い出すのは、以前彼が告げた言葉。


『わかってる。皆が期待してるのは勇者の存在であって、俺じゃない』


 そうして浮かぶ、彼の、孤独をたたえた表情。

 けれど今思い浮かべたのは、どちらの彼だったのか。

 答えが出ないまま彼の視線を追うと、ずいぶんと日が沈んでいました。もうすぐ、夜がやってくる。



 ――子どもの頃は夜が怖かった。

 真っ暗なその先に、蠢く何かがいるような気がしたから。

 だから温もりを求めて、手を伸ばして――そしてその手を掴んでくれる人たちがいて、安心して眠りに落ちた。

 ――今は手を伸ばすことも出来ない。私はもう大人で、私はもうひとり、だから。



 そう、だから私は――彼と近付きすぎてはいけないと、自分に言い聞かせるんです。



「……洞窟への同行はします。けれど、それ以降はどんなに頼まれても行きませんから」


 同じ勇者であっても別人なのだと、彼らは違う人なのだと、勘違いしてはいけないのだと。

 私はもっと、彼と離れなくては。


 遠ざかる私の背に、かすかな声だけが投げかけられます。



「それでも、俺は――」



 言葉はやがて暗闇に溶けてしまい、私の耳には届かず。



「――ああ、本当に。あなたが……彼だったなら」



 そうすれば、約束だって守れたのに。

 私自身の願いの言葉でかき消されてしまいました。






これにて1章終了です。

次回は自己満足の人物まとめになると思います。

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