第24話 一択の選択肢
最初はリィム視点、途中からカイン視点。
「ふあ……」
いやーよく寝ました。寝すぎてあちこち痛いような気がします。身体全体がバッキバキです。朝日もどこか明るすぎて眩し……あれ、というかこれはもう昼なのでは?
何だか前にも似たようなことがあったような……いやきっと気のせいだと思いますけど。
「――リィム」
「あ、おはようございます、勇者さん」
廊下ですれ違った勇者さんにひとまず挨拶をします。
あれ、でもどこか微妙な表情をしていますね。
認めたくはありませんが、これはやはりかなりの寝坊、なのでは……?
とはいえわざわざそんな指摘をされたくないのでそのまま気付かないふりをします。
って、あれ? またしても変な感じが……あ、お風呂にも入っていないことを思い出しました。ああー、だめだめ尽くしですよこれ。
居間に入ると、メサイアがいました。
軽く挨拶をしたらお風呂に向かおうと考えていたのですが、無言でこちらに向かってきたメサイアに勢いよく手首をつかまれました。
「……問題なさそうね」
「は、はい?」
まるで初めて会った時のように、扱いが病人に対するそれだなと思いました。何なんですか一体……私、心配されるようなことなんて……。
「あ」
――思い出しました。
冷たい雨。商人さんたち。水壁と魔物に囲まれた村。久しぶりの――戦い。
どうやらあの後、疲れてすぐに眠っちゃったようですね。だから心配されていた、と。
納得すると同時に、ようやく家に帰ってこれたのだと理解してほっとしました。
「そうでした……私、あのまま寝ちゃって……」
「痛むところもないか? 身体に違和感は?」
「あ、いえ。特には……」
私の後を追ってきたらしい勇者さんが後ろから声をかけてきました。うーん、身体があちこち痛みますが、これ寝すぎただけですしね。さすがに黙っておきましょう。
それにしても、そんなに心配されなくとも大丈夫なんですが。私、うなされでもしてました?
「別にそいつの心配が過剰ってわけでもないからね。あんた、一日以上寝てたんだから」
「は?」
メサイアの話によれば、私たちが村へと帰ってきたのは昨日の朝方だったそうです。
戦いを終え、私はそのまま爆睡。丸一日経っても目覚めることなく、夕方となった今ようやく起きてきた、と。それは……心配、されますね……。
「ええっと、ご心配、おかけ、しました……?」
私としては眠っていただけなのでまったく自覚なしですが、心配かけたのは事実のようなので……。
あ、えっと、そろそろお風呂入ってきていいですか?
*
お風呂に食事と一通りの行動を終えたところでカインさんから「話がある」と切り出されました。
それは勇者御一行の旅への同行を願うものでした。
私としては断りたかったのですが……。
「洞窟の調査?」
旅への同行はさておいても、その調査にだけは必ずついて来てほしいのだと頼まれました。
王都の近くで発見されたという洞窟らしいのですが、どうやら物理攻撃が効きにくい魔物が数多くいるらしく、魔法が使える人がいないと立ち行かないそうです。
話によると騎士団の人々が何度も洞窟に向かっては、魔物に太刀打ちできず戻ってきているとか。
ああ……なるほど。ここにも魔法がすたれた弊害が……。昔だったら魔法を使える騎士さんなんていっぱいいたでしょうしね……。
そして騎士団でさえ対処できないということで勇者御一行にお鉢が回ってきた、と。
大変だな、と思う反面、私の冷静な部分が失敗したな、と思考をしていました。
これってどう考えても、勇者さんたちの前で魔法を使ったのが原因ですよね。あれさえなければ……と思ったのですが、え、元神官様から聞いた? じゃあ私の行動はそんなに関係ないですよね。え、元神官様は村の人たちに聞いた? じゃあ昔の私の行動のせいじゃないですか……。
何だか巡り巡って自分に返ってきただけだったようなのでちょっとしょんぼりしました。
と、ともかく、どの道私が魔法を使えることは知られてしまったわけですし、問題はこの調査に同行するかどうか、なんですけど。
「行く行かないは当然お前さん次第だが、後々寝覚めが悪いことになると思うぜ」
「え?」
どういう意味だろうと首を傾げていると、メサイアが言葉を添えてくれました。
「……王都の近くに魔物が現れているっていうのに騎士も頼りにならない。じゃあその後どうなっていくかって話よね」
「あ……」
――倒せなかった魔物は、いずれ王都にやって来る。その時には数がどうなっているかはわからないし、そもそもその魔物に対処できる騎士はいない。その時、王都に住む人たちは……。
ああ、そっか。王都に住んでいるのは騎士の人だけじゃない。戦う力を持たない、普通の人たちもいて……。
もしかしたら王都に近いこの村だって、他人事じゃないのかもしれません。
眠る前に見た光景が思い出されました。もしも魔物がやって来た時に戦える人がいない状況だったら?
この村の凄惨な場面を思い浮かべそうになって、慌てて首を振ってその嫌な考えを振り払いました。
けれど、メサイアが言いたいのは、そういうことなんですよね……。
「――わかりました」
一呼吸置いてからそう答えました。
けれど線引きはしっかりと。
「けど、洞窟の調査までですからね。そこから先は、私、行けないです」
「リィム、」
「すみません、私まだ疲れてるみたいです。先に休みますね」
一方的にそう告げて部屋を出ました。
今は、ひとりになりたい気分でした。
***
「あの子、たぶん気付いてたわよ」
メサイアの言葉に、ああ、と頷いて返す。
レグザートの姿はもうない。あいつはすぐさまリィムを追っていった。あれだけ自分から関わるくせに何を怖がっているんだか。
「あんた、わざとでしょ?」
リィムもレグザートもいなくなった室内。主語もつけず、それでいてメサイアの言葉はどこか刺々しい。先ほど俺がリィムに告げた言葉に腹が立っているらしい。
「主語を言え、主語を」
「……わかってるくせに。リィムにあんな話して、わざと罪悪感煽ったでしょ」
そんな言葉、答える必要もない。どうせこいつも確信持って聞いてやがるんだ、そんなのはどう答えたって一緒だろうが。
「俺には俺の役割があるんだよ」
「それでもやり方ってあるでしょ」
だからあいつが自分から行きたくなるような説明をして、罪悪感が増しそうな話をしたんだと言えば、こいつはまた文句言うだろうな。だからまた黙っておく。
俺が答えるつもりはないと分かっているから、メサイアもそれ以上会話を続けるつもりはないようだった。
代わりに、冷たい言葉と視線がやってきた。
「ま、あんたの考えに乗ってあの子の後押ししたあたしも同罪か。確かにそうなったら大変だとは思うもの。……にしても、あんたってほんっと性格悪いわよね。リィムにも嫌われてると思う」
「しょーがねえだろ、俺も困って……おい待て、「リィムにも」ってまさかお前」
「あーあ、早くトマス戻ってこないかなあ。こんな腹立つおっさんと一緒にいるの気が滅入るっての」
「おいこら、そもそも俺はまだおっさんって歳じゃねーぞ!」
俺の言葉を無視して部屋を出て行きやがった。
「……俺だってやんなくていいならしねえっつの」
ま、恨まれるだけのことをしてる自覚はある。それで今の問題が解決するならやるしかないだろ。
あーちきしょう、早く気楽な生活に戻りてえ……。
ソファに沈み込みながら大の字状態。もうこのままふて寝してやる。
カインは合理的な性格をしているものの、元来こういった暗躍するのは向いていない人。
立場があるために仕方なくこういった行動をせざるを得ない。
メサイアはカインだけでなく後押ししてしまう自分にも腹を立てている。
また、今回につながりのある14.5話(カイン視点)に追加修正を行いました。
カインは元々リィムを勧誘するつもりで村を訪れていたけれどメサイアやトマスには伏せていた、といった内容です。




