☆治癒術師は思いを馳せる 『共感』
治癒術師・メサイア視点。
リィムたちが到着する前の出来事。
正直なところ、あたしは未だに状況がよくわかってなかった。
準備している間にカインが教えてくれたのも、魔物がこちらに向かっている「らしい」ということだけだったし。
そんな情報がどこから? と考えて、すぐに違うとわかった。
これはきっとこの男の――勘、だ。
いやもっとちゃんとした言い方するなら、感覚、って言うのかな。
あたしやレグザートと違って、カインには魔力が全然ない。きっと魔物が発する魔力さえも認識出来てないんだと思う。
それなのに、あたしたちが魔力を感知する前にカインがふっと言うの。もうすぐ来るぞ、って。
それが一度だけじゃなく何度もあったら、そりゃ誰だって信じるようになるでしょ。
だから今回もきっと、そういうことなんだと思う。
普段はふざけてるように見えるカインだけど、その根っこの部分は「戦う者」なんだ、って痛感することがある。
んー、でも騎士っていうより戦士よね。守るために戦うんじゃなくて、戦うことで守る存在。
カインに支援魔法をかけた後、すぐにあたしも下がるように言われた。普段の戦いならまだしも、村のあっちこっちから魔物が来るのにあたしを守ってる余裕ないからって。
当たり前のことだけど、あたしには何かに対抗する力はない。だからカインが言うことはもっともだってわかる。
わかってるけど……正直ね、しんどい。悔しいんだ。
だけどそんなことを考えていられたのは最初のうちだけだった。
「――は?」
魔物の咆哮や何かを壊すような音が聞こえたかと思ったら――すっごい音とともに村を囲んでる壁から水が立ち昇った。
やがて水は収束して、壁の高さをより高くするようにとどまっていた。ただそれが普通の壁と違うのは、赤い色――たぶん壁の向こうで魔物が放つ炎が上がっても、その水で吸収してしまったり、魔物の咆哮――たぶん壁を壊そうとしてる声がしても、自在に動いて敵をいなしていたりすること。
いやいやいや……意味わかんないんだけど。
ふとカインを見ると、やっぱり状況が理解出来てないんだろうね、ぽかんとして周り見てた。で、カインの先――村の入口のほう見ると、入口だけは水の壁がないみたいで魔物が入ってこようとしてた。
そりゃそうだよね、全部壁だったら出入り出来ないし……じゃなくて!
「カイン! は、し、れーー!!」
あたしも慌ててたから、とにかく叫んだ。あたしの声にはっとしたカインが周囲を確認して入口に気付いた。大慌てで入口を守りに行く。
あいつ、村の四方から魔物が来ると思ってたから真ん中にいたのよね……急いで向かったおかげで何とか村の中に魔物を入れずに済んだみたい。
まずは一安心だけど……何でこんな仕掛けがあるって黙ってたのよ、この村の人たちは。
ちょうど隣にやってきた師匠に苛立ちをぶつける。
「ちょっと! こんな仕掛けがあるなんて聞いてないんですけど!」
師匠はあたしと視線を合わせず、外をぼんやり見ながらつぶやいた。
「ああ、言ってない。そもそも俺だって聞いてない」
「は……?」
「あーくっそ、どう考えてもあいつだろ……リィム……」
「はあ!!?」
さっきから意味わからなさすぎるってのに、ここへ来て特大の意味不明さがやって来たんだけど。
師匠が言ってる通りなら、これをやったのはリィムってことになる。確かこの村で魔法が使えるのは師匠とリィムくらいって話だったし、師匠が使えるのはあたしと同じで治癒魔法。だからこういう芸当は出来ない。消去法でリィムってことになるけど……。
ただ師匠の話じゃ下位の水魔法が使えるくらいって言ってなかったっけ…? こんなすごい芸当、どう考えても下位じゃすまないわよ。
「村人たちから当時の話を聞いたが、村の結構な範囲が燃えそうになったらしい。それをまたたく間に消したそうだぞ。ああ、本人にも確認したが、中位魔法を使ったそうだ」
「はああ!? 何それ、何で言わなかったのよ!」
驚くのこれで何回目よ……数えるのも馬鹿らしい。
そんなあたしを見て鼻で笑う師匠。むかつく。
「火事がボヤ程度だと勝手に誤認したのはお前たちだろう。もし中位魔法が使えると最初から知っていたらどうしていた?」
「どうしていたって、そりゃあ……」
是が非でも仲間になってほしいって思うわよ。今はさすがに本人の意志無視したりしないけど、もし親しくない間柄だったら「多少」強引にでも連れて……って、そういうこと。けどね、それってさすがにどうなの?
「ちょーっと過保護すぎんじゃない?」
「馬鹿言え、これでも必要最低限にとどめているくらいだ」
そうして師匠の口から出てくるのは、あの子の魔法に関する常識の欠如。この村の人間が魔法に疎かったのもあるんだろうけど、それにしたってねえ…。
「俺も他の者に話を聞くまで、あいつが魔法を使えることを知らなかった。これが何を意味するかわかるか?」
「何って……常識を知らなかったってことでしょ?」
「そうじゃない。あいつはな、あれだけの魔法が使えるというのに普段の生活に一切魔法を使わないんだ。だからこそ発見が遅れた」
普段魔法を使わない…?
あたしだったら、怪我したら即使うわね。ああ、人様にはさすがに勝手なことしないわよ。
ただ子どもの頃は覚えた魔法をすぐに試してみたかったし、これだけ出来るようになったんだって師匠に言ったりしてたっけ。
リィムの場合は、水魔法、だっけ。じゃあ普段の生活でも水回りでは困らないんじゃないの?
あれ、そういえばあの子、水汲みがどうのとか言ってたわね……何で魔法使わないのかしら。
「俺が思うに、あいつは。常識までは知らずとも、周囲との違いを感じていたのかもしれん」
――違い。
その言葉を聞いて、いくつか思い浮かぶ。
他の村人たちには家族がいるけれど、リィムにはいない。
他の村人たちは魔法が使えないけれど、リィムには使える。
そのどちらも、彼女が自分で選んだものじゃない。そう生まれたもの、そういうところに生まれ落ちたもの。
誰のせいでもない、そういう風にしか生まれてこなかった。ただそれだけのこと。
でも、それが時々すごくしんどいものだっていうのは、あたし自身よくわかってる。
……ふと、リィム本人が言っていた言葉が頭をよぎった。
『両親は私が小さい頃に亡くなったと聞いています』
『寂しいと思ったことは一度もありませんよ』
幼い頃から家族がいなかったというリィム。
寂しいと思ったことはない。そう言ってた時の表情はあまりにも自然で、もしかすると本心なのかもしれないけど。
それでも、魔法が使えるようになったと話す相手もいなかったのだとしたら――それは寂しいことなんじゃないの…?
「正直な、俺だってその才能を眠らせておくのは惜しいと思ったよ。だがそれ以上に不憫な子だと思ってな……常識を教えてもらうどころか、その才能を褒めてくれる相手さえいないんだと思うと、どうにも……」
師匠がうつむいた。ああ、そういえばこういう人だった。だからこの人は文句を言いながらもあたしを引き取ってくれたんだっけ――
「だからこそ、あいつが望まない限り外には出さないようにと考えていた。お前らの誤解を解かなかったのもそのためだ」
「ふーん……あっそ」
まったくもう。
そう思ってるんだったら、もうちょっと態度にも出せばいいのに。
「師匠さ、よく不器用だって言われない?」
「お前に言われたくはないな」
師匠は眉間にしわを寄せた。あたしは笑った。
さあて、それじゃそろそろあたしも働きますか。だいぶ時間も経ったけど戦線も安定してるし、騎士サマもあたしひとりくらい守れるでしょ。
うん?
外で何か動きがあったみたい。魔物じゃないけど、何かが入ってきた。
あれは馬車とレグザート……それにリィム!?
今回も評価を入れてくださった方々、ありがとうございました。
久方ぶりにポイント評価が減らずにキープされていたので非常にやる気につながりました(それでも月一ですが)
この次の話も他者視点にする予定でしたがそうすると4話ほど他者視点が続きそうだったので、ひとまず次話は主人公の視点になります。