第22話 「魔法使い」が生まれる日
よくよく考えたら1か月後は全然早くなかった。
異変にはすぐ気付きました。
村の周囲に黒い何かが群がっていること、近付くにつれ大きくなる金属がぶつかり合うような音、そして決定的だったのは――魔物の咆哮。
村が魔物に襲われていることは明白でした。
気付いたのは比較的早い段階だったので、村まではまだいくらか距離があります。とはいえこのまま手綱を握っているだけというわけにもいきません。
思いつく方策は――まあいくつかありますけど、さすがに私が勝手に決めるわけにもいきませんしね。まずは聞いてみましょう。
「さて、現状は見ての通りですけど……どうします?」
「え、あ、ああ……少し、考える時間をくれないか」
おや、動揺しているのかまだ決めかねているようですね。これまでの戦いの経験から言って即座に行動しそうなものですが……あ、でもよく考えたらこの人、昨晩まったく休んでいないんですよね。
気絶という名の睡眠をとっていたり、馬車に乗せられて自分ではまったく移動していない私とは正反対にかなり疲れているはずです。そりゃあ思考能力も落ちるはずですよ。
距離を保った状態で一旦馬車を止めます。幸い、まだ気付かれていないようです。
さてそれでは、少し助け舟を出しましょうか。時間をかけて同じような答えにたどり着くだけでしょうし。
「じゃあその前に、私の考えを言ってもいいですか? とりあえず三つほど」
「……ああ、頼む」
「一つ目はこのまま外から攻撃する方法。二つ目は勇者さんは村に入り、私が外に残る方法。そして三つ目はこのまま馬車で村の中まで突入する方法、です」
後ろから「えっと……」という声が聞こえてきます。あー、やっぱり頭が回っていない感じですね……。
一応、順番に説明していきますと。
まず、外から攻撃する場合。魔物の注意をこちらに惹きつけ、村を守ることを最優先にする案です。その分、こちらに意識が向きますから危険を伴います。現状、どれほどの数そしてどんな魔物がいるかもわかりませんしね。
続いて二つ目、内外に分かれる場合。私のところに助けにやってきてくれたのは勇者さんとトマスさん。そうすると、勇者御一行でこの村に残っているのは騎士のカインさんと治癒術師のメサイア。
元神官様をはじめ村の人々は戦う力がないので、魔物と渡り合うだけの力を持っているのは実質カインさんひとりだけです。今はまだ何とかなっているようですが、かなりつらいはずです。そこに勇者さんと投入し戦線を安定させること。そして私が姿を隠しながら村の外から魔法を当てては逃げ、を繰り返せば意識も分散させられますし、お互いに魔物が集中してやってこないので楽だと思うんですよね。
ただ、勇者さんのこれまでの言動から考えて、たぶんこれを選ぶことはないと思いますけど。
そして最後に、馬車で村の中に入る場合。
どういうわけか、まだ村の中に魔物が入っていないみたいなんですよね。カインさんが村の入口で侵入を防いでいるようです。なので中に入って、一緒に迎撃をする……というのがこの手です。一番簡単な手ですけど、一番融通が利かないのもこれです。
それにしても、うーん、まだ魔物がやってきてからの時間が浅いんですかね?
いくらカインさんが凄腕の騎士だとしても、魔物が律儀に村の入口から入る理由はないはずなんですが……。
………あれ。
いま一瞬、心当たりが浮かんだ、ような。
いやきっと気のせいですよね。
「――村に入ろう。カインや村の人たちの様子も気になる」
「わかりました」
そんなことを考えていたら、勇者さんが結論を出しました。まあ、それになるだろうとは思っていましたよ。
じゃあ……あれと、これと、あとは馬のほうに……あ、これも準備しといたほうが……まあこんなところですかね。よし、じゃあ再びしっかり手綱を握って、と。
馬車が再度動き始めたところで、勇者さんの声がしました。
「………リィム。いま、のは……」
おや、何だかぎこちない声? ですね。勇者さんどうしたんでしょうか。
「え、何です?」
「魔法を展開しただろう。いま、いくつ起動した?」
いくつ……って、変なことを聞く勇者さんですね。
「そんなの、必要な分だけ、に決まってるじゃないですか」
かつての仲間たちもそうでしたけど。
何で、数なんて確認してくるんでしょうね。
わからないんだったら魔法の内容について聞けばいいのに。
みんなそんなに数が大事なんですかね。よくわかりませんけど。
さて、ようやく馬車の速度が出てきました。さすがに魔物の何体かはこちらに気付いていますね。
それじゃあさっき用意しておいた風魔法で、っと。やっぱりあらかじめ用意しておくと便利ですね。まあ思ったより襲ってくる魔物の数がいなかったので念のため用意していた加速用の風魔法は無駄になっちゃったんですけど、何もないにこしたことないですし良しとしましょう。
さあ、もうすぐで門に……あれ、カインさんが避けてくれない。え、てっきり魔物を惹きつけるためにわざとこっちに視線を向けていないんだと思っていたんですが。
「避けろカイン!」
勇者さんの叫びと同時に横に避けてくれました。
さすがは騎士。身体能力すごいですね。
適当なところで馬車を止め、起き上がったカインさんのもとへ向かうと大声で叫ばれました。
「おまっ……殺す気か!」
いやいや、あれだけ馬車の音がしていて避けない人がいるとは思いませんよ普通。
そうしてようやく周囲を見渡すと……あることに気付きました。
村の周囲の壁を何かが覆っています。ふわふわと実態を伴っていないかのようなそれらは。
「これは……水が村の壁を覆っている、のか……?」
「あー……」
その光景を目にして、ようやく思い出しました。
これ、昔私が設置したやつです……。
「おう、魔物が火ィ吹いたりよじ登ろうとした時だったかな、急に現れてよ。それ以降、侵入を防いでくれてんだ」
「そうだったのか……」
ふたりが会話しながら、メサイアの師匠――つまりは元神官様がやってくれたのでは? なんて予測してますけど。
いやあ……私がやったって黙ってたほうがいいですかね。
前に元神官様に話したこともありますが、この村で昔、結構大きな火事が起こったんですよ。
その時は私が水魔法を使って鎮火したんですが、実は結構私の家のかなり近いところにまで炎が来まして。
起きてる時なら大丈夫でも、もし寝てる時に再び火の手が上がったら怖いなと思ったんです。ほら、うちには燃えるものいっぱいありますから。本とか。本とか。
なので、ある程度自動で火を感知したら発動する壁があれば心強いのでは? と思いまして。
かつても、レグナムやアリアと一緒に本を読みながら思いついたものはあれこれ試していたんですよ。それを思い出して懐かしくなって……つい。
今にして思えば村の人の許可も取らずに何をしてるんだって話ですけど、誰も気付かなかった上に元神官様が来るまで村のまとめ役みたいな人もいませんでしたし……そもそも忘れてたんです。
あ、追加で思い出しましたけど、確かあれ、水、つまり雨が降ると追加で壁が強固になるって機能つけてました。雨が降った直後だったからかなり強めの壁になってますね。
カインさんの役に立っていたみたいですし、まあ良かったんじゃないでしょうか。というか若気の至りすぎて忘れたいです正直。
「まあいい、とにかくよ。さっそくで悪いんだが、リィム。お前の魔法を当てにしていいか」
「カイン!」
「しょうがねえだろ、俺だって限界近いんだぞ。それに、前には出さない」
「だが……それでも……!」
カインさんと勇者さんが私を参加させるさせないで揉めていました。私はため息をひとつついた後に答えます。
「うーん……まあ、仕方ありませんよね……」
戦力として、前衛がふたり。治癒術師はいるので回復は可。ただし後衛はいない。さらに言えば保護対象となる人々が多数。さすがにこれで私が戦わないって選択肢はないです。
そしてカインさんだけでなく、勇者さんも実は限界直前です。あまり長引かせず、早期解決するほうが良いでしょう。
村の人たちも精神的にきついでしょうし……何より私も、早く休みたいんですよね。
――あとから思えば、私も結構思考能力が低下していたんだと思います。
「さて、それでは――終わらせましょうか」
さっきまではしっかり覚えていたはずなんですけど、久々の戦闘に集中しすぎて頭からすっぽり抜け落ちてしまったんですよね。
今の時代、魔法使いは希少だということを。
前回投稿後に追加で評価入れてくださった方、ありがとうございました。
(しかも番外編に入れてくださった方いますよね…?)
次話とその次はある程度出来ているので暑さがもう少し和らいだら書き上げます。
どちらも他者視点を予定しています。