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フラグ管理は各自でお願いします  作者: real
1章 歯車《フラグ》は回り出す
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第17話  虚ろなる者の空白




「2年ほど前のことです…旅を終えた私が見た生まれ故郷は、それは悲惨な姿でした…。家は焼け焦げ、人も……無残な姿に。変わり果てた村の中で生き残っていたのは偶然村のすぐ外に出ていた少年ただひとりだけでした」



2年前。

商人さんが私の村を訪れたあの頃のことでしょう。

あの時、元神官様と話していた商人さんの姿が思い出されます。

他愛のない会話。

だけど、嬉しそうに話す商人さんがとても印象的で。



『いえいえ、嫁も娘も待ってますんでね。早いところ帰って安心させてやりたいし、娘がまだ小さくてね。会わないとすーぐ顔を忘れられちまうんですよ』



商人さんは「妻と娘が待っている」と言っていました。

けれど、商人さんが帰った村で待っていたのは…生き残っていたのは…。



「その子はね…私の友人の子でして。娘を妹のように可愛がって遊んでくれる、とても心根の優しい子だったんですよ。

 あの日も……彼は、娘とともに村を出てすぐの場所で遊んでいました。崖が近いから子どもだけで遊ぶなと言っていた場所で……。

 遊んでいる最中、血相を変えた妻が彼らのもとへとやって来たそうです」



服をぎゅっと掴まれる感触があり、驚いてそちらを見るとあの子が不安そうに私を見上げていました。

内容をどこまで理解しているのかはわかりません。けれど、商人さんが漂う雰囲気が普通ではないことを察しているのでしょう。

掴んできた手を自分の手で握り返し、空いたほうの手は…肩に置きました。

勇者さんの真似です。私が勇者さんからもらった勇気がこの子にも流れてくれるんじゃないかと思って。



「その当時、村には旅の商人が滞在していました。初めは友好的だったそうですが、男手が少ないその村に自分たちを止められる者がいないとわかると、彼らは横柄に振る舞い出しました。

 村人たちが退去を迫ったことで彼らは逆上し、家々に火を放ち、村人を…殺めたのだそうです。そのため妻は、安全な場所まで逃げるようにと少年と娘に言い聞かせました」



耳を塞ぎたくなる衝動をぐっと堪えて、私は商人さんの話の続きを待ちます。

私は知りたいです。

商人さんがどうして、こんな凶行に走ってしまったのか。

何が起きて、そんな悲しい瞳をしているのか。

罪を糾弾するだけならいくらでもできます。商人さんがやったことはどんな言い訳を並べても罪なのですから。


だけど、知っているのと知らないのは違う。

知らなければ何もわからないから。


私は、知らないままではいたくないのだと思います。

商人さんが憎しみだけで動いているだなんて考えたくないです。



私には…大切な人たちの命を失ったこの人が、憎しみの感情だけで誰かの命を奪うとは考えられないんです。

そう思いたくないだけなのかもしれません。私の都合のいい妄想なのかもしれません。

それでも私は、この考えだけは塗り替えたくない、塗り潰してしまいたくないと思っています。


この色が失われてしまったのなら――私の世界は別の色になってしまうだろうから。



「しかし…逃げた妻を追ったのでしょうな。その場所にも彼らはやって来て……娘たちを逃がすために妻はあえて、彼らの前に姿を現したそうです。少年は妻の言いつけに従い隠れていたそうですが…幼い娘にはわからなかったのでしょう、妻のもとへと、駆け寄って…」


商人さんは一度言葉を切ると、目を閉じました。

見ていないはずのその光景を、思い浮かべてしまったのかもしれません。

私だったら、と思いました。私が同じ立場であったのなら、どう思っただろうと。


家族――そう考えて真っ先に浮かんだのは、リムにとって家族同然であった神官様、アリア、そしてレグナム。


もし彼らが傷ついたら。 ――死んでしまったなら。 ――殺されたなら。


少し考えるだけで胸が苦しくなります。大切だからこそ感じる痛み。もしそんなことが起こってしまったなら、胸には穴が空いてしまいそう。

失ってしまえば、その場所が欠けてしまう。

きっと私なら……彼らが亡くなった理由がどうあれ、空っぽになってしまうと思います。


復讐する気持ちなんて浮かばないくらい、空っぽに。



「妻と娘が彼らに…殺されたと、聞いて私は。私は…すぐにでも後を追ってしまいたかった。

 あんなにも輝いて見えた世界が、こんな…こんな色でしか見えないだなんて、耐えられなかった」


大切な人を失う恐怖を思い浮かべ、それと同時に考えることがありました。

実際にそんな想いをしたのは私ではなく、彼らなのだと。

亡くなったのは私で、遺されたのは彼ら。

彼らが、私と同じだけ私のことを大切に想ってくれていたのなら。


私は大切な人たちの心に穴を空けてしまった――



「それでも私はまだ…歩みを止めるわけにはいかなかった。凄惨な場面を見せられ、村人の中で唯一生き残ってしまったと自分を責め続けるあの子を…苦しみの中から救うまでは。歩き続ける他なかった。

 けれど私の中には…もう、生きる目標を生み出す力が、残ってはいなかった…」



文献に書かれていたことを思い出します。

私が亡くなったことでレグナムは一度心が折れそうになったと。

アリアの助力でなんとか立ち直ったとありましたが、それでも心の穴は空いたままだったことでしょう。

私は傍にいることも支えることもできず、彼を苦しめただけ。

約束だって守れないまま。


――ああ、私は本当に。何をやっているんだろう。



「……?」


わずかに、私の肩を支えてくれている勇者さんの手に力がこもったような気がして、彼のほうを見上げました。

けれど彼の視線は遠く、こちらを見てはいませんでした。気のせい、でしょうか。あるいは無意識?



「私は生きる目標を探した。妻も娘もいない。守るべきものなど、私にはもうない。ならば、それを奪った相手に…二人が受けた痛みと同じ苦痛を与えよう、と」


商人さんはわずかに微笑みました。

その顔はとても疲れ切っていて、復讐を遂げて満足しているようには見えませんでした。


「最近になってようやっと…やっとあの子が、笑うようになったのですよ。まだぎこちない、けれど確かに笑って…」


商人さんにとって、その少年も大切な人のひとりなのでしょう。

そうでなければ彼を守るために生きようと、生きる目標を探そうとしなかったはずです。


「きっとあの子はもう…大丈夫。支えてくれる人ができた。まだ時間はかかるかもしれないが、私の手を離れる時が来た」


そこまで言うと、商人さんは私に…私たちに、頭を下げました。


「私の身勝手な目的に…あなたたちを巻き込んでしまった。危険にさらしてしまった。謝って許されるとも思えないが、本当に申し訳なかった」


突然の謝罪にどう応えればいいのかわからず、私は視線を下げました。

そこには同じように視線を向けてきたあの子の視線があって、二人で困惑していました。

商人さんは私たちが返事をしないとわかっていたのか、顔を上げるともう一度私たちを見て、けれどすぐに視線を別の方向へと向けました。

そこにいたのは――ゼロさん。


「今回の一連の出来事は、すべて私の計画です。彼は私に雇われただけで、計画も実行もすべて私が行いました。

 そして……これから行われることも、私が彼に依頼した計画の一部でしかないのです」


商人さんの言葉に応えるように、ゼロさんが動きました。

その動きはとても自然で、何をするかなんて想像もつかない、はずなのに。



「……っ!」



ゼロさんの目を見た瞬間…私の身体は勝手に動き、気付けばゼロさんと商人さんの間に割って入っていました。


商人さんは依頼をした、と言っていました。

そしてゼロさんはその言葉に応え、依頼を…達成しようとしている、のでしょう。


――その程度の情報で、何故そう思ったのかは私にもわかりません。


けれど私には確信にも似た思いがありました。



その依頼とはきっと、ゼロさんの手で商人さんを――殺すこと。






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