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フラグ管理は各自でお願いします  作者: real
1章 歯車《フラグ》は回り出す
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第15話  世界は鈍色に重なり合う



「――どうなってやがる」



後ろからそんな声が聞こえたかと思うと、視界が急激に動きました。

私を担いでいたゼロさんが歩く向きを変え、私を下ろしたからです。

背に何か当たったと思って後ろを見てみると木がありました。木はなかなかの大きさで、その幹に身体を預けて昼寝をしたら気持ちが良さそうだとかどうでもいいことを考えました。手足を縛られた今は心地よさの欠片もありませんが。

帽子を被った商人さんに担がれていた子もすぐそばに下ろされました。しかし意味がわかりません。休憩は先ほど取ったはずなのにどうして止まるのでしょう……?



「おい……!どう……こと……!!」



木に背中を預けたまま後方をこっそり伺います。視界の右端のほう、木があるため隣の子には見えず私だけがギリギリ見ることのできる位置で商人さんがゼロさんに詰め寄っているのが見えます。あ、帽子を被ったあの商人さんじゃないです。私の苦手な商人さんです。


――不思議なことに。私が苦手だと思っていた残りの商人さん二人の姿がずっと見えませんでした。


話の端々から推測するに、一人は遅れてついてきていて、もう一人は……よくわからないんですけど、別行動?のようです。わざわざ私に聞かせるようなことはしてくれませんから完全に理解することはできませんでしたが、大体そんなところかと思います。

そんなわけで現在近くにいるのはゼロさんと帽子の商人さん、そしてリーダー格の商人さんの計三名です。

……あれ?もしかしなくても、今ってチャンスだったりしますか?

人数が減っていますし、何やら揉めているようでこちらには見向きもしませんし。

ゼロさんが待てと言っていたのはこれを予見してのことだったのでしょうか?でもそうだとしたら「終わる」という言葉の意味がわかりませんが……。

いえ、とにもかくにも今を逃してはならないと思います。

まずは腕の拘束を何とかし……え?あ、あれ?



「縄、とれ…たの…?」



隣から驚く声が聞こえましたが、驚いたのは私も同じです。むしろ私のほうが驚いています。ほんの少し身をよじっただけで縄がほどけるなんて思いもしませんから。



「そう……みたいです。待っててください、そちらも今ほどきますから」



腕が自由になればこちらのもの。さっそく隣の子の縄もほどこうとしたのですが……これはきっと、偶然ではないのでしょうね。



「?どうしたの?」

「いえ……。もう、ほどけていますよ」



縄はすぐにほどけました。ほどけたという言い方も正しくはないのかもしれません。縄は軽く引っ張っただけで切れ目に従って千切れてしまいましたから。



「えっ?もうとれたの?」

「……切れ目が入っていたんですよ。私たちがほどきやすいように」



私たちが縄抜けの達人だとか、ずば抜けて運がいいとか、そういうわけじゃありません。

私たちが逃げやすいように縄に細工がしてあったんです。

そういえば先ほどの休憩の時にゼロさんが無言で縄を結び直す場面がありました。私だけでなく、この子の縄も。だとすればあれは結び直したわけではなく、切れ目を入れるためだったのではないでしょうか。


もう一度木の陰から様子を窺うと、商人さんたちは未だに言い争っていて、こちらに意識が向いていないようでした。ですがいつまでもこちらに気付かないとは限りません。早いところ逃げたほうが良さそうです。



「よし、とれた!はやく逃げよう?」



声に視線を戻すと、いつの間にか私の足の拘束も解かれていました。すぐほどけるとはいえ、私の分までしてくれていたようです。全然気付かなくてごめんなさい…。

いえ、そんなことより……。



「……?どうしたの?」

「先に逃げてください。私はここで見張ってますから」

「えっ……ど、どうして!?いっしょに行こうよ!」

「一緒に逃げて、二人とも捕まったのでは意味がありません。私が見張ってる間に先に逃げてください」



私だっていい歳した大人なんです。子どもを先に逃がすことくらいしなきゃ胸張れないです。なんてこと、もちろん言いませんけどね。



「でも……」

「心配しないでください。あなたが逃げて少ししたら私も逃げますから」



しかし命が惜しいのも確かです。すぐさま私も逃げようと思います。こんな本音ももちろん言いませんけど。

この子は……そういえば名前もまだ知らない子ですけど、少しばかり悩む素振りを見せてから、けれどしぶしぶと言った様子でようやく頷いてくれました。



「うう……わかったよ。少しはなれて待ってるから、すぐに来てね?」



ううん、本当はもっとしっかりと逃げてほしいところなんですが、お互いの言い分の中間と言いますか譲歩したような形ですね。仕方ありません、これ以上悩んでる時間もないですし。



「ええ、それで構いません。でも危ないと思ったらすぐに逃げてくださいね」

「うん……」



まだ少し迷う素振りを見せていましたが、意を決したようで次の瞬間には身をかがめるとほとんど音を立てることもなく去っていきました。



「……」



えっと、確かに先に行けとは言いましたけど、気を付けるのは当然だと思うんですけど、完璧すぎやしませんか。何でそんなに移動能力高いんですか。

違う意味で一緒に行かなくて良かったと思いましたが、そんな衝撃はさておき私も早いところおいとましたいです。


再び木の陰から商人さんたちの様子を見ます。

先ほどよりも周囲が暗くなっていていまいち表情まで読み取ることはできませんでしたが、まだ諍いは続いているようです。

暗さが気になって、空を見上げました。

陽が落ちてきたのもそうですけど、曇ってきたようです。移動中は地面ばかり見ていましたから気付きませんでしたがずいぶん雲が出ています。雨が降るのかもしれませんね。



「…………、………!」



ひときわ大きな声が聞こえて、自然とそちらに吸い寄せられました。

視線の先には帽子を被った商人さん。距離があったので内容は聞き取れませんでしたが大声を張り上げたことだけは理解できました。

私の脳裏に浮かんだのは朗らかに笑う商人さんの笑顔と、先ほど馬車の中で垣間見た優しい慈しみの表情。そのどちらからも想像がつかなくて戸惑いました。


帽子を被った商人さんは私から一番遠い位置に立っていました。だからでしょう。思わず身を乗り出して内容を聞こうとしてしまい、バランスを崩してしまいました。



「わわっ」



何とかとっさに手を出せたので地面に顔から着地するような無様な姿をお見せすることはなかったんですが――それがまずかったんです。



「――おい。何で縄解けてんだ」

「あ」



商人さんが驚きと怒りの混ざったような声を発しながらこちらに近付いてきました。ええ、近付いてきているので内容がしっかり聞き取れました。何がいけなかったのかも一瞬で理解できましたとも。



「てめ……まさか!」



商人さんは慌てて木のこちら側を……たぶんあの子がいるかどうか確認したのでしょう。いないことに気付くと怒りの矛先をこちらに向けてきました。



「ガキを逃がしやがったな……くそっ!おいゼロ!ぼさっとしてねぇでガキを探しに行け!俺は女を押さえておく」



――まずい流れです。


ここで私が逃げたら、近くで待っているあの子まで巻き込みかねません。かと言って私が捕まってしまえばあの子は私の危険を察してすぐに姿を見せてしまうでしょう。

まずは逃げなくては。立ち上がって一歩後ずさると商人さんが一歩詰めようとして――しかしそれは私と商人さんの間に入ってきたゼロさんによって阻まれました。

ゼロさんはあの子を探しに行けと指示されたはずです。それなのに何故、ああして商人さんの行く手を阻んでいるのでしょう。

ゼロさんから近寄りがたい気配を感じます。そう、勇者さんと対峙したあの時のような、怖い空気をまとって――



「あ?んだよ、さっさと――」



瞬間。



左から右へ。綺麗な一本の線が目に入りました。

続いて舞い散る赤いナニカ。




鈍色に光るそれが短剣であると、宙を舞う赤色が血であると理解したのは、いつのことだったでしょうか。

私の思考はここにあってここになく。




「―――――」




よぎるのはあの日の記憶。



痛みと血の色と雨の思い出。

前世むかしを思い出してから幾度も見続けてきた過去の記憶。

もう終わったことなのだと、今は違うのだと思っても意味などなく。

一度囚われてしまえば再び記憶の中に身を置くことしかできないんです。




「――う」



だから私は今日も彼女に刺され、そして死にゆく。

何度も最期の瞬間を繰り返すとは、何度も死ぬことに他ならない。

また雨が降っている。痛くて冷たい、孤独の世界。



「う――、あ」



ないはずの傷痕が痛み、身体を支えることも困難になります。

限界を迎えた私が感じたのは地面の冷たさでも痛みでもなく――温かさでした。

誰かに抱きかかえられた、というのはすぐにわかりました。



その腕の温かさを私は――知っている。


いつだったか――忘れてしまったけれど、以前にもこうして彼が私を支えてくれたことがあった。

声は聞こえないけれど、揺さぶられているのがわかる。ああ、また心配させてしまっている。早く起きなきゃ。

そう思っているのに何だか瞼が重い。私は大丈夫だから。心配しないで。それだけの言葉が出てこない。

だからせめて、彼の名前を呼ぼうと思った。



「れ…、……」



のどが鳴るだけでかすれた声しか出なかった。私を揺さぶる振動が止まったことから声が聞こえたのだと思う。なのに何故だか息をのむ声が聞こえた。ついさっきまでは何の音も聞こえなかったのに。そういえば重かったはずの瞼も少しは軽くなったように感じる。




ようやく開いた瞼で見る世界。

そこにいたのは、予想通り彼だった。

けれど予想と違ったのは彼がひどく驚いた表情を浮かべていたこと。

頭が回っていない今の私には理由が思い当たらない。




そこで私は何故この状況なのかを考えて――自分が勇者さんの腕の中にいることに気が付きました。




「え……、あれ?勇者、さん?」



あ、あれ?どうして勇者さんがここにいるのでしょうか…?

今の自分の状況がわからず、きょろきょろと辺りを見回してみました。

私たちから離れた場所にはゼロさんと、帽子を被った商人さんの姿が。

あ……そうでした。商人さんたちに連れてこられてここへ来て、そして見つかって……。

あれ……さっきまでもう一人の商人さんがいたはずですが、姿が見えませんね。



「――大丈夫か?」


「え?あ、はい」



声をかけてきた勇者さんと視線が合います。思ったよりも勇者さんとの距離が近くて……ってそういえば私まだ勇者さんに支えられたままでしたー!

慌てて離れましたが勇者さんはそんな私の様子を冷静に見ているだけでした。何だか余計に恥ずかしい…!



「あの、どうして勇者さんがここに…?」


「それは……」



私の疑問に答えようとした勇者さんでしたが、はっとしてゼロさんを見ると私を隠すように後ろへと誘導しました。

その行動の意味がわからず勇者さんとゼロさんを見ましたが、二人は以前のように怖い雰囲気をまとったまま互いに睨み合っていました。

どうしてこの二人は会う度こうなってしまうのでしょうか。もう少し歩み寄ってもいいと思うんですが……。

だけど今回ばかりは、そんな悠長なことも言っていられないようでした。




「下がるんだ。こいつらは――人殺しだ」




――え?






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