☆騎士は立ち止まり考える 『予感』
今回は騎士視点。説明が多いので主人公よりたくさん語ります。
「――何やってんだ、お前」
その日、人生でもう何度目になるかわからない迷子の勇者を発見した。
野郎の「助かった」なんて安堵した顔なんか見ても俺は嬉しくない。
「なんだって一人なんだ。リィムはどうした?」
レグザートが一人で出歩いているのは珍しい。と言うのも、レグザートを除く俺たち仲間の間には『レグザートを一人で歩かせるな』という暗黙の了解がある。
理由は単純、こいつはとんでもない方向音痴だからだ。
本人にはその自覚がないのか、学習せずに歩き回った結果俺たちに保護されるのが一連の流れだ。だからこそ普段は目を光らせているんだが…この村では正直油断していた。
レグザートは自分からやたらとリィムに関わっていたからな、放っておいてもリィムが同行してくれていた。さっきこいつが出かけた時もリィムが一緒だと思って安心していたんだが……一体何があったんだ?
「いや……実ははぐれたんだ……」
「はぁ?」
レグザートは慌てて状況を説明し始めた。リィムと出かけたこと、家の裏にあるという馬の餌を自分一人で取りに行ったこと、時間をかかったがそれを見つけ、戻ろうとしたら違う道に出てしまい、そのまま進んだほうが早く戻れるだろうと進んだらまた違う道に出てしまったこと。
レグザートは自分が迷った時の話をすると相手に反論させないように矢継早に説明する癖がある。
今もそうだってことには……気付いてないな、これは。
思わず呆れてしまいそうになるが、それより先に確認しておかなくてはならないことがある。
「ってことは、言ってないんだな?」
「…………」
黙ったってことは言葉通りか。
昼、レグザートと一緒に帰ってきたリィムが部屋に戻ったのを見届けてから、俺は仲間全員を集めて話し合いの場を設けた。内容は当然リィムのこと。かつて訪れた際にはいなかったトマスにもリィムが魔法を使えることを話したうえで、彼女を旅に誘うのはどうかと話した。
メサイアとトマスには王都に戻ったついでにメサイアの師匠に顔を見せに行けばいいと告げていたが、俺の実際の目的はリィムを確保することだった。
多少なりとも魔法が使えて、俺たちとも円滑な人間関係を築ける。正直言って、それだけで充分欲しい人材だ。これまで仲間にした魔法を使える奴ってのは、特に後者が……な。
ちょうどいい、と言えるかはわからないが、俺たちが直近で抱えている問題解決に手を貸してもらい、そこで彼女自身の資質とやっていけるかの様子を見よう、という提案だ。
実際はそんな悠長なこと言わずに無理にでも引きずり出せばいいというのが俺の考えだが、こいつらはそろいもそろってお人よしだ。メサイアにはその自覚がないかもしれんが、俺からすれば充分甘い。
そうした緩衝材を挟んだ甲斐あってか、トマスもメサイアも反対はしなかった。試したのち、リィムが自分の意志でついて行くと決めたなら構わないという同意も得られた。これでいい、言質はとった。もし断られても、その時は俺が「強めに」頼み込むだけだ。こちとら世界の命運がかかってんだ、いくらでも憎まれ役を買って出てやる。
そうしてふたりへの説得は無事すんだが、あろうことかレグザートが渋い顔をした。こいつ、最初から俺の目的を知っていたくせに何を渋ってやがる。が、思い返すと、2年前のあの時もこいつはリィムを連れて行くことに否定的だった。あの時は他にアテがあったからこそ反対する理由も無理に連れていく必要もなかったが、もしアテがなかったとしても、こいつは拒否していたんじゃないだろうか。
「俺……思ったんだ。俺たちは本当にリィムを連れて行くべきなのか、って」
「決めるのは彼女だ。お前が考えることじゃない」
「わかってる。だが……」
あれだけ話し合って決めたはずだというのに、まだ納得できていないのか。だがこれはこいつがどうこう言う問題ではない。
「いいや、お前はわかっていない。わかってるんだったらそんなこと言えないはずだ。……魔法使いがいなけりゃ、この先立ち行かないぞ」
「………………」
まただんまり、か。
困った時はいつもそうだ。唇を引き結んで黙り込む。
こいつなりの保身なんだろうが、しかしそれは同時に俺の言葉が正論だったということだ。
現在、俺たちの仲間で魔法が使えるのはレグザートとメサイアのみ。俺とトマスに至っては魔法のひとつも、ましてや耐性さえない。
メサイアの魔法はあくまで治癒魔法、あるいはそれに準ずるものになっている。攻撃魔法は一切使えない、その点に限って言えば俺やトマスと同様だ。
そうして残るのはレグザートのみ。しかしそれも突き詰めていけば必要なものとは程遠い。
こいつが使える魔法はあくまで自分一人が使うのに特化したもの、俺たちや相手に効果を与える魔法は使用できない。
何故そんな偏りがあるのか、魔法のなんたるかなど一切理解できない俺にはわからないが、いわゆる相性の問題だろう。このご時世魔法が使えるだけ得だと断言できるが、俺たちに欠けているのはレグザートが使えない分野の魔法だ。
メサイアの師匠、名前は……なんつったかな、忘れた。まあいい、あの師匠とやらの話によるとリィムは水魔法が使えるらしい。俺には「水が出る」程度の認識しかできないが、「魔法を纏う」ようなこともできると聞いたことがある。それが本当なら炎の中だろうが何だろうが突っ込んでいくことも可能なんだろう。
水魔法と言っていたが、確か簡単な……下位魔法、だったか?火事になりかけた火を消した程度ってことだったしな。それでも剣は通らないくせに魔法だけが効くなんて魔物もいるんだ、いてくれれば確実に戦力になる。
協調性の欠片もない貴族や正しい理論とやらに酔って長ったらしい詠唱をする研究者と違ってリィムには協調性もあるようだった。理論はわからんが協調性があるのなら説得すればわかってくれるだろう。
「そもそも、なんだってそんなに嫌がる?何が気に入らないんだ」
俺が見ていた限りでもこいつはリィムを嫌ってはいないようだった。どう考えても好意的だったはず、リィムは言葉でこそこいつを勇者と呼ぶが扱いは俺たちと大差ない。
特別扱いされ続けて孤独に塗れてきたこいつにはそれが有り難いことだったのはまず間違いない。そんな彼女を受け入れこそすれ、拒絶するはずはないと思うが……。
それでもレグザートは首を振る。だんまりはまだ続いてんのかと思ったが、表情を見て困惑した。
何でこいつ……泣きそうな顔してやがるんだ。
「俺だってわからないよ……わけがわからない」
頭を押さえつけるように髪を掴む。考え込み、また大きく首を振る。悩んでる、のか?
「俺だって、リィムがいてくれればと思う。戦力の面でもそうだし、人間的にも、彼女とならうまくやっていけるだろうと思う」
「それなら、」
「でも駄目だ。彼女を――リィムを、危険な目に遭わせるわけにはいかない」
レグザートはきっぱりと断言した。本来ならこいつの意志をくみ取ってやりたいところだが、俺は俺で引くわけにはいかない。
ここで引き下がってしまえば仲間を危険に晒す。リィムが未熟だろうがなんだろうが、最低でも代わりの存在が現れるまでは同行してもらいたいと思っている。
それにこいつは、一つ大事なことを理解していない。
「旅が危険だからリィムを連れて行きたくない、そう言ってんのか?」
「ああ。そうだ」
恋愛感情かと尋ねようかと思ったが、止めた。あのことを持ち出されてしまえば会話が不利になる。一瞬の思考の中でその話題を切り捨て、本来の続きを持ち出す。
「だとしたらわかってないな。ここにいるのが絶対に安全だと断言できない」
「……どういう意味だ」
「どうもこうもあるか。この村にいれば確かに安全なんだろう。だがそれは何も起こらなかった場合のみ、だ」
レグザートの視線がわずかに動く。そしてすぐに苦悶の表情を浮かべた。もう理解はしているんだろう。あとは畳み掛けるだけだ。
「このご時世、絶対なんてものは存在しない。この村は比較的安全なほうだが、魔物が襲ってこないとも限らない。その時お前は、ここにいない」
頭の片隅に浮かんだ顔を頭を振って消した。今はそんなことを考えるべき時ではないし、その方がいいと判断したからこそ俺は今この道を選んでいる。
「旅は確かに危険だ。何が起こるかわからない、危険と隣り合わせだ。だが、そこにはお前がいる。俺もいる。何か起こったその時、そばにいる。それが一番安全な場合だってあるってこった」
「…………」
言うべきことは言った。あとはこいつが納得するかどうかだが、これで納得しないってんなら俺はもうこいつの意志を無視してでもリィムに掛け合うつもりにしている。
「なら……」
「ん?」
「それなら、カインはどうして“あの人”を連れてこなかったんだ?」
うまく避けたつもりでいたが、そうでもなかったらしい。ま、だからって言うべき言葉がないわけじゃないんだが。
「そりゃ、な。俺だって後衛を守る自信はあるが、自分より前に出る奴を守れるほど器用じゃない。あいつは絶対に俺より前に出るだろうからな」
あいつは俺と同じで前衛に立つ。俺にできるのは後衛に立つ仲間たちに凶刃が向かないように食い止めることだけで、同じく前衛に立つ仲間を守れるだけのものじゃない。
俺が守れるのは俺の剣が届く範囲だけ。なんとも狭い世界だろう。
「絶対はないんじゃなかったのか?」
「まぁな。俺より前に出るなって約束しても前に出る勇者もいることだしな」
「……善処はする」
おっと。小言は意外に効果があったらしい。俺だって小言ばっか言いたいわけじゃないんだが。
あいつを確実に守れない理由のひとつは同じく前衛に立つこいつだ。どんなに強かろうが心配しないわけがない。俺にとってこいつは弟みたいなもんだからな。
「さて、着いたぞ。心の準備はできたか?」
「え?……なんでリィムの家に?」
リィムは出かけたのに何で、って顔してんな。まったく、迷うと時間の感覚もおかしくなるのか?
「お前らが出かけてからどれだけ経ってると思ってんだ。迷ってたお前と違ってリィムはもうとっくに帰ってるはずだろ」
自分が出かけてからどれくらい過ぎたか具体的な時間を述べてやろうかと考えたが、俺の意図を察してかレグザートは馬の餌を置いてさっさと家に入りやがった。
「あ、おかえりー。……あれ?リィムいないの?」
しかし、家に入った俺たちを迎えたのはその家の主ではなく、人の家を我が物顔で闊歩するメサイアだった。
***
「どういうことだ……?」
村を出てすぐの場所。隣でレグザートが唸っている。
無理もない、忽然と馬車が姿を消しているんだ。俺だってわけがわからない。
「納屋のほうも見てきたけど、そっちももぬけの殻だった。どうやら完全に姿を消したようだね」
トマスの報告で奴らが完全に姿を消したことがわかった。もう一頭の馬が休んでいたはずの納屋も無人だったそうだ。
「ずいぶんと急いだようだな。足跡が多い」
馬のひづめと馬車の車輪の跡が続く。馬車があったはずの場所の周囲には複数の足跡。雨も降っていないのにこれだけ足跡が残るとなると、よっぽど急いでいたんだろう。
「何故急に……?いやそれより、本当にリィムは村の中にいないのか?」
「ああ。村の中をくまなく、すべての家にお邪魔して確認してみた。けど、どこにもいない」
どこにもいない、か。家に戻っていなかった時点で嫌な予感はしていたが……。
足跡をたどると、村から馬車へ向かうものの他に、変な方向に向かってつけられた足跡を見つけた。
足跡からして一人分……いや、二人分、か?行きと帰りで一人分の足跡が残っているが、違う足跡のようにも見える。
しかしそれはおかしい。何故一人分なんだ?
しゃがみこんでしっかりと確認する。うっすらとだが行きの足跡をもう一人分発見した。とすると、やはりこの先には二人の人間が向かったことになる。特に急いでいなければこんなもんだろう。時間が押して帰りだけ慌てたか?
それでも疑問は残る。何故慌てた人物が行きと帰りで違うのか。
「カイン?」
「少し、気になる点がある」
ただの勘に過ぎないが、見過ごすにはあまりに不自然だ。
足跡の先、草むらをかきわけた先にそれはあった。
否、居たと言うべきか。
「…………」
「――メサイアがいなくて良かったと心から思うよ」
予想通りレグザートは絶句するのみに留まったが、トマスも耐えられるとは思わなかったな。が、奴の言う通りだ。こんな場面、メサイアには耐えられないだろう。
「商人のひとり、だね…」
「何故、こんなことに……」
そこにはいなくなったはずの商人のひとりがいた。村で見かけた時と違い、苦悶の表情を浮かべたまま仰向けの状態で絶命していた。
男の腹部には本来人間には存在しないはずの穴が二箇所あいていた。穴の周囲は赤黒く変色しており、男の身体を中心に赤黒い液体が逃げ場所を求めて小さな水たまりを作っていた。
しっかり眺めたい光景ではないが、その大きさから考えて、小型の武器で傷つけられたことがわかる。
魔物による攻撃では有り得ない、武器を持つことのできる存在によるものだ。
「仲間割れ、か…?」
こいつを殺してしまったから慌てて逃げ出した?
違う。もしそうであれば馬車にでも詰めておけばいい。いっそ知らないと白を切ってもいい。
だとすればあいつらがいなくなったこととこの男が死んだことに因果関係はない。
……これ以上のことは調べようがないな。ひとまず状況を整理するべきか。
草むらを離れ、村へ足を向ける。
「いったん村に戻るぞ。メサイアもそうだが、村人がいなくなった以上村の人間に説明する必要がある」
「二人は村に戻ってくれ。俺は後を追う」
「後を……って、馬車を追うのかい?」
「ああ」
あー……そうくるか。だよな、さっき俺が煽っちまったからな……。
思考を切り替えて、どう説得しようかと考える。が。
「止めないよな、カイン?そばにいなくちゃ守れない、だっただろう?」
「うぐ」
時すでに遅し。吐いた言葉は戻らない。リィムを仲間にするためとはいえ面倒なこと言っちまったもんだ……。
だから苦し紛れの台詞を言って困らせたところで少しは大目に見てくれ。
「ちっ……どうせ俺が何言ったって行くつもりだったんだろうが」
「……悪い」
申し訳なさそうな顔をしちゃいるが、どこまで本当かね。
仕方ない。このまま放っておけないのも事実だ。だが……そうだな。
「わかった。ただし、ひとつ条件がある――」
***
「で、トマスを連れて行くことを条件に馬車を追わせた、と」
「おう」
場所はメサイアの師匠の家。師匠に断ってまずは俺たちが戻ってくるのを待っていたメサイアにだけこれまでのことを説明した。
メサイアは深くため息をついたかと思うと凄まじい形相で俺を睨みつけた。
「もう、何であたしに声かけないのよ!何で勝手に決めて勝手にほいほい行くのよ!」
置いていかれたことへの不満もさることながら、リィムが心配なんだろう。怒りの中に若干不安げな感情が見え隠れする。
「俺だって残ってるんだから我慢しろよ」
「何のなぐさめにもなってないし。そもそも何であんた残ったのよ?レグザートを守るのが俺の役目だー、とか言ってたじゃない」
「俺がついて行くなら移動速度が極端に遅くなるだろうが。当然お前もその理由で置いて行かせた」
俺ではなくトマスを同行させた理由は、あいつならレグザートの移動速度に対応できるからだ。
レグザートは俺と違って魔法が使える。その一部が補助魔法だ。一時的に移動速度を速める魔法も存在するらしい。もちろん魔法が使えない俺には原理などわかるはずもない。
だが、移動速度を上げたレグザートと自力で走る俺とでは速度は違いすぎる。訓練や努力で何とかなる類じゃない。俺は馬より早く走るような芸当はできない。
だからこそトマスに任せた。俺やメサイアだったら置いて行かれるのが目に見えているが、軽業師としての経験からかトマスは補助魔法なしでレグザートの動きについていけるほど素早い。
魔法を使ってる人間と同じだけ動けるって何だよ、と思ったりもしたが今は幸いと思うしかない。才能って言うのかね、こういうのは。
「わかるけど……理解できるけど、やっぱり納得できない」
どうやら治癒術師様はご立腹のようだ。
これはもう早いところあいつらに戻ってきてもらう他あるまい。
ま、俺は俺で自分のやるべきことがあるからな。そちらをこなしておくとしよう。
「ちょっとカイン。どこ行くのよ」
「リィムの家にな。ついでにメサイアも来い。俺だけ準備したって意味がない」
「準備って……え?何?何なの?」
俺の言葉にメサイアが目を白黒させる。
できれば俺一人で片を付けたいところだが、そうもいかないのが世の常だ。しかしまぁ、仲間に力を借りたところで罰は当たらねえだろ。
「何って戦闘準備に決まってんだろ」
「は……?」
家を出て立ち止まる。ふと空を見上げると、あれだけ晴れ渡っていた空が曇天に覆われていた。
――こりゃ一雨来るのかもしれねーな。
後ろから聞こえてくるやかましい声を無視して歩き始めた。
これ以上立ち止まっているわけにはいかない。
さて、不本意だが忙しくなりそうだ。
21/06/04 追加修正。
カインの目的が隠されたままだったので明確に記載。
カインは「メサイアとトマスには伏せた状態で」リィム勧誘のため村を訪れた。
このことを知っていたのはレグザートのみ。