第2話 前世ってどうなんですか
この世界での成人は15歳。
自己紹介というものは苦手なのですが……。
しかしながら初めまして。私はリィム、ただの村娘です。
幼い頃に両親を亡くしまして、それ以来村の皆さんに助けられながら日々暮らしています。
村の人たちとの仲は良いほうだと思うのですが、お向かいさん家にお子さんが産まれるまでは私が村の最年少でしたので、気付けば敬語で話す癖がついていました。
とはいえ、決して遠慮しているわけではありません。あくまで癖です。
少し前まではお隣のおばさんのお家にお世話になっていましたが、私ももう15歳…成人です。現在は両親が遺してくれた家で一人暮らしをしています。
大変なことも多いですが、一人前になれた気がしてちょっと嬉しいのが本音です。嬉しくて鼻歌を歌いながら洗濯をしていたらお隣のおばさんが楽しそうににやにやと笑いながら見ているのに気が付きました。
怒ったというより、怖かったです。てっきり怪奇現象かと……。
あと何なんですか。構ってほしいんなら構ってほしいって言ってください。
「うん。構って」……はい。わかりましたよ。今日もおばさんのお家でお昼ご飯をいただきます。
「そういえばリィムちゃん。元神官様が早く本返してって言ってたわよ」
「え…無理ですよ。私一昨日借りたばかりなんですから」
お昼を美味しく、かつ素早くいただきながらも会話は尽きません。女性ですからね、おしゃべりは欠かせませんよ。
「念のため言ってるだけじゃないかしらね。その内貸してたことさえ忘れるんだもの」
「そうでしょうね。来週には返そうと思ってるので覚えてるかどうかその時確かめます」
元神官様は呼び名の通りかつて神官だった人です。
神官とは、神の声を聞き人々を助け導く役目を持つ神殿に仕える人たちのことで、上位、中位、下位と位付けされ、聖職であるために一部の上位神官のみ婚姻を許されるそうです。
私もそう詳しくはないんですけどね。神殿に導かれてるなんて思ったこともないですし。
元神官様は当時中位神官で、それも将来を嘱望されるほどの才能の持ち主だった……とは、本人の談です。
実際のところはわかりませんが、元神官様が神官を辞めたのは「一部の上位神官のみ婚姻を許される」という点が理由だったそうです。
元神官様の奥さんに少しだけ話を聞いたことがあるんですが、奥さんは私と同じで幼い頃に両親を亡くして伯父さんに育てられたのだそうです。そしてその伯父さんに会ったこともない貴族と無理やり結婚させられそうになり、お互いに好意を抱いていた元神官様と逃げ出してきたのだとか。
物語の中のお話みたいですよね。この話を聞いた後ついまじまじと元神官様を見て、だけどどうしても納得できなかったとしても仕方ないと思います。
神殿から逃れてこの村に来た元神官様たちですが、今はとても幸せそうに見えます。未だに神官の真似事をして日々を過ごすのはどうかと思いますけど……。
「元神官様に借りたってことは……難しい本でも借りたの?」
「別に難しくありませんよ。歴史の文献です」
「あらあ~……おばちゃんには無理よ。無理無理。リィムちゃん、神官様にでもなるの?」
「なりませんよ。それに……読まなくてもなれるみたいですし」
元神官様が逃れてきた際に持ってきた私物の本は珍しいものが多いのですが、どれも読んだ形跡がなくとても綺麗です。読まない本を何故持ってきたのか謎です。
「ふうん……?それにしても、歴史なんて読んで楽しい?」
「楽しい……というより、知りたいんです」
何を、と聞かれて迷わず答えました。
「かつての勇者についてですよ」
私が10歳の時のことです。人々が待ちに待った勇者が現れました。
この村も他人事ではないので村の人たちも手放しで喜んでいたのですが……まだ幼かった私は世界のことなんて知らなかったですし、何よりそれどころではありませんでした。
『勇者』
その言葉を聞いた途端頭が痛くなり、立っていることもできなくなりました。
自分の家のベッド……その当時はまだおばさんの家ですね、そこまで頑張って移動しただけでも褒められる行動だったと思います。
幸いその日のうちにおばさんが異常に気付いてくれたので事なきを得たのですが、あれは……地獄でした。
頭がぐるぐるして、揺さぶられるようで、それなのに殴りつけられるような。
朦朧とする意識の中で自分が産まれてから死にゆくまでの記憶を一晩じっくり見ました。
まだ10歳なのに、って?あれです、前世ってやつです。
私の前世での名前はリム。今と同様、田舎の村で平穏無事に過ごしていました。
名前がとても近いのは一体何の因果なんでしょうね。現世も前世も幼い頃に両親が他界しているので名前の由来などもわからないのですが……。
リムであった頃の私の傍らには、いつも二人の幼なじみがいました。
レグナムとアリア。私たちは同い年で、家族がいないという境遇も同じでした。
村の神官様のもとでともに育ち、いつだって一緒だったんです。
17歳のあの日、レグナムが勇者に選ばれるまでは。
『勇者選出の儀』
―神殿に古くより伝わる聖剣をその身に受け入れられる者が勇者となり、魔の根源たる魔王を討ち倒す役目を持つ―
誰がいつそんなことを決めたのか、男児は15歳の成人を迎えるとともにこの儀式を受ける義務があるんだそうです。
しかし聖剣は一本しかない上に田舎の村まで把握するのは困難だったようで、レグナムが成人を迎えて2年経過してからの儀式でした。神殿も案外適当ですね。
これまでにも数多くの男性が儀式を受け、そして当たり前のように成功しなかったと聞きます。
ですから、レグナムが聖剣に選ばれた瞬間を見ることができた私たちは、奇跡を目の当たりにしたのでしょう。
世界にとっては希望でも、見ることができたのが奇跡でも、私たちにとっては絶望でしかありませんでした。
それは幼なじみとの別れを意味していたのですから。
“元神官様と奥さん”
ちょっと素直じゃない彼とにこやかな彼女の組み合わせ。
改訂時に入らなくなってしまったけど、やっぱり講堂のど真ん中で愛を叫んだ前科あり。
無駄に設定が凝ってしまい困ってる。
“勇者選出の儀”
勇者を探し出す儀式。聖剣担当の上位神官様が一生懸命各地を巡る。
いつから存在したのか最初から男児のみだったのかなど不明だが、男女両方だと神官様が涙目だったことは確か。