第14話 夢の足跡
ガタガタと揺れる振動で目を覚ましました。
ぼんやりした意識の中で先ほど夢に見た記憶について想いました。
最後の私の台詞、どう考えても……あれですよね。フリっていうか、それ言っちゃ駄目っていうか。これが終わったら~って終わらない前提ですし。
考え事をしていると、感じていた振動がおさまり、代わりに前につんのめるような衝撃を感じました。幸い、横になっていたのでそんなことにはならなかったのですが……、おや?
えっと……何かがおかしいです。具体的にどうとはわかりませんけど。
起き上がって状況を確認しようとしてあることに気付きました。
腕が動きません。
後ろに回っていて、固定されているかのように動かすことができません。えっと、何ででしょうか……。
「…………」
「?」
ふと視線を感じてわずかに首を動かすと、誰かが私と同じように転がってこちらを見ていました。子どもです。短髪で、動きやすそうな軽装。男の子でしょう。
口には何か、布?のようなものがあてられているように見えます。
あてられているというよりも、かんでいる……いえ、かまされている、と表現したほうがいいのでしょうか。
「……あ」
段々と思い出してきました。
勇者さんより先に馬車に来て、商人さんたちがいたからつい隠れてしまって、そして……馬車の中を見た、んでしたっけ。
もう一度、近くにいる子どもを見ました。弁明の余地もなく、完全に確実に人さらい、ですよね……。
発見した時は驚きが強すぎて人さらいだと認識するのに手間取ってしまい、不覚にも捕まってしまったようです。まぁ、気付けたところで貧弱な私に何ができていたかわかりませんが。
身体はそのままに、視線だけで周囲を見渡してようやく理解できました。ここ、あの馬車の中なんですね。
馬車は先ほどまで動いていたようですが、今は振動もなく静かなものです。いえ、外から怒声のようなものは聞こえていたりするんですけど詳しくは聞き取れませんし……。
しかし、馬車が動いていたということは、村から離れてしまったということなんでしょう。
……こうして馬車の中に転がされているということについては嫌な考えしか浮かびません。どうにか逃げ出したいところですが、さて、どうしたものでしょうか……。
「お目覚めですかな」
「!!」
驚いて声をあげるところでした。いっそ驚きすぎて声が出なかったと言いますか……。
声がしたのは足元のほうで、わずかに首を持ち上げて確認すると帽子を被ったあの商人さんが立っていました。
この絶妙なタイミング……か、考え、見抜かれてたりしませんよね……?
「あなたには申し訳ないことをした。想定外のこととはいえ、巻き込んでしまった。いや、あなた方二人に謝らなければなりませんな」
薄暗い馬車の中であることと深く被った帽子のせいで表情までは見えませんでしたが、商人さんはどこか辛そうな声でした。
ここにこうしているということは、そもそもこの馬車で村へとやって来たということは、この人だって人さらいの一味……のはずですよね?
どうしてそんな辛そうな声を出すのかと思わず尋ねそうになりましたが、そのことを思い出すと開きかけた口は自然と閉じてしまいました。
私にはこの人が悪い人には見えません。けれど、実際にやっていることは悪いこととしか言いようがありません。自分の認識を信じることも否定することもできなくて、ただただ困惑するばかりでした。
「恨むなとは言いません。咎は彼らだけにあるわけではない。ただ……時間をいただきたい。私にはまだ、成すべきことがある」
そう言って商人さんは私たちの間をすり抜けて馬車の前方……出入り口へと向かいます。その声は先ほどとは違い強い決意を感じさせるものでした。
「あ……あのっ」
困惑して迷っていた口がようやく動きました。
私にはこの人がいい人なのか悪い人なのかはわかりません。いえ、悪いことをしている以上、どんな事情があろうと善人とは言えないのでしょうけど……。
「えと……その子の、口の布……とってもらえたりしませんか?随分苦しそうですし、村から離れたのならもう必要ないと思うん、ですよ……」
「…………」
この人になら言っても大丈夫かなと思って話しかけましたが、途中から不安になってしまいました。私のせいでこの子に何らかの矛先が向いてしまったらそれこそ本末転倒です。
はらはらしながら動かない商人さんを見上げて答えを待つと、
「――ええ、そうですな。こんなことにも気付かないとは、私も相当余裕がないようだ」
私の考えは杞憂だったようです。
商人さんはかがみこんで隣で転がっている子の猿轡を外してくれました。
口が自由になったことでその子は少しだけほっとした表情を見せました。あんなのをされていたらそれは落ち着きませんよね。
「ありがとうございます」
「私には感謝される覚えはありませんな。こんな程度のことしかできないのですから」
「…っで、でも、ありがとう」
まだ口に不自由さが残るのか少し言葉につまりながらも、猿轡を外された子も商人さんにお礼を言いました。あれ?声だけ聞くと女の子みたいですね。あ、男の子が声変わりするのってもう少し後でしたっけ。
「…………」
商人さんはその子の感謝の言葉には何も答えず、ただ優しく頭を撫でました。
その姿はあまりにも自然で、わずかに見えた横顔から子を想う父親とはこんな表情をするのではないかと感じさせるものでした。
両親についてほとんど何も覚えていない私でさえそんなことを思ったのですから、目の前のこの子も同じように思ったのでしょう。不思議そうに目を瞬かせていました。
けれど商人さんは私たちの様子に気付くことなく、俯いたまま馬車を降りていってしまいました。
残されたのは首をかしげる私たちだけ。……まぁ横になっていたので実際にはほとんど動かせなかったんですけど。
「ええと……大丈夫、ですか?」
この状況で大丈夫も何もあったものじゃないとは思いましたが、とりあえず話しかけてみました。
まだ幼いようですし、放ってはおけませんからね。
「う、うん。口の、とってって言ってくれてありがとう」
少し疲れた様子でしたが、それでも話すだけの気力は残っていたようです。不幸中の幸い、と言ったところでしょうか。
「おねーさんは、へいき?さっきまでぜんぜん、動かなかったよね?」
「私ですか?私は大丈夫ですよ。ぐっすり眠っていただけですから」
まさか私が心配されるとは思ってもみなかったので驚きました。自分が大変な目に遭っているのに相手を気遣えるなんて、お姉さんは感動しました。いえ、感動してる場合じゃないんですけど。
周囲をできるだけ見回して、小さな声で言葉を続けます。
「さて、ここから逃げようと思うんですけど、まだ体力は残っていますか?」
「ん……と。ちょっときつい。それに、逃げられないよ」
何日ほどこの状態が続いているのかわかりませんが、体力的にも精神的にも辛いところでしょう。
今だってすぐに捕まってしまうような弱々しい道連れが増えただけで希望を持てる心境にはなれませんよね。
……自分で言っててむなしくなってきました。
そ、それでも、私にできることだってあるんですから!
「私ですね、少しだけ魔法使えるんですよ」
「え、魔法!?」
「とと……声を小さく」
「ご、ごめんなさい」
慌てて馬車の外を見ようと首をひねりましたが、私が見た限りでは特に変わりないようでした。誰にも聞こえなかったようです、が、心臓に悪いです……。
「でもすごいね!ぼく、魔法なんて見たことないよ」
きらきらと輝く瞳で見られるとちょっとした困惑と軽い罪悪感です。時代が違うだけで魔法なんてありふれたものだったんですよー、栄えるべきところで衰退したものだからこうなっただけなんですよー、と心の中でだけ言っておきます。
本当は元神官様が言うように魔法が使えるということをあまり吹聴しないほうがいいんでしょうけど、場合が場合ですし、仕方ない……ですよね?
命あっての物種、死んで後悔したって何もかも遅いんですから。やれるだけのことは全部やりますよ、私は。
「それで、どうするの?どかーん、ておっきな火を出したりするの?それともいっぱい水を出したり??」
「いやいやいや」
手が自由に動かせていたら思いっきり横に振ってましたね。
そんなことしたら一番に死ぬの私ですから。もちろんやりませんよ。
「私にできるのは縄を切ったり速く走れるようにしたりする程度ですよ」
「えー……そうなんだ」
派手な魔法を想像していたのでしょう。見るからにがっかりしていますね。
そういったものが使えないわけではないですけど、今回の場合だと使う必要はありませんから。
「そっかぁ……でもそれだと、やっぱりむりだと思うよ」
「え?」
がっかりした表情のまま断言されてしまい驚きました。
派手な魔法が使えないからそう言っているのでしょうか?縄を切って速く走れたら充分逃げられると思うんですけど…。
「あのおにいさんはぜったい気付くもん」
「え…と?お兄さん?」
「足音しないひと」
この子はあれですか、足音で人を見分ける……じゃなくて聞き分ける?ような子なんでしょうか。残念ながら私にはそんな芸当はできません。
けれどふと、声が頭をよぎりました。
――人だけじゃない、魔物にだって足音はあるんだよ。
――恐らく彼は気配そのものを「足音」と認識しているのでしょう。
かつて聞いたことのある声。
それが浮かんだのはきっと、先ほど見た夢のせい。
場所が記憶と同じ馬車の中で、どことなく彼に似た感じがしたから思い出したのかもしれません。そのおかげで何が言いたいのかわかった気がします。
この子は人の気配に敏感なんですね。もしかしたら彼と同じで魔物の気配さえも感じ取れるのかもしれません。
「ふむ……」
言葉の意味はわかりましたが、足音がしない人。気配がない、あるいは薄いという人。それって誰のことなんですかね?
その人にだけ注意していれば逃げられるかもしれません。
「そのおにいさん?というのは、誰のことかわかりますか?」
「え?えっと……しゃべらないひと、だよ」
一言で理解しました。確実にゼロさんです。
「あー……わかりました。じゃあその人にだけ気を付けましょう」
「だからむりだってば」
むむ、いくら何でも決めつけすぎではないですかね。
逃げること自体諦めてしまってはどうしようも――
その時です。馬車に人が乗ってきたような振動が起きたのは。
「……え」
外の話し声はとうに収まっていて、私たちも白熱していたとはいえ小さな声で話しているだけでした。
だというのに。まるでずっと馬車の外に立っていたかのように、唐突に馬車に現れた人がそこにはいました。
それはもちろん――ゼロさん。
血の気がさあっと引くのがわかりました。
「やっぱり、ぜんぜんわからなかった」
そう言って膨れてますけど、そんな状況じゃないってわかってますか!?い、今の会話、聞かれて……ました……?
恐る恐る見上げると、相変わらず無表情のゼロさん。表情が無いのはこの場合怖いです。
「あー……ええっと、そ、その……」
駄目です、なんて言ったらいいのかわかりません。そもそも聞かれていたのだとしたらごまかしようもないです。
言葉を探すも見つからず、無情にもゼロさんはどんどん近付いてきます。
そうしてゼロさんは私のすぐそばでしゃがむと――私を担ぎあげました。
「え!?」
急に高くなる視界に驚き、そしてその行動そのものにも驚きました。
え、ちょ、これどこかに連れて行かれるんですか!?今の聞かれてたからですか!?
どっか捨てられちゃうんですか!?それとも、く、口封じですか!?
ああ、こんなことになるんだったら手段なんて選ばずに魔法使ってしっちゃかめっちゃかわけがわからないくらいにして混乱した隙に逃げ出せば良かったんですよ!私の馬鹿!いつもすぐに決めないからこんなことに……!
「おおお下ろしてください!私まだ死にたくないんです!」
無駄なあがきだとわかっていても足をばたばた動かしてしまいます。足も拘束されているので陸に上がった魚のようになっていますがこれだけ暴れているというのにゼロさんは微動だにせず……というか安定感尋常じゃないんですけど!暴れる人間を抱えるのって大変だと思うんですけど腕一本で完全に封じられてますよ!
「……落ち着け」
「こ、これが落ち着いていられますか!いいから下ろしてくださいあと助けてください見逃してください!」
見逃してもらえるくらいなら最初から縄で縛られて転がされてはいないと思うんですが言うだけタダです。無表情のゼロさんにどれほどの感情があるのか読み取れませんが、それでも感情が無というわけではないはずです。
ほんのわずかでも顔を合わせてきたんですから、罪悪感があるかも……ある……あったらいいな、と……。
「…………」
わめく自分の声でかすかにしか聞こえませんでしたが、すぐそばからため息のようなものが聞こえました。困ったような、呆れたような声音を含んでいたのが気になって一瞬だけそちらに意識を向けました。
「え」
その一瞬の間に、要望通り私の身体は下ろされていました。腕だけじゃなく足も拘束されているのでふらついたらこけてしまうんですが今のところ驚きで身体が固まってしまっているようで大丈夫そうです。なんて無関係なことをぼんやりと考えていました。
「……少し、待て……」
「は……え?」
意味がわからずじっと見上げると、ゼロさんの昏い瞳が私を捉えました。けれど、そう、遠い何かを見ているような――そんな気がしました。
「すぐに……終わる」
「え……っと?終わる?……何が、ですか?」
意味がわからず問いかけましたが答えはなく、さらにはまた担がれてしまいました。
え、結局こうなるんですか!?
「し、信じていいんですね!?」
一度は遠のいたはずの混乱がまたやって来た中、大事なことだけ確認しました。
口数の少ないゼロさんがわざわざ告げたということは、何か意味があるんだと思います。
もちろんこんな悪事に加担している以上この人も善人とは言えないのでしょうけど…商人さんといい、何か事情のようなものを感じます。
……もしかすると言い訳なのかもしれませんね。商人さんやゼロさんが悪い人ではないと信じたいからそう思おうとしている私の逃避に過ぎないのかもしれません。
そんな自分の心さえも曖昧なまま発した言葉にゼロさんは何も言わなかったので、やっぱりゼロさんは必要なことしか言わないのだろうと勝手に納得していました。けど。
「……好きにしろ」
投げた感はありましたが、その言葉でゼロさんを信じようと思えました。
先ほどの会話を聞いていたはずなのに問い詰めないでいてくれたり、私を落ち着かせようとわざわざ一度下ろしてくれたり、口下手なのに私に言葉をかけてくれたり。
――わかりやすいものではないけれど。
――それはきっと、不器用な彼なりの優しさ。
恐らく、先ほど見た夢からまだ完全に抜け出せていないのでしょう。
本当は優しいのにとても不器用な人を思い出してしまいました。
だから、彼を信じた時のように。
目の前のこの人のことも信じてみようと思いました。
……これが全部計算された罠だったとしたらもう人間不信になるしかないんですけどね……。い、いえ、今信じると決めたばかりなのに落ち込んでいては始まりませんしね。
とりあえずは前向きに、ゼロさんが言うように少しだけ待って逃げ出す機会をうかがおうと思います。
で、それはそれとして。
私担がれたままなんですけど、どこに向かってるんですかね?
またも見事に1ヶ月ぶりな件。書き上がったのもぎりぎり。
次話はたぶん他者視点です。まだまっさらなんでたぶん。
勇者ではなくあの人の視点になる予定です。たぶん。