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フラグ管理は各自でお願いします  作者: real
1章 歯車《フラグ》は回り出す
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第12話  笑顔の裏側

結論から言えば、馬の治療の話はうまくまとまりませんでした。

朝食の席でメサイアさ……じゃなかった、メサイアにこれまでのことを説明してお願いしたところ、「報酬があるならやる」と返答されました。あの、宿代にさえ困ってる相手ですよ?

そうつっこんだら今度は「報酬のない労働なんてありえないって教え込まれて育てられてきたから」と言われてしまい、苦笑する他ありませんでした。ただ、こっそり教えてくれたトマスさんによると「誠意が見たいと思ってるんだよ」とのこと。

うーん、確かに最初から無償でやってもらおうとするなんて虫がいい話ですよね…。



そう思って納得していたら、その虫がいい話を向こうがしちゃったわけでして。


対価もなしに治療だけを要求する商人さんたちとその態度に激昂するメサイア。

話し合いは商人さんたちが泊まっている元神官様宅で行われたので私は直接見聞きしてないんですけど、想像するだけで背筋が寒いです……。

怒り心頭のメサイアが戻ってきた時は慌てましたが、昼食作りを手伝ってくれていたカインさんのお陰で事なきを得ました。

と言うより、手伝ってもらっていたはずがいつの間にかカインさんの独壇場と化していました。カインさん、料理お上手なんですね……。



それにしても、友達になった時の約束でメサイアの名前を呼び捨てにするようになったんですがまだ言い間違えそうです……。

昼食の時にうっかり「さん」付けしてしまったら拗ねてしまったので口に出す時には気を付けなければいけませんね。








「リィム?出かけるのか?」


昼食を終えて少し経った頃。

廊下を歩いていた勇者さんに声をかけられました。玄関の扉を開ける直前だったので出かけるところだと一目でわかったのでしょう。



「ええ。馬の食事を用意しなくてはいけないので少し商人さんたちのところに行ってきます」



そう口にすると、勇者さんの目つきがどこか冷たいものになりました。それが商人さんたちに向けられた感情なのだとわかっていても怖かったです。



「俺も行こう」


「え?い、いえ、いいですよ。私のお仕事ですし、ご迷惑をおかけするわけには……」


「迷惑じゃない。俺が行きたいと思ってるから行くんだ」



勇者さんは私を追い越して先に外に出てしまいました。2年前の書斎に行く時のやり取りを彷彿とさせるような頑固さです。

苦笑し、けれど少しだけ感謝をして馬の食事が入ったバケツを手に彼の隣に並びました。








「ゼロさん、いますか?」


蔵の扉を開けると、もう既に日常と化しつつある馬とゼロさんの姿がそこにありました。本当なら慣れちゃいけないんですけどね。とりあえず、残念ながら用意も手慣れてきたバケツを……って無い。

そうでした。今日は勇者さんが一緒だから代わりに持ってもらったんでした。

普段なら私一人でバケツを一つしか持てないので馬車のところまで行った後、自宅に折り返してから蔵に向かうんですが、それを勇者さんに言ったら難なく両方持ち上げられました。もう、何も言いませんよ…。

そんなわけで馬車のところまで行ったその足で蔵のほうへやって来ました。



「馬の食事です。持ってきましたよ」



ゼロさんは相変わらず無口で、私の言葉に小さく頷くだけでした。そこまでは、確かにいつもと同じ反応だったはず、なんです。




「…………」


「…?ゼロ、さん……?」



何やらただならぬ気配を感じて見つめた先には、バケツを手にした勇者さんを無表情のまま、しかし明らかに怖い気配を纏って睨みつけるゼロさんの姿がありました。

ただ見慣れない人を見ている風でもなく、睨みつけていると言う他ありませんでした。

仇敵を見つけたような目をするゼロさんは、かつてないほど恐ろしく感じました。

対する勇者さんも、視線には視線をとばかりに睨み返す始末。ど、どうしたらいいんですか。どうなってるんですか。

状況も理解できずにオロオロしていると、勇者さんが不機嫌そうに息を吐くと同時に視線を外し、バケツを置いて踵を返しました。



「――よっぽど俺が気に食わないらしいな」



暴力沙汰にならずに済んだのは良かったこと――なんでしょうけど。

置かれたバケツと、去っていく勇者さんと、少し薄らぎはしましたが未だ怖い気配を残すゼロさん。



「あ、え……えと」



どうするべきなのか迷って、その選択肢の中から勇者さんを追いかけることを選びました。ゼロさんの様子も気がかりでしたが、今私にできることは彼をそっとしておくことだけだと思いました。後ろ髪を引かれつつ、私は蔵を後にしました。








「勇者さん!ま……待って、ください!」


こんな時でも私は通常運転。ちょっと走っただけで息が乱れてしまいます。私に気付いた勇者さんが立ち止まってくれなければもっと醜態をさらすことになっていたでしょう。



「あ……の、……えーと」



幸い息はすぐに整いましたが、続く言葉が浮かばない大惨事でした。私が何かしたわけじゃないので謝るのは変ですし、かと言ってこの微妙な空気のまま先ほどのことをなかったことのように振る舞えるわけでもありません。

こういう時は変にひねるより疑問を素直にぶつけたほうがいいような気がします。なので、そのまま尋ねてみることにしました。



「勇者さんは……ゼロさんとお知り合い、なんですか?」



突然目の前で始まった睨み合い。

私には意味がわからないだけで、当人同士が知るような出来事があったのかもしれません。

そう思って、尋ねたんですが……。



「いや。彼とは初対面だ。名前も知らなかった」



勇者さんはゼロさんのことを知らないそうです。



「でも、それならどうして……」


「心当たりが無いこともない。俺は勇者だ。俺が出立する前に滅んだ街や村の出身だったり、肉親が魔物に襲われて死んでいたりもすれば恨みたくもなるだろう。あるいは……」



あるいは……それは何だったのか。勇者さんの口からは続く言葉は出ず、「いや」と首を振るだけでした。



「街や村が滅ぶのは誰が悪いわけでもない。けれど、誰かのせいにしたいと思うこともあるだろう。自分は悪くない。誰かが、何かが悪い。そして期待を背負い、憎しみを請け負うのが勇者()の役目だ」


「そんな……」



勇者さんの言葉を私は受け入れられませんでした。

だってそんなの、理不尽です。


――ある日突然役目を押し付けられて。


――危険な旅に放り出されて。


――家族とも離れ離れにされて。



それでも必死に、世界のため、誰かのために、戦うのに。




「――そんなの、身勝手すぎます。貴方が……報われない」



私は知っています。

勇者だって、一人の人間であることを。


選ばれた人なのかもしれません。魔王に対抗できる唯一の人なのかもしれません。

でもそれが、この人を傷つけていい理由にはなりません。憎しみをぶつけていい理由にはなりません。



なのにどうして――彼は笑うのでしょう。




「ありがとう。でもいいんだ」



私の心中とは裏腹に、勇者さんは穏やかな笑みを浮かべていました。瓜二つのその笑顔は否応なく前世かつてを思い起こさせます。

思えば、レグナムも同じように苦しんでいました。特別だからこその重圧と、孤独。

忘れることはできません。孤独に苦しむ寂しげな顔をさせたくなくて、私は、旅についていこうと決意したのですから。



「よくないです。私は納得できません」


「いいさ。今こうして報われてる」



彼が何を言っているのか、私には理解できません。

それとも彼は、もう諦めてしまっているのでしょうか。



「リィムが、俺の代わりに怒ってくれた。悲しんでくれた。それだけでもう――充分だ」



それが偽りではない、本心からの言葉であることを直感しました。理屈も何もない、ただの思い込みです。それなのに、間違いないと確信していました。



「自分でも単純だと思う。だが、少しだけ霧が晴れた心持ちだ」




――かつて、リムが旅について行くと告げた時。


レグナムはすぐには首を縦に振りませんでした。

身体は貧弱で体力も乏しい。魔法が使えると言ってもその腕前は並程度。

そんな私を連れて行くなど足手まといもいいところだと思ったのでしょう。優しさ故か、直接言われたことはありませんが。

最終的にアリアの協力によって説き伏せることができ、レグナムは渋りながらも私の同行を認めてくれました。

その表情は「仕方ない」と言っているようであり、同時に、孤独ではないことに安堵しているようにも見えました。



「ありがとう、リィム。気付いてくれて、理解してくれて。それだけで俺は、救われている」



けれど、今目の前にいる人は。


理解されたことに安堵しながらも、その笑顔は孤独を映したように、どこか、寂しげでした。










あまりに長かったので昼食シーンをカット。

だと言うのに続く展開も長かったので分割する始末。

気合入れすぎました。


6/18 誤字修正。

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