第11話 不器用と優しさは紙一重?
前回の更新から1ヶ月近く経っていることに昨日気付きました。
「しっかしあんた、面倒に巻き込まれるタチよね」
「いえ、私は何もしてないんですけど……」
呆れたような視線を前に、思わず反論の言葉が口をついて出ました。そしてその言葉に返ってくるのはため息でした。いやため息つきたいのは私のほうなんですけど。
今現在机を挟んだ向かいで呆れたような視線を継続して送ってくるのは、勇者御一行の治癒術師、メサイアさんです。
やる気なく頬杖をついてくつろいでいますけども、ここは私の家です。そこのところわかってますか?……尋ねたら「わかった上でやってる」と言われそうなので問いかけはしませんが。
私たちが今いるのは、先ほども述べた通り私の家です。そこで仲良く一緒にお茶を……という状況なんですが、少しだけ待ってもらいたいです。
勇者御一行であるメサイアさんがいるということは、当然勇者さんたちもこの村に来ているわけです。にも関わらず今この場にいるのはメサイアさんだけで、他の方々は元神官様のところに挨拶兼宿泊の交渉に行っています。
……普通、メサイアさんが行きますよね?他の誰が欠けてもおかしくはないですが、メサイアさんが行かないなんておかしいじゃないですか。知り合いも知り合い、師弟関係なんですから。
なのに何故だか勇者さんたちは商人さんを伴って(正確には引っ張って)元神官様のもとに向かい、メサイアさんは私を伴って(正確には背中をガンガン押して)私の家までやって来ました。
勇者さんたちが商人さんを連れて行ったのは……まぁわかります。私に手を上げようとしたところを目撃したわけですから、そのことで元神官様に相談なり報告なりに行ってくれたのだと推測できます。何故かはわかりませんけど、私のために怒ってくれていたようですから。
けど、そこまではいいんです。なんとなくわかりますし。
問題は何故メサイアさんがここにいるのか、ですよ。私の村なんですから一人ででも帰れますし、そもそもメサイアさんとは面識はありますが仲が良いと言える間柄でもありませんし。
元神官様には会わなくていいんですか。2年ぶりじゃないんですか。感動の再会をするところなんじゃないんですか。
「何もしてないんならあんな目に遭わないでしょ。…それで?あんた、本当にあの男に何もされてないでしょうね?」
相変わらず頬杖をついたままの姿勢ですが、向けられた視線が呆れから心配そうな色に変わったのを感じました。なんだ、心配してくれてたんですね。そう思ったら少しだけ嬉しくなって自然と頬が緩みました。
「大丈夫ですよ。心配してくださってありがとうございます」
「なっ……べ、別に、違うわよ!ちょっと気になっただけっ」
メサイアさんは慌てて視線を逸らしてしまいました。ちょっと気になっただけで家までついてこないとは思いますけど、そういうことにしておきましょうか。私としてもこれ以上この話題を続けるつもりはありませんし、本題に移りましょう。
「それはそうと、元神官様のところに行かなくていいんですか?きっと待ってますよ」
「師匠があたしのことを待つような殊勝な性格だったらむしろひくわ。……まー、その、さすがに水入らずとはいかない状況じゃない?なんか知らない連中いるし」
知らない連中というのは、商人さんたちのことですよね。なるほど、元神官様と同じで他の方がいる状況に警戒しているんでしょうね。
「あの人たち、師匠の家に厄介になってるんだって?」
「はい。全員じゃありませんけど、交代で出入りしてるみたいです」
「あー……ほんとに厄介」
メサイアさんは頬杖からずるずるとずり落ちて机に突っ伏しながら「んー」と唸りはじめました。本当にくつろいでますね。そろそろ気にならなくなってきました。あ、そろそろお茶がなくなりそうです。今の内に追加しておきますか。
「…っと、そうだ。あんたん家があるんじゃない」
「はい?」
背を向けていたのでよく聞こえませんでしたが、振り返ると、がばっ!と起き上がったメサイアさんと目が合いました。
「ってわけで、泊めて」
「何がどうなってその結論になったのかを聞きましょう」
自分の中で結論に達した時って大抵他者はついてこられませんよね。そういうわけで足りていない数行分の説明を求めます。
「あたしたちが前来た時って、師匠の家に世話になったじゃない?」
「そうですね。……あ、もしかして」
「そ。いくらなんでも、もう定員でしょ」
2年前に勇者御一行が来た時は知り合いということもさることながら、村の中で一番大きな家の持ち主である元神官様の家に泊まっていました。
夫婦二人で過ごすには大きすぎるように感じたのですが、家を建てる際に本人に尋ねたところ「緊急時の避難場所も兼ねている」と答えられました。
思い返すと、私が前世いた村では災害が起こった時は迷わず神殿に駆け込め、と教えられていました。作りもさることながら、村人全員が礼拝できる広さもあったので緊急時には全員が寝泊まりできたんじゃないかと思います。幸いそんなことにはなりませんでしたから推測でしかありませんけど。
けれど神官の方さえいないこの村に神殿なんてありません。つまり、何か起きた時に村人が集まる場所がない、ということです。
私は元神官様が村に来るまでそういったことを考えたことがありませんでしたが、やはり元神官様には見えているものが違うのでしょうね。
だから元神官様の家は大きく、村の外の方が来られた場合はそこに泊まるのが自然な流れになっています。
ただ、そうは言っても神殿とは違いますので村人全員が寝泊まりできるほどではありません。精々、先に来ていた商人さんたちが限界でしょう。
元神官様の家の広さや部屋数を把握していたメサイアさんは既に来客があることで泊まれないことを理解しており、そのせいで困っていた……ということでしょう。
そして、次に目を付けたのが私の家、と。なるほど、ようやく理解できました。同時に納得です。
他の家と違い、私の家には余裕がありますからね。元々三人で住んでいた家に私しか残っていないんですから。
「ね?お願い泊めて。家族を説得するのが大変って言うんならあたしが言うし」
「まぁ……困っているようですし、構いませんけど。そもそも住んでるの私だけですし」
「え?」
あれ?何か誤解されているような気がします。って、そんなに話したことがないのに私の家族構成まで知ってるほうが変ですよね。
「お邪魔します。メサイア、いるかい?」
説明しようとした時、玄関のほうでメサイアさんを呼ぶ声がしました。勇者さんかカインさんかと思いましたが、聞き覚えのない声でした。首をかしげる私とは対称的に、メサイアさんはすぐに立ち上がって玄関に向かいました。私も後を追います。
「ああ良かった。違う家だったらどうしようかと思ったんだ」
「あれ、一人?てか、わかんないんだったらあいつらと一緒に来なさいよ」
玄関にいたのは、笑顔が印象的な若い男性。この村の人ではない、知らない人です。
……よくよく思い出してみると、メサイアさんたちと一緒にいたような気がします。すぐにメサイアさんに背中を押される形になったのであまり見ていませんけど、消去法でおそらくそうなんでしょう。
彼はメサイアさんの後ろにいた私に気付くと苦笑いしました。
「あ、ごめんね。人の家で勝手に話し込んでしまって」
「いえ、構いませんよ。良かったらあがってください」
「ありがとう」
私にお礼を言って家にあがりながらも、やはり笑顔でした。
私は単純なので、敵意には敵意を、笑顔には笑顔を浮かべてしまいます。
「ふん、女なら誰にでも優しいのねー、トマスは」
メサイアさんは睨むような視線を男性……トマスさん、というんでしょうか?彼に向けてから、先導していた私を追い越していきました。その背中からは不機嫌さがにじみ出ていて怖かったです。
何がメサイアさんの怒りに触れたのかわからず振り返ると、トマスさん、再びの苦笑いでした。仕方がないのでメサイアさんを追いかける形で部屋に戻りました。
「もう知っているかもしれないけど、改めて自己紹介するよ。俺はトマス。旅に出る以前は軽業師をしていたんだ」
席につくと、トマスさんは律儀に自己紹介をしてくれました。私も同様に自己紹介をしましたが、軽業師さんですか。軽業師って、あれですよね。不安定な物の上でバランスをとったり、機敏な動きをしてみせる……運動能力の低い私には無縁なあれ、ですよね。
トマスさんは2年前まで曲芸集団『サーカス』に所属する軽業師として過ごしていたそうですが、公演のために立ち寄っていた王都でメサイアさんたちと出会い、いろいろあった後に仲間に加わったのだと教えてくれました。
私としては具体的にどういろいろだったのかとか、軽業師だった人が旅についていけるのかとか多少気になることはあったんですが、トマスさんが自分の話をしている間、メサイアさんの機嫌がどんどん悪くなっていくので深く聞くのは止めておきました。
そしてそれは良い判断だったようで、話が村や私の話に流れる頃にはメサイアさんの機嫌はほぼ直っていました。そんな中、勇者御一行の宿泊についての話題が出ました。
「クレイグさんには君の家に泊めてもらうよう頼めと言われたんだが、俺たち四人が厄介になっても構わないかい?」
「え…と…?」
理解できない単語があったので変な声を出してしまい、トマスさんの表情が一気に曇るのがわかりました。いえ、泊められないわけじゃないんですけど……。
「そのー、私の隣の部屋ぐらいしか泊まれる部屋がないので、男性の皆さんは居間で雑魚寝するような形でしかお迎えできませんけど……いいですか?」
「ああ、それだけでも充分だ。助かるよ」
いいらしいです。
勇者を雑魚寝させるなんて私ぐらいのものでしょう。ですけどやっぱり男女の部屋割りとしては自然な流れだと私は思うんです。
「ただ……」
「ただ?まだ何か問題あんの?」
問題も問題、大問題ですよ。むしろこっちが本題と言いますか。
「そのクレイグさんって人。誰ですか?」
発言すると、メサイアさんは祈るように目を閉じて、トマスさんは本日三度目の苦笑いでした。出会ったばかりだというのに既に苦笑いの表情ばかり見ています。
「そうね……わかる。わかるわ。普段から名前呼ばないとこうなるって」
「はい?」
意味がわかりませんでしたが、未だに苦笑いを続けているトマスさんの言葉で私が視線を逸らす番でした。
「あー……その……メサイアの師匠の方の名前、だよ?」
「……」
元神官様、そんな名前だったんですか。いえ、聞いたことはあると思うんです。最初の紹介の時に。
だけど肩書きのほうが先行して誰も名前なんて呼ばなかったもので今の今まで思い出せませんでした。今も違和感でいっぱいですけど。
とりあえず、ごめんなさい。
「そそ、そういうことでしたら後は何も問題ありませんよ。この家には私一人ですし」
この家に私一人だと知ると、お二人は同時に首をかしげました。そんなに意外なものなんですかね。自分じゃわかりません。
「うん?一人?……失礼だけど、ご家族は」
「いません。両親は私が小さい頃に亡くなったと聞いています」
「……ごめん、立ち入ったことを」
わかっていた流れではありましたが、やっぱり場の空気が重くなりました。こういうのって本人より周りのほうが気にしますよね。
「いえ、いいんです。顔も覚えていませんし、村の人たちがいてくれましたから。寂しいと思ったことは一度もありませんよ」
これは強がりではなく、本心です。私にとって両親がいないのは当たり前のことで、けれど寂しいと思うほど一人でいたわけでもないんですから。
そう……両親のことで寂しいと思ったことはありません。思い出してしまった大切な人たちがこの世界にいないことのほうが寂しいと感じます。
――優しい思い出もたくさん思い出したけれど、一人だと思い知らされるようで。
っと……いけない、物思いにふけっている場合じゃありませんね。両親には悪いですけど、実際覚えていない人に対して何か感じられるだけ器用じゃありませんから、私。
「あーあ、トマスの馬鹿。空気が重たくてしょうがないわ」
メサイアさんは退屈そうに伸びをすると、そのまま立ち上がりました。ただ少し意外だったのは、トマスさんを責めるような口調だったのに先ほどのような不機嫌そうな気配を感じなかったことです。気のせい、でしょうか?
「あたし、あいつら呼びに行ってくるから。それまでにこの空気をどうにかしときなさいよ……それと」
部屋から立ち去る寸前、こちらに背を向けたままで、
「なんか……困ってることあったら言いなさい。トマスでも、言いにくかったらあたしでもいいから。……聞くくらいは、普通に、できるし」
と言われたんですが、……え?あれ、これ、私に言ってるんですよね?
「え……えーっと?」
「あーもう鈍いわね!あんたはもっと人に甘えることを覚えなさい!」
意味がわからず戸惑っているとメサイアさんは去ってしまいました。今のは……怒ってました?怒ってましたよね、語気が荒かったですし。
「ふ…ふふっ……どこまで不器用なんだか……」
机の向かいから漏れた声に視線を動かすと、トマスさんが笑っていました。心底おかしそうに。……何に対して、でしょうか?
「え、あのー……トマスさん?」
「ははっ、ごめんごめん。メサイアらしいと思ってね」
全然説明になってないんですけど。どういうことですか。
トマスさんは一息ついて笑いをひっこめると、少し悲しそうな目をしました。それは同時に、どこか優しそうにも見える矛盾した目でした。
「……メサイアが孤児だって話は聞いてるかい?」
「え、いえ……」
初めて聞く話です。けど、神官の中にはそういう出自の方がいることは知っています。孤児となって神殿に引き取られ、そのまま神官の道へと進む方もいるんだとか。
神官様に育てられた私たちにとっても他人事ではない話です。そして今の私も、村に神殿さえあったなら前世と同じ道をたどっていたことでしょう。
「メサイアは素直じゃないから、普段ああいった言葉を口にはしないんだけどね。それでも君の境遇が自分に似ていたから、黙っていられなかったんだと思うよ」
親は既になく、家族は誰一人としていない。
育ててくれたのは血のつながらない他人。
育った場所や育ててくれた人に違いはあっても、境遇が似ていると言われれば確かにそうなのでしょう。
「優しいんですね。メサイアさんは」
「本人に言ったら顔を真っ赤にして怒るだろうけどね」
そう言って、トマスさんは微笑みました。私も笑い、そして考えます。
先ほどかけられた言葉。私を心配して家にまでついて来てくれたこと。初めて会った時に看病してくれたこと。
そのどれもが素直じゃない言動でしたけど、でも根底には優しさが見え隠れしていました。
本当に、素直じゃありませんね。
「俺たちがこの村にいる間だけでも構わない。良かったら、メサイアと友達になってやってくれないかな?」
そういうのって仲間が頼むものじゃないと思いますよ、トマスさん……。なんだかトマスさんがメサイアさんの保護者のように見えてきました。それさえもおかしくって、より深く笑いながら答えました。
「ええ。もちろんです」
その後、勇者さんたちを連れて戻ってきたメサイアさんに「友達になってください」とお願いしてみたところ、視線を逸らしてあれこれ言いながらも最終的には了承してくれました。
あ、それから。元神官様からの言伝で私は商人さんの食事当番から離れることになったようです。表向きは勇者さんたちが私の家に泊まることで手一杯だからとなってますけど、おそらく勇者さんが元神官様に事のあらましを伝えたからだと思います。
それでも人手が足りないらしく、馬の食事に関しては未だ私が担当しなくてはならないようです。こればっかりは仕方ないですかね。
馬……。そういえば、何か思い出さなきゃいけないことがあるような気がするのですが……。食事……はもう与えましたし……?
あ、誰かが呼んでます。勇者さんですね。はいはい、今行きますよ。
商人さんたちの食事の用意をしなくていいと言われて安心したからか、初めて同年代の友人ができたことが嬉しかったからか、この日の夜はぐっすり眠れました。
翌朝、爽快な目覚めとともに私はあることを思い出します。
「あ、治癒魔法」
馬の治療、メサイアさんにお願いすれば良いんじゃないですかね?
加筆よりも短縮させるほうが難しい。