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フラグ管理は各自でお願いします  作者: real
プロローグ 日常にわずかに入る亀裂《フラグ》
10/40

☆勇者が見た世界の片鱗  『邂逅』

☆は他者視点。今回は勇者。

回想シーンの内容は第5話です。

出発しようとする俺たちを前に、村人たちが口々に話しかけてくる。

頑張ってくれ、応援している、怪我には気を付けろ、またいつでも村に来い――

あまりにも多くの言葉が飛び交うので、少し笑ってしまった。


頑張れとはよく言われるが、心配されたりまた来いと誘われたのは初めてだ。いや、まだ旅が始まってそう時間が経つわけではないから、そういった意味では機会が少なかったとも言える。

けれど、この村に温かい人が多いのも確かだろう。これから先の旅で同じようなことを言ってもらえるとはあまり思えなかった。

こんな人たちを守れるのならやりがいもあると今更ながらに思う。我ながら単純な考え方だが、それで構わない。


ただ……。

俺がそう思った理由が彼らだけではないことに自分でも気が付いていた。



「…………」



俺たちを見送る村人たちの群れから離れ、遠くからこちらを見つめる少女――リィム。

一瞬だけ目が合ったかと思うと――すぐに視線は逸らされ、彼女は俺に向かって小さく会釈した。その後、彼女と目が合うことはなかった。







村人たちに礼を言って村を後にする。少しずつ距離が広がりながらも、背中には未だ彼らの騒がしい声が届いている。どうやらもうしばらく見送りは続くようだ。

彼女が同じように見送ってくれているのかは、わからない。



「――ふられちゃったわね?」



左隣から楽しげなメサイアの声が聞こえる。見るとやはり、にやにやと意地悪く笑う顔があった。神官を辞めた経緯なども聞いているが、彼女が神官の道を歩まなかったことが正しかったことだけはわかる。



「別に。俺は彼女のことをそんな対象として見ていたわけじゃない」



からかわれるのは面白くない。つい、ぞんざいな扱いをしてしまったが、その反応すらメサイアには喜ばれてしまったようだった。



「おやおやー?あんなにも熱い視線で見つめておいて何言ってるのかねーこの子は」


「おっ、レグザートもついに男の道を歩み始めたか!そーかそーか、お前ももうそんな歳なんだなー!」



メサイアの隣に立っていたカインが嬉しそうに俺の右隣にやってきて「なにかあったら相談しろよ!」と肩を叩きはじめる。うるさい。そして痛いんだが。

叩く音がうるさすぎて「筋肉馬鹿に恋愛相談とか……」と鼻で笑ったメサイアの声は当人の耳には入らなかったようだ。



「……けど、真面目な話。あの子、連れてかなくて良かったの?あんたも気に入ってたみたいだし、駄目師匠の話じゃ少なからず魔法使えたみたいよ」



茶化す空気から一転し、メサイアの声は真剣なものになっていた。カインも空気を察したんだろう、静かになった。



「……いい。魔法が使えると言っても貴族や研究者たちには敵わないだろう。それに……」


「それに?」


「いや……何でもない」



彼女をわざわざ危険に晒す必要もないだろう。そんな言葉を飲み込んだ。


彼女がともに来てくれるのならば、旅は少なからず楽しいものになるだろう。もとより知っているカインだけでなくメサイアも、既に気が置けない友人のようになりつつある。

彼女との会話は仲間たちと過ごすそれのようで楽しかった。もしかすると友人どころか同世代の知人すら少ないからそう感じるのかもしれないが、彼女の人柄によるところがあるのも確かだ。

どこか避けられているような気配もしたが、声をかければ返事も返ってきていたし、避けられる理由も思い当たらない。だとすればやはり俺の思い過ごしだったのだろうか。

彼女にとってどうだったのか計りかねるが、少なくとも俺にとっては彼女と過ごす時間は居心地のいい時間だったと断言できる。


なのに。なのにだ。


俺には彼女を連れて行くことがとても恐ろしいことのように思えた。

彼女を危険に晒してはならない。そんな強迫観念にも似た想いが込み上げる。



―理由は、何故か、わからない。





「にしても……研究者かあー。前の貴族は使えなかったし、今度の研究者ってのもどうなのかしらね?ぶつぶつ言ってて会話通じなさそう」


「おいおい、まるで違う種族のように言うんだな。研究者って言っても結局は人だろ、どうにかなるって」


「だってさあ、貴族であれだったのよ?だとしたら………」



仲間たちの話はいつの間にか次に加入することになっている研究者の話題になっている。


旅を始めるにあたって、俺は三人の同行者を得た。

剣の使い手であるカイン、治癒魔法の使い手であるメサイア、そして魔法の使い手である貴族の男だ。

この時代、魔法の使い手は少ない。それ故に魔法を家ごとに管理し受け継いできた貴族に助力を仰いだのだが……。


まともな戦闘も行えず移動するだけで問題しか起こさない彼をこれ以上連れて行くことは難しいと判断し、数日前、ようやく王都に連れて戻った。

現在は研究者たちの中で連れて行けそうな人物を探してもらっており、目星がついたとの連絡を受けた。だが正直なところ、前回の二の舞にならないとも限らない。

力を借り受ける側の俺が文句を言えた義理じゃないが、せめて自分の身は守れなくては話にならない。

何より、お互いのために。彼らだってむざむざ死にたくはないだろう。


次なる協力者のことは俺も大いに気になるが、先を行く仲間たちの会話に入る気にはなれなかった。

足を止め、振り返る。もう村も、村人たちの姿も見えなかった。

けれども……思い出す。

初めてあの村に到着した時のことを。


彼女と――リィムと、初めて会った時のことを。











***



勇者到着の報は、すぐさま広がったらしい。


俺たちは村の入り口で村人たちに囲まれた。それは、こちらが驚くほどの歓迎ぶりだった。

それでも何とか笑みを崩さずにいられたのは、ほぼ全員だと言ってもこの村が小さく、人数が限られていたからだ。

本当に小さな村だ。それでも村であることに変わりはない。

むしろこんな村が王都の近くにありながら存在を把握している人間の少なさに驚いた。


俺たちがこの村に来たのは村の存在を把握しているごく一部の存在―メサイアがいたからだった。

なんでも神官時代に世話になった、師匠にあたる人物がこの村に住んでいるらしい。

東の地への視察が決まっていた当初ならば、あくまで世間話程度で済んだだろう。


だが幸か不幸か、王都に逆戻りする用事ができてしまった。しかも待ち時間つきで、だ。

メサイアの話を思い出したカインが言い出さなければここには来ていなかっただろう。普段なら言いたいことを好き勝手に言うくせに、何故こんな場面ではわがままを言わないのか。

俺には理解できなかったが、カインに言わせれば「気恥ずかしいんだろ」とのことだった。メサイアにもそんな感情があるのかと考えたことを思い出し、少し苦笑してしまった。



「どうしたのよ、変な顔して」


「何でもない。それより、師匠ってどの人だ?」



俺の言葉に、人の顔を馬鹿にしていたメサイアが変な顔……いや、困ったような顔をしていた。何を困っているのか。もしかして見当たらなくて困っているのか?



「もしかして、いない……のか?」


「や、いる。……あれ」



控えめに立てられた指の先をゆるゆると辿っていくと、どうやら眼前の群集ではなく、遠くからこちらを眺めている男性を差しているらしかった。



「ほれほれ、とっとと感動の再会してこい」


「い……いいでしょ、別に。後で嫌でも会うことになるんだから」



珍しくメサイアが慌てふためいている。本当は師匠に会いたいくせに、いざ会うとなると逃げ腰だ。

仲間が大切な人と再会できたことと、新たな一面を垣間見れたことが少し嬉しくもあった。



「…………ん?」



メサイアの師匠らしき人物が隣に立つ少女に話しかけている。それは普通の光景のはずなのに、どこか空気が……違う。

それに、何だろう、これは。



「………………」



目が合う。少女はきっと、俺と近い歳だろう。わかったのはそれだけ。

だというのに。



「レグザート?」


「どうした?」



仲間の声が遠い。決して聞き取れないわけじゃない。

だが、その瞬間、俺は駈け出していた。



「ちょ……え!?」


「おい!!」



群集をすり抜け、小さな村の中で疾走する。駆けるその途中で、「彼女」の身体は崩れる。

このままでは倒れてしまう。

いけない。

それだけは駄目だと、頭の中で警鐘が鳴り響く。警鐘それに従って速度を上げ、手を伸ばした。



「彼女」に――触れた。





「っ………、はぁ」



間一髪、崩れ落ちるその身体を抱き留めることが出来た。詰めていた息を吐き出す。

「彼女」は完全に意識を失っていた。



「リィム!おい、リィム!」



声をかけるのは、先ほど見かけたメサイアの師匠。彼の呼びかけから察するに「彼女」は「リィム」という名前らしい。



「ちょ、どうし……え?どうしたのよ、その子…」


「気を失ってるみたいだな。だが、外傷はないな」



二人も俺のもとにやってきた。少し離れた場所では村人たちが騒然としているのが見える。それを見たメサイアの師匠は頭をかきながら大声で叫ぶ。



「ちっ……おいお前ら、今日はもう散れ!ん?ああ、じゃあリィムの部屋は任せる。あー、あとお前ら、ついでにこいつらが泊まれるよう準備してやれ。……何って、いろいろあるだろうが。食事とか寝床とか。少しは考えろ」



村人たちが動き出す気配がした。内容については、あまり聞いていない。

俺の意識は、目を閉じたままの「彼女」に向けられていた。

苦しげに呼吸を繰り返してはいるが、確かに呼吸して、その身体は熱を持っていた。



「悪かったな、来て早々こんなことになってしまって。だがお陰で助かった。あとは俺たちで何とかするから、そいつを預かろう」



話しかけられたのだと気付いて、慌てて聞こえた言葉を頭の中で繰り返して理解していく。

どうやら「彼女」を渡せと言っているらしかった。

気付けば「いや」と口に出ていた。何を否定しようというのだろう、俺は。



「……俺が、連れて行く」


「うん?……まぁ、いいが。では、ついてきてくれ」



責任感と思われたのか、ただの気まぐれと思われたのか。それは定かではない。

俺は彼女を抱え上げると、彼の後ろをついて行った。

俺の腕の中でも「彼女」は目覚めない。


けれど確かに――生きている。


不意に、熱いものがこみ上げた。

辛い時、苦しい時、少なからず様々な想いを抱くことはあった。

けれど俺は一度としてこんな気持ちになったことはない。



意識のない「彼女」を腕に抱えて――俺は。


生まれて初めて、涙を流しそうになった。











***




「……ト。レグザートってば。ちょっと、聞いてんの?」


「ぼやぼやすんなよー、レグザート」



先を歩く仲間たちが呼ぶ声がする。そうだ、立ち止まっている暇はない。

今度こそ村に背を向け、俺は歩き始める。



「ああ、行こう」






けれどこの直後、新たに参入した研究者も貴族と同様の結果に終わり、俺たちの旅は苛烈さを極めることとなる。

幸いにも彼とは別の新たな仲間を加えることができたが、それでも魔法の使い手を得られなかったのは手痛い。

その結果、東の地の視察を終えて俺たちが王都に戻ってくるまでに2年もの歳月を要した。

そう……2年後。

俺は再び、この地で彼女と再会することになる。


旅は既に始まっている。

彼女との再会は、出会いと同じく、ただの偶然でしかない。


――そのはずなのに。


心のどこかで、彼女との再会こそが本当の始まりなのだと聞こえた気がした。











これにてようやくプロローグ終了。次話より1章開始となります。

用意したフラグを集めて回りたいと思います。

ここに至るまでお気に入り登録を解除しなかった皆様の懐の深さに感謝です。



3/25 タイトルを一部変更。

   一部数字を漢数字に変更。

   年齢、年数などは数字、人数、頭数などは漢数字に。


6/18 内容を一部変更。

   レグザートとカインは元々知っている仲。

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